最終話 英雄、その物語
レイが次に目覚めたとき、そこは真っ白な空間だった。色彩も奥行きもなく、ただ真っ白な空間が広がっていたが、不思議と嫌な感じや虚無感を覚える事は無かった。
「ここは…?」
レイの最後の記憶は、爆発するアルケーの中で息絶えていく映像だった。側にエレナを抱き寄せながら、意識を失っていく感覚を鮮明にレイは思い出せた。
「え…? 私、どこに…?」
すぐそこには、エレナが立っていた。傷一つなく、まるで先ほどまでのことが嘘のようだった。
「エレナ…? 無事なのか⁉︎」
「レイ様…正気に戻ったんですね!」
「ああ…よかった…」
二人は抱きしめ合った。もう二人で生きて互いの温もりを感じ会えることなどないと思っていたレイにとって、この出来事はまさしく奇跡と呼んでいいことだった。
「ここは、一体…」
「俺にもわからない。多分、俺たちは死んだと思うんだが…」
『ここは、まだお前らが来なくていい場所だぜ』
背後で聞き覚えのある声が響いた。その声を聞いた途端、二人は振り返った。
「…嘘だろ」
「みんな…」
『久しぶりね。レイ、エレナ』
『伍長、ご無沙汰です!』
ライリー、リナ、ジャマール。かつての戦場を共に戦い抜いた仲間たち。そして心に同じ傷を負った者同士。もう声を聞くことすら叶わないと思っていた、誰よりも大切な人間たちだった。
「ライリー…リナ…ジャマール…!」
レイは仲間たちの所に駆け寄った。
「…っぐ…うっ…ごめん…俺は、力を持ってるのに…っ、みんなを助けることが出来なかった…最後まで、仲間を助けることができなかった…ごめん…」
「私もですっ…どれだけ体の傷を治せても、心の傷までは治せなかった…みんなを助けられなかった…っく…ごめんなさい…」
『ったく、まだそんなこと言ってんのか? しょうがねえ野郎だぜ』
『私たちは、ずっと救われていたのよ。あなた達が、今も生きて誰かを救おうと必死だったから』
『そんな伍長やエレナさんが、みーんな大好きなんですから!』
その触れる体には、確かに温かみを感じた。まるでみんなが生きて笑い合っていた頃、まだ戦場を体験する前に戻ったかのようだった。
『まぁ、俺は別にお前が死のうと生きようと関係ないんだが…貸したモンは返して貰うぜ』
「…カイン」
いつの間にか、側にはカインが立っていた。かつてと変わらない白髪と白い肌だったが、しかしその目はだいぶトゲがなくなり、表情も穏やかだった。
『俺の剣を返してもらうぜ。神様を消し去った以上、もうお前が武器で戦う必要は、もう無いはずだからな』
「…ああ、そうだな」
レイはカインに大剣を手渡した。それは恐らく、レイと仲間たちとの約束…もう争いを起こさせないと言う約束が、果たされた事を意味していた。
「…今までありがとう、カイン」
『へっ、なんだよ気持ち悪ぃ。まぁ、あとは恋人と現世でイチャつくなり、好きにしな』
心なしか、カインの顔は微笑んでいるようにさえ見えた。
『剣なしでも、まだやれることはあるだろう?』
『僕たちの場所に来るのは、まだ早すぎるよ』
『大丈夫。今ならまだ引き返せるわ』
そして今度はハリー、ジャクソン、イリーナが現れた。
「イリーナ…私…」
『…エレナ。出来る事なら、ずっとここにいて欲しいけど…あなたはまだ死んではいけないわ。
大丈夫よ。私はいつも、見守っているから…あなたが人を救うたびに、私たちは救われ続けるから…だから、生きるのよ』
「…うん」
『俺たちが死んだのは無駄じゃないと、証明しないとな』
『そういうことだよ。僕たちのためにも、もう少し生きるべきなのさ』
「…ああ」
そして、意外な人物も現れた。
『その通りだ。俺を殺した償いは、この程度生きたぐらいでは治らんからな』
それはかつての宿敵であり、自らの罪のある種の象徴でもある男だった。
「…ディミトリ・ラファト」
『久しぶりだな、勇者…いや、もはや英雄と呼ぶべきか』
ディミトリは静かにレイを見据えた。
「…俺のこと、さぞかし恨んでいるだろうな。殺したければ、殺してもいいんだぞ」
『ふっ…そうしてやりたいのは山々だがな、そうすると、今度は私が亜人の同胞たちに恨まれてしまいそうなのだよ。なので、今回は生かしてやる事としよう。この貸しは高いぞ、英雄よ』
「…ありがとう」
そして、最も聴き慣れた声が聞こえてきた。
『お前らは、まだもう少し生きてもらわないとな。そりゃ俺自身が死んじまうって話だからな』
その声、顔、体躯…全てがレイにとっては、よく見慣れたものだった。
「加藤、玲…」
それはかつてリチャード王と呼ばれた、本当の加藤玲だった。
『お前らが、地上で俺たちを忘れない限り…俺たちが苦しむことはない。だから、早く現世に帰れ。きっと…世界は望んでる。俺とお前を、必ずな』
「玲…」
皆が優しく微笑みながら、レイ達を見守っていた。
『また会おう、英雄よ…その生涯を全うしたら、また会おうぜ』
「…ああ、ありがとう。みんな…」
「きっと、会いに来るから…さようなら」
そうして、景色はぼやけていった。
地上では解析班が、ズーロパ現地から衛星上のアルケーの様子を観測していた。既に地上へと脱出したサリーとエレナは、ニコラスが派遣した調査隊と合流し、既に彼らの保護下にあった。
地上に貼った仮設テント内では、多くの機器と術式による計測が行われていた。
「おそらく、アルケー内にあったミスリルと、何某かの同調が起こったと考えられます。凄まじいエネルギー放出が起こったせいか、電磁波によるノイズが酷く、計測が難しい状況です…」
「そうか…」
「生体反応は無いのか⁉︎」
「今のところ分かりませんが…この状況です、期待できないでしょう」
「…だよな」
サリーとマリアは目を伏せた。
「…⁉︎ これは…大気圏より、高エネルギー反応有り! こ、これは…」
「何だと⁉︎」
「そりゃ…まさか!」
サリーとエレナは、急いでテントの外に出た。
雲ひとつない青空にも映えるほどに眩い輝きを纏いながら、二人は空より降りてきた。
固く手を繋ぎ、もう生涯離れないと誓うかのように、抱き合いながら、ゆっくりと青空から姿を現した。
「…レイ、エレナ!」
サリーとマリアは、駆け寄った。
それは、英雄の物語の収束でもあった。




