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 あれからしばらく遊んだ後、俺たちはリーディンと別れ、だいぶ遅めの昼飯を食べて宿屋ルーイヒへと戻った。


「っはぁ〜……凄く楽しかったですけど、疲れました……。」


「そうだなぁ……。」


 俺とアーマリアは、互いにベッドに身を投げ出した。ヘルスティアとヴェアティのおかげで髪の毛はしっかりと乾いているので、ベッドが濡れたり、後頭部が冷たくなったりすることはない。


「リーディン様、すごく綺麗な方でしたね。泳ぐ姿も優雅で……また一緒に遊びたいです。」


「明日また会えるかもなぁ。」


「そうですね。」


 にしても、新しい友達が人魚というのはなかなかにロマンがある。子供の頃に絵本を読み耽りながらしていた想像が、現実となってやってきたわけだ。内心かなり興奮している。


「……ああ、もちろんシークス様もすごく綺麗ですよ? 私が出会った人の中で、一番綺麗です。」


 起き上がり、椅子に腰掛けるような体勢となったアーマリアが、いきなりそんなことを言ってきた。思わず「ん"っ」と声が漏れる。彼女は立ち上がると、今度は俺のベッドに腰掛けてきた。


「……変なこと言うんじゃねぇ。」


「ふふ、でも本当のことですよ?」


 自分の顔が若干熱くなるのを感じた。こういうのは慣れない……前世で一度もそういう経験なかったし。


「……お返事には、まだ時間がかかりそうですか?」


「……あぁ。」


 彼女のそんな問いかけに、天井を見つめながら答える。あの日以降も考え続けたが、やっぱり勇気が待てていない。好きな人だからこそ、そう易々と明かすことができなかった。


「そうですか。いつでも待ってますからね。」


 少し残念そうに笑いながら、彼女は言った。


「……髪の毛、だいぶ伸びてきましたね。」


「昔よりかはまだ短いけどな。」


「昔が長すぎたんですよ。」


 なんだかんだで肩ぐらいまで髪の毛は伸びてきている。腰よりも少し長いくらいだったあの頃に比べれば、やはり短く思ってしまう。


「……本当にサラサラですね……。」


「そうか?」


「ええ、本当に。すごく羨ましいです。」


 そう言いながら、彼女は俺の髪を触ってくる。若干くすぐったいのと同時に、少しだけ恥ずかしい。


「しかも、お肌も色白で綺麗で。」


「……アーマリア?」


 彼女の手が少しずつ俺の髪の毛を登ってきたかと思うと、いつのまにか頬にその手が添えられていた。思わず彼女の名前を呼ぶ。その瞬間、シーツの擦れる音とともに、自分の顔を影が覆った。


「それに、宝石みたいな目。」


 ぴとり、と額と額がくっつく。青空のように澄んだ青色の瞳と目線があった。下腹部と胸部に少し圧迫感がある。


「やっぱり、すごく綺麗です。」


「……っ。」


 彼女の少し囁くような声を聞いて、途端に先ほどよりもより顔が熱くなり、耳が熱を帯びる。ここで、彼女が俺に覆い被さるような体勢でいることに気がついた。


「ふふ。少しは私のこと、意識してくれました?」


「普段から意識してるっつーの。」


 額が離れたタイミングで、少し顔と目線を逸らす。楽しそうに彼女は笑った。


「シークス様が返事をくれるまでは、積極的に行きますからね。」


「……勘弁してくれ。」


 正直満更でもないということは、黙っておこうと思った。






「なんか、髪の毛ぐしゃぐしゃじゃない?」


 全員で夕食を取っていると、ヴェアティにそう声をかけられた。横ではアーマリアが巨大なエビにかぶりついていて、ヘルスティアとマギア先生が魚を取り合っている。この宿屋のご飯はかなり美味しい。


「気のせいじゃないか?」


 一応なんともない様子を装いながら返答したが……。実はあの後、宣言通り積極的になったアーマリアに色々されたのだ。貞操とかは無事だけど。


「……ふーん。」


 何かを察したらしい、どこか不機嫌そうな声色だ。……俺って、そんなに分かりやすいのかな。なんか少しショックだ。にしても、普段であればニヤニヤしているだろうに、まるで機嫌が悪い猫のようにジト目でこっちの方を見つめている。


「ああっ、狡いですよ!」


「ふふふふふふ、こういうのは早い者勝ちなのですよマギアさん!」


 ヘルスティアの抗議と、大人気ないフラメ先生の勝ち誇ったような声が響く。俺たちの様子だなんて意に介さない様子だ。


「……まあ、いいけどさ。」


 そんな二人の様子で少し肩の力が抜かれたのだろう。彼女は俺から目線を逸らすと、手元にあった貝に手をつけ始めた。……なんか、ちょっと調子狂うな。ゲラゲラ笑い飛ばされた方がよかったんだが。


「……美味しい。」


 それでも、やっぱり美味しいものには勝てないらしい。身の詰まった貝柱を一口齧ると、彼女は少しだけ笑顔を見せた。


「……。」


 大口を開けて貝にかぶりつく彼女を、タコを齧りながら見つめる。彼女の犬歯が普通のそれより少し長く、少し鋭いことに、そこで初めて気が付いた。


「……なにさ。」


「なんでもない。」


 なんか、やっぱり不機嫌だなこいつ。こんな感じのこいつ初めて見たかもしれない。普段からニヤニヤしてるイメージが強いせいか、なんだか変な感じがした。


「シークス様っ、このエビ美味しいですよ!」


 ふと、横からアーマリアが上機嫌な声で話しかけてくる。その手に持っているのは、少なくとも地球のそれよりかはかなり巨大な海老。


「俺海老嫌いなんだよ。」


「でも、改めて食べてみないとわかりませんよ?」


 ぐいぐいと、彼女は俺の口元に海老を近付けてくる。でも嫌いなものは嫌いなのだ。小さい頃に火が通り過ぎてゴムみたいになった海老を食べさせられてからずっと嫌い。過去にアーマリアから淡水の海老の揚げ物を勧められた時も、そんな理由を言って断った。


「……。」


 ヴェアティに救援を求む目線を送ってみるが、ぷいっと顔を背けられた。なんでそんなに機嫌悪いんだよ……。エビハラから助けてくれよ……。


「一口だけでいいですから! 変わるかもしれませんよ!」


「……わかった、一口だけなら。」


 助けが見込めないのであれば、もう早々に諦めるしかなかった。なるべく小さく、すぐに飲み込めるくらいの量を飾る。


「……。」


 しばらく口の中でエビを動かしながら、もぐもぐと咀嚼し続ける。あ、もしかしたらおいしいかもしれない。


「……うぅ……。」


 ……やっぱダメだ。気持ち悪い。食感は全然マシだが。嫌いなものはそう簡単には克服できないみたいだ。無理やり胃に落とし込んで、声を漏らす。


「どうでした?」


「だめでした。」


 アーマリアは少し残念そうな表情を浮かべた。チラリとヴェアティに目線を向けてみると、より不機嫌そうな顔をしている。彼女に猫の耳が生えていたとしたら、間違いなく外を向きながら平べったくなっていただろう。


「ヴェアティ様もどうですか?」


「……ん。」


 それでもやっぱり、食事については話は別らしい。アーマリアから差し出されたエビを一口齧ると、その目を輝かせたのちにがっつき始めた。長い犬歯がぶちっとエビに穴を開け、そのまま噛みちぎっていく。……人が食べている様を見る分には、美味しそうなんだけどな。


「……ん。」


 俺の視線に気付いたらしいヴェアティが、乱暴に貝柱をフォークに刺して、こちらに差し出してくる。受け取ろうとフォークに手をかけても全く動かない。


「ん!」


「……はい。」


 ……どうやら、そのまま食えとのことらしい。自分の髪の毛を耳の後ろへとどけながら、口を近付けて齧る。


「……美味い。」


「……でしょ。」


 どういうわけか、少しだけ機嫌が治ったらしい。残りの部分も全部齧ると、彼女は満足げにフォークを下げた。


「ヴェアティ殿〜……フラメ先生に魚全部取られたのであるよ〜……。」


「あっはは、可哀想。私の少しあげるよ。」


「うむ……かたじけない……。」


 半泣きのヘルスティアに、俺の隣でふんすと勝ち誇った顔をしているフラメ先生。面白そうに笑うヴェアティと、美味しそうにエビに齧りついているアーマリア。そんな賑やかな食事が進むとともに、宿の主人に言われた十時が、徐々に近づいてきていた。

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