66
初めての異種族に思わず呆然としていると、ふとぽちゃんという水音が響いた。
「あっ、アハト! こんなところにいたんだね!」
リーディンと名乗った彼女がその両手に抱えているのは、先ほどまでフラメ先生の頭に乗っていたはずの真っ青なタコ。その手から再び海へと飛び込むと、そのタコは彼女の周りをぐるぐると泳ぎ始めた。
「この子はアハト、アタシの友達。それで、あなたたちの名前は?」
「え、あ、えっと……ハナ・シークスです。」
「フ、フラメ・ツァオベラーです……。」
若干吃りながらも、俺たちは自己紹介をする。子供の頃に映画や本で見たような存在が目の前にいることを、正直まだ受け止めきれないでいた。こんな感覚は、初めて魔法を使ったとき以来だろうか。
「ハナとフラメね! 命の恩人の名前、覚えたよ!」
そう言って彼女は嬉しそうに笑う。そんな彼女の横で、アハトと呼ばれたタコがじっとこちらのことを見つめている。
「むっ、なんですかその目は……うべっ。」
不用心に顔を近づけたフラメ先生が、本日三度目の墨吐きを喰らった。二度あることは三度ある、あるいは歴史は繰り返す……。
「んはは、アハトに気に入られたんだね!」
「気に入った相手に墨を吐く奴がどこにいますかっ!」
怒り肩で、半ば叫ぶようにして彼女は言った。多分そう言う反応が面白いから気に入られたんだろうなぁと思う。まあ本人に言うつもりはないが。
「はぁ……それで、その怪我は一体?」
ため息をついたのちに、フラメ先生は問いかける。
「沈没船でアハトと遊んでたら、ぶつかった拍子に色々崩れちゃって……。多分そのときと、あと瓦礫から抜け出せたときに。」
彼女は傷の近くを軽くさすりながら答えた。鱗の剥がれた箇所から見える傷はそこそこ酷く、このまま放っておいたら膿んでしまいそうだ。
「でも助かっただけいいよ、あの糸がなかったらアタシ多分死んでたもん。アハトとはぐれちゃったし、身動き一つも取れなかったから。」
想像はついていたが、どうやら俺の釣り糸を掴んでいたのは彼女だったらしい。これを流したら死ぬまでこのままだと思い、一か八かで掴んだんだとか。
「その傷はどうするんですか? そのままだと悪化しますよ。」
流石に傷が心配になって、思わず問いかけた。結果的に彼女の命を助けたとはいえ、無理に引っ張って怪我をさせたわけなのだから罪悪感もある。
「急いで帰れば、酷くなる前に治してもらえる……と思う。あと敬語はいいよ、命の恩人に敬語使われるのなんかムズムズする。」
そう彼女は付け加えながら答える。フラメ先生は敬語が完全に癖になっているらしく、そのことについては断りを入れていた。
「うーん……一応、友人に回復魔法を使えるやつがいるんだ。せっかくだしそいつに治すよう頼んてみるか?」
「ええっ、そんなの悪いよ! それにアタシ、今お礼の品とか持ってないし!」
わたわたと両手を振りながら彼女は言う。アハトはそんな彼女をじっと見つめていた。
「お礼の品とかいい、とりあえず早く治したほうがいいだろそれ。」
「同意です。彼女であれば恐らく仕事も早いでしょうし、お家族の方を心配させないようにも、ここは一つ……。」
「う、うぅ……分かった、もうちょっとお世話になるね……。」
命の恩人にこうも言われては、どうしようもなくなったのだろう。リーディンは申し訳なさそうな顔を浮かべながら軽く頭を下げた。
「おぉ、おぉ〜……! 真、真の人魚であるか……!」
浅瀬にて、いたく感動した様子のヘルスティアが、リーディンをいろんな角度から観察しようと動き回っている。ちなみに彼女もアーマリアもヴェアティも、水でずぶ濡れだ。服が透けて各々の下着が……やめておこう。四十代が考えることじゃない。フラメ先生の顔が真っ黒だったことに対して、ヘルスティアとアーマリアは笑いを何度か堪えていた様子だった。ヴェアティに至ってはゲラゲラと笑っていて、それを見た先生が頬を膨らませていた。
「んはは、ここまで見られるのは初めてかな〜。」
リーディンは少し楽しそうに、そして少し恥ずかしそうに呟いた。
「ほら、そういうのは後でもできるから早く治してやれ。こん中で回復魔法使えるのお前だけなんだから。」
「おおっと、それもそうであるな。では、失礼して……。」
彼女は少し断りを入れると、そのまま彼女の傷口の近くに手をやった。少しすると桃色の淡い光が放たれ、みるみるうちに彼女の傷が塞がっていく。
「ええっ、すごい! 回復魔法ってこんなに治るものなの?!」
あっという間に無傷の状態に戻ったリーディンが、若干興奮気味に口を動かす。「ふっふーん」とヘルスティアはドヤ顔をしながら胸を張っていた。
「人魚とか初めて見たな〜。本当に下半身が魚なんだね。」
「上半身が魚なやつもいるよ?」
「「「えぇ?!」」」
リーディンのあまりにも意外な返しに、三人は同時に驚きの声を上げていた。一方俺とフラメ先生はその姿を想像して思わず笑いそうになった。あまりにもシュールすぎる。
「んはは、うっそ〜。流石にいないよ、少なくとも見たことない。」
「嘘なんですか?! 結構気になりましたのに……。」
ケラケラとリーディンが笑う。アーマリアが少し残念そうな顔をしていた。いやまあ、確かにめっちゃ気になるけどさ。
「そういえばシークス様、釣りは終わったのですか?」
ふと、アーマリアが問いかけてくる。
「あー、んー……まあ、終わったかな。」
「目立った釣果はタコと人魚くらいですね。」
ちなみにフラメ先生は何匹か釣れていた。俺は……まあ、リーディンを除けばヒトデだけ。バケツの中身が寂しい。
「でしたら折角ですし、リーディン様も交えてみんなで遊びませんか? 先生もご一緒に!」
「あ、いいじゃんそれ! 人魚と遊ぶの少し憧れてたんだ〜。」
アーマリアの提案に対して、すぐにヴェアティが乗っかる。案外彼女にも少女趣味的なところはあるのだなと思った。
「いいの?! アタシ人間と初めて遊ぶんだよね!」
リーディンはかなり積極的だ。バタバタと尾鰭を犬の尻尾のように動かしている。
「そうだな、せっかくの海なんだしそれくらいはしねぇと」
「では決まりであるなぁ!」
「んべっ?!」
次の瞬間、不意打ちで思いっきり海水を被った。あっという間に服が肌に張り付いて、髪の毛から水滴が滴り落ちる。
「ふっはっは、先手必勝!」
あーちょっとカチンってきた。不意打ちとか卑怯な真似しやがってこいつ。お灸を添えてやらねば気が済まん。
「このやろっ!」
「んばぁっ?!」
水の底から、塊を持ち上げるようにして一気に腕を振り上げる。先ほどの彼女のそれよりも大量の水が彼女へと降り注いだ。素っ頓狂な声をあげながら、先ほどよりも彼女はずぶ濡れになる。そのまま、少々ガチの水の掛け合いに発展した。
「いけっアハト!」
「四回目は流石に全力で拒否します! 流石に!!!」
少し離れたところでは、リーディンがアハトを武器にしてフラメ先生を追いかけていた。リーディンは本気を出していないようだが、フラメ先生は本気で泳いで逃げているらしい。面白いくらいに必死な平泳だ。
「あっはは、私も混ぜて〜!」
そう言いながらヴェアティは彼女たちの方へと向かっていく。一方アーマリアは少しだけ遊んだ後に、浜に戻って俺たちのことを楽しそうに眺めていた。
「お前も混ざれよー、元はと言えばお前との約束だぞ?」
「あはは、ごめんなさい。少し疲れてしまって……。」
まあ、そもそもこいつあんまり運動とか得意じゃないらしいしなぁ……。水遊びじゃあっという間に体力消耗しちまうか。
「……お前とも遊びたかったんだけどなぁ。」
何気なく呟いたその瞬間。バシャンという音と共に、ずぶ濡れになったアーマリアが現れた。
「ええ遊びましょう今すぐ遊びましょう! もう疲れなんて吹き飛んでしまいました!」
妙に興奮した様子で言葉を捲し立てて、そのまま彼女は俺たちに水をかけてくる。えぇ、なんか急に元気になったんだけどこの人……。ヘルスティアはそんな彼女を見て苦笑していた。
海の街ミーアでの初日は、そんなこんなでゆっくりと過ぎていった。
作品が気に入って頂けましたら、評価やブックマークをして頂けると幸いです。
後の描写と矛盾している箇所を修正しました。(2024/09/08)




