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17.改革

「さぁ、どうだね…考えを改める気になってくれたか?」

「……」


 イブラヒムの真正面には、護憲派議員の一人であるマシュー・ペイジが座っていた。マシューは顔を硬直させながら、俯いてイブラヒムの足元を見るだけであった。


「マシュー…君の家は、代々アドナイ教を進行しているな。その教義と奴隷の使役は、矛盾が生じる…それは我が友、アイザック・ロレンゾも主張していることだ。君も内心、気付いてはいるんじゃないのか? この奴隷制が、君の信じるものを傷つけるものであることを」


 イブラヒムは、マシューもまた経験なアドナイ教信者であることを、既に情報として仕入れていた。ともすれば彼を説得する方法は簡単だった。ただ彼自身の良心に問い掛ければ、彼は簡単に折れるだろう。


「…そうかもしれない。だが私が奴隷制に反対してところで、一体何が変わると言うのですか? 奴隷は私たちを許しはしないでしょうし、憲法改正に肩入れすれば、私の地位は…」

「それについては、心配する必要はないさ。人事権に関しては私も、一応口出しはできる。それに私の考えに内心共鳴している人間は大勢いる。ただ表面化していないだけなんだよ、君のように」

「……」

「君の身分は保障する。だから、協力してくれ」


 マシューは無言で頷いた。





 その頃イブラヒムは、護憲派議員の家を一軒一軒訪ねていた。一国の王であるイブラヒムが、変装しながら人の家を回るというのは、ある種の異常事態であった。だがこうした地道な根回しこそが、彼の目標とする憲法改正への一歩となることを知っていた。

 直接イブラヒムが訪れた家の人間は、目を丸くした。国のトップであるイブラヒム王が直接家に乗り込んできたとなれば、それは当然の反応だろう。そうして彼自身か身体を張り、一人一人を説得していくのは骨が折れたが、しかしそれは一番確実な手段でもあった。


「さて、次は…」


 彼は次の家へと向かっていった。しかし今回の相手は、一筋縄ではいかないことが予想された。彼には両親に訴えることは、おそらくは通じないであろうことが予想されたからだ。




「で、それで私に何の見返りがあるのですか?」


 目の前の男は、椅子の上でふんぞり帰りながら答えた。


「何か報酬が望みかな?」

「当然でしょう。世をひっくり返しかねない事案ですよ、これは。善意だけでどうという話ではありませんよ」


 流石のイブラヒムも、苦々しげな表情を隠す事ができなかった。

 ロジャー・デルマ元老院議員。彼も保守派議員であるが、その俗物ぶりは皆の知るところである。不正献金や買春といった数多くの悪事を、議員という身分の元に正当化してきた輩であったが、元々は王室統制局出身でイブラヒム以外の王族とのコネクションも強く、表立って叩けないというのが現状であった。

 しかしこうした人間は逆にイブラヒムにとっては扱い易かった。要するに彼の即物的な利益を与えてやれば、それで躊躇いなく首を縦に振る。

 イブラヒムは金貨のずっしりと詰まった麻袋を、足元に放り投げた。


「これは前金だ。法改正が進めば、これの三倍はやろう。一生かかっても使い切れんだろうよ」

「ふふふ…流石は陛下だ、わかっていらっしゃる」


 腸が煮えくり返るような感覚に、またしてもイブラヒムは表情を歪めた。ここまで利己的かつ醜悪な人物とこれ以上関わる事を、生理的に拒否していた。


「繰り返すが、くれぐれも約束を違えるなよ。その瞬間、お前の命はないと思え」

「わかっていますよ。私は損得勘定のできる人間ですからね」


 ロジャーは卑しい笑みを浮かべた。


「…お暇するよ」


 その不愉快な表情に、イブラヒムは背を向けて立ち上がった。




 その日の夜更け。自室に戻ると、そこにはすでにユーリが控えており、その手には既に書類の束が握られていた。


「首尾は完璧のようだな」

「ええ。不正献金の証拠は全て、この中に。あとはこれを各報道機関に流せばいいだけです」

「よくやってくれた。すぐに記者たちにそれを渡すんだ。既に連絡は取ってある、行って来い」

「はい」


 そういうとユーリは、静かにドアを開けて出て行った。

 その後ろ姿を見て、イブラヒムは静かに拳を握りしめた。


(もう少し…もう少しだぞ、ユーリ)




 緊急招集された議会の中は、既に緊張感が漂うものとなっていた。

 それもそのはず、ティアーノ現政権との不正な蜜月は白日の元に晒され、その中には閣僚の関与が疑われるものまで存在したのだ。今や現体制への不信感は極限まで高まっており、決定的な打開策を打ち出す必要があった。


「なんということだ…まさかこんなことになるとは」

「おい。その口振りは、お前も関係しているということか?」

「馬鹿なことを言うな! 大体お前こそどうなんだ、この野郎‼︎」


 王を含めた国のトップが集結する場において、あろう事か掴み合いが始まった。それほどまでに事態は逼迫し、互いが疑心暗鬼に陥っていた。


「静かにせんか‼︎」


 イブラヒムが思い切り机の上を握り拳で叩くと、ドンと大きな音が響き渡り、室内に沈黙が流れた。この部屋の主人とも言うべき国の最高権力者が激昂することによって、一気に会議の主導権はイブラヒムが握ることとなった。


「まさか私の顔にまで泥を塗ってくれるとはな…この国の王も下に見られた物だ」


 眉間に皺を寄せ、その場にいる全員を睨み付ける。猿芝居だと思いながらも、イブラヒムは怒りの表情を保った。彼らのうち何人かがティアーノや汚職官僚たちと癒着していたことは、初めから内偵により知っていた。だがそれを悟らせず、あたかも寝耳に水といった表情をキープすることで、彼らの罪はより深いものへとなるのである。


「奴隷の使役による利益が、そんなに大事か? それによりこの国の中枢が安く見られてでもか」


 その場にいた人間は俯き、何も言えなくなった。


「この悪しき体制は、いかなる手段を使っても改革せねばならん…異論はあるまいな」


 かくして、イブラヒム王による改革の第一歩は踏み出されたのであった。

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