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11.王国憲法第15条

 議事堂に集まったのは、アズリエルを統べる元老院議員達で埋めつくされていた。

 ここで自身の、新たなる戦いが始まる。その事を感じながら、イブラヒムは静かに息を飲んだ。


「…では、これより第31回本会議を始めます」


 議長の発言により、全員が静まり返った。辺りは水を打ったように静かになり、いよいよ法案を通すための戦いが始まろうとしていた。


「本日の議題である、アズリエルにおける貴族制および階級制についての法制案についてですが…え〜…」


 議長がチラリと横目でイブラヒムの様子を見た。イブラヒムは事前に自らの案を議長に提出していたが、その時の自らの目を疑うような表情は今でも忘れられなかった。ジャスティン王の養子でもあるイブラヒムに足して忖度したのか、案自体はすんなりと通った。だがそれは、この国会においてそれがまかり通るかは別物である。


「具体的な説明は、イブラヒム・クリュス議員からどうぞ」


 イブラヒムは公の場に立つ際は、既にジャスティン王の旧姓を名乗っていた。王族であることを必要以上にひけらかしたくはなかったが、それでも何かと王族の意向は役に立つ。現にこうして議長は自らの考えをあっさりと受け入れた。


「イブラヒム・クリュスです。未だ若輩の身でこの場に立てることを、非常に光栄に思います。初めての国会にいささか緊張致しますが、私の現階級制度についての考えを述べさせて頂きます」


 イブラヒムは一間置き、深く息を吸ってから、全員の響き渡るような明瞭な声で言い放った。


「私は奴隷制、及び貴族制の撤廃を要求します」


 途端に周囲がどよめいた。それは当然の結果であった。貴族の中でもトップクラスのルイス公爵家出身で、現在は王族に養子に取られたヒエラルキーの頂点に立つ男が、その身分の全てを否定するような発言をしたのだ。普通ならば気が狂っていると思われてもおかしくはないだろう。

 しかしイブラヒムは意に介さず、自らの考えを述べた。


「ご存知でしょう。アズリエル国内で、非純粋種による蜂起が相次いでいることを。亜人種による奴隷商人や貴族への暴行及び殺害件数は増加傾向にあります。彼らは徒党を組み、数の力で我らに拮抗しようとしています。そして何より厄介な現象として、今まで服従していた奴隷たちも、こうしたニュースを聞きつけ、主人である我々に対して反抗する勇気を持ってしまう事です。まさしく小さな火種から飛び火し、より大きな火事へと変わって行った事例です。

 警察権力による締め付けも無意味でしょう。脱走奴隷による集団蜂起ならまだしも、家庭内で起こる奴隷の裏切りによる殺人は防げない。ならば現行の奴隷制を撤廃し、彼らの蜂起の原因自体を取り除く他ありません。元より貴族を始めとする人間の支配階級による、非純粋種に対する迫害や身体的・精神的虐待は目に余るものがあります。人道的観点から見ても、こうした制度を撤廃することが、アズリエル国内の治安維持に最も有効かと思われます」

「ぷっ…はっはっはっ!」


 その言葉を聞くと、幾人かの議員は声を上げて笑い出した。


「何を戯けたことを! 防止策と言うならば、魔法術式による行動の制御をもっときつくすればいいだけの話じゃないか。実際、幾つかの奴隷商でも、そうした対策を練っているところはある。

 何より現行の身分制度を丸ごと排したところで、一体何になるというのだ? 我々が有してきた歴史、文化、芸術、それらは全て破棄せよというのか? 似非人道主義で我らの尊き歴史を捨て去れなど、売国的だ!」


 言葉を取り繕ってはいるが、世するに彼らの主張は皆例外なく、自らの財や地位が奪われるなど言語道断だと言う話だった。それがイブラヒムには手に取るようにわかった。

 臆することなく、イブラヒムは反発してきた元老院議員に向かって言った。


「私は何も人道主義だけに基づいて身分制度の撤廃を要求しているのではありません! もし道徳的観点だけで今の事態を解決しようとするならば、身分制度を維持したまま、奴隷に対する人権保障制度を充実させようとするでしょう。

 しかしそれだけでは足りない理由が他にもあるのです。私の話を最後までお聞きください」


 イブラヒムは資料用の紙に紙に目を通しながら、説明を始めた。


「我々の奴隷たちを維持するための費用は、常に我々貴族達の財政の足枷となっている。その事は、ここにいるみなさんはよくお判りのはずだ。

 我々貴族ですらダメージを免れないというのなら、一般市民はどうでしょうか? ただでさえ高価な奴隷を、莫大な維持費をかけて所有し続ける。それが原因で破綻した人間は山ほどいるのです。調査によれば、民間の破産申請の数が3年前に比べ、2倍近く膨れ上がっています。これだけでも問題ですが、それ以上に問題なのが消費の冷え込みです。

 消費者物価指数は年々減少傾向にあります。これは民間人だけでなく、我々貴族でさえも財政を圧迫されている事が要因でしょう。所得格差も開く一方となれば、その結果として訪れるのが少子化です。子供を産み、育てることも莫大なコストが掛かる。そうなれば、今の財政状況で子供を産むことを制限するのが、自分たちの財布を守るベストな手段となっていく。

 しかしそうなれば、我々の未来は暗くなっていく。税収は滞り、若者は高齢者を支えるので手一杯。行き着く果ては国家の破綻です。

 そうした未来を防ぐためにも、我々は現在の身分制度を撤廃し、新たなる時代を作る必要性があるのです! これは私の理想論ではありません。現実的利益を主眼に置いた、我々自身を守るための手段なのです!」


 周囲の議員たちも、何割かは真剣にイブラヒムの話に耳を傾けていた。彼の説明通り、貴族の家柄をバックボーンとする元老院議員たちにも、奴隷の維持による財政の圧迫は身近な問題だったからである。

 何よりイブラヒムの現実的な経済施策としての身分制撤廃というのは、彼らにとっても一考に値するであろう。

 しかし半分以上の議員は露骨に軽蔑した表情を浮かべるか、あるいは嘲笑するかのどちらかだった。


「冗談じゃない! 王国憲法第15条を知らないのか? 『然るべき教育や知識を持つ人間を貴族階級と定義し、また貴族階級は、市民階級の人間を導く権利と義務を持つ』。これは憲法に認められた自由…いや、我々の義務なのだ! あんたの言っていることは、れっきとした憲法違反だ‼︎」

「そうだ! 俺たちはこんな不敬を許さないぞ」


 議事堂内はたちまちブーイングの嵐となった。ヤジや罵倒が雨霰(あめあられ)と降り注ぐ中、アイザックだけは一人腕を組み、イブラヒムの方を見つめていた。


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