第九話 記憶
「にしても…すごい真っ白ですね」
正妻の余裕なのか、荒ぶる二人を他所にエレナは冷静だった。
「ああ…埃も殆どない。管理が行き届いているように見えるな。とりあえず、外に出てみよう」
いがみ合うサリーとマリアを両脇に纏わり付かせたまま、レイはワープホールの外に出た。
「コーヴィックの姉のくせに、どうしたらそんな知能指数が動物並みになってしまうのか、不思議でしょうがないな!」
「テメェこそ王族だからってスカした顔しやがって! レイの元上官だかなんだか知らねぇが、調子こいてんじゃねーぞ‼︎」
「はいはいはいはい、わかったから、もう二人とも離れなさい」
そう言っててレイは、自分の胴体からサリーとマリアを無理矢理に引き剥がした。
「喧嘩だったら後でしなさい。今はそれよりも、地上のロボット兵たちを止めることが先です」
「そ、そうだったな…私としたことが、つい冷静さを失ってしまった」
「わ、悪ぃ…ヒートアップしちまった」
「さて、ここがアルケー内部なわけだが…用心して掛かろう。恐らくはセキュリティも生きているはずだ」
あれだけの大軍勢を地上に差し向けれるのだから、恐らくは今もメインの動力は生きている。そうなれば侵入者を排除するための機能も未だに存在していることは、想像に難くなかった。
「さぁ、行きましょ…う……?」
不意に、レイは目眩を感じた。まるで脳髄を直接横に揺さぶられたような感覚に、思わずレイの足元はよろめいてしまった。
「れ、レイ様?」
その様子にエレナが声をかけるが、その声すらもレイにはすでに遠いものに聞こえていた。
その直後、レイは奇妙な光景を目にした。
真っ白で機械的な部屋、白衣を纏った無表情な人々、所々に響く機械的でデジタルな音。
不思議なことに、レイはそれら全てを日常的で当たり前の事として受け止めていた。転生した異世界では愚か、前世でもレイはこのようなハイテクな光景は目にしたことはない。にも関わらず、レイはそれら全てによく見覚えがあり、毎日見るものとして捉えていた。
そしてそれと同時に、周囲の嘲笑や侮蔑といった負の感情も、レイの肌に突き刺さるように感じられた。周囲の人間がこちらに向ける露骨に見下した様な表情に、明らかに自分を笑うようなヒソヒソ話。
そうした光景に、レイの中に深い絶望や悲しみ、そして怒りと憎悪が激しく沸き起こった。許せない、許せない、許せない…その感情はレイの五感全てを埋め尽くすようであった。
「デズモンド、しっかりしろ!」
「おい、レイ! どうしちまったんだ?」
瞬時にレイの意識は引き戻された。視界には心配そうにこちらを見かけるエレナとサリー、マリアの姿があった。
「ああ、いや…なんだろう、一瞬…白昼夢か何か…」
そう、まるで白昼夢のような、しかしやたらとリアリティがあり見覚えのある景色だった。なぜあんな光景を見たのか、レイ自身にも全くわからなかった。
「とにかく、進みましょう。ここで立ち往生していても仕方がない」
そう言って、レイは先頭に立って廊下に出た。するとそこは廊下であったが、その窓からは驚くべき光景が広がっていた。
窓の外は一面に浮かぶ深淵の闇と、その中に浮かぶ青い色の球体…現在の人類が息づく惑星が、レイたちの眼下に広がっていた。
「すごい…これは」
「あ、あれが私たちの住んでる星なのか⁉︎」
「何という事だ…まさか生きているうちに、肉眼で見ることが叶うとはな」
皆それぞれが息を飲んだ。レイをも含め、皆それぞれが宇宙空間を初めて見る上に、尚且つ異世界の人間は宇宙工学が発展していない状態なのだ。もはやこのような光景は彼女たちにとって奇跡に違いない。
しかし妙なことに、レイは殆ど感動を感じなかった。それどころか、どこかこの光景に見覚えがあるような気さえしてきているのだった。
(なんだ…俺は、この光景を…見たことが…?)
加藤玲の記憶の中にも、このような景色は一切無い。しかし何故だかレイにはこの光景に既視感を感じているのだ。
「…そうだ、俺は…知ってるぞ。確か、この通路の奥には…」
そういうと、レイは駆け出していた。
「あ、おい!」
「れ、レイ様⁉︎」
そうして駆け出した先の、突き当たりの部屋にレイは向かっていた。そうして自動ドアが開くと、そこには何列かに分かれた二段ベッドが多数並べられていた。
「こ、ここは…?」
「就寝室…間違いない…俺は、このベッドで寝た記憶がある」
「え?」
レイの発言に、一同は困惑した。しかし当のレイはしっかりと肌で覚えていた。同僚たちの煩いイビキ、ヒソヒソと語らう声、背中に感じる硬い無機的なマットの感触。それらはレイの肉体にしっかりと刻まれたものであり、それを疑う事は出来なかった。
「そう、確か…このブロックに、モニタールームがある」
「モニタールーム?」
「確か、こっちだ」
自然とレイの足が動いた。まるで何度となくこの部屋から、目的地まで自分の足で歩いたことがあるとでも言うようだった。
その足が向くままに行くと、部屋にたどり着いた。自動ドアが開くと、確かにそこには巨大なモニターとタッチパネルがいくつも取り付けれていた。
「確か起動コードは…これだ」
指先が動くままにパネルに触れると、突如としてモニターが起動した。そこにはこの施設で行われていたミスリル研究に関するデータが、事細かに表示されていた。
「こ、これは…ここのミスリルに関する研究データか?」
「なんで、お前がこんなのを知ってんだ?」
「わからない…俺にも何がなんだか」
レイの両手が微かに震えた。
「何で、俺は知ってるんだ…これは、植え付けられた記憶じゃないのか…?」
「おい、レイ! しっかりしろ‼︎」
「レイ様、気をしっかり持って!」
レイの様子に、全員が当惑するばかりだった。しかし一番頭の中が混乱しているのはレイ本人だった。初めて見る景色、知らないはずの場所、それが何故こんなにも肌で知っているほどに記憶に焼き付いているのか。
突如として、視界が暗転した。
「⁉︎ な、なんだ! みんな‼︎」
視界を照らしていた光源が、全て消えてしまったからだという事に気がつくのに、レイは少々時間が掛かった。
「エレナ、サリー、大佐! みんな、どこだ⁉︎」
しかし声は乱反射するばかりで反応はない。
やがて電気が復旧し、部屋を再び照らしたが、仲間たちの姿は消え失せていた。まるで一瞬のうちに煙になって消えてしまったかのようだった。
「⁉︎ そんな、一瞬の間に、どうやって…」
まるで大きな音も、抵抗するような声も、一切聞こえなかった。3人とも戦闘経験のある人間にも関わらずである。
「いったい何処に…考えろ…俺が、本当にこの施設に見覚えがあるなら…」
そう、理由こそ不明であるが、レイはこの施設の構造に詳しいようであった。であるならば、この施設に要になる場所も知ってはいるはずだった。必死にレイは記憶の中を探った。
(そうだ、確か…この通路の二番目だ)
感覚的ではあったが、そこの通路には見覚えがあった。体に感じる強い衝動、果てることのないような欲望。何かが自分を呼んでいるような、あるいは自らがそれを渇望しているかのような、例えようもない感覚に陥ったまま、レイが躊躇うことなく通路を走り抜けた。
突如として、頭にピアノ線と通した様な痛みが走った。
「ぐっ⁉︎」
すると眼前にまざまざと忌まわしい記憶と感情が湧き上がってきた。周囲が自分を蔑み、笑う声。それがハッキリと自分の耳で感じ取れた。




