第二十五話『百瀬ヒカリは正義を謳う』
稲穂が先に出ていったにせよ。鍵を持っているのは俺なのだから、俺が戸締りをするのは必須だ。
俺は部屋をとりあえず改めてグルリと見渡してから、ヒカリが残していったであろう焼きそばパンのゴミを捨てて、ポケットから鍵を取り出し、ぼんやりと放課後のことを考えながら、保険準備室を出て、カチャリとドアの鍵を締める。
保健室側の施錠については、流石に考える必要はないだろう。
教室へと、少し早足で向かいながら、俺は稲穂の言葉を思い出していた。
「全部吐き出させてくれて……か」
俺は別に、稲穂の為にあの状況を作ったわけではない。
だから、あの展開は意図せぬこと、お膳立てをすることになったのは結果でかしない。
それでも彼女は、俺にありがとうと言う。言っていることも、意味も、理由も分かる。
――それでもやはり、俺は俺に出来る事を成しただけに過ぎない。
三人のように、すべきと思ったことのために、やりたいと思ったことのために、自分が矢面に立ち胸を張って進むなんてことが、果たして俺なんかに出来るのだろうか。
放課後、ヒカリがしようとする話は、間違いなくスカウトのことだ。
これまではどうやって断るかということばかりを考えてきた。
昨日のような悲しいこと、今日のような嬉しいことがあったとしても、俺が積み上げてきてしまったこの淀んだ重みは変わらない。
「それでも、向き合わなきゃな」
小さく呟きながら、俺はクラスの誰とも目を合わせず。、自分の席へと座った。
昼休みが終わり、ほんの数回のチャイムが鳴れば、昨日と同じく放課後なんてあっという間だ。
ヒカリは終礼が終わった瞬間に教室を飛び出していく。
昼の間に先に戻っていたヒカリや、山岸あたりが明るく振る舞ってくれていたのだろうか。
放課後のクラスの雰囲気は、そこまで悪いものではなくなっていた。
ただ、やはり俺が動くと少しだけ空気が緊張するあたり、昨日の件の首謀者は俺のように思われているのだろうと思う。
それに、俺の顔が目に入る度にアザが見えるだろうから、それで思い出してしまうということもあるかもしれない。
しかし、それも時間が解決してくれるだろうと思い、俺は朝よりは少なくなった視線を、振り払うように立ち上がり、ヒカリとの約束のため、拳を小さく握った。
世利華にも、ヒカリが今から俺とする話は伝わっているのだろう。
俺の方を向いていた世利華が、小さく笑って一冊の小説の表紙を見せつけてきた。そこに書かれた文字に、俺は笑う。あれはさっき、俺が彼女に返したものだったが、そういう意趣返しをされると、どうやらヒカリの件について、俺に味方はいなさそうだ。
「この状態から、こころなしにまでなるのは勘弁なんだけどな」
「結局、選ぶのは葦名くんだけれどさ、ちゃんと向き合ってあげてね? 私は、どちらでもいいと思ってるよ? きっと、どういう形であっても一緒にいられることに、なんだか意味があるように思うから」
稲穂の言葉は、やはり暖かい。
選択をしてしまった俺にとっての責任について、どちらでも良いと言う人は、彼女が初めてだ。
「あぁ、勿論真面目に、断ってくるさ。ありがとな、稲穂」
「ふーん? でも断っちゃうんだ。ヒカリちゃん、ちょっと可哀想だなぁ……」
なら彼女はどちらの味方なんだと一瞬思ったところで、「なんてね」と笑った彼女を見て、肩をすくめた俺は教室を出る
「おう、葦名。良い面だな?」
「だろ? この顔のせいでモテて仕方ねえよ」
教室の外で、また田中に絡まれる。なんというか、こいつは俺のことが好きなのだろうか。
やり合うつもりも、これ以上関係を持つするのも御免被りたいのだけれど、それでも無視というのも、同じムジナのようで良い気持ちがしない。
「お前、アド持ちなんだってな? 通りで調子に乗ってたわけだ」
「アドだぁ? どうだかなぁ……でもま、ギフトの事をアドなんて呼ぶ奴は、俺以外に久々に見たよ」
ほんの小さな共感と共にそう告げた瞬間、俺の顔面目掛けて拳を撃ちこもうとしている動作が目に入った。
少し前、それを反射的に受け止めたせいでヒカリにはアドを見抜かれてしまっている。
だからどうしようかと一瞬迷ったけれど、俺は田中の目を見て軽く体制を整える。
――本気で当てるつもりか?
俺は、その拳を顔面に当たる直前に右手で受け止め、拳を撃たれた勢いで数歩後ろに距離を取る。
「んだよ……やっぱアドじゃねえか。気に入らねえな」
「んだよ、せっかくアドなんて言うヤツを見つけられたと思ったのに、いきなり本気で殴ってくるやつは俺も気に入らねえなぁ」
軽い挑発をしてしまったが、田中は吐き捨てるように踵を返す。
「……今度は、手加減すんじゃねえぞ。次、俺を舐めてかかったら、止めてやらねえからな」
「今度があってたまるかよ」
止めてやらねえだのと言っているあたり、本気で殴ろうとしていた目ではなく、俺への私怨の目を俺が見間違えていただけのようで、田中も実のところ、寸止めの予定だったらしい。
「今度からは、当たる瞬間に頭でも下げればいいか……」
田中が教室に戻るのを確認しながら、俺は一人、まだ少しジンジンとしている右手を見て、呟いた。
屋上の扉を開くと、中庭よりも強く、俺の髪すらなびく程度の風が身体に当たる。
――あの日みたいだな。
俺はふと、少女の手から離れた風船を取るために、飛んだヒカリを思い出す。
過ごしやすい日といえばそうなのだろうが、どうであれ放課後の屋上はガランとしている。
少しだけ夕焼けが混じり始めた空の下、ヒカリは屋上のフェンスに身体を預けながら、空を見ているようだった。
「天気、良いねぇ」
「風は強いけどな」
扉の音だけで俺だと気付いたのか、彼女は俺の方を見ないまま、なんとなしに会話を始めだす。
ただ、その口調は、いつものヒカリらしい軽いものではなかった。
「なんだか、あの日みたい。葦名くんが私に怒った日」
「まぁ……ほんの少し前の話ではあるけどな」
実際、俺とヒカリは会ったばかりだと言っても過言ではない。
家にお邪魔させてもらったとはいえ、色々と密度の高い時間を過ごしたとはいえ、俺はまだヒカリのことも、同時に稲穂や世利華のことも、仲が良い友達だとか、そんな言葉を自分から言える自信はない。
「……そっか、なんだかずーっと一緒にいるみたいに思っちゃってたけど。そうだよね、私たち、まだ会って数日しか経ってないんだ」
「時間の感覚がどうにかなるのは、分からないでもないけどな。あまりに色んなことがありすぎた」
俺の場合は特にそう感じる。それはきっと、このたった数日の間で、沢山の変化のようなものを目にしてきたからなのだろう。だけれど、ただ一人変わらなかった人が、目の前にいる。
「私ね、稲穂ちゃんがあんなに頑張る子だなんて、思ってなかったんだ」
ヒカリが、相変わらず空を見たまま呟く。その顔は、満足そうに見えて、寂しそうだった。
「世利華ちゃんもそう、あんなに度胸があるだなんて思わなかった」
「確かに、二人とも頑張ってるように見えたよ。それは俺も思ってる。間違いないさ」
彼女は俺の言葉を聞いて、ふふっと笑う。
それは友達を褒められた嬉しさからか、それとも自嘲の笑いなのか、表情は夕焼けに照らされて見えない。
「それに、葦名くんも、頑張ってた。なのにさ、私は結局、何にも出来てないと思わない?」
その笑いはやはり自嘲だったのだろう。実際に、それは彼女が昨日も気にしていたことだ。
そもそも、もしかするとずっと気にしていたことだったのかもしれない。
――だから、俺もいい加減に、向き合うべきだと思った。
「いや、思わない」
ヒカリが何も出来ていないなんてことを、彼女が受け入れていることが、俺は許せない。
ここまで巻き込んで、ここまで心を揺らされて、あれだけ人を変えて、気づいてないなんて、少しだけ苛立って来た。
「だって……結局私は……」
「思わねえって言ってんだ。お前がいないと、何一つ始まっちゃいなかっただろ」
ヒカリは、やっとこちらを向いて、俺の目を見る。
「なぁヒカリ、お前の正義って、何だよ」
「私の正義は……私は誰かの役に立ちたくて……」
ありきたりな理由、だけれどそのありきたりな理由が、ありえないほどの深さまで、彼女の軸として形成されているような、感覚。
「だから、お前が最初にどうにかしようって動いたんじゃねえか」
「それは……えと」
言葉を、少しだけ強めたせいか、それともいつもと俺の雰囲気が違ったのだろうか。
ヒカリは少しだけ狼狽しながら、一生懸命何かを考えている。
「ただはじめたってだけで、結局は私、何も出来なかったよ?」
「お前が何も出来なかったって感じていても、正義は成された。それは、お前がはじめた正義だろ」
少しずつ、ヒカリの目が開いていく。丸い目に、光が灯っていく。
「お前の言う正義は、お前がやらないと意味がないもんなのか?」
「違う、そんな事ないよ! でも、それでも! 私だってなんかしたかった!」
まだ、分かってくれない。
分かってくれなければ、俺もまた、答えを出せない。
「お前は、今までみたく、お前の正義を謳えばいいんだよ。稲穂はその正義に触れたからああやって動くことが出来た。世利華が変わったのだって、きっとそうだ。だからお前がそれで、どうするってんだよ。お前は、何を言うために俺をここに呼んだ?!」
「それは、あの、私と一緒にバディを組んで……」
「断る」
ヒカリの顔が、少しずつ悲しみに暮れていく。
こんな俺に、こんなことを言わせないで欲しいと、心から思っていた。
それでも、ヒカリがこんなんじゃ、俺も、変われない。
「何も出来なかったことを嘆くお前とは、一緒になんていてやらない」
「う……でも、でもさ。いつか……」
感情が簡単に割り切れないのは、痛いほど分かる。
実際にイジメを決着させたのは、稲穂だった。
その事実が彼女を縛ってしまったのかもしれない。
「稲穂も、世利華も、俺ですら、この数日で変わっちまった。お前に変えられちまったんだよ。お前が当たり前に正義を謳っちまうもんだから変えられちまった。その責任も取らずに、私だけ何も出来なかったなんて、ねえだろ。お前が何かしようとしたせいで、俺らが正義に当てられちまったんだよ」
いつのまにか、俺の気持ちすらも変えられてしまっている事に、俺自身が衝動的に吐いた言葉に気付かされる。
「俺たちは、そんなお前に惹かれたんだ。なのに何も出来なかったなんてことを言うお前と並び立つなんて、出来やしねえよ」
「断るなら、断るだけで、いいじゃんか……」
半分正解で、半分不正解。
彼女がこんなにしょげていなかったなら、何も言うつもりはなかった。
だけれど、彼女は強く振る舞いながら、こんな気持ちを胸に潜めていたのだ。
――だから、俺の気持ちも潜めてちゃいけない。
「でも今のお前は、お前の正義すら忘れてんだろ」
それだけは、揺らしちゃいけない。
俺がそれを綺麗だと思ったのだ。
――だから、今のヒカリみたいな姿を、俺が見たくない。
そんな、ただのワガママが、思考を回している。
彼女が必死で、稲穂が悲しんで、世利華が怯えていたから、俺も何かをしようとした。
だけれどその原点は、百瀬陽雁という、たった一人の少女から始まった事。
「ほんと、ただ断るにしては、ひどく手厳しいね……」
「それは、お前が分かってないからだよ。お前はどうしようもない、ロクでもない俺の前で、胸を張って正義を謳えよ。俺はさ、お前みたいには絶対になれないし、ならない」
そう、彼女と同じ景色なんて、俺は見られない。
「でも、お前がお前のままなら、俺たちはきっと、お前と一緒にいるんだろうよ」
「私は、このままでいいの? 周りのこともちゃんと分からなくて、良いことも思いつかなくて、ただの力馬鹿なのに?」
やっぱり、彼女の中に、当たり前すぎて欠けている事がある。
「あのイジメを、どうにかしようと思って動き出したのは、お前の正義じゃないのか?」
「……うん、正義、だと思う」
「あぁ、お前は正義を謳った。だから俺たちは動いた。お前の言う通り、お前は色々足りない力馬鹿だよ。でもな、最初から正義を持ってんのはお前しかいなかったんだよ。クラスメイトの誰でもない、お前だけが動いた。だから何も出来なかったなんて二度と言うな。誰も出来ないことをやったんだよ、お前は」
ヒカリの強引さに、誰もが文句を言いながら、困った顔で笑いながら、疑問を浮かべながら、ついていく。
――言うなれば、主人公の素質。ヒーローの素質だ。
「私にしか……出来ないこと……」
「そう、お前にしか出来なかったこと。そいつに俺を巻き込んだ責任くらい、胸張って取りやがれ」
ヒカリがいなきゃ、何一つ、始まっちゃいなかった。
「お前が正義を謳うなら、結局俺たちは、何度でも巻き込まれながら、それを支えるしかないんだろうよ」
ヒカリの目が、少しだけキラっと光ったような錯覚を覚える。
「……うん、分かったよ。私は、私の正義をこれからも謳う。それがもし私の手が届かない場所だったとしても、見えたなら、正義を謳うよ」
「あぁ、それがお前らしいよ。お前なら、手が届かなくても飛んでいけそうだけどな」
やっと、俺たちは本当の意味で、少しだけ理解しあえたような、そんな気がした。
「……ありがと、頑張る。ちゃんと、頑張ってみる。それで、それでね? それで……なんだけど」
「だからって、バディの件を断ることには変わりないからな?」
カキーンと、ホームランの音が鳴り響く。
そうして、ポカーンとしたヒカリの顔が、徐々に赤くなって、力は抜いているのだろうがポカポカと俺の胸を叩いた。正直、結構痛い。
「なんで?! 私反省したし! 明らかにこれからは一緒にやってく感じの流れだったじゃん! 何かな? 葦名くんは私を説教しに来ただけなのかな?!」
「んなこたないよ。まぁ、あのままグズってたら帰ろうとは思ったけども」
「ひどいよ、ひどい! 稲穂ちゃんに言いつけてや……わひゃあ!」
俺は、一歩前だけ大きく前に出る。ヒカリの顔が俺の学生服の胸あたりに触れて、彼女は聞いたこともないような声を出していた。
ただ、何の意味もなく俺がこんなことをするはずもない。
「ああもう、稲穂がいねえとお前はこんなことにも気づかねえのかよ!」
いつかの昼休みを思い出す。あの時もホームランボールが飛んできたのだ。
その時は稲穂が察知して、余裕のあるヒカリがそれをキャッチした。
だけれど、ヒカリがそれに気づいていないというのならば。
そこに俺の手が届いてしまうのならば。
――俺は手を伸ばしてしまうみたいだ。
心の奥底に根付いていた感情と、身体が真逆に動いている。
でもそれが、少しだけ心地よく思えてしまう。
「あぁ、畜生。分かんねえ。でも、決めた」
悔しいけれど、俺だって、前に進みたい。
「お前の手が届かない所に、俺の手が届くことがあるんなら」
俺は、目を丸くしているヒカリを見て不敵に笑う。
そうして、地面を強く踏みしめ、あの日のヒカリを思い出しながら、ホームランボールを高く跳躍してキャッチした。
俺が跳躍をしてやっと彼女も違和感を覚えたのだろう。
俺がボールを掴んだ時に、彼女と目が合った。
「……少しくらいは、飛んでやるよ」
俺は着地したあと、掴んだボールを校庭に軽く投げ返す。
「うん、うん、うん……! 今は、それでもいい!」
結局のところ、流されてしまった気がしてならない。
だけれど、バディになるのは、やっぱり勘弁だ。
「ま、それでもいいなら、この話は終わりだ。戻ろう、稲穂と世利華も、待ってくれてるだろうし」
嬉しそうに跳ねているヒカリを見て、俺にそれだけの価値があるだろうかと、また少しだけ疑問に思う。
だけれど、俺の価値は俺が決めるものじゃないのかもしれない。
彼女が決めた価値を、正義が認めた価値を、少しだけ信じてやるのも、悪くないと思った。
「しかし、本当にフェンス必要だな、この屋上は」
「なんかね、ギフトはないけど凄い頑張ってる子がいるらしいよ? 噂になってたなー。ソフトボール部の頑張りやさんのお話」
そんな迷惑な努力家もいるのだ。なら俺だっていい加減自分のアドと向き合うべきなのかもしれない。
少しだけ、その努力家のことが気になったけれど、俺はそれ以上聞かないことにする。聞いても名前を覚えられる気がしない。どいつもこいつも田中みたいに分かりやすい名前なら良いのに。
「そういうのは、嫌いじゃないな。それにあの実力なら、多少のアド持ちじゃ敵わないだろ」
「みたいなんだけどねー、やっぱり色々大変みたいよ? でもあの子は気も強いし、平気かなぁ」
相変わらず、ヒカリは基本的に人類皆友達のようで、ホームラン連打の迷惑な努力家とも知り合いのようだった。
俺は、自分のアドのことを未だに好きにはなりきれない。
それはどうしたって、簡単には変わらない。
それに、正しい選択なんてものも、今はまだ分かる気すらしていない。
それでも、ヒカリが謳う正義が、俺には持っていないキラキラしたものだってことだけは、分かる。
だからこそ、彼女の光の後ろについていったなら、もしかすると何か見えるものがあるじゃないかなんてことを思って、俺は空を見上げた。
その空は、俺と彼女が出会った日の空と同じように見えて、それでも今の俺からは全く違う空に見えた。
変わったのは空だろうか。それとも、俺だったのだろうか。
「でも、ちょっと心配だし、今度お話聞きに行ってみよっか!」
やっといつもの調子を取り戻したヒカリがこちらを振り返って笑う。
「まぁ、向こうさんを困らせるようなことはすんなよ?」
「大丈夫! 困ってるなら助ける! 困ってないならそれでよし! 葦名くんも手伝ってくれるんだもん、ね?」
手伝うと言ったかはともかくとして、俺がやることはもう決めている。
ヒカリが進む分だけ、俺も進もう。
それが正しい選択かどうかは、きっとこれから分かる事だ。
「ちなみに、あのボール、私でも取れたんだからね?!」
「いや、気づいてなかっただろ……」
当たり前のように、無意識に動いていた行動に、理由をつけることは出来ない。
アドがあったせいで、出来てしまったことだとしても、その理由にアドは関係ないはずだ。
「しかし、本当に、お前は厄介なヤツだよ」
小さく呟いた俺の言葉も聞かずに、彼女は跳ねるように屋上でステップを踏む。
「がんばってこーね!」
気を取り直した彼女は相変わらず強引で、少し厄介で、名前のように輝いている。
そんな彼女だから、俺は、こんな自分でも一緒にいようと思えたのだ。
「頑張るのはお前から、だけどな」
「私は、君の言う通り、百瀬ヒカリは正義を謳うの。そこから、また始まるんでしょ?」
陽射しの下で、彼女は回る。
「まぁ、言ったことの責任くらいは、取るしかないわな」
幾つもの正義が、交差して、ぶつかって、輝いたり、曇ったり。
俺にも、そんな正義が、どこかに眠っているのだろうか。
そう思いながら、俺は見えないそれらに向かって手を伸ばして、自分の手が届く範囲を確かめながら、少し遠くで、手を開いて回る、素っ頓狂な正義の権化を、遠くから握り込むように、手のひらの中におさめた。




