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20.希望

 

 かつて彼女が交渉を担当した、グスマン商会代表のミハイル・グスマンだった。

 しかしその様子がおかしいのは明らかであった。両手両足を縛り上げられ、虚脱した表情のまま細い呻き声を上げるだけの彼は、とても正常とは呼べないであろう。


「彼に何をしたのですか?」

「簡単だよ。自白用の魔法をひたすら掛け続けた。仕舞いにゃ自我が崩壊して、この通り廃人になっちまったがな。

 そうしてお前らとの間に交わした密約、それら全てを吐いてもらったのさ。ついでに言うなら、契約書もしっかり回収させてもらったぜ」


 モンゴメリーが取り出したのは、かつてユーリがミハイルに渡した契約書だった。


「な…!」

「こんなもんを残しちまったのが運の尽きだな。俺たちが力ずくでこいつらを自白させるとは、予想外だったか?」

「返しなさい‼︎」


 次の瞬間には、ユーリは全力で地面を蹴り、モンゴメリーへと飛びかかろうとした。

 しかしもう少しで手が届きそうになる瞬間、彼を警護する者たちに阻まれた。彼女の俊敏な動きよりも早く、横にいた取り巻きのものは防護術式を展開し、それに阻まれる形となった。


「なっ!」


 ユーリの動きが一瞬止まった隙に、周りのもの全てが彼女を取り押さえた。両手両足を全て押さえつけられ、封印魔法さえかけられては、流石の彼女もなす術はない。


「くっ…」

「手癖の悪い女だな。こいつらのようなチンピラならともかく、俺に楯突いて平気だと思ってるのか?」


 モンゴメリーはニヤニヤと優越感に満ちた笑みを浮かべた。その卑しさを隠そうともしない顔は、ユーリにとってはこの上なく醜く見えた。自らの胸の内に嫌悪感が湧き上がるのを、彼女ははっきりと感じていた。


「…絶対に許さない」

「なら滅ぼしてみるか? こいつを脅したみたいによ。だがこいつらのような寄せ集めの集団と違って、俺たちは王国の近衛騎士団がついてる…そいつら全員とやり合ってみるか?」

「ぐっ…」

「帰って伝えろ。直に俺の方から、イブラヒムの方に会いにいく。それまでせいぜい震えて待ってろとな」


 その言葉に偽りは無かった。数日の後、イブラヒムの屋敷を訪れるとの旨が、手紙にて直接イブラヒム本人に渡された。

 ユーリとミハイルの身に何が起こったのかは、すぐにイブラヒムの耳に入った。そうしてイブラヒムは客間にて、彼が訪れるのを待ち続けていた。


「…まさか、奴が俺の寝首を掻きにくるとはな」


 それは完全に予想外の出来事であった。かつては幼年故に自分の意思を持たず、ただお飾りの王族と見なされていたモンゴメリー王子だったが、それがここまでに自らの意思を歪んだ方向に成長させているとは、誰もが夢にも思っていなかった。

 そしてまもなく、外から馬車の止まる音が聞こえた。間違いなくモンゴメリー王子たちであろう。この近辺で馬車を転がせるような身分の者は、そう多くはないからだ。

 無遠慮に扉を開ける音が響き渡った後、すぐにイブラヒムのいる応接間まで彼らはやってきた。


「よぉ、久々だな…義兄貴」

「…モンゴメリー」


 そう、二人は義兄弟であった。亡き先王の養子として引き取られたイブラヒムにとって、モンゴメリーが義理の弟にあたる。しかし彼が自分のことを兄と呼ぶのは、ついぞ記憶になかった事である。


「随分と人気が無いな。使用人連中はどうしたよ?」

「もうほぼ全員辞めさせた。ほぼ全員が奴隷出身だったからな、里に帰ったのさ」

「金も無いのにか?」


 モンゴメリーは鼻でせせら笑った。


「金は十分過ぎるほど渡してある。故郷に帰っても、よほど散財しない限りは食べていけるだろう」

「クックック…俺たちの金を、そんな薄汚い連中にくれてやったのか? 納税者全員がカンカンだろうなぁ?」

「私の金でやったんだ。それのどこが問題だと言うんだ?」

「問題だらけだろうが、ああ⁉︎」


 突如としてモンゴメリーは激昂し、テーブルを握り拳で叩いて立ち上がった。


「それらは全部俺が、この俺だけが受け取っていい金なんだ…あんな薄汚い非人種たちが受け取っていいものじゃねぇんだよ!」

「…そんなにも亜人が憎いか。なぜそうまで純粋種以外の人間を排斥しようとするんだ?」

「決まってるだろうが。奴らは人間の出来損ないだ。いくら知識を持っているように振る舞っても、結局は獣に過ぎねえんだよ。大方俺たちの金を掠め取ってやろうとでも思ってんのさ」

「なぜそう思う? 彼らだって学べば読み書きはできるようになるし、計算だって…」

「だからどうしたってんだ! 動物がなまじ知恵なんぞ付けたら、さらに都合が悪いってわかんねぇかよ‼︎ お前の財産だってブン取られてんだぞ? 大方お前から大金をせしめて、内心みんなほくそ笑んでるだろうよ」

「仮にそうだったとしても、みんな奴隷として非人間的な扱いを受けて来た…私がとやかく言える話じゃない」

「…話にならねぇな」


 あきれ返ったようにモンゴメリーはため息をつくと、椅子に座り直した。


「で、私に用とは何なんだ」

「もうわかってんだろ? 玉座を俺に明け渡せ。そんで、あんたはさっさと引退しな。それを面と向かって直接言わないと、気が済まなかっただけだ」

「…そこまで王になりたいのか」

「ああ、なりたいさ! 誰よりも憧れていた、俺の生まれてきた意味そのものを、お前みたいな偽善者に奪われてたまるかよ‼︎」

「…救いきれん奴だ」


 イブラヒムは耐えかねたように立ち上がり、踵を返した。


「そんなに欲しいならくれてやろう。戴冠式の日取りは勝手に組め」

「くっ…ははは! 意外と物わかりがいいじゃないか、義兄貴殿‼︎ あっはっはっは…‼︎」


 モンゴメリーは喜びからか可笑しさからか、腹を抱えながら笑い転げた。そうした言動は否が応でも、イブラヒムの神経を逆撫でする。

 苛立ちのあまり、彼は足早に応接間を後にした。後には甲高い笑い声だけが響き渡っていた。




 その夜、イブラヒムとユーリは同じベッドで寝た。

 最近は公務で疲れ切っていることもあり、イブラヒムは独りで倒れ込むようにして寝ることが多かったが、今回はイブラヒムの方がユーリに乞うて共に眠る事となった。

 そうして二人で眠る事は、ここ数年ついぞ無かった。何年かぶりにユーリの背を抱き、イブラヒムは呟いた。


「ユーリ、すまない…」

「…なぜ、謝るのですか?」

「俺は、何も出来なかった」

「……」


 ただ黙ったままのユーリの顔は、イブラヒムにもわからなかった。







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