公爵家にて
リーゼロッテと初めて顔合わせをした公爵夫妻は、その端正な顔立ちに目を奪われた。
また齢七歳というのに、落ち着き払った立ち振舞いに自身の子供たちとの差にも驚いた。
ロレーヌ公爵は王弟で、公爵家の嫡女のジェーンの元へと婿入りし、宰相として王家を支えていた。
二人の子供たちも王の甥姪であり、王家の血が濃いが、みな魔力無しであった。
サルアール王家は魔力が枯渇して久しい。
貴族で魔力がある者は、魔術師や魔法騎士の家系に限られていた。
国としては魔法が無くても、国民は多く、労働力に富み、経済は発展し、王家の財政も磐石である。
しかし、王家全体が魔力無しというのは国としての面子が立たない。
各国の魔力バランス的にも危うい。
なので数世代前から王家に魔力持ちを受け入れるべく、教会を通して準備をした結果が、今回のリーゼロッテなのである。
リーゼロッテは公爵夫人の従姉妹が北のロザリア王国に嫁ぐ時から、第一子を公爵家に養子として迎え入れることが決まっていたのだ。
「リーゼロッテ、遠路遙々サルアール王国へよくぞ参った。大儀無いか?今日から私が君の父だよ。」
公爵がにこやかに声をかける。
リーゼロッテはその年に似合わない美しい所作でカーテシーをし、公爵夫妻に挨拶をした。
「公爵閣下、並びご夫人に御拝顔の栄に浴し恭悦至極に存じます」
「まあまあ、立派なご挨拶をありがとう。でも今日から私たちは家族よ。お母様にそんなに堅苦しい挨拶は要らないわ。さあ、一緒にお茶にしましょう。」
子供好きなジェーンは仲の良かった従姉妹の娘ということもあり、リーゼロッテに分かりやすい信愛の情を示し、サロンのソファに座るように勧めた。
瞬きが無ければ精巧なビスクドールと身粉うような
リーゼロッテは優雅にソファに座った。
そこに、公爵家の嫡男と長女が呼ばれた。
嫡男はリーゼロッテの三つ上、長女は同じ年だった。
「初めまして、僕はロレンツ。今日から君の兄だよ。何でも頼ってくれ。」
「初めまして、私はローズよ。同じ年ですもの、仲良くしましょうね。私たちどちらがお姉さんなのかしら?」
ロレンツもローズも、茶色の髪に茶色の瞳の夫人によく似た人好きのする笑顔で迎えてくれた。
「初めまして、リーゼロッテと申します。どうぞ、仲良くしてください。」
「リーゼロッテは冬生まれでしょ?ローズは初夏の生まれだからローズの方がお姉さんね。しっかり妹の面倒をみてあげてね。」
夫人が優しい笑顔でそうローズに言うと、
「もちろん。私、妹が欲しかったのよ、嬉しいわ。困ったことがあったらお姉さんに頼ってね。」
ローズが貴族の子女にあるまじき満面の笑みで言った。
リーゼロッテは困っていた。
サルアール王国に来る道中、繰り返し繰り返しイメージしていたどのルートにもない、一家の大歓迎に困惑していた。
ーおかしいわー
リーゼロッテは、北のロザリア王国の伯爵家からサルアール公爵家に養女に出されたのだ。
格下の令嬢なんて、間違いなく、虐められる!
そう覚悟をして来ていた。
覚悟はしていたけど、虐められるのは受け入れがたい。
だから出来るだけ来るのに時間を使ってゆっくりゆーっくりやって来たのだ。
確かにロザリアからサルアール王国は遠いが、船で北の半島から出向すれば数ヵ月で南の半島の港へ着くのだ。それを陸路でウントコドッコイドッコイショと、一年もかけてやって来たのだ。
途中キョコト市国には三ヶ月も駐留したりして。
それがどうだろう
公爵家の面々は自分を手放しで受け入れている。
そんなはずはない
きっと、本当の私のことを知らないからに違いないわ!
そう結論付けたリーゼロッテは徐に口を開いた。
「私の力についてはみなさまはどう思われますか?」
その場にいる面々の顔をゆっくり見回して口を開いた。
「うーむ、どう思うとは?」
公爵が不思議そうな顔をして言った。
「お父様とお呼びしても?」
「ああ、もちろん。」
今度は満面の笑みで答える。
「お父様はどのくらい私の力のことをご存じですの?」
「魔力が多いから魔法が使えるし、スキルがある、のだろう?」
公爵はそれが何か?と言いたげな顔つきで答える。
「正直、魔法ってそんなにみたことないからわからないんだよね。」
「そうよね、スキルも教会の神父様しか持っていらっしゃらないでしょ?見せてもらったこともないし」
ロレンツもローズも素直な感想を言う。
「何か困っているの?その魔法とスキルで」
夫人が心配そうに声をかける。
「わたくしの魔力は闇属性、そしてスキルは真実の目ですの。」
重々しい口調で、告げる。
これで、表面は貴族然と取り繕っていても内面では私を排除する気持ちが湧き上がるに違いない
・・・
「すまんな、リーゼロッテ。それはどういう意味なんだろうか?」
リーゼロッテが告げた瞬間、全員の心が無になった。
え?え?何にも知らないの?お父様って王弟でしょ?王家って魔法について学ぶでしょ?学ばないの?
「闇属性ですわよ。真実の目ですわよ。お父様ご存じ無いと?」
「ああ、申し訳ないな、リーゼロッテ。サルアール王家は魔力が途絶えて久しいのでな。全くそういったことはわからないのだ。」
「その闇というのが、困り事なのかしら?リーゼ。」
夫人がなぜか親しげな呼び方に変えて尋ねた。
「闇属性ですから、光を闇に、無に、飲み込むのですわよ。」
「・・・何を?」
「何でもですわ。光も物質も暗闇に飲み込むのです。」
「そう、じゃあその空間に物とか入れられるの。例えば本とか。」
「もちろん入れられますわ、本どころかわたくしなら本箱ごと入れられますわ。」
「それは、非常に便利だな。」
ロレンツがはしゃいで言う。
「本当にね。じゃあお買い物行く時リーゼに頼んだらたくさん買って帰れるわね。」
夫人も喜んで言う。
「いや、荷物なんてリーゼに頼まなくても店に頼めばいいだろう。」
大真面目に公爵が夫人を窘める。
「まあ、そうですわね。で、それのどこが問題なのかしら?」
どこがって、なんか女の子として可愛らしくなくない?闇属性って。
と、思ったけど理由がバカっぽいから返答するのが躊躇われた。
「その空間を飲み込むっていうのを突き詰めたら、自分も飲み込めたりして。」
ロレンツが急に真面目なことを言い出した。
「どういうことだ?」
公爵の顔つきが変わった。
「物質を出したり、入れたり出来るんなら、自分が入ったり出たりすることで、移動できたりして。ワープというか転移というかわかりませんけど。なんか魔法っぽくないですか?」
「お前、それは幾らなんでもふざけすぎ、夢見すぎだ、リーゼに笑われるぞ」
「そうですね、魔法という言葉に夢見すぎて舞い上がってしまいましたよ。」
はっはっはと二人は声を上げて笑いあっていた。
「たぶん、できると思いますが。」
スンと表情の無い顔でリーゼロッテが答えた。
え?え?と、全員が凝視してくる。
「やったことはありませんが、可能性としては出来ると思います。」
「すごい、すごーい!リーゼってばスゴいわ。」
ローズがリーゼロッテの手を掴んでブンブン振って喜んでいた。
「では、暫くしてリーゼの疲れが取れた後、魔術師団長を呼んで一緒に考えさせよう。この国では魔法を扱うものは本当に少ないのでね。個人的に師事するしかないんだ。リーゼには魔術師団長に家庭教師を頼むから、その時間を使って研究するといい。」
何か新しい魔法を考案する流れになってしまった。
「後は、スキル真実の目のことね?それはどういうモノなの?」
夫人が優しく質問してきた。
「そのままズバリ、嘘をついているかどうかわかるのですわ。」
「それはどういう風に?いや、やってみよう。ちょっと待ってて。ローズ手伝って。」
ロレンツとローズが準備があると部屋から出ていった。
「リーゼはそのスキルが好きじゃないのかな?」
公爵が心配そうに聞いてきた。
「そんなことはありません。色々なことを知ることが出来るので。」
感情を乗せない顔で答える。
「そうだね。長い人生で培っていく目を生まれながらにして持っているだけだ。多かれ少なかれ、貴族はみな持っているスキルだよ。」
公爵の言葉には嘘がなかった。
「お待たせ」
そういうと、ロレンツたちは額に入った絵画を二枚使用人に持たせて入室してきた。
それをイーゼルに立て掛けて並べると、ロレンツが聞いてきた。
「これらの絵は本物?偽物?わかる?」
「・・・両方とも偽物ですわ。」
数秒見ただけでリーゼロッテが事も無げに言う。
「いや、そんなはずが無い!」
急に慌てて公爵が声をあげた。
「いえ、これは両方とも偽物です。黒い斜が掛かっているのですもの。間違いありませんわ。」
リーゼロッテが自信満々に言う。
「へーぇ。偽物は斜が掛かって見えるんだ。」
ロレンツが感動していうと、
「ええ、嘘をついている人も黒い斜がかかるんです。その斜が濃ければ濃いほど、罪深い嘘ですの。この絵は二枚とも真っ黒な斜が掛かって見えますもの、偽物ですわ。」
とリーゼロッテが説明した。
「じゃあ、これは本物か見てくれるかしら?」
いつの間にか、夫人は侍女に取りに行かせた大粒のサファイアのネックレスを差し出した。
「これは概ね本物です。」
「概ねって、どういうことかしら?」
「この周りについている小さなダイヤ、この一つだけ紛い物がありますがそれ以外は本物です。」
リーゼロッテの回答に
「ええええ?すぐに宝石商を呼びなさい!」
「こっちも画商を呼び出せ!」
公爵夫妻は大急ぎで執事らに申し付けた。
ー思っていたのと違うー
リーゼロッテは悩んでいた。
北のロザリアでは、闇属性はそれだけで嫌悪される。
闇という言葉が良くないらしい。
しかも真実の目というスキルが発現した時、ロザリアの教会で対応した神父も目を逸らした。
周囲の大人たちも親でさえ、遠巻きにするような状況になった。
みな、心に嘘を抱えているから。
立ち寄ったキョコト市国の司祭たちもリーゼロッテをあからさまに邪険にし教皇との面会希望を断ってきた。
これには何か後ろ暗いことがあるのかと、意地になって三ヶ月も面会待機として居座ってしまった。
結局会えずじまい。
ただ、教会の関係者は多かれ少なかれ、みな黒い斜が掛かっていた。
神の教えや神の祝福を声高に叫ぶ者の卑しさにほとほと嫌気がさして、きっとサルアール王国でもそう扱われるんだと思っていた。
ところが、公爵家の面々は言葉と感情が一致していて、闇属性もスキルも受け入れてくれた。
嬉しい誤算とそれを受け入れられるほど、リーゼロッテは素直ではないのだ。
リーゼロッテの悩みは深い。




