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第6話 謁見 魔王アスタロト

廃墟を抜け、森の木陰で一息ついたときだった。ミツキは赤いドレスの裾を整えながら、ルークの横顔をじっと見つめた。


「ねえ、ルーク、ひとつお願いがあるんだけど」


「なんだい?」


隻眼の瞳が、僅かに揺れる。


ミツキは、真剣な声で続けた。


「あなたの契約者、アスタロトに会わせてほしい。私には託された使命があるの。そのためには、魔王のシギルが必要なんだ」


ルークの眉が、わずかにひそめられる。


「……軽々しく会える存在じゃない。アスタロト様は“戦争の魔王”だ。気まぐれで命を刈り取るような御方じゃないけど……だからこそ、軽んじる者は許さない」


「わかってる」


ミツキは、すぐに答えた。


「それでも、会わなきゃいけない。私はアダムスを倒して、世界を変えるって決めたから」


その瞳は、真っ直ぐだった。


ルークはしばらく黙って彼女を見つめ、深く息を吐いた。


「君の覚悟は本物だな。わかったよ。案内する」


――“戦争”の魔王アスタロト様、どうか我を導き給え――


「……ここが、アスタロトの居城……」


エリシェヴァの声は震え、思わず身を寄せた。赤いドレスを翻したミツキもまた、緊張を隠せないでいる。


「雰囲気からして、めちゃくちゃ物騒な人っぽいね……」


その言葉に、ルークは苦笑した。だが、表情はすぐに引き締まる。


――玉座に、彼女は座していた。


石造りの広間に、冷たい風が吹き抜ける。壁には戦旗が揺れ、剣、槍、戦斧が突き刺さっていた。魔法陣に浮かぶ武器――片手剣、双剣、戦輪、弓――が青白い光を放ち、戦場の残響が空気を震わせている。中央の黒い玉座に、戦争の魔王アスタロトが君臨していた。長い黒髪に金色の角、ルークの右目と同じ紫色の目が輝き、白い軍装の軽鎧が戦女神の威厳を放つ。その存在は、まるで戦場そのものだった。


扉が軋む音を立てて開き、ルークが一歩踏み出す。隻眼の瞳は揺らがず、その後ろにエリシェヴァとミツキが続いた。


「……ルーク。よく戻ったな」


低く響く声が、広間の空気を揺らす。


ルークはひざまずき、敬意を込めて頭を垂れた。


「アスタロト様。ただいま戻りました」


その瞳が、ふと横に向く。ミツキの姿が目に留まると、アスタロトの眉がわずかに動いた。


「ほう……お前が仲間を連れてくるとは珍しいな。こいつらは何者だ? ルーク」


その声音には、驚きと僅かな警戒が混じっていた。だがミツキは怯まず、真紅のドレスの裾を揺らして一歩前に出る。


アスタロトが目を細め、ミツキを値踏みした。


「初めまして! 私はミツキと言います! 天上神と教皇アダムスを倒して、魔女だからってだけで焼かれる人が誰もいない世界にしたいの。そのために貴方のシギルが必要なんです。アスタロト様、あなたのシギルをください!」


「天上神……ですか?」


エリシェヴァが、戸惑ったように呟いた。アスタロトが、面白がるように目を細める。


「何?知らないのか。

この世界の“上”に座す、複数の神々の総称だ。 教会の坊主どもは、さぞ都合よく教えているのだろうな。 教皇アダムスが崇めるのは、その中の一柱に過ぎん」


「複数の、神々ですか。」


エリシェヴァが息を呑む。ミツキも初めて聞く話に、内心で密かに驚いていた。


「まぁ奴らがどんな存在なのか、いずれ嫌でも思い知ることになるだろうよ」



それ以上語らず、話を切り上げるように視線をミツキへと戻した。


「話を戻そう、“翁の巫女”か。戦場で命を賭ける覚悟はあるのか? この力は、軽い心で扱えるものじゃないぞ」


その声には、試すような響きがあった。ミツキは、迷わず答える。


「あります! 偽善や復讐でできた世界なんて嫌なの。翁の使命、絶対果たします!」


その瞳に、炎が宿った。


やがて、アスタロトは短く笑った。


「……いい目だ。ルーク、こいつは気に入ったよ」


片手をかざすと、空に魔法陣が展開する。青白い光が収束し、ひとつの紋章――シギルが形を成した。それはまるで、血と鉄で描かれたような、戦そのものの象徴だった。


「翁の巫女よ。これを受け取れ」


光は矢のように飛び、ミツキの胸に刻み込まれる。ベルゼブブの時のような灼けつく痛みを覚悟し、彼女は思わず息を荒げた。


脳裏に、声が響く。


《これで三つ目だ……“生命の権能”。命を操り、生命の理を司る我が力だ》


声が消えると、ミツキは胸に手を当てた。


(え? これで終わり? これまでの権能は激痛や圧迫感があったのに、今回は驚くほど静か。まるで身体に溶け込むように馴染んでいったけど……)


権能の負荷に身構えていたが、何も起こらなかった。炎が吹き上がるわけでもなく、視界が揺らぐこともない。痛みも疲労もなく、ただ……少し身体が軽くなったような気がするだけだった。


「……なんだろう、何も起きてないように見えるんだけど」


ミツキが、小声で呟く。


エリシェヴァが、不安そうに覗き込んだ。


「ミツキ、大丈夫? 体に異変は?」


「うん、大丈夫。むしろ、普通すぎて不思議なくらい」


アスタロトは玉座に身を預けたまま、ふっと鼻で笑った。


「力とは必ずしも派手に顕れるものではない。……いずれ分かるだろう」


ルークは安堵の息をつき、ミツキを支えるように立つ。


「ありがとうございます、アスタロト様」


ミツキが、改めて頭を下げた。


戦の魔王は鋭い視線を逸らさず、しかし静かに頷いた。


「良いだろう。だが忘れるな。力を持つということは、戦場に立つということだ」


その言葉に、三人は無言で頷いた。


やがて広間を去ろうとする背に、アスタロトの声が低く響く。


「しかし……“悪魔も天使も打倒する無敵の聖女”か。……いや、まさかな」


誰に聞かせるでもなく、戦の魔王は独りごちた。その声音には、確かな興味と、僅かな畏れが混じっていた。

 

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