熊ですか! 熊と戦ったんですか真鍋さん!?
「ただいまー……」
力なく言いながら早乙女家に上がりこんだ僕は、とりあえず皆の待っていると思われる居間へと直行する。
「あ、おかえりなさい……え!? わ、わっ!? どうしたんですか真鍋さん! 傷だらけですよ!?」
居間でテレビを見ていた田中さんが、僕の顔を見るなり目を見開いて驚く。
そりゃそうだ。『ちょっと散歩行って来ます』という名目で外へ行って、帰ってくるなり傷だらけになっていたら誰だって驚くだろう。
「いや、大丈夫だって。ちょっと元気の良過ぎるオサルさんにひっかかれただけだから」
「そんなレベルじゃありませんよ! 熊ですか! 熊と戦ったんですか真鍋さん!?」
「なんで熊なんですか」
「いえ、その。たった今テレビの特集でやっていたので。熊との戦い方っていう」
「はぁ。熊との戦い方?」
田中さんの言葉を聞いてテレビの方に目をやると、確かに『必見! 熊と遭遇したときの対処法!』という特集が放送されていた。
「ふむ、なになに? 『まず熊の動きを冷静に見切り、うまく攻撃を交わしながらとりあえず背負い投げをぶちかましましょう。それからマウンドポジションで熊の顔面をボコボコにしてやりましょう。さぁ、これであなたも熊と戦えますよ』……ってアホか! 死ぬわ!」
「うわっ、真鍋さんが怒ってます」
当たり前だ! 良い子の皆が素直に信じたらどうすんだ!
「ったく、どこのインチキ番組だよこれは……ってレンタルビデオかよ! 咲のやつなんでこんなモン見てるんだ!?」
「まぁまぁ真鍋さんっ、人の趣味にあまり突っ込まないほうが」
「突っ込むわ! 知り合いの趣味が熊殺しだっていうなら全力で止めにかかるわ!」
「と、とても正論ですね……ってそうじゃなくて! 今はその怪我ですよ! 話をそらさないでください!」
あ、あれ? 話そらしたのって僕だったか?
と動揺しながら、慌てて大した怪我じゃないことを説明する。
「だ、大丈夫だって田中さん。この傷は見た目より大事じゃないって言うか、まぁ少しすりむいたっていうか」
「どこがですか! うわ、服も泥だらけです」
ついに心配の限界を迎えた田中さんが立ち上がり、僕の目の前までやってきた。
そのまま怪我の具合を一通り確認して……って近いよ田中さん! 怪我を確認する顔がとても近い! あぁ良い匂い、じゃなくて心臓にとてもよろしくない!
「あ、確かに怪我らしい怪我はしてませんね?」
「ちょ! 田中さんっ、大丈夫だから! って、うお!?」
「でも泥だらけのままじゃ咲さんにご迷惑なので、外で汚れを落としましょうか」
そう言いながら、僕の手をとり玄関の方へ歩き出す田中さん。
しまったな。これは田中さんお馴染みの『友達を思いやる精神』が発動していらっしゃる。
こうなってしまえば僕に止める術はないので、仕方ないが大人しくされるがままになっておこう。
玄関前に出た僕たちは向かい合って服についた汚れを叩きながら払っていく。
「もう、あんまり心配はかけないで欲しいです」
「すんません」
「真鍋さんはわたしの大事な……その、友達と言いますか。えっと、とにかく大事な人なので怪我には十分気をつけてください」
「ぜ、善処します」
実はこの時、田中さんの微妙な言い回しに恥ずかしくなっていたことは内緒である。
いやいやいや。あんな言い方されたら誰だって照れるって、いやマジで。
「真鍋さん真面目に聞いてないですね!」
「はい!? どこがですか!?」
「目が泳いでます!」
「いやそれはですね……」
田中さんみたいな美少女に面と向かって『大事な人』とか言われて、冷静でいられるヤツなんて居る訳ないだろ! とは言えなかった。
「もー、わたしは真面目な話をしてるんですよ?」
「もちろんそれは重々承知ですが」
「ホントですか?」
「ホントです」
「それなら、ちゃんと聞いてください」
……それはちょっと難しいです。ハイ。




