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7.貴方の意志


 打ち明ける、そう決めたは良いものの、シュバリエは叱られた後の子犬のように押し黙る。

 何を話すべきか、何から話すべきか、どこまで話せばいいものか。

 そんな不安が、彼の鮮やかな頭を埋め尽くす。


 それを見て、フランクウッドは提案する。


「確かに、少し長くなりそうだ。コーヒーを淹れてもいいかな?」

「どうぞ」


 フランクウッドは立ち上がりキッチンの方でコーヒーの用意を始める。

 幸いと言うべきか、これで考えを纏める時間ができた。


 この体になってからずっと考えていたこと。


 何故、シェリーの守護者たらんとしているのか……。

 それはきっと、自分の意志ではなく、定められた役割を全うしているだけに過ぎない。


 ずっと頭に流れ込んでくる知らない人の記憶と想い。誰かを守りたい、守りたかった。

 その想いを果たすためだけに、自分は居る。そう思えて仕方ない。


 一人の女性のために作られ、一人の魔女によって命を与えられ、一人の女性を守ることを命じられた存在。

 そこに自分の意志などあるのだろうか。


 仮に無いのだとすれば、このモヤモヤとした気持ちの正体は何なのだろうか。


 シュバリエは考える。いや、考えた。そして押しつぶされそうになる不安から目を逸らすために、考えることが怖くなり、やめた。


 けれども、この数日間をシェリーと共に過ごして、感じたことがある。


 彼女は自分なんかがいなくても、生きていける。

 当たり前のことだ。彼女の今までの人生に自分は居なかった。

 彼女の前から今の自分が消えたとしても、何も変わらない。そんな気がしてならないのだ。


 自分からすればシェリーが生きる意味そのものだというのに、彼女はきっとそうじゃない。

 彼女が誰かと話し、打ち解け、ほんの少しの希望を頼りに、義姉を探そうとする度、まだ14歳だと思えない聡明さを見せる度、どんどん差が開いて行ってしまうみたいで、自分が希薄になっていくようにすら思えてしまう。


「……考えは纏まったかな?」

「ええ、おかげさまで」


 シュバリエはそれら全てをフランクウッドに打ち明けた。


「なるほど」

「正直なところ、私はこの気持ちに対して、どうしたいのかが分からないのです……」


 シュバリエの花が少し萎む。


「なら、まずはシェリー君について理解するところから始めてみるといい」


 コーヒーにミルクを入れ、かき混ぜるフランクウッド。


「理解……ですか?」

「私は、元々コーヒーが苦手でね。どうもあの独特な苦みが合わなかったんだ」

「ですが、今コーヒーを淹れたと……」


 フランクウッドは穏やかに笑う。


「ああ、友人から美味しいカフェオレと言うのを用意してもらってね。それまでは気にしたこともなかったんだが、コーヒーの種類によっても味が違う」


 シュバリエは困惑しながらも、フランクウッドがあまりにも楽しそうに話すため、何も言うことなく静かに聞く。


「産地によっての特徴。苦みや後味のバランスが良い物。軽やかでフルーティーな物。苦みやコクが強い物。それを浅く煎るのか深煎りにするのかでもまた変わる」

「実に興味深いですね」

「ああ、それからコーヒーについての見方も変わってね。今では苦みの強いコーヒーに味の濃いミルクを用意して、カフェオレを作るまでになってしまった」


 カフェオレに口を付け、一息ついてからフランクウッドは続ける。


「だからね、君もシェリー君について知ってみるといい。きっと、今とは違う見え方が待っている」

「……」

「私が思うに、彼女は確かに聡明だが、それでもまだ14歳の幼い少女であることには変わりない。今までも苦労し続けただろう、だからこそ、周りを頼りたがっているように思える」

「そのようには…………」


 シュバリエは暫く考える。今までのシェリーの振る舞いを。


「存外、自身の悩みや不安というのは相手になんとなくでも伝わってしまうものだ。もし、彼女との間に距離感を感じているのであれば、一度話してみるといい」


 カフェオレに口を付ける。


「お嬢様を理解し、頼られる存在に……?」

「頼られる存在になれとは言わないさ。ただ……」


 フランクウッドは少し考えた後、シュバリエに断りを入れる。


「人が傍にいて欲しい、頼りたいと思うのは、淡々とした感情の読めない機械じゃない。例え同じ機械だとしても、偽りでも喜怒哀楽があり、その行動に理解を示せるものを選ぶ」

「それは……」

「君が機械的だと言いたいわけじゃないさ。ただ、彼女もまた、君についてよく知らないってことだよ」

「……なるほど、私なりにも、今一度考えてみます」


 フランクウッドは頷いた。


「そうするといい。それと、また何かあれば私を頼りなさい、例え些細なことであったとしても話を聞こう」

「ええ、ありがとうございます」


 シュバリエはカボチャを被りそのまま席を後にした。


「……あの姿で人に見つからなければいいのだが……まあ、また今度でいいだろう」


 フランクウッドはカップを傾け気づく。


「おや、もうなくなってしまっていたか……」


 フランクウッドは、ふと、閉ざされた窓を見る。そして、指輪を撫でながら、自分に言い聞かせるように呟く。


「私は、魔女と人を繋ぎたいんだ。それは何年かかるかも、私が生きている間に叶うかも分からない。それでも、手の届く範囲であるなら、君たちのことも人々のことも救いたいと思う……」


 小さく、息を吐くようにして出た言葉。それは誰もいない部屋の中に溶けては、消えてゆく。

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