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 心地よい風、潮の匂い、ザーザーと響く波の声。じりじりと照り付けてくる太陽が眩しい。釣竿と小さなバケツを片手に、もう片方の手で太陽を隠す。


「うーみだー!!!」


 そう、俺たちは海に来ていた。早速ヘルスティアが歓喜の声を上げながら、真っ先に海へと向かって走り出す。普段のローブ姿とは違い、黒く染め上げられた麻製の服を着ていて、涼しげな印象を受けた。


「はしゃぎすぎて転ぶなよー?」


「ふっはっは! 大丈夫だ、ちゃんと汚れてもいい服装だからな!」


 いや、転ぶ前提じゃねぇかよ。まあ、一緒に買いに行った時点で転ぶことを想定してはいたわけだが……。


「あっはは! 近くで見ると全然違うね!」


 ヴェアティもその緑色の瞳を輝かせて、海へと走り出していく。ヴェアティも、というより他の二人も麻でできた服を身に纏っている。彼女は白色、アーマリアは青色、フラメ先生は赤色。俺はいつも着ているやつそのままだ。これ多分麻製だし問題ないだろ。


「シークス様は行かないんですか?」


「んー、あとで行く。今はちょっと釣りしたいし。」


「そうですか……わかりました! 絶対に来てくださいね!」


 そういうと、彼女も二人のもとへと向かっていった。


「おりゃっ!」


「ちょっ……ヘルのくせにっ!」


「私も混ぜてくださーい!」


 三人とも年相応にはしゃぎながら互いに水を掛け合ったりしていて楽しそうだ。懐かしいなぁ、小学校のときのプールの授業を思い出す。はしゃぎすぎて先生に怒られたりしたっけか。……そういえば、フラメ先生今何してんだろ。


「……ふう、よし、準備完了っ!」


 ふと彼女の方を見てみると、砂浜にパラソルを立て、その下で折りたたみ式の椅子に腰掛けていた。……そんなのわざわざ持ってくるから荷物が重くなるんじゃないのか?


「シークスさんは泳ぎに行かなくてよいのですか?」


「ああ……釣りをしてからでいいかなと。」


「釣り! いいですね、一応持ってきていたのですよ!」


 その赤い瞳を子供のように輝かせながら、彼女もどこからか釣竿とバケツを取り出す。なんでも今まで釣りをしたことがないらしい。


「お供してもよろしいですか?」


「もちろんですよ。」


 「やった」と彼女は小さくガッツポーズをする。この人、素は結構子供っぽいみたいだ。三十路なのに。


「今失礼なこと考えましたね?」


「そんなことないですよ。」


 ……俺、そんな顔に出てるのか……? こういうタイミングで鏡とか持ってるわけないし、なんで分かったのか聞くわけにも行かないしなぁ……。


「今三十路なのにって思いましたね?」


「……思ってないです。」


 不機嫌そうなジト目で、俺の顔を見つめてくる。思わず視線を逸らした。嘘だろ、そこまでバレるか……? 当てずっぽうにしてはあまりにもドンピシャだし……今度ポーカーフェイスの練習でもするか……。


「……はぁ、まあいいでしょう。早く釣りに行きましょうか。」


「……はい。」


 なんだか少し気まずい空気のまま、俺たちはすぐ近くの桟橋へと向かった。






 初心者故か、何をするにも辿々しい先生を時折補助しながら、俺たちは釣りをしていた。


「……またヒトデだ。」


「これで十匹目ですね。」


 ……俺の針には、さきほどからなぜかヒトデばっかり引っ掛かる。色とりどりで足の数も個体によって違い、面白くはあるのだが。普通に釣りとしてはこのままでは釣果ゼロどころかマイナスと言ってもいいレベルだ。しばし六本足の緑色のヒトデを手にとって観察したのちに、ゆっくりと海へリリースする。そのまま海底へと沈んでいった。


「……んっ、なんだか、強く引っ張られているような……!」


 ふいに、横で先生が見えない針先にかかった獲物と格闘し始めた。釣竿がしなり、糸がピンと張り詰める。


「あまり無理に引っ張ったりすると竿が折れちゃいますよ。」


「分かってはいますが……! ぐぬぬ……!」


 しばらくの戦いの末、獲物が弱ってきたらしい。だんだんと釣竿のしなりが小さくなっていく。彼女が糸を手繰り寄せていくと、その影が水面に浮かび上がってきた。


「よっこいしょ……って、うひゃあっ?!」


 フラメ先生が獲物を水面下から一気に持ち上げたその瞬間、彼女の顔に真っ黒な液体が吹きかけられた。僅かに作られた黒い霧はすぐに晴れて、面白いくらいに真っ黒になったフラメ先生の顔が現れる。赤い瞳がより目立っていた。


 彼女が持っていた針先に引っかかっていたのは、八本の足に横長の瞳と瓜のような頭……厳密に言えば胴体を持った生物。


「おおっ、タコだ。」


 そう、ご存知タコだ。ただ……あまりにも真っ青すぎて食欲は湧かない。ひとまず針を外してバケツの中に移動させる。


「ぺっ、ぺっ……この黒いのって落ちますか……?」


「……頑張れば。」


 ……中々落ちないんだよなぁ、タコスミ。御愁傷様。


「っ〜〜〜! どう調理してやりましょうかこの珍妙な生物を……!!」


 顔を真っ黒にされた挙げ句、その汚れがなかなか落ちないとなって、どうやら彼女は怒りが込み上げてきたらしい。バケツの中にいたタコにぐぐっと顔を近づけて睨みつける。


「わっぷ?!」


 次の瞬間またスミを吐き飛ばされていた。挙句にバケツをひっくり返し、頭の上にタコが乗っかった。


「ぶふっ……失礼……。」


 同じ轍を踏んだ上に泣きっ面に蜂で、思わず吹いてしまう。可哀想だけど、少し面白かった。


「うぐぐ……こんな変な生物にここまでコケにされた挙句生徒に笑われるとは……!」


 そう嘆く彼女の頭の上で、タコはそのまま落ち着いてしまった。


「あはは、すみません……さすがに、ちょっと堪え切れなくて……。」


 そんなことを言っていると、ふと、釣り針に何かが引っかかった。


「……っ、重い……!」


 上へと引っ張り上げようとするも、全く針先の何かが持ち上がらない。不思議なことに逃げようともしていなかった。しかし……ようやくヒトデ以外の何かが引っかかったと確信できるのだ、ここで逃すわけにはいかない。ぐっと力を込め、全体重を釣竿に乗せる。はち切れんばかりに糸はぴんと張り詰められ、竿は今にも弾けそうなほどに大きくしなっている。全体重を乗せても壊れない辺り、よほど頑丈に作られているらしい。


「……助けてください!」


「っ、はい!」


 頭にタコを載せたまま、フラメ先生は俺と共に釣竿を握った。二人同時に、改めて全体重を釣竿へとのせる。


「……っ!」


 数秒ほどして、遂に針先の何かが動いた。少しずつ釣竿の頭が上を向いていく。よし、いける! よくぞここまで壊れないでいてくれた。


「せーのっ!」


 その合図で、再び同時に全体重をのせたその瞬間。一気に竿のヘッドが上を向くと同時に力の釣り合いがなくなり、俺と先生はその場で後ろに向かって勢いよく転んだ。頭打った、痛い……。


「いてて……何が引っ掛かってたんだ……?」


 流石に逃げられてしまっただろうか。そう思いながら、糸を手繰り寄せようと起き上がったそのとき、海面から何かが顔を出した。


「あ、あなたたちが助けてくれたの?!」


 そこにいたのは、真っ青な髪と瞳をした少女だった。貝殻と革のようなものでできたビキニをつけた、かなり露出の高い格好。何よりも目を引いたのは、海面下に見える彼女の下半身だった。()()()()()()()()()()()()、代わりに()()()()()()()()()()()()。どうやら怪我をしているらしい。俺の横では、フラメ先生が頭にタコを乗せたまま、驚いたような顔をして彼女のことを見ている。


「助けてくれてありがとう、アタシはリーディンって言うんだ、二人ともよろしく!」


 そう自己紹介をして、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。この日俺は、生まれて初めて人間以外の種族と出会った。

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