終章
「祖母が、そんな…」
「ええ、私も驚きましたよ。まさか、歴史に名を刻んだ王に、こんな一面があったとは想像もつきませんでした」
既に温くなってしまったハーブティを口元に運びながら、マリアは答えた。
「宝物庫の定期点検をしていた際に、たまたまこれが発見されたんですよ。驚いたことに、全てイブラヒム王の直筆です。ここに書かれていることが真実であるならば、大陸中が大騒ぎになる。であるからこそ、ここに書かれているユーリ・カミールの子孫に話を聞こうと思ったわけです」
偶然発見されたイブラヒム王の手記には、衝撃的な内容が描かれていた。当時の人種差別、そしてそれをきっかけとして彼が人種差別撤廃へと動いたこと。そして何より衝撃的だったのが、彼が奴隷を使役していたという点である。
このことが公になれば、王室にとって大きなスキャンダルとなる事は容易に想像が付いた。しかし真実を世に知らしめるという点について、これをこのまま燃やす事は正しいのだろうか、というのが現政権の考えであった。
それゆえにこの手記に書かれている人物の徹底調査が行われ、最後にはアイリ・カミールへと辿り着いたというわけである。そして彼女に直接会うのは、王室統制局局長であるマリア・アレクサンドル自身が申し出た。
「あなた自身は、お祖母様について覚えていることはないんですか?」
「よくわからないんです…祖母は、幼い頃に亡くなってしまいましたから。それに母も、おばあちゃんは自分のことを滅多に話すことはない人だって、言ってましたから」
突然のことに、アイリは戸惑うばかりだった。祖父母の記憶はほとんど無く、また彼女らのことをよく知るであろう両親もこの世にいないのだ。
しかも初対面の人間に親族の逸話を聞かされても、どう反応していいのか分からない。ただ驚く事しかできなかった。
「そうですか…何か変わったことや、気になるところも?」
「…そういえば、一個だけありました。祖父母はたまに、どこか遠方へ出かけることがあったんです。行き先を訪ねてみても『恩人の墓参りに行ってくる』としか…でも今までの話が本当なら、アズリエルに行っていたのかも」
「確かめてみる必要がありそうですね」
墓守であるエリックはこう語っていた。
「そういやぁ、俺が若い頃には体に鱗のある老夫婦が、外の塀から中を眺めてたよ…昔からここは、王室関係者以外は立ち入り禁止だからな」
「それは、もしかして…」
「恐らくはお祖母様たちでしょう。さぁ、こちらです」
案内された場所には、イブラヒム王の墓碑が建っていた。そこは念入りに手入れされ、いまだ時が止まったかのように新しかった。共同墓地の中でも奥まった場所にあり、小高く目立つ場所に置かれていることを見るに、民からの支持が反映されていることが目に見える様である。
「ここが…」
「イブラヒム王の墓です。おそらく、お祖母様も花を手向けたかったことでしょう…さぁ、アイリさん」
「…はい」
アイリはそっと、墓前に花を供えた。
祖母が叶えることが出来なかった、唯一の事。時を超えて、それは成就された。
墓碑にはこう刻まれていた。
『誇り、そして愛の名を知る者
ここに眠る』
fin.




