足跡と残滓 後
『残滓』の言葉は抽象的な表現だった。
どうするかとはどのような行為を望んでいるのか。
呪いとはいったい何を想定した状況であるのか。
すべてとはどこまでを示すのか。
滅ぼすというの意味はなんなのか。
クレハは内心でひどく呆れた。
大事な判断を押し付けようとしながら説明が無さすぎるのだ。
ひとに頼む態度ではない。相互理解というものをしないのはどうかしている。
アラクネットなら水を得た魚の勢いで叩かれているだろう。
「確認ですが……私たちが災厄と化し、この世界そのものを破滅させる。そういうことですね?」
「うん。その通り」
相互理解できているんかい。
考えてみればここはパメラの精神世界で、『女神の輝石』ともリンクしているのであれば口に出さずともそれなりの理解をすることは可能だろう。
仲間外れは自分だけである事実に気づきクレハはふてくされる。
「ごめん、口を挟ませてもらうよ。一国の『聖女』がそんなちからを持つかな?」
「塵も積もれば、だよ魔王クン。あ、この子たちを塵なんて表現は悪かったかな……」
布の集団へ『残滓』は済まなそうに手を合わせる。反応は無い。木の葉がすり合うような、かすかな音がさざめいただけだ。
「メァルチダが『女神の輝石』となり、代々の聖女がそのちからを引き継ぐうちに想定とは異なることが起きてしまった。分かるでしょうパメラ・ドゥー」
「『強制服従』のことですね」
「そう。ひとが、ひとのために、女神のちからを振るおうとするようになった。あまつさえ継承者たるこの子たちの自我を壊し、傀儡とされた」
『残滓』の後ろでスクリーンに無音で白黒映像が投影された。
主観で進んでいく映像だ。クレハはこれが誰かの記憶なのだと察した。
「壊されても完全には消えなかった様々な感情が『女神の輝石』に澱みとして溜まっていく。彼女たちが望んでなくとも、いつかは膨れ上がって暴発するかもね」
スクリーンでは短いシーンが続いていく。どれもがどこかぼやけていて心もとなさを感じる。服装も髪型も景色もシーンごとにがらりと変わっていき、これがひとりのものではなく何十、何百の聖女の記憶の寄せ集めだと知るのに時間はそうかからなかった。
パメラはスクリーンをじっと見ていた。クレハが焦れるぐらいには長い時間が経ち、ようやく口を開いた。
「国のために生きて死ぬのが『聖女』でしょう。いかなる扱いを受けたとして――それが私たちの役目だと、思っていたのですが」
周りが丸め込むために使う詭弁のようなことを、パメラはまじめな顔をして言った。
「それ『聖女』当人たる君が言うんだ……」
「ええっ、どうしよう。メァルチダもこの答えは考えてなかったかも」
クレハは深々と息を吐き、『残滓』は意外だったように手で口を覆った。
「聖女ちゃん、普通のひとはね、そんな重荷を背負えないもんなんだよ。だというのに無理やり使命を背負わされて、自我を奪われて道具として生きろなんてそんなひどい話は無いだろう」
「じゃあ私は普通じゃないと?」
「……君って、恐ろしく物分かりが悪い時がたまに来るよね」
映像は続いている。聖女たちは相変わらず動きもなく、喋りもしない。
残り滓というわりにはずいぶんと話す『残滓』はパメラの様子を伺っていた。
クレハは指先でドリンクホルダーの縁をなぞりながら言う。
「君の出生から考えても、選択肢はほとんどない人生だったはずだ。修道女か聖女、そのぐらいで。だけど他の聖女たちはもう少し――幸せなものかはともかく選択肢はあっただろう」
笑顔の家族に囲まれる誰か。鏡を見ながらプレゼントの化粧品を試する誰か。手紙を何度も見返して胸に抱きしめる誰か。
スクリーンは淡々と映像を流す。
彼女たちには聖女以外の未来があったはずだ。だが、才能があったばかりにこの道を選ばなければいけなかった。
自分をすべて捨てて。
「だから聖女ちゃんは役割だと言い切れる。だってさあ、君、なにも持っていなんだもの」
「……」
失うものがない。彼女を引き留めるものは何もない。
だから、自分をためらいなく差し出せる。
「はいライン越え、制裁の暴力~」
椅子を飛び越して『残滓』がクレハの脳天に拳骨を落とした。
「いっつ!」
「おうナチュラル失礼くん、ゴミ意見を並びたてて楽しいか~? 残留思念にここまでさせんじゃないっつーの」
「残留思念がこんなことしたら駄目だろうが!」
「一種のセーフティよ。メァルチダが、もし残された私があなたと会ったときのために組み込んでいたの。不適切な発言時は殴れって」
「はぁ!?」
「今は魔王クンと話している暇はないの。すまんね」
背もたれの部分に立ち、『残滓』はパメラを見下ろす。
「さてと、話を戻そう。パメラ・ドゥー、あなたはどうする?」
「どうする、というのは彼女たちを……消すとか、そういうことですよね?」
「うん。残念ながら私は彼女たちの存在に手を加えることはできない。今、ちからを引き継いでいるあなたにしかできないことなの」
「……」
眉にしわを寄せ、きつく目を閉じる。
たっぷりと沈黙したあとに、青い目を覗かせる。
「まだ、猶予はありますか?」
「少しだけはね」
「ならもう少し時間をください」
「長くは持たないよ。どのくらい?」
「国に戻り、王子に会うまでは。『強制服従』関係なく私も彼に会いたいので」
「オッケー」
あっさりとした軽いノリで『残滓』は親指と人差し指で丸を作る。
「彼女たちをどうするか考える時間も必要だもんね」
「いえ、それはもう決めました」
「ふうん。聞いてもいい?」
パメラは頷く。
「すべて、受け入れます」
意外な回答ではなかった。むしろ、そうだろうなとクレハは感想を抱く。
見捨てることのできない少女は、抱え込まなければ気がすまないのだから。
「そうくるかぁ。――そっかぁ。下手するとあなたと彼女たちの記憶と感情が入り混じって、自分が誰だか分かんなくなっちゃうと思うけど」
「だから、猶予が欲しいんです」
自分の足元を見ながらパメラは小さくつぶやく。
「王都に戻って、私がするべきことをしてからにしたいから……」
「そうだね。大事なことだ」
歴代聖女たちには己の身辺を整理する間も与えられなかったのに?
クレハが『残滓』の立場なら確実に小言として発言しただろう。だが『残滓』は眉尻を下げて悲しそうな表情で肯定しただけだ。まわりの聖女たちも沈黙のまま。
これ、寛容でないのは自分だけっぽいな……とクレハは思う。
「仲間にはちゃんと聖女ちゃんから言えよ」
とにかくそこは約束をすべきだ。強引にでも同意は得なければならない。
「僕に任すのはなしだから。勝手に消えたら不義理だからね」
「……はい」
どうやら黙ったままにしようとしていたらしい。
明らかに目が泳いでいる。
「魔王クンが不義理とか言えた立場なの?」
「ガチでウゼェ……」
とん、と『残滓』は椅子から降りてパメラの目の前に立つ。
「すべきことをするために、まずは起きないと。さようならパメラ・ドゥー。次会うときは大きな分岐点のさなかだろうね」
『残滓』は軽くパメラの肩を叩いた。円美の元気づける時の癖だとクレハはぼんやり思う。
パメラのすぐ後ろにいた聖女が、布を持ち上げて彼女の頭を優しく撫でる。
声はない。短い、一方的な触れ合いだ。
なにひとつヒントはないがパメラは目を見開いて振り向く。
「……シュリッテ様?」
反応はなかった。名残惜しげに離れたのを見ると、『残滓』はパメラとクレハに笑顔で両手を振った。
「残された旅路に、幸あらんことを」
次の瞬間には、『残滓』と聖女たちは消えていた。
スクリーンは何も映していない。
じわじわとライトが付き、劇場内が明るさを取り戻していった。
がらんどうの座席を眺める。
「彼女の言うとおり、起きようか。石化が解けているかも……いや、解けたな」
クレハはパメラの首を眺めながら訂正する。
彼女の首元には金色の線が走っていた。ちょうど折れた部分だ。
修復の成果がわざわざ精神世界まで表れたらしい。
「クレハさん」
「なに?」
出口に向かうクレハの後ろからパメラが話しかける。
「なにも持ってないって、どんな感じですか」
無視して二枚扉の片方を押して開けようとする。
びくともしない。
……もしかしなくても、パメラが拒んでいるのだ。クレハは肩を落とす。子どもの相手は苦手だ。
「君を引き留める存在がいないだろ。『いってらっしゃい』と背中を押すばかりでさ、『待ってよ』って手を掴んでくれるひとはいた?」
「……」
「空っぽだと僕は思っていたよ。女神の器にはちょうどいいのかもだけど」
「……クレハさんも友達いました? だいぶ嫌われてませんでした?」
「いや失礼だな」
「失礼なのはそちらでしょう。私だって嫌な気分になります」
「それは失礼したね」
「まあ、いいでしょう」
パメラはじとりとクレハを横目で見た後、片側の扉に手を当てる。
頑なだった扉は開かれた。
「どんな選択しても、まあ、居れる限りは居るよ」
「私には安価スレがあるので……」
「あれ以下なの僕!?」
光があふれる。
その中へふたりは身を投じた。




