リーゼロッテ、教会にざまあする エピソード6
最終話です。
長い聞き取り調査を終えたのは、あんりが王国に来て半年が過ぎた頃だった。
「それで魔素溜まりの不毛な土地で、魔力の器を大きくするのは結局何が必要だって神託を得たの?」
辺境伯領から今日もローズがやって来て、リーゼロッテに質問をする。
「まあ、落ち着いてローズ。大丈夫、それもわかったから。」
リーゼロッテがそう言ってローズにお茶を勧め、話し出す。
魔力溜まりの不毛の地で多くの魔素の中で暮らすと魔力を受けとる器が大きくなるという神託を得て建国したロザリア王国であったが、百年経つ間にどんどん魔力を持つものは減って行き、しかも元々人が住むに馴染まない不毛の地なので、その地での生活は苦しく入植した者も出奔してしまうほど。
教会内部でも魔力のある者自体が減り、前代の神託のように教皇が神の元へと向かうことなど、夢物語。
そこで、教会内で魔法知識を持つ学者たちが編み出した魔方陣で、青の世界の子を拐って贄にすることが決まった。
そして、その子とその子を呼ぶのに使った魔法使いの魔力と命を代償に、魔法の力を強くする方法を神より与えられたのだった。
その方法とは、実に簡単。魔力を持っている者を倒して、その経験値を積み上げることだった。
ロザリア王国の土地は魔力を帯びた野性動物が魔物へと進化していた。
その強い魔力を持つ魔物を倒す時に浴びる臭気が、経験値となって自身の身に溜まって行く。
それの繰り返しによって魔力を貯める器が大きくなっていくのだ。
「ああ、ロザリアの王族は国王自らが魔物退治に向かうと昔教えてくれたわね。王妃様も王子も王族は全て魔物退治に率先して向かうのは、そういう理由からなのね。」
ローズが納得したという顔で、頷く。
「少し考えたらわかりそうなモノでしたわ。
魔物退治で臭気を多く浴びた王と王妃の子は、初めからその肉体に臭気を蓄えているため、魔素の器が大きく生まれるのです。
その元々大きな器がまた魔物討伐をして臭気を浴び、更に大きな器になっていく。
こうして繰り返していくうちにロゼリア王国では魔法が使える者ばかりになった。
そして、その中で一番魔力が多く、たくさん魔法が使える者、魔力が多くて特別なスキルを所持している者を選んで、教会の本部へと入れていくシステムだったのでしょう。」
リーゼロッテが無表情な顔で淡々と説明をした。
「なるほど、解ったわ。我が領の孤島で魔物退治をたくさんした者がそのうち魔法が使えるようになる可能性があるのね。もう王国は他国や教会から、魔力が無いからと下に見られることはないわ。」
ローズが顔にいつもの穏やかな笑顔を張り付けて、表情に合わない言葉を吐いた。
「ローズは魔力が無いことでナニか不具合がありましたの?」
「いいえ、私は無いわ。でもヘンリー様はいつもその事で家臣の貴族たちの嘲笑の的。見ていて気持ちのイイものでは無かったわ。その貴族だってたいして魔法使えないんだもの。お前もな、オマエモナーってずっと思って見ていたのよ。」
ローズの淑女の仮面をチラチラと外したような言葉にその当時の憤りが見てとれた。
「それは、気分が良くないですわね。因みにその方はどなた?」
リーゼロッテが表情の無い顔を向けてローズに聞く。
「それこそ、今はなきロジアン家よ。魔法が使えるのは一族でも数人で、その人たちは挙って教会へ出家しちゃうから残ってるのは《魔法が使えるなんてよく言えるな!》って人たちだったのよ。」
「秘密にせず広く公表していたら他国も魔法使いをある程度保持できたのですわ。きっちりと反省して貰わなければ。」
リーゼロッテが抑揚の無い声で答えた。
「ホントね。さて、わかったからには、この話をヨハンに伝えて今後の対策はこちらで取らせて貰うわ。」
そう言うと、ローズは慌ただしく転移魔法で帰って行った。
王国では着々と教会との戦争準備を整え、新月のある夜、教会本部に奇襲をかけた。
今回の攻撃の全権指揮は、サルアール国王が取り仕切った。
良くも悪くも、温暖な気候に恵まれた豊かな地である、サルアール王国。
歴代の国王も、《善きに計らえ》を旨とする、協調と調和の王族であり、未だ嘗て他国に自らが攻めいるなどといった蛮行をしたことのない、穏やかな気質である。
ただ、今回の神託に至った経緯自体、建国より九百年間神の名の下に王国から金を毟り取り神託へと加えず、それが明らかになり、教会との付き合いを控えることを告げると明白に神託の国へと推挙したが、肝心の神託については殆ど秘匿された。
国王だけでなく、宰相も神託の負担金が大きいこともあり、『これまで神託に依らず政を行って来たのだから、我が国には必要ない』と一度断りの返事をしていたのに!
教会幹部がわざわざ教皇の親書を携えてやって来て、
「この世界の問題は神託に依って解決しなければならないというのは、創生から、遥か昔からのこの世界のルールなんですよ。それに従わないなどと、神への冒涜が過ぎますぞ!」
と、居丈高な態度で言いつらう。
大陸中に教会の教えは常に正しい、としての共通認識があるため、外交面を考慮して神託を受け入れたのだ。
それなのに、百人目の生け贄を前に、青の女神様の怒りを買うことになった!当事者にされた!と、納得がいかない国王は、王の勅旨を発令、神託の負担金がそのまま戦費として使用されたため可及的すみやかな臨戦態勢を整えることができたのだった。
決行の前準備として、暗部がキョコト市国の教会本部の建物の周囲に魔石を埋めていった。
魔力探知で警備をしている教会側の聖騎士は、魔力の無い者を把握することすら出来なかった。せめて、見張りを立てる位のことはしておけばよかったのだが、そもそも教会に攻め入ろうという勢力があるなど思いもしないので、本部の外側の城壁は清々しいほど無防備であった。
魔術師団は以前あんりを王国まで送ってきた聖騎士の転移地点の魔力探知によって、逆に教会本部内の転移地点の把握に成功し、旧ロジアン領に大掛かりな転移地点ステーションを建造した。
決行の夜、魔術師団と魔術騎士団の先鋭部隊が転移地点ステーションからリーゼロッテの豊富な魔力を動力として一斉に教会内部に転移した。
その一呼吸おいた後に、教会の周りに埋めた魔石に暗部に所属するかつての窃盗団の頭が魔力を注いだ。
すると、その魔力を魔石が伝い、建物を飲み込む大きな魔方陣が上空に現れ、魔法が発動された。
それは、リーゼロッテが寝ている間に魔力を抜き取られた事件の後考案された、魔封じの陣。
これによって、建物の内部では一切の魔法が使用できなくなったのだった。
転移した魔術師の面々は魔方陣が構成される僅かな時間に、最大出力で自分の持つ攻撃魔法をそこら中にぶっぱなした。
その音に驚いて集まって来た聖騎士や教会の魔法使いが応戦しようと呪文を詠唱し、魔法を展開しようとしたが、誰一人成功した者は居なかった。
魔法騎士団とは呼ばれているものの、騎士団員は魔力のない普通の騎士だ。剣と槍での戦いには王国の騎士との差は歴然で、あっという間に城壁の扉が開けられた。
外で待機していた暗部は、場内に散らばっていった。
そして場内の片隅にある建物に囚われていた子供たちを保護したのである。
あっという間に教会本部を制圧したサルアール王国軍は、教会内部の奥、厳重に守られていた教皇をも捕らえ、奇襲作戦は成功の内に幕を下ろしたのだった。
「リカルド、魔封じの解除を。」
イーサンが告げる。
「ハッ」
瞬時に解除を行う。
これによって、拘束されていない王国側の魔術師は魔法が使えるようになった。
一方、捕らえられた者は全員魔封じの手枷足枷をされ、縄で繋がれた。
「無礼者、このような蛮行が許される訳なかろう。他の王国が黙っていないぞ!」
教会の枢機卿が口に泡を飛ばして叫ぶ。
「離せ、神罰が下るぞ!」
「この罰当たりが!」
教会の幹部も司教も聖騎士もみな口々に文句を王国側に浴びせる。
「言いたいのはそれだけ?神罰が下るのは誰かな、ねえ教皇殿。」
イーサンが、魔術騎士が引っ捕らえた教皇を見て言った。
「お前、何をしているのだ!教皇様はロゼリア王国の王弟だぞ、ロゼリアと全面戦争する気か!」
まだまだ元気一杯の枢機卿が喚く。
「ロゼリアが教会を助けるために進軍することは、無い。決して無い。」
イーサンがキッパリと答えた。
「教皇殿、この教会のあり方、神託、ロゼリアと教会の関係。真に正しいとお思いか!」
顔色の悪い白髪の痩せた教皇はまるで老人のように見えた。
その教皇が口を開く。
「ロゼリアに生まれ、教皇となる運命を押し付けられた私が何をすることが出来たというのか。」
教皇のスキルは夢見、予知能力を持っていた。
教皇はイーサンを見ているようで、その実どこにも焦点が合わない目を彷徨わせ、
「この日を受け入れることが私の出来る唯一つの善行だったのだ。」
そう独り言ちた。
時間は暫し遡る。
決行の日を前に、リーゼロッテがあんりとヘンリーを伴ってロゼリアへと転移した。
そこはロゼリアにあるリーゼロッテの生家。
あの閉じ込められた書庫に転移地点があったのだ。
「な、なんだ!リーゼロッテ!ヘンリー殿下!どうしたと言うのだ!」
実父のプールヘルム伯爵が突然現れたリーゼロッテたちに慌てふためいた。
「ごきげんよう、プールヘルム伯。今日は”青の渡り人”あんり様をお連れ致しました。そして、見ていただきたいものがございますの。その内容を理解されたら、速やかに王家へと繋いで頂きたいのですわ。もはや一刻の猶予もござません。」
リーゼロッテが父へと抑揚の無い声で告げる。
驚き慌てていた伯爵だが、”青の渡り人”を連れ、王太子を伴っての来訪に差し迫った問題の大きさを感じ取り、直ぐ様自分の執務室へと招いた。
そこで、あんりから告げられる九十九魂の恨み辛みの数々と、青の女神様の終末の予言に頭を抱えるのだった。
伯爵は妻であるセシリーと子供たち、信頼する家令も呼び寄せ、あんりの話を交い摘んで話して聞かせた。
そして徐にヘンリーが取り出した子供の頭ほどもある大きな光の魔石にリーゼロッテが魔力を注ぐと、その魔石から投影された、あの暗闇に光る金色の目とおおおおおおーという怒号、そして許すまじという呪詛のような神の嘆きが空中に映し出された。
その衝撃は凄まじく、魔力の無いセシリー以外の者は震え踞り、幼い弟は失禁する始末。
伯爵も行きすぎた恐れに胃から逆流してくる酸っぱいものを我慢するのに必死だった。
腰を抜かして、同じように震えていた家令が、いち早く気を取り直して、王城へと早馬を出してこの話を伝えなければいけないと伯爵に進言した。
伯爵は、ウェウェと嘔吐きながらも震える手で文を認めると、早馬を出した。
程無くして、登城の許可がおりると、伯爵に伴われて、リーゼロッテ一行はロゼリア王国の王城へと向かったのである。
王と王妃、そしてそれに連なる者、宰相はじめ多くの文官、魔術師団長、魔術騎士団長が集まっている広間へと進み、伯爵にしたのと同じ話をあんりが話して聞かせた。
そして、広間の空中に映し出された青の女神の怒気に中てられ、そこに並んだ者は王妃以外はみな震えて踞った。王家の幼い者、心弱い者は失神する者、失禁する者が出て騒然としたのだった。
「ロゼリア国王陛下、率直に伺いたいのだが、この国の建国が教会主導で行われ、言葉は悪いが教会の為に強い魔力を持つ者を産み出す、人間牧場のような様を善しとするのか。」
ヘンリーが相変わらず思ったことを言葉を選ばず口に出した。
ロゼリア側は人間牧場という強い言葉に気色ばむも、先程見た青の女神の怒りに反論することは憚られたので、みな一様に下を向いて口を喋んだ。
重い空気の中、ロゼリア国王が、
「建国より、教会の下、神の御心に従い、より強い魔力を秘めた者を教会へと送り出すことが使命だと信じてやって来たのだが、それが教会の欺瞞だったと知った。今後同じ間違いはしないと誓おう。これよりサルアール王国との同盟を二国間で直接結ぼう。」
とヘンリーに答えた。
「では、これからの作戦へと、魔石の供給をお願いしますわ。」
リーゼロッテがいつもの表情の無い顔で告げる。
その結果、一晩で教会を制圧する圧倒的な戦いになったのであった。
教会の内部をサルアール王国の魔術師団と魔術騎士団で調査し、古の魔方陣とそれに纏わる書物を押収、犠牲になった青の世界の子らだけでなく、凄まじい数の魔法使いの命が奪われていたことが世界中に公表された。
世界の理がひっくり返るほどの出来事に民衆の気持ちも不安定化してしまい、各国の王家を悩ませることとなった。
捕らえられた教皇は、自身と捕らえられた全教会関係者の魔力を以て、青の女神と白の男神を呼び出したいと訴えてきた。
魔封じの枷を外すと、逃亡する可能性もありサルアール国王は難色を示したが、リーゼロッテが創り出した仮想の闇の世界でなら問題が無いということになり、王国の関係者と魔術師団が見守る中、創生の二柱の召喚が行われた。
「ああ、白の男神様、青の女神様、この罪深き我を裁きたまえ」
教皇が、闇の中に金色に蠢く目と目に向かい、厳かに懺悔をする。
「この期に及んでまだ、我に乞い願うか、愚か者が!!」
青の女神が怒声を浴びせ、教皇の意識が刈り取られるが、魂が消滅する前に聞かねばならぬともう一度願う。
「どうか、どうか我らの罪を償わせて下さい。そして関係の無い他の白の子らの命をお助け下さい。全て教会が行った悪事で、この世界の全ての者のせいでは無いのです。罪は我にお与え下さい。」
教皇の必死の願いに、白の男神も
「こういう結果になると思わず、神託を約束した我の失策じゃ。白の子らを許してたもう。」
と、青の女神に謝罪した。
暫く、そして永遠、そんな静寂の後、青の女神様が
「まずあの忌々しい青の世界へ手をつっこむ、あの魔方陣とそれに関わる全てを破壊せよ。次に大気に溶けぬ移ろう魂となった九十九の魂を元の世界の大気へと帰すのだ。そして今回のことで不安になっている全ての人の記憶を消去するのだ。その身を以て必ず行え。さすれば、神の鉄槌は免除してやろう。そして、男神よ、主も我もまた謹慎じゃ。お主は空の狭間で、我は海の深淵で、手も口も出さずに過ごすのだ。それが我らの罰じゃ。」
そう告げた。
「あんり。あんりをこちらへ。」
白の男神が突然あんりを呼ぶ声を上げた。
闇の魔法の空間に、あんりが引っ張って来られた。
「悪かったな、あんりよ。お前を元の世界へ戻そう。」
白の男神が、あんりを労りながらそう告げた。
しかし、あんりはそれを拒否して白の男神との謹慎を望んだのだった。
「僭越ながら、サルアール王国王太子妃リーゼロッテが、お伺い申し上げます。二柱の謹慎は罰だとおっしゃいました。なぜあんり様が罰を与えられないとならないのでしょう。あんり様はこの世界を救って下さった聖女様でございます。」
リーゼロッテの必死の訴えに、青の女神は答えなかった。
ただ、あんりの世界での贖罪じゃなと独り言ちただけだった。
そのまま、二柱とあんりが深淵と狭間に隠れてしまわれ、教皇の意識が広間へと戻った。
そして、全教会関係者の魔力を抜き取る魔方陣を形成して、移ろう魂を元の世界へと返し、世界の人からこの記憶を奪った。奪うと共に、残りの魔力で教会の建物全てを破壊し燃やし尽くすと、その命も燃え付きたのだった。
あんりが居た記憶もなくなり、絶命している教会関係者に驚く王宮の者に、リーゼロッテが話を告げた。
なぜかリーゼロッテとヘンリーにはあんりとそれに纏わる記憶が残っていたのだった。
そして、今まで側仕えのアンヌが書き留めていた資料と、今回の顛末をまとめ、国王と宰相に全ての報告をした。
すっかり記憶がない二人だが、絶命していた多くの教会関係者を見たこともあり、これを信じ、今後王家に連なる者には必ず伝えるべき事柄と決定された。その際、世界を救った聖女足るあんりをヘンリーの王妃として名を残すことをリーゼロッテが進言したのだった。
リーゼロッテが王妃で無くなるのをヘンリーがとても嫌がって、この案が暗礁に乗り上げようとしたが、名目上の王妃なので、リーゼロッテの名称を側妃ではなく賢妃とすることで、なんとか決めることができたのだった。
そして、一連の王国史にも記載された、正史としての渡り人の物語は、話として王国だけでなく大陸中の者が知ることとなったのだ。
そして、全てのことを終えると、リーゼロッテとヘンリーの記憶もスーっと綺麗に消えて無くなってしまった。
これは神の御技だったのだろう。
教会は各国で弱者救済の場として再建され、各国に残っていた司祭や神父が連携をもってあたることになった。教会市国は魔法や自然科学の研究機関を置く学術都市としての色を濃くして再建されたのだった。
メルゼルク辺境伯領へと視察に向かう馬車の中、ヘンリーがリーゼロッテに話しかけた。
「なにか楽しいことがあったのか?ロッテ!最近のロッテは表情が豊かになったな。」
「いいえ、窓から見えた農婦の髪がピンクだったのでちょっと気になったのですわ。髪の色を気遣うくらい民の生活が豊かになったということですもの、それが嬉しくて。」
リーゼロッテがウフフと楽しそうに笑う。
「そうだな、人々が豊かに楽しく暮らせるように、私はまだまだ精進しよう!だからそれを見てロッテは笑っていておくれ。」
《完》
お付き合い頂きましてありがとうございました。
異世界民宿 物見遊山のスピンオフで書いたのですが、長くなってしまいました。
もし宜しければ星など頂けると励みになります。




