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第2話 聖女の噂

ヴァルハラの夜は、鉄と石の城壁に閉ざされた戦士の街を冷たく包む。星のない空の下、市場の喧騒は静まり、松明の明かりが石畳に揺れる影を落としている。路地の奥の地下にある隠し部屋では、謎の少女たちがひそひそと話し合う。


 湿った空気に古い木箱の匂いが混じり、魔法の灯火が薄暗い壁を揺らす。ひんやりとした夜気が、不穏な気配を運ぶ。


 集団のボスであろう白いドレスの少女は、ローブのフードを深くかぶり、テーブルに広げられた地図を睨む。彼女の瞳は冷たく、しかし冷静な光を宿していた。


 白いドレスは夜の闇に浮かぶ月のように純潔を装い、しかしその裾には路地の泥がわずかに付着している。


 少女の周りに魔女達が集まる。皆、フードで顔を隠し、手には魔法の残光が宿る。


 赤髪の魔女、イザベラは長い髪を耳にかけ、青髪の魔女、ソフィアはフードの下から鋭い目を覗かせている。


 紫色の長い髪を背中まで流したエリーゼは、小さな宝珠を指先で弄びながら静かに周囲を見渡していた。宝珠の淡い光がフードの奥の横顔を照らし、妖しく揺れる。


 最年少のヘレナは背丈が低く、緊張した様子でテーブルに寄りかかる。

 部屋の空気は重く、魔法の灯火が時折ぱちりと爆ぜ、壁の影を長く伸ばす。


「戦争のネファスの魔女……ルーク、ね。」


 白いドレスの少女の声は上品で、少女らしい柔らかさを帯びながら、夜の静寂に響く。彼女の言葉には、穏やかだが決して譲らない意志が込められている。


 青髪の魔女、ソフィアがスクロール状の羊皮紙を広げる。


「今朝、ワイバーンとの戦いの記録を確認しました。彼女の力は本物です。」


 羊皮紙に魔法の幻影が浮かぶ。


 夜の市場でルークがワイバーンを屠る姿――黒いオーラが剣から溢れ、空間が歪む一閃がワイバーンの翼を両断する。赤黒い炎が裂け、鱗が粉々に砕ける。

 衝撃波が石畳を砕き、松明の火が揺れ、群衆からはワイバーン討伐の歓声と、ルークの尋常ではない力に対する畏怖の声が聞こえる。


 幻影のルークの隻眼が夜空を裂くように輝き、剣の軌跡が闇を切り裂く。イザベラが息を吐いた。


「この黒いオーラ……きっと“戦争”の魔王アスタロトの力でしょう。彼女の剣戟は、戦士たちを遥かに超えています。」


 ソフィアが頷く。


「教会の浄化官たちもルークを追ってるみたい。彼女の孤高さと強さ……私たちの思想にぴったりです。もし仲間になれば、かの魔王の復活に欠かせない力になるでしょう。」

 

白いドレスの少女は少し考え込み、優しく口を開いた。

 

「そうね。ぜひ、ルークを私たちの仲間に引き入れましょう。彼女の力があれば、きっと計画も大きく前進するはずだわ」


 少女の声は柔らかく、しかし確信に満ちている。

 魔女たちの目が鋭く光った。

 部屋の魔法の灯火が一瞬強く揺れ、壁の影が長く伸びた。

 イザベラが首をかしげる。


「かしこまりました。ただ、どうやって彼女を誘い出しますか? 何か良い策を……?」


 白いドレスの少女は静かに笑う。


「策ならもう打ってあるわ。ヘレナ、あれを持ってきてちょうだい。」


 一番背の低い最年少の魔女、ヘレナが慌てて走り、部屋の奥からガサゴソと張り紙を持って戻る。


「は、はい……これです!」


 彼女の手には羊皮紙が握られている。


 ヘレナの小さな手が少し震え、フードの下から幼い顔が覗く。イザベラが眉をしかめた。


「なにこれ、ただの魔物討伐の張り紙じゃないの? 牙狼の討伐依頼……?」


 白いドレスの少女は静かに笑う。


「そうね。でも違うわ、イザベラ。これを見て。」


 彼女は羊皮紙に手をかざし、魔力を込める。

 すると文字がぐねぐねと歪み、黒い渦が広がったかと思うと、渦が解け、全く別の文字が浮かび上がった――


『マーロウの廃村に聖女セレスティア現る。魔物を一掃し、ワイバーンすら倒す。』


 イザベラが目を丸くする。


「こ、これは……! なんて巧妙な……!」


 白いドレスの少女は穏やかに続けた。


「ルークについてはいろいろ調べさせてもらったわ。マーロウの廃村は彼女の故郷。どうやら失踪した幼馴染を探すために街を転々としているみたいね。

 この隠し文字は、シギルを持つ魔女の魔力に反応する呪文で書かれているわ。一般人にはただの牙狼討伐依頼にしか見えない。

 でも、ネファスの魔女ともなれば容易に解読できるはず。朝日が昇ったら、これを市場の掲示板に貼ってちょうだい。ルークを廃村へおびき出すのよ。」


「了解!」


 イザベラとソフィアは勢いよく頷き、張り紙を手に部屋を後にする。 準備のため、地下の階段を急ぐ二人の足音が響く。

 白いドレスの少女は地図を見つめ、静かに呟いた。


「私は他の仕事があるわ。急な仕事でね、カルデア・ザフラーンの街に向かわなくてはならないの。だから、あとはお願いね。」


 彼女はローブを翻し、魔法の灯火が揺れる地下の闇に消えていく。


 残された魔女たちが目を合わせ、決意を新たにする。


 ヘレナが小声で呟いた。


「ボスはいつも忙しそうですね……。頑張って私たちでルークを引き寄せましょう!」


 紫髪のエリーゼが手の中の宝珠をくるりと回しながら言う。


「そうね。廃村にはワイバーン以上の魔物を仕掛けて彼女の実力を試しましょう。念には念を入れないとね。」


 ソフィアが地図をたたむ。


「教会の浄化官が動き出さないうちに……。この街の闇を、私たちの力で塗り替えるの。」


 部屋の魔法の灯火が一瞬強く爆ぜ、影が長く伸びる。

 ヴァルハラの夜風が冷たく吹き、市場の掲示板に張られる羊皮紙が、ルークの運命を静かに動かす。

 松明の火が一瞬強く燃え上がり、魔女たちの計画が闇の中で息づく。


 教会の影が迫る中、彼女達の策謀は、ヴァルハラの夜をさらに濃く染め上げるのだった。


 ――――


 鉄と石の城壁に朝日が反射し、淡い光が市場を照らす。露に濡れた石畳が冷たく光り、商人たちの声が徐々に喧騒を織りなす。


 掲示板の前に、ルークが佇んでいた。

 青いマントが朝風に揺れ、腰の剣が重く響く。銀髪が朝日に輝き、隻眼が鋭く光る。まるで何かを呼ぶように。掲示板には羊皮紙が貼られていた。


 牙狼の討伐依頼、報酬五百シルバー。


 ありふれた依頼だ。

 だが、胸の脈動が止まらない。魔力が羊皮紙に宿っている。ルークが目を細め、魔力を流すと、文字がぐねぐねと歪み、黒い渦が広がった。


 渦が解け、隠された文字が浮かぶ――


『マーロウの廃村に聖女セレスティア現る。魔物を一掃し、ワイバーンすら倒す。』


 ルークの瞳が揺れた。


 セレスティア。


 その名前は彼女の胸を抉る刃だった。

マーロウの廃村――彼女の故郷。

 数年前、幼馴染のセレスティアが消えた場所。

彼女はいつも笑顔でルークの手を引いて、村の丘で星を見上げていた。


「ルーク、いつか一緒に世界中を見て回ろうね。」


 彼女の声が耳に蘇る。

 あの夏の日、セレスティアは突然いなくなった。

彼女が居なくなってから暫くしてルークはネファスの魔女となり、彼女を探す旅に出た。そして村は魔物の襲撃で壊滅した。

 あの日。

 天使達の裁きの光が。

 村人の恐怖に戦く目が。


  ……そして弱くて臆病だった自分自身が。

 セレスティアの笑顔を奪った。

この張り紙は偶然ではない。誰かが彼女を呼んでいる。


 聖女?


 セレスティアが?


 ありえない。だが、確かめずにはいられない。

シギルが熱く疼き、羊皮紙のざらついた質感が指先に残った。


「あっ! 君は昨日の!」


 大きな声が背後から響いた。


 昨日ルークに話しかけようとしていた少女――ミツキだった。赤い装束が朝日に映え、長い黒髪が軽く揺れる。彼女の瞳には好奇心が宿っていた。隣にはエリシェヴァ。


 緑のスカートに長い金髪、落ち着いた瞳がルークを見つめる。


「掲示板を見て、何かを見つけたの?」


 ミツキがそっと近づき、羊皮紙を覗き込む。


「ん? マーロウの廃村に聖女……? これ普通の文字じゃないね。何かの暗号かな?……」


「静かに。」


 ルークの声は低く、鋭い。

魔法の文字を隠したかったが、エリシェヴァが気づいた。


「その羊皮紙……何かあるの?」


 彼女の声は冷静だが、魔女の直感が働いている。


 隠しても無駄だった。


「……隠し文字だ。ある程度強力な魔女にしか読めない。マーロウの廃村に、聖女セレスティアが現れたと。」


 ミツキが目を丸くする。


「セレスティア? 綺麗な名前……! 聖女って、どんな人なの? 私達も……」


「一人で行く。」


 ルークは即答した。


「セレスティアのことは自分だけでいい。君たちを巻き込む気はない」


 前日の冷たい言葉を思い出したエリシェヴァが、少し躊躇いながら言う。


「……そんな、いくらなんでも一人は危ないわ。何かの罠かもしれない。出来るだけ大人数で向かった方が良いと思うの。」


 彼女の声は控えめで、それでも真剣だった。聖レクス市での出来事や、ワイバーン戦での共闘を経て芽生えた信頼がそこにある。


「必要ない。」


 ルークは冷たく返す。だが、心は揺れた。

 エリシェヴァの言葉には理がある。廃村は魔物の巣窟かもしれない。聖女の噂は罠の可能性が高い。


 だが、セレスティアの名前を無視することもできない。 ミツキがそっと手を握り、言った。


「ねぇルーク。昨日も……ワイバーン戦で、私たちの力、見ててくれたよね? だからお願い! この通りだから。」


 ミツキはルークに向かって頭を下げる。


 エリシェヴァも頷いた。


「ルーク、私からもお願い。ちょっとでも助けられたと思うの。邪魔にならないように、ちゃんと役に立つから……。」


 確かに昨日のワイバーン戦でも、ミツキの剣とエリシェヴァの癒しの魔法は群衆を救った。


 二人の目は本気だった。


 ルーク一人なら気楽だ。


 だが、セレスティアの真実を確かめるなら、リスクを減らした方がいい。 沈黙が流れる。

 やがてルークは小さく息を吐いた。


「……わかった。君達の好きにするといい。」


 半分折れたような声だった。

ミツキが小さくガッツポーズをする。


「やったぁ! ありがとうルーク! 絶対に頑張るよ!」


 満面の笑みを浮かべるミツキ。 エリシェヴァも静かに微笑んだ。


「ありがとう。準備はできてるわ。」


 三人は市場を後にし、ヴァルハラの北門へ向かった。

朝日が森を照らし、薄い霧が立ち込める。

 木々のざわめきが不穏に響き、ルークの剣を握る手が汗ばむ。

 マーロウの廃村の記憶が蘇る。


 焼けた家。


 魔物の咆哮。


 セレスティアの最後の笑顔。


 あの日の赤黒い炎が、ルークの心に焼き付いている。

ワイバーン戦の炎と同じだ。


 偶然か?

 いや。

 誰かが仕組んだとしか思えない。


  ミツキが少し後ろを歩きながら、遠慮がちに言った。


「ねぇ、廃村ってどんな場所なんだろう? 聖女ってどんな人なのかな?」


 エリシェヴァが静かに続ける。


「ミツキ、落ち着いて。あまり大声を出してはいけないわ……。」


 ミツキは「あ、ごめん」と小さく笑う。

ルークは答えなかった。ただ黙々と歩き続ける。


 セレスティアの笑顔が脳裏に浮かぶ。


 とうの昔に廃村と化したマーロウにセレスティアが?


 ありえない。


 でも、もし彼女に会えるのなら――。


 霧が濃くなる中、三人は廃村への道を進む。

 剣の重みが、ルークの決意を試すように響いていた。

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