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「また君に会う夢を見た」  作者: あーちゃん


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1/15

夢の中で、君は笑っていた

これは、忘れてしまった約束を思い出すための物語です。


夢の中でだけ会える誰か。

目が覚めるたびに消えてしまう顔。

それでも胸の奥に残り続ける、懐かしい痛み。


第1ページ「夢の中で、君は笑っていた」。

ここから、朝倉湊の夏が始まります。

夢の中で、君はいつも笑っていた。


夕焼け色に染まった屋上で、古びたフェンスの向こう側に広がる町を見下ろしながら、白いワンピースの裾を風に揺らして、君は僕の方を振り返る。


その顔は、いつも光の中に溶けていた。


笑っていることだけは分かる。

けれど、目の形も、髪の長さも、声の高さも、目覚めた瞬間には全部こぼれ落ちてしまう。


ただ一つだけ、忘れられない言葉があった。


「またね、湊」


その声を聞くたび、胸の奥がきゅっと痛む。


懐かしいような。

悲しいような。

大切なものを、どこかに置き忘れてきたような。


僕は夢の中でいつも、その少女に手を伸ばす。


待って。

行かないで。

君は誰なんだ。


そう叫ぼうとするのに、声は出ない。


少女は笑ったまま、夕焼けの向こうへ歩いていく。


フェンスの向こうへ消えるわけでも、階段を降りるわけでもない。

ただ、光の中へ溶けていく。


そして最後に、必ずこう言う。


「今度こそ、思い出してね」


そこで夢は終わる。


目が覚めると、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。


蝉の声が、うるさいくらいに鳴いている。


僕はベッドの上でしばらく天井を見つめていた。


心臓が少しだけ速く打っている。

頬には涙の跡があった。


まただ。


また、同じ夢を見た。


中学に入った頃から、僕は何度もあの夢を見るようになった。


最初は、ただの夢だと思っていた。

けれど、何度も何度も繰り返すうちに、ただの夢ではない気がしてきた。


夢の中の屋上。

白いワンピースの少女。

夕焼け。

そして、僕の名前を呼ぶ声。


全部があまりにも鮮明で、あまりにも懐かしかった。


でも、僕にはその少女の記憶がなかった。


知っているはずなのに、知らない。

会ったことがある気がするのに、思い出せない。


まるで心の中の一部だけが、誰かにそっと切り取られてしまったみたいだった。


「兄ちゃん、起きてる?」


ドアの向こうから妹の美咲の声がした。


「起きてる」


僕が答えると、間もなくドアが少しだけ開いた。


「朝ごはん冷めるよ。あと、今日始業式でしょ」


「分かってる」


「分かってる人の声じゃないんだけど」


美咲は呆れたように言いながら、部屋の中を覗いた。


中学二年生の妹は、僕よりずっとしっかりしている。

母さんがいなくなってから、家の中の空気を明るくしようとしてくれているのも分かっていた。


分かっているのに、僕はうまく笑えない。


「また変な夢?」


美咲が小さな声で言った。


僕は答えなかった。


答えなかったことで、答えたようなものだった。


美咲は少しだけ眉を下げた。


「病院とか、行った方がいいんじゃない?」


「ただの夢だよ」


「ただの夢で、毎回泣く?」


僕は頬を手の甲で拭った。


美咲はそれ以上何も言わなかった。


昔から、僕は泣くのが嫌いだった。

泣いても何も戻らないと知っていたから。


母さんが死んだ日も、僕は泣かなかった。


いや、正確には泣けなかった。


病室の白い天井。

消毒液の匂い。

父さんの震える背中。

美咲の泣き声。


全部覚えている。


でも、その日の記憶の一部だけがぼやけている。


母さんが最後に何を言ったのか。

僕が何を返したのか。


そこだけ、霞がかかったように思い出せない。


夢の少女と同じだ。


大切なところだけ、いつも消えている。


洗面所で顔を洗うと、鏡の中の自分と目が合った。


寝不足の顔。

少し伸びた前髪。

笑い方を忘れたみたいな口元。


高校三年の夏。


普通なら、進路だの受験だの最後の文化祭だの、そういうものに胸をざわつかせる時期なのだろう。


けれど、僕には何もなかった。


行きたい大学もない。

なりたい職業もない。

忘れられない夢だけがある。


朝食の席には、父さんがいなかった。

仕事で早く出たらしい。


テーブルの上には、美咲が焼いた目玉焼きとトーストが並んでいた。


「焦げてるけど文句言わないで」


「言ってない」


「顔が言ってる」


「うまそうだと思ってた」


「嘘くさ」


美咲はそう言いながらも、少し笑った。


僕はトーストをかじった。

少し焦げていて、少し苦かった。


それでも、温かかった。


学校へ向かう道は、夏の匂いで満ちていた。


アスファルトから立ちのぼる熱。

遠くから聞こえる蝉の声。

自転車で通り過ぎていく制服姿の生徒たち。


全部が、いつも通りだった。


なのに、僕だけがどこか違う場所にいるような気がした。


校門の前で、親友の柊悠真が手を振っていた。


「湊! お前、また死人みたいな顔してんな」


「朝からうるさい」


「褒めてる」


「どこが」


「幽霊にしては足がある」


「それは褒め言葉じゃない」


悠真は昔から、空気を軽くするのがうまかった。


僕が黙っていても、勝手に話し続ける。

僕が笑わなくても、勝手に笑っている。


そういう奴だった。


「今日、転校生来るらしいぞ」


教室へ向かう廊下で、悠真が言った。


「この時期に?」


「らしい。しかも女子」


「ふうん」


「反応薄っ。もっとこう、青春っぽくさ、ワクワクしろよ」


「受験生だぞ」


「受験生でも恋はする」


「お前だけしてろ」


「俺は常にしてる」


悠真は胸を張った。


くだらない会話だった。

でも、そういうくだらなさに、僕は何度も救われている。


教室に入ると、夏休み明け特有のざわめきが広がっていた。


日焼けした奴。

髪型が少し変わった奴。

宿題の話で騒ぐ奴。


僕は窓際の席に座り、ぼんやり外を見た。


青すぎる空だった。


あの夢の夕焼けとは違う。

けれど、なぜか胸がざわついた。


チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。


「席につけー。夏休み気分は今日で終わりだぞ」


教室が少しずつ静かになる。


担任は出席簿を机に置くと、少しだけ表情を和らげた。


「今日は転校生を紹介する」


その瞬間、教室が一気にざわめいた。


悠真が後ろの席から僕の背中をつつく。


「来たぞ、青春」


僕は振り返らずに言った。


「黙ってろ」


担任が廊下に向かって声をかける。


「入っていいぞ」


教室の扉が開いた。


その瞬間、風が入ってきた。


本当にそう感じた。


窓は開いていない。

エアコンの風でもない。


でも、僕の胸の中を、何かが通り抜けた。


入ってきたのは、ひとりの女子生徒だった。


白い肌。

肩のあたりで揺れる黒髪。

静かな目。


彼女は教壇の横に立つと、ゆっくりと頭を下げた。


「白峰澪です。よろしくお願いします」


その声を聞いた瞬間、僕の呼吸が止まった。


知っている。


そう思った。


初めて聞く声のはずなのに。

初めて見る顔のはずなのに。


心の奥のどこかが、はっきりと震えた。


夢の中で聞いた声と同じだった。


「白峰はしばらくこのクラスで過ごすことになる。みんな仲良くしてやってくれ」


担任がそう言うと、教室のあちこちから小さな拍手が起こった。


白峰澪は静かに顔を上げた。


その視線が、教室をゆっくり巡る。


そして、僕のところで止まった。


目が合った。


時間が止まったような気がした。


彼女は驚いた顔をしなかった。

むしろ、やっと見つけたものを見るように、ほんの少しだけ目を細めた。


そして、微かに笑った。


夢の中の少女みたいに。


胸が痛んだ。


ひどく懐かしい痛みだった。


「席は……朝倉の隣が空いてるな。白峰、そこへ」


担任の声で、僕は現実に引き戻された。


白峰澪は静かに歩いてきて、僕の隣の席に座った。


机の脚が床を擦る小さな音がした。


僕は前を向いたまま動けなかった。


隣から、ふわりと石鹸のような匂いがした。


どこかで知っている匂いだった。


授業が始まっても、僕は黒板の文字をほとんど追えなかった。


隣にいる彼女の存在だけが、やけに大きかった。


夢と現実の境目が、少しずつ曖昧になっていく。


昼休みになると、悠真がすぐに僕の席へ来た。


「おい湊、奇跡だぞ。転校生の隣とか、主人公じゃん」


「うるさい」


「白峰さん、よろしく。俺、柊悠真。こいつの親友」


白峰は少しだけ笑った。


「よろしくお願いします」


「敬語じゃなくていいよ。同級生だし」


「じゃあ、よろしく」


その笑い方は穏やかだった。

でも、どこか寂しそうでもあった。


悠真は僕の顔を覗き込む。


「で、湊。お前なんでそんな固まってんの?」


「別に」


「別にって顔じゃないぞ」


僕は何も言えなかった。


すると、白峰が僕の方を向いた。


「朝倉くん」


名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。


「何?」


僕がやっと答えると、彼女は少しだけ首を傾げた。


「前に、どこかで会ったことある?」


その言葉に、悠真が「おお」と変な声を出した。


僕は白峰を見た。


彼女の目は、冗談を言っているようには見えなかった。


むしろ、本気で確かめているみたいだった。


「……分からない」


僕はそう答えた。


本当は「ある気がする」と言いたかった。


でも、それを言ってしまったら、何かが壊れてしまう気がした。


白峰は少しだけ寂しそうに笑った。


「そっか」


その笑顔を見た瞬間、また胸が痛んだ。


どうしてそんな顔をするんだ。


どうして、僕が忘れていることを知っているような顔をするんだ。


放課後、僕は逃げるように教室を出た。


廊下の窓から差し込む夕方の光が、床に長く伸びていた。


今日は部活もない。

用事もない。


まっすぐ帰ればいい。


そう思ったのに、足はなぜか階段へ向かっていた。


屋上へ続く階段。


普段は鍵がかかっているはずだった。


けれど、その日はなぜか扉が少しだけ開いていた。


僕は息をのんだ。


夢の中の景色が、頭の中に浮かぶ。


夕焼け。

フェンス。

白いワンピースの少女。


僕はゆっくり扉を押した。


金属の軋む音がして、屋上に出る。


風が強かった。


夕焼けが、町を赤く染めていた。


夢と同じだった。


いや、完全に同じではない。

フェンスの錆び方も、床のひび割れも、置かれた古いベンチも、夢とは少し違う。


それでも、僕はそこに立った瞬間、分かった。


ここだ。


僕はこの場所を知っている。


知らないはずなのに、知っている。


フェンスの近くに、人影があった。


白峰澪だった。


白いワンピースではなく、制服を着ていた。

けれど、風に揺れる髪も、夕焼けの中に立つ姿も、夢の少女そのものだった。


彼女は振り返った。


そして、僕を見ると、静かに笑った。


「来てくれたんだ」


僕はその場から動けなかった。


「どうして、ここにいるんだ」


声が震えていた。


白峰はフェンスに手を置いたまま、遠くの町を見た。


「ここに来れば、思い出せるかなって思ったから」


「何を」


「朝倉くんが、忘れてしまったこと」


僕の喉が乾いた。


「君は、僕を知ってるのか」


白峰はすぐには答えなかった。


夕焼けの光が、彼女の横顔を淡く照らしていた。


その横顔を見ていると、なぜか涙が出そうになった。


「知ってるよ」


やがて彼女は言った。


「ずっと、知ってる」


風が吹いた。


僕の中で、何かが音を立てて揺れた。


「でも、僕は君を知らない」


「うん」


「なのに、夢に出てくる」


白峰がゆっくりと僕を見た。


「どんな夢?」


僕は答えるべきか迷った。


でも、もう隠せなかった。


「夕焼けの屋上に、君に似た女の子がいる。白いワンピースを着てて、僕に言うんだ。またねって。今度こそ思い出してねって」


白峰の瞳が揺れた。


それはほんの一瞬だった。


けれど、僕は見逃さなかった。


「やっぱり」


彼女は小さく呟いた。


「やっぱり、まだ見てるんだね」


「まだ?」


僕が聞き返すと、白峰は口を閉じた。


その沈黙が、何よりも答えのようだった。


「白峰」


僕は一歩近づいた。


「君は誰なんだ」


彼女は困ったように笑った。


夢の中と同じ笑顔だった。


でも、その笑顔の奥に、今にも泣き出しそうな痛みが見えた。


「今はまだ、言えない」


「どうして」


「言ったら、きっと朝倉くんは逃げるから」


「逃げない」


「逃げるよ」


白峰は静かに言った。


「だって、あなたは昔から、大切なものほど見ないふりをする人だから」


その言葉は、胸に刺さった。


怒りより先に、痛みが来た。


まるで、自分でも知らない傷口を指で押されたみたいだった。


「勝手なこと言うなよ」


僕は低い声で言った。


白峰は謝らなかった。


ただ、悲しそうに僕を見ていた。


「ごめんね」


少し遅れて、彼女はそう言った。


「でも、会いたかった」


その言葉に、僕は何も返せなかった。


会いたかった。


初対面の相手に言われるには、あまりにも重い言葉だった。


なのに、僕の心はそれを拒めなかった。


むしろ、ずっとその言葉を待っていたような気さえした。


夕焼けが少しずつ薄れていく。


町に明かりが灯り始める。


白峰はフェンスから手を離した。


「朝倉くん」


「何」


「明日も、ここに来て」


「どうして」


「思い出してほしいことがあるから」


「だから、それは何なんだよ」


白峰は答えなかった。


代わりに、僕に向かってゆっくり歩いてきた。


すれ違う瞬間、彼女は小さな声で言った。


「約束、したから」


僕は振り返った。


「約束?」


白峰は屋上の扉の前で立ち止まった。


そして、夕焼けの残り光の中で、少しだけ笑った。


「忘れててもいいよ。私が覚えてるから」


そう言って、彼女は階段へ消えていった。


ひとり残された屋上で、僕はしばらく動けなかった。


約束。


その言葉が、頭の中で何度も響いた。


忘れていたはずの何かが、胸の奥で疼く。


幼い頃の夏。

小さな手。

花火の音。

誰かの泣き声。

雨に濡れた道路。

白いリボン。


断片だけが、一瞬だけ浮かんでは消えた。


僕はフェンスを握りしめた。


冷たい鉄の感触が、掌に残る。


空を見上げると、夕焼けはもうほとんど消えていた。


夜が来る。


夢を見る時間が、また近づいてくる。


その夜、僕はなかなか眠れなかった。


ベッドに横になっても、白峰澪の言葉が頭から離れない。


知ってるよ。

ずっと、知ってる。


会いたかった。


約束、したから。


僕は本当に彼女を知っているのだろうか。


もし知っているなら、なぜ忘れているのだろう。


忘れなければ生きていけないほどの何かが、過去にあったのだろうか。


考えれば考えるほど、胸が苦しくなった。


いつの間にか眠っていた。


そして、また夢を見た。


夕焼けの屋上。


いつもの場所。


白いワンピースの少女が、フェンスの前に立っている。


僕は今度こそ、彼女の顔を見ようとした。


けれど、光が邪魔をする。


「待って」


夢の中で、初めて声が出た。


少女が振り返る。


「君は、白峰なのか?」


少女は答えなかった。


ただ、少し困ったように笑った。


「思い出して、湊」


「何を?」


「私たちが、最後にした約束」


風が吹いた。


少女の髪が揺れる。


僕は手を伸ばした。


今度こそ届くと思った。


けれど、指先が触れる直前、景色が滲み始める。


「待って!」


僕は叫んだ。


少女は消えかけながら、最後に言った。


「明日、屋上で」


目が覚めた。


朝だった。


蝉が鳴いていた。


頬は、また濡れていた。


でも、その朝だけは、いつもと違っていた。


夢の中の少女の声が、まだ耳に残っていた。


そして僕は初めて、思った。


あの夢は、ただの夢じゃない。


白峰澪は、きっと僕の過去を知っている。


僕が忘れてしまった何かを。

僕が忘れてはいけなかった誰かを。


その日から、僕の夏は静かに変わり始めた。


夢の中で笑っていた君が、

現実の僕の前に現れた。


そして僕はまだ知らなかった。


この出会いが、

忘れていた記憶の扉を開けること。


そしてその先に、

もう一度失う痛みが待っていることを。

第1ページを読んでくださり、ありがとうございます。


夢の中にだけ現れていた少女・澪が、ついに現実の湊の前に現れました。

けれど、澪は湊を知っているのに、湊は彼女を思い出せない。


次の第2ページ「初めて会った気がしない」では、二人の距離が少しずつ近づきながら、湊の中に眠っていた記憶が揺れ始めます。

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