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第5話 無敵の聖女セレスティア

ルークは黙って森の奥を見つめていた。マーロウの廃村。あの場所は、彼女のすべてを変えた地だった。


ミツキが、そっと尋ねる。


「ねぇ、ルーク、あの廃村、セレスティアって子と何か関係あるの? さっきの魔女たち、彼女の名前を知ってたよね……」


エリシェヴァも、冷静に続けた。


「あの赤黒い炎、ゴーレム戦と同じよ。何か大きな力が動いてるわ。ルーク、あなた何か知ってるの?」


ルークの隻眼が、揺れる。セレスティアの笑顔が、脳裏に蘇った。あの夏の日、彼女を失った記憶が、今も胸を締め付ける。ルークは深く息を吐き、警戒を解いた。


「……話すよ。君たちには、知る権利があるかもしれない」


彼女は木の根元に腰を下ろすと、静かに語り始めた。


――――


かつての村は、丘陵に抱かれた小さな共同体だった。


この村は、魔界戦争の折に“贄の魔王モロク”に支配されていた過去があり、アダムスと伝説の白き勇者がモロクを討伐した後も、度々の魔物の襲撃に悩まされていた。


ルークとセレスティアは、この村の孤児院で物心ついた時から一緒だった。丘の上、野花が風に揺れる。セレスティアが笑顔でルークの手を引く。


「ルーク、いつか一緒に世界を見て回ろうね!」


やや緑がかったウェーブの金髪に、特徴的な銅色の目をした少女――セレスティアは、この村で“無敵の聖女”として崇められていた。


――ある日、樹の実を取りに森へ出かけたところを、オークとゴブリンの軍勢に襲われるという事件があった。村人が救出に向かうも状況は絶望的で、誰もが彼女の死を悟った、その時だった。


ズドーーーーーーン!!!


森の奥から、凄まじい閃光と轟音が鳴り響いた。


村人が急いで駆けつけると、そこには大きく複雑なクレーター、吹き飛ばされた木々や岩、上半身のないオークや、手足があらぬ方向に曲がったまま動かなくなったゴブリンの残骸が幾つも転がっていた。そして、その中心に――怯えて腰を抜かした、傷一つない無傷のセレスティアがいた。


――別の日には、巨大なドラゴンが村の空を覆った。炎を吐き、村を焼き尽くそうとするその姿に、誰もが絶望した。


だが、セレスティアは動じず、一歩踏み出した。その途端、天から大量の光り輝く剣が降り注ぎ、ドラゴンを串刺しにする。一瞬の出来事だった。ドラゴンは悲鳴のような咆哮を上げ、地面に崩れ落ち、灰と化した。


――また別の日には、下級悪魔が村に近づいたこともあった。だが、セレスティアの姿を見た途端、悪魔たちは悲鳴を上げ、恐怖に震え、泣き叫びながら逃げ出した。


「悪魔たちが皆逃げていくぞ! あの子は天が遣わした神の子に違いない!」


この事件をきっかけに、それまで魔女かもしれないと彼女を忌避していた村人までもが、彼女を神聖な存在として崇め始めた。


ルークは、いつもそばで見ていた。セレスティアの力は、まるで神の化身のようだった。だが、彼女の笑顔は純粋で、ただの少女のものだった。


「ルーク、私ね、この力でみんなを守りたいの。それだけなんだ」


その言葉が、ルークの心に、深く刻まれていた。


――あの夏の日。


聖女の噂を聞きつけて、教会と天上界からの視察団がマーロウにやって来た。白いローブの神官たちと、輝く翼を持つ天使たち。村長とセレスティアが代表として挨拶に立つ。ルークは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。


だが、彼女の姿を見た途端、天使たちが突然怯えだし、表情を強張らせて叫んだ。


「ひっ……! そんな、どうして!」


「……その娘からは“穢れ”が溢れている!」


「魔女……違う! あの少女は化け物だ!」


驚愕した村人の間にざわめきが走る。視察に来た神官たちもまた、動揺した面持ちのまま天使の言葉に追随した。


「神の御使いがそう仰るのだ、間違いあるまい!」


瞬く間に、聖女は魔女へと変貌させられていた。


――


神官たちがざわめき、視察団は一斉にセレスティアを魔女と認定した。


「聖女だと? 偽りの光で我々を騙す気か!」


セレスティアが、困惑した声を上げる。


「そんな……私はただ、村を守って……!」


だが、天使たちは聞かず、神の裁きを下すと宣言する。光の槍、炎の柱、雷の嵐が、セレスティアに襲いかかった。村人たちが息を呑む中、ルークの心臓が早鐘を打つ。


――だが、どんな攻撃もセレスティアには届かなかった。光が彼女の周囲で弾け、炎は消え、雷は霧散する。かすり傷一つ負わないその姿に、神官たちが恐怖に顔を歪めた。


「――神の裁きが効かないだと!? この化け物めっ!」


セレスティアの瞳が、揺れる。恐怖と混乱が、彼女を飲み込んでいった。


「どうして? 私は、みんなを守りたかっただけなのに!」


震える声が、半狂乱の叫びとなって響く。その瞬間、空が裂け、無数の剣が現れた。黄金の光を放つ剣が、嵐のように視察団を襲う。神官たちは悲鳴を上げて倒れ、天使たちは反撃しようとするも、なす術もなく皆、聖剣に貫かれ、輝く翼を散らして息絶えた。村の広場は、血と光に染まり、惨劇が広がっていく。


村人たちが騒然とする。


「天使たちが……。ああ、なんて事……」


「……ひっ! こっちへ来るな!」


恐怖と疑念の目が、セレスティアに突き刺さる。天使たちの羽と返り血に塗れた彼女は、よろめきながらルークに手を伸ばした。


「ルーク……助けて……! 怖いよ……!」


その声は、かつての笑顔とは裏腹に、絶望に満ちていた。


「う……。あ、ああ……」


だが、ルークは動けなかった。目の前の惨劇、聖剣の嵐、村人たちの叫び声。恐怖が彼女の足を縛り、心を凍らせていた。


ルークは、後ずさった。彼女の手を、拒んだ。


セレスティアの瞳に涙が溢れ、裏切られた絶望が、彼女を飲み込んでいく。


「ルーク……どうして……?」


彼女は泣きながら村を飛び出し、森の奥へと消えた。


――その後、長い間セレスティアの存在に甘え、自警を怠っていたことが祟ったのか、間もなくして魔物の襲撃に遭い、村は壊滅した。


ルークは生き残り、ネファスの魔女としてセレスティアを探す旅に出た。あの日の罪悪感は、今も彼女の心を締め付けている。


――


「あの日から、僕はずっと彼女を探している」


ルークは唇を噛み、俯いた。


ミツキもエリシェヴァも、言葉を失っていた。


ただ、風が廃村を吹き抜け、過去の亡霊を呼び覚ますように、静かに鳴っていた。


ルークの隻眼が、揺れる。


「……僕のせいだ。あの時、彼女の手を取っていれば……」


その右目が疼き、微かに血が滲んだ。


「ルークのせいじゃないよ! あの状況じゃ、誰だって怖かったはず! でも、今なら!」


ミツキが叫び、ルークの手を握る。


「私、セレスティアさんを見つけるのを手伝うよ! ルークの大切な人、絶対に一緒に探そう!」


エリシェヴァも、頷いた。


「私もよ。ルーク、あなたの記憶魔法、それも含めて、私たちで支えるわ」


ルークは二人の言葉に、僅かに表情を緩めた。


「……ありがとう。セレスティアは、きっとまだどこかで……」


小さな呟き。だが、その目には、確かな希望が宿っていた。

 

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