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第十五話 信じるもの

「うわああああああっ‼︎」


 悲痛な叫びを上げながら、サリーはエレナに向かって駆け出した。


「こ、コーヴィック!」


 マリアも折れた肋骨を押さえながら、体の片側を引きずるようにしてエレナの元に駆け寄った。


「エレナ! 死なないで、エレナ‼︎ エレ…ナ………」


 その血だらけのエレナの体を抱き寄せたサリーの表情が、一瞬にして凍りついた。


「うそ…息…して、ない…」


 恐る恐るマリアはエレナの手首に指を当てると、絶望しきったような表情で俯いた。


「…脈がない…完全に死んでる…」

「嘘…いや、嫌だよ! 嫌だ! エレナ‼︎ いやああああああっ‼︎」


 サリーはエレナの亡骸に縋って泣き崩れた。その姿は、いつもの気丈な姿からは想像もつかないほど弱々しく、そして痛々しいものだった。

 マリアの体はわなわなと震え、掌の骨が折れんばかりに強く両手を握りしめていた。


「き…貴様…よくも部下を…親友を…絶対に許さん!」


 渾身の力を込めて、マリアはサーベルの先端をレイの腹に突き立てた。しかし人並外れた耐久力を持つレイの身体の前に、通常の武器攻撃はほとんど無意味だった。筋肉の表面を多少傷つけた程度であり、出血すらほぼ無かった。


「くそっ、くそぉっ‼︎」


 激情の赴くまま、ただひたすらにマリアはレイの体を切りつけ、刃を突き立てた。それだ無駄だと言うことさえ今のマリアには判断できなかった。そうして我武者羅に剣を振るう内、とうとうその刀身自体が俺、その半分が宙を舞い、やがて地面に力なく落ちた。


「くっ…ちくしょう…返せ…私の部下を、返せ…!」


 そうしてマリアは、力なくレイの足元に崩れ落ちた。


「……………ナ」


 ふと、自分の頭上に何か滴のようなものが滴り落ちてくるのを、マリアは感じた。


「……エレ、ナ…」


 レイはいつの間にか、涙を流していた。全く表情を変えず、ただ両眼から涙が零れ落ちるだけであった。

 そしてレイの頭の中には、これまでの日々が走馬灯のようにフラッシュバックしていった。




『どれだけ力があったとしても、人の心までは支配できないはずよ!』


『あなたは別に私を愛しているわけじゃありません。ただ支配して思い通りにしたいだけでしょう?』


『私、目覚める資格なんてないんです…』




 それは前世までも含めた、輪廻と逢瀬と別離の記憶だった。二人は知らず知らずのうちに、幾度となく出会い、そして別れていった。そのどれもが、エレナがレイによる支配を拒み、それに怒ったレイがエレナを殺すという酷いものだった。

 そして奇跡的に、これまでの憎しみを捨て去ったレイ・デズモンドと結ばれることができた。負の感情を捨て去ることによって、ようやく愛し合った。それは彼の宿願であった。

 しかしそれも終わった。彼自身が、エレナを殺してしまったからだ。



「エレナ……」


 そのままレイは膝から崩れ落ちた。目の前の悲劇に、ただ俯く以外の事が出来なかった。


「デズモンド…正気に戻ったのか?」

「おい、レイ! しっかりしろ‼︎」


 問いかけにも反応せず、レイはただ黙りこくっているばかりだった。まるで糸の切れた操り人形のように、ダラリと四肢から力が抜けきっていた。

 やがてゆっくりと立ち上がり、巨大なミスリルの前までおぼつかない足取りで歩いて行った。そうして手をかざし、重力の術式を展開すると、魔法でミスリルの結晶内にあるコードの一つを断ち切った。


『ぐっ、ぐがああああああっ‼︎』


 突如として、スピーカーからノイズまじりの絶叫が響いた。


「生命維持用のコードを一つ切っただけで狼狽えるようなヤツが、俺たちの神様だと? 笑わせるな」


 レイは静かに、目の前の肉塊を見据えた。


『や、やめろ! 貴様、わかっているのか⁉︎ 私と同調している以上、私を殺せばお前も…』

「知ってるさ。それがどうした」


 続け様に二本、三本とコードが断ち切られていく。その度に、響き渡る声に苦悶が色濃くなっていった。


『あ…が…』

「ぐあああああっ‼︎ グッ…がはっ!」


 それにつれて、レイの体に次々と裂傷ができ、勢いよく血が吹き出た。さらには吐血し、辺り一面に血の池を作った。しかしそれほどのダメージを受けても、レイは目の前の肉塊を鋭く見据え、目を逸さなかった。


「エレナは…俺の全てだった。俺がこの世界に生まれる前から、ずっと………それが、お前と記憶を共有して、わかった。それを、お前と俺のエゴで殺したんだ!」


 そしてレイは、大剣を地面に突き立てた。


「お前のような奴が神様なんて名乗るんじゃねぇよ! 俺たちが信じるものは、俺たちが決める。消え失せろ‼︎」


 その大剣は神々しく輝き、そして背後にある機械やミスリルの周りに電流が走った。空気は荒々しく震え、今にもサリーやマリアたちを舞い上げんばかりだった。


「うおおおおおおおおっ!」

『ぎゃあああああああっ‼︎』


 部屋の所々が爆発した。部屋の外からも轟音が聞こえ、至るところで爆発音が鳴り響いた。おそらくは膨大なエネルギーが、このアルケー自体を爆発させんばかりに暴れている。そうしたエネルギーに晒された肉塊は、断末魔の悲鳴を上げながら痙攣し、最後には結晶内で欠片も残さずに霧散していった。

 全ての力を使い切り、神を自称するものを倒したレイは、力なくその場に倒れ込んだ。


「デズモンド!」

「レイ!」


 その場にマリアとサリーが駆け寄った。


「う…ぐ…」

「ひでぇ…魔法の過負荷か? いや、それにしたって…」

「デズモンド! しっかりしろ‼︎ くそっ、出血が…」


 ビー! ビー!


 その時、突如として部屋の中にけたたましい警報音が鳴り響いた。


『警告、警告。マザーコンピューター”Divus”の致命的ダメージにより、管理者権限によるアルケー機密保持令により、セキュリティシステムによる浄化、及びバイオハザード阻止のための消去を行います。職員の皆様は、速やかに避難してください』


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