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11 その後の魔女はというと

 白雪が負けを認める宣言をし、ゲームは終了した。とりあえず、乗り切ることができたようだと、丈は大きく息をついた。

「えっ? 終わりなの? なんで、どういうこと? 私何もしてないんだけど?」

 状況が理解できていない阿澄は丈と白雪を交互に見遣って頭の上に疑問符を浮かべる。阿澄にはあとで教えてやればいいだろう。

「……よくナイフなんか持ってましたね」

 白雪は、丈の右手の中に収まった小さなナイフを憎らしげに見た。

「ああ……実は、あんたが仕掛けてくるゲームは毒リンゴゲームだって前もって聞かされてたんだ。で、俺はリンゴをそのまま丸齧りすると出血するくらい歯茎が弱いんで、食べやすく切れるようにと用意しておいた」

「面白い冗談ですね」

「まぁ、仮に俺が持ってなかったとしても、この部屋に刃物の一本くらいあるんだろ? なんか、あんたってリンゴを大口開けて丸齧りしそうにないなぁ、って勝手なイメージで思ってたから」

「確かに、戸棚を探せばナイフくらいありますけどね」

 白雪は疲れたように溜息をつく。

「約束ですからね、今後一切、魔法の鍵を奪おうとする行為は致しません。勿論、あなたやあなたの友人、ご家族にも危害を加えないことを約束いたします」

 丈は小さく頷く。本当のところ、友人はともかく姉たちの安全までは別に保障してくれなくてもよかったのに、と薄情なことを考えていたが、向こうがそう言っているのだからありがたく恩恵を受けておこう。

 目的は果たせた。魔法の鍵を狙う魔女を退け、阿澄の身の安全を守った。魔法も使えないのに魔女と一戦交えたにしては、上々の結果である。

「阿澄、帰るぞ」

「えっ? 帰っていいの? 今来たところじゃん」

 いまだに状況についてこれていない阿澄の腕を引き、丈は天井の入り口に向かう梯子に手をかけた。その背中に、白雪が声をかけた。

「一つ、忠告しておきます」

「……?」

 振り返ると、白雪が立ち上がり、スカートの裾の埃を払うところだった。余裕でいっぱいの笑みは鳴りを潜め、ただ静かな微笑みだけを唇に湛えていた。

「私を退けたからと言って、安心しないことです。魔法の鍵を狙う魔女はいくらでもいますし、グリムの魔女も、知ってのとおり私の他に五人います」

「……まさかとは思うけれど、あんたって、『奴は六人の中で最弱』『グリムの魔女の面汚しよ』とか言われるタイプ?」

「失礼な! そんなわけありませんのよ!」

 白雪は心外そうに頬を膨らませる。

「魔法の強さで言えば、私は決して弱くはありません。けれど……別に負け惜しみを言うわけではありませんが、今回の勝負、魔法の強さは関係ありませんでしたもの」

「解ってるよ。魔法でドンパチやりましょうって言われてたら普通に負けてたよ」

「他の五人のことはあまり詳しくありませんけれどね、中には、魔女でない者には不利な戦いを平気で仕掛けてくる者もいるかもしれません。いつまでも、知恵と勇気だけで乗り切れるとは思わないことです」

 敵でありながら、白雪は懇切丁寧に忠告をくれた。

 丈には力がない。魔法は使えないし、膂力があるわけでもない。喧嘩になったら即負ける自信がある。これから先も魔法の鍵を守っていくには、少し頼りない。

 そう懸念したとき、丈はふと思い出す。

「そういえば、俺が勝った時の条件を上乗せしてもいいような話をしていたっけな」

「え? ああ、そういえばそうでしたね」

 「私を好きにしていい」などというふざけた提案は突っぱねたが、「勝った時の条件を増やす」こと自体に文句はないのだ。要求内容は今決まった。

「こうしよう。俺が困ってたら、あんたが助けに来てくれ。あんたが俺の力になってくれよ」

「はぁ?」

「グリムの魔女の一人を仲間にできれば、これから先の戦いも少しは楽になるんじゃないかな」

「あんた馬鹿でしょ!」

「あなた馬鹿でしょう」

 阿澄と白雪が同時に罵倒した。どうもここのところ、ありとあらゆるところから馬鹿だ馬鹿だと罵られる。こっちだって一生懸命やっているのに、これはあんまりだ。さすがの丈もそろそろ傷つく。

「なんでこんなおっかない女にそんなこと頼むの! 私は反対よ、だってあの人、性格悪いし服洗わないし!」

「服は関係ないだろ」

「じゃあ丈は、毎日清潔な服を着てる女の子と、いつも同じ不潔な服を着てる女の子、どっちがいいの?」

「そりゃあ……」

 阿澄と、それから白雪の鋭い視線を浴びて、丈はもごもごと言葉を濁す。どちらと答えても確実に一人を敵に回すと解っているのだ、答える方が馬鹿馬鹿しい。

 阿澄はこの世の終わりとばかりに天を仰ぐ。一方の白雪は、肩を竦めて苦笑する。

「まあ、合理的な判断ですね。私のような優秀な魔女を、敵にしておくよりは手駒にしてしまいたいと考える気持ちは、解らなくもないですわ」

 丈を褒めていると見せかけて、自画自賛している。白雪は優雅に微笑み、スカートの裾をつまんで頭を下げる。

「いいでしょう、敗者の当然の義務として、潔くその条件を呑みましょう」



「それで、白雪吹雪はちょくちょくあなたのところに押しかけてるわけね?」

 邦子がくすくす笑う。笑い事じゃない、と丈は思う。

 敵にしておくのは面倒だから、味方にしておこう、という判断は決して間違っていなかったはずだ。だが、白雪吹雪が頻繁に丈の前に現れては、やれ「今日の服は洗い立てですのよ」だ、やれ「明日はお洗濯日和ですね」だとつまらない話をしていくようになったのは誤算だった。いわゆるうざ絡みに、丈は早くも辟易気味である。

 世話になった礼をするついでに、今回の件の顛末を話すと、邦子は他人事だと思って大いに笑ってくれた。

「本当に、笑い事じゃないんだって」

「でも、実害はないんでしょ?」

「それは、まあ。鍵を奪うことはしないという約束だし、危害を加えない約束もしてあるから、その辺は心配ないんだ。だけど、『奪うことは禁止ですけど、あなたが快く譲ってくれる場合は別ですよね』って言いだして」

「成程、北風作戦はやめて、太陽作戦にしたわけだね。だけど、それはあなたの自業自得ね。勝負に勝って安心して、最後の最後で詰めを誤った。『譲ることもありえない』と明言しておくべきだった」

「まさかここまで手のひらを返したように媚びてくるとは思わなかったんだ。俺としてはあくまで、他の魔女と厄介ごとになったときに力を借りられればと思っただけで……」

「いやいや、私はなんとなく予想できていたわ。だって、あなたは白雪吹雪との勝負に初めて勝った人間なのよ? 白雪吹雪があなたに一目置くことは自然な流れよ」

 解っていたなら、勝負の前に一言助言が欲しかったところだ、と丈は筋違いの恨み言を言う。

「まあ、何はともあれ、丸く収まってよかったじゃない。全員無事でいるということが何よりなのよ」

「……ああ、そうだな」

 達観したようなことを言い大人っぽく微笑む邦子に、丈はつられて笑う。

 その時、丈のケータイが震えた。邦子に断りをいれて確認すると、阿澄からのメールが届いたようだった。

 メールの文面を見て丈は思わず吹き出す。ゆかしげな邦子のほうに画面を見せてやると、邦子も失笑した。

「じゃあ、俺はそろそろ」

「ええ。またいつでもいらっしゃい」

 くすくすと笑う邦子に見送られ、丈は邦子の家を辞す。そして、もう一度メールを確認し、にやっと笑って歩き出した。



『From:真壁阿澄

 Title:何してんの?


 早く日本史の宿題手伝って!』



完結です!

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