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 あれからちょうど一週間が経った。


「……では、行くのだな?」


「……おう。」


 ヘルスティアの問いかけに、短く答える。そう、今日は待ちに待った……訳でもないが、フィエルド宰相との交渉の日だ。


「お主が出ていく前に一つ問いたい。おそらくあの時は衝動的であったからであろうが、今は幾分か冷静になっているだろうからな。……どうして、そこまでしてモーントを助けようとする?」


 彼女からの質問は、幾分か予想できていたものだった。確かに、あの時はかなり衝動的に動いていた節もある。……だけど、すでに答えは決まっていた。


「人助けに、理由なんかいらねぇだろ。」


 短く、そう答えた。


「……ふはは、そうだな。よし、行ってくるといい! 手ぶらで帰ってくるんじゃないぞ!」


「あそこ持ち帰りできたっけ?」


「そういう話ではなーい!!!」


 そんなコントみたいなやりとりをしながらも、ヘルスティアは俺の背中を叩いて、外へと送り出してくれた。……さて、相手は政治家だ、言葉で叶うだろうか。






 「臨時休業」と掲げられた、喫茶店フェアシュテックの扉。ゆっくりとその扉の取っ手に、手をかける。……流石にまだ二度目なのだ、この背徳感と罪悪感には慣れない。


「お邪魔しまーす……。」


 人目の少ないタイミングを見計らい、扉を開ける。カランコロンと、来店を知らせる鈴が小さく店内に響いた。


「おお、来たんすね。ではこちらへ。」


  出迎えたベルに案内されるがままに、俺は奥の方の席へと連れられた。そこに座っていたのは、見覚えのある、白髪の多い中年男性。


「お久しぶり……というほどでもないですな、六花さん。」


「ええ、フィエルド宰相。また会いましたね。」


 彼が掛けている眼鏡が、少しだけ店内の光を反射した。その奥には、優しいような何かを企んでいるような、灰色の瞳が見えた。


「……鈴木くんから、お話はもう聞いております。」


 ベルがコーヒーを配膳しているのを横目に、フィエルド宰相は口を開いた。


「はい、なので」


()()()()()、貴方からの提案にはノーを突き付けざるを得ません。」


 おおっと……早速、食い気味に結論から入られてしまった。


「確かに、今回の事件についてはすでに私の耳にも入っております。」


「……では、なぜ?」


「この事件がこの国に与える損害はほとんどないというのが一つ。それから繋がって、事件を調査するための人員や予算を国防や公共事業に割り当てた方が現状有意義だというのが一つです。」


 と、彼は淀みなくすらすらと理由を述べてくる。事前に答えを既に用意してあったのだろう。だが、彼の声色は全てを拒絶するものではなかった。ここから俺がどう動くのかを試すような、冷たくはない声色だ。


「……ええ、彼らは小さな子爵一家であるのも考えると、()()この事件はそこまで国に影響を与えることはないでしょう。」


「……現状、ですか。」


「はい。」


 さて、ここからが本番だ。この一週間で練り切れたかは怪しいが、交渉のテーブルにはつけているのだ、少しでも彼の心を動かさねば。


「まず、リッター子爵家を襲撃した集団について一つの違和感を覚えています。」


「違和感?」


「はい。まず、子爵であるとはいえ彼らにはそれ相応の護衛はいたはずですよね?」


「ええ。貴族には騎士を最低でもその一家の倍の人数を住み込みで配属するのが、法律により定められてますから。」


 へぇ、そんな法律があるのか。……いや、今は関係ない。本題に戻ろう。


「となれば、最低六人の騎士が住み込みでいたはずです。しかし、それにも拘らずあっさりとリッター家とその使用人たちは全員拉致されてしまい、家財も全て持って行かれたわけです。」


「……。」


「モーントの証言を信じるのであれば……彼の屋敷は完全にもぬけの殻にされてしまったわけです。住み込みで騎士が働いているのであれば、彼らが応戦しないわけがないでしょう。少なくとも血痕だとか、死者だとか、怪我人だとか。よほどの手慣れでもない限り、どれかは残すはずです。しかし、彼の証言にはそういうものさえなかった。」


「……確かに、奇妙ではありますが。それがどうだというのです?」


 不敵な笑みを浮かべながら、彼は問いかけてくる。まるで全部を見抜いているみたいだ。少しだけ物怖じしそうになる。


「騎士はその時出払っていたか、逃げたか、拉致されたか……あるいは裏切ったか。考えられるのはその程度でしょう。ここで一つ質問なのですが……リッター家に派遣されていた騎士たちから、事件についての報告はありましたか?」


 ふと、フィエルド宰相の口角が少しだけ、さらに上がったような気がした。


「……いいえ、一切。そもそも彼らが王都や付近の市町村に入ったという記録さえありません。どんな田舎にも検問所は設置されていますし、来訪者については必ず身分等を確認した上でそれが記録されますから。間違いないでしょう。」


「……であれば、出払っていた・逃げたという選択肢は消えますね。となれば、騎士たちも拉致されたか、あるいは彼らが裏切ったか。そのどちらかになります。」


「……。」


「ならば。襲撃者たちは、油断していたかもしれないとはいえ、騎士を捕縛できるほどのよほどの手練れ。あるいは、彼らを引き込めるほどの何かがある組織になります。」


 静かにフィエルド宰相は俺の話を聞いている。不適な笑みは相変わらずだが、その目は真剣そのものだ。


「そんな連中を野放しにしておけば、周囲の町や村でも同様の事件が起こるかもしれません。最初は特に大きな損害もないでしょうが……それがいくつも積み重なればどうでしょうか。それに連中の規模も大きくなっていくでしょうし……国や大都市の運営にも関わるような、伯爵や侯爵、公爵といったところが襲撃されるかもしれません。」


「……なるほど。」


「騎士をも手玉に取れる組織であれば、そんなこと容易いでしょう。騎士をも引き込める組織であれば、国をも転覆させる可能性があります。」


「……つまり、この事件が国の危機の前触れであるかもしれないから、早急に調査し解決するべきであると?」


「はい。」


 長々と語ったが、要するに言いたいことはそういうことだ。少々決めつけもあったせいで質は良くないが、それでも一週間でよく練れた方だと思う。


「……国家というものは、小さな可能性に対してそう易々とは動けないというのはお分かりですね?」


「……はい。」


「確かに今回の事件はそのような可能性を孕んでいるのかもしれませんが、あまりにも小さすぎる。裏付けが個人の推理というだけでは、まだ考慮すべきレベルにまではなりません。」


「……。」


 フィエルド宰相は俺のこれまでの言葉に対して、厳しい言葉を投げかけてくる。……よくよく考えてみれば、そうだ。俺が相手しているのは個人ではなく国そのもの。となれば、それ相応のものが必要だ。……この交渉は、失敗したのかもしれない。思わず俯いた。


「……ですが。」


 ふと、彼がそこで言葉を止める。そして、身に纏っている服の内ポケットから、紙の束を取り出してこちらに渡してきた。


「……っ?!」


 この国の言葉で「機密文書」と書かれたそれには、国章であろう紋様と、フィエルド宰相を含めた何人かのサインが描かれている。恐る恐る、紙をめくって中身を読みはじめる。


「鈴木くんから話を聞いた時点では、事件について特に何も気にしてはいなかったのですが……しかし、私も違和感を覚えまして。貴族を襲撃した集団が、そこまで大規模に調査していないとはいえ、未だに足さえつかないのはおかしいと。なのでこの一週間、ありとあらゆる手段を使って調査しました。」


 資料に書かれていたのは、十何人もの人間の情報と、不自然な金の流れについての調査報告書だ。ふとその資料の中に、見覚えのある人物を見つける。


「元々はゲールツで活動していた傭兵組織の一部が、王都付近で活動を再開していると分かりましてね。そして、そこがいくつかの貴族や騎士と繋がっているとも。」


 スキンヘッドの頭に、目元の大きな傷という特徴を捉えた、精密な似顔絵。記録されている身長はかなり高い。


「その傭兵組織を率いるのが、あなたが今見ているページに載っている人物。グロースアルティヒ・ゼルドナー、通常"御頭"です。」


 ふと、右肩から左腰にかけて、若干痛みが走った気がした。静かに、そこを撫でる。


「……そしてあなたの推察通り、この組織は早くも多くの騎士を引き込んでいます。規模もここ一ヶ月で急速に拡大している。それに、何よりも一部の……それも少なくない数の貴族が、彼らのようないわば犯罪組織と関わりを持っているのが問題だ。」


「……。」


「ともなれば……流石に、我々も重い腰を上げざるを得ないでしょう。」


「っ……! つまり、」


「ええ、貴方の提案を呑むことにします。……まあ厳密に言えば、もうここにきた時点で承諾するつもりだったのですが。」


 椅子の上なのにもかかわらず、思わずずっこけた。じゃあ俺のさっきのあれって何の意味があったんだよ……。だが、提案が呑まれたのは嬉しい。


「騙すようなことをしてすみません。気になったのですよ……あなたが自分の衝動を上塗りできるだけの、論理性と理性を持っているのかどうか。持っていなかったら少々あれでしたが……。」


「……普通に心臓に悪いですよ、フィエルド宰相。」


「はっはっは、すみませんねぇ。」


 特に悪びれる様子も見せず、彼は笑った。


「……ともあれ、数ヶ月以内に成果が出るとお約束しましょう。そのときは鈴木くん越しに報告しますので。」


「自分っすか?! そのうち間違えて誰かに漏らすかもっすよ……?」


「その時はコーヒー豆の関税免除を無くすだけですよ。」


「分かりました。絶対に隠し通します。」


 彼らのやりとりに思わず笑ってしまった。本当にコーヒーが好きなんだなぁ、ベルは。


 何はともあれ、交渉はうまく行った……といっていいだろう。ヘルスティアにいい報告ができるぞ。

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