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「……もし、言いたくないって言ったら?」


 万が一の可能性に賭けて、そう問いかける。


「普段であれば、引き下がったな。」


 ……しかし今回ばかりはそうも行かない、と。一瞬で可能性は消し飛ばされた。しかし、立場が逆であったとしても、間違いなく俺はヘルスティアと同じことをしただろう。こうやってとっ捕まえて、何をしていたのか聞き出そうとするに違いない。


「友人として、不安なのだよ。書き置きだけ残していなくなったと思ったら遅くに帰ってきたり。雨天の夜中にいきなり外に出て行ったり。何かよからぬことをしているのではないか、あるいはさせられているのではないか……そう思ってしまうこともある。」


「別に、そういうことは」


「ああ、お主はしないであろうな。我が強く、友人想いで、賢いお主であれば。……しかしそれでも、万に一の可能性は捨てきれんのだ。その可能性を抜いたとしても、今日のことについては流石に見逃せん。」


 ああ、もう。篤く信頼されているということへの嬉しさと、心配させてしまっているという申し訳なさと、質問に答えたくないという思いと。いろんな思いや感情がごちゃまぜになって、頭の中身がぐるぐると回りそうな感覚を覚える。


「……でもお前には関係ないだろ。それに、俺が夜中外に出てもなんの不利益もお前にはないはずだ。」


「そういう問題ではないというのは、自分が一番よく分かっているのではないか?」


 ああ、もう。分かってるに決まってんだろ。でも、この様子では少しでも教えたら、さらに深く追及されるだろう。ベルと俺が、フィエルド宰相といつ、どこで、なぜ、どうやって繋がりを持ったのかといった具合に。最悪の場合、そこから転生者であるということを白状せねばならなくなる。言ったところでどうせ信じてはもらえないだろう。しかし、それは逆に向こうからの信用と信頼を失うことになる。この期にまで及んで、誰も信じないような変な嘘をついてまで何かを隠そうとしていると、そう思われるに違いないのだから。


「なあ、どうしてそう頑なに言わんのだ? それほどまでに重大なことなのか?」


「……どうせ、言ったところでお前は信じないだろ。」


「そんなの、分からないではないか。」


 思わず、少しだけ言葉が強くなる。それでも彼女は食い下がる姿勢を見せた。


「……まだ、三ヶ月も経ってないんだぞ。」


「……?」


「お前と友達になってから、まだ三ヶ月も経っていないんだぞ。今話したところで、お前が信じてくれるって思えない。それだけ荒唐無稽で論理性に欠けた話だし、白い目で見られるのがオチだ。」


 半ば無意識のうちに、口からつらつらと言葉が飛び出てくる。自分でもびっくりするほど、刺々しい声だった。


「っ、そんなこと、」


「なんで無いって言い切れる? お前と友達になってからまだほんの数ヶ月だ。何年でも、何十年でもない。どうしてお前はそこまで俺のことを信じ切れる? 俺がお前のことを信じ切れていないのに、どうしてお前はそうも俺のことを信じられるんだ?!」


「っ!」


 後ろから聞こえてきたヘルスティアの声を聞いて、口から漏れ出たぐちゃぐちゃの感情を全て無理やり封じ込める。


「……そうか、そうだな。」


 小さな声で、彼女は呟くように言った。


「確かに、よくよく考えてみれば、まだお主とは知り合って数ヶ月だ。」


「っ、ヘル、今のは、」


「……無理に言い訳せんでよい。高々数ヶ月で、お主のことを信じ切っていて、それでいて信じ切られていると思い込んでいた我の方がおかしいのだ。普通はどうなのか分からぬが、きっと更なる歳月を経ても、本来であればそうはなり得ないのだろう。」


 後ろから彼女が近づいて来て……そのまま、横を通り過ぎた。


「すまぬな。お主にはお主なりの事情があるのだ。無理して語らせようとすることでもなかった。」


「っ……。」


 あまりにも悲しそうな声色を聞き、一気に罪悪感が押し寄せてきた。同時に、今までの関係が崩れてしまうような音がどこかから聞こえてくるような気がする。


 ……嫌だ。それだけは、嫌だ。


「……ヘル!」


「……なんだ。」


 ゆっくりと、彼女は振り返る。目に浮かんだ涙が若干月明かりを反射していた。確かに、彼女とはまだ友達になって数ヶ月だ。しかし、それでもここまで築き上げてきた関係は一度壊れればきっと修復はできない。そうなってしまうのは、死んでも嫌だ。


「……っ、その、」


 どうしても、言葉が出ない。今まで隠し通してきたことを誰かに話すことになるかもしれないと思うと、最後の一歩を踏み出すことができなかった。


「……なんでもないなら、我はもう寝るが。」


「いや、待ってくれ、その、」


 明日になれば、きっと言葉の続きを言う機会も、今の関係が壊れるのを防ぐチャンスも、なにもかも全部失ってしまう気がした。そんなのでいいわけがない。


「っ、全部……全部、話す。」


 喉から声を、無理やり絞り出した。あまりにも小さい声だったのが自分でもわかる。声帯を最小限しか震わせていないような、そんな感覚があった。


「全部話す、聞かれたことも全部答える。お前が全部信じてくれるって、信じるから。」


「……。」


 新たな感情が次々と湧き出て、頭蓋の穴という穴から溢れ出そうになる。思わず頭を抑え込みながら、膝から崩れ落ちた。


「だから、」


「……分かった。」


 無理やり言葉の続きを絞り出そうとした矢先に、ヘルスティアが遮るようにして声をかけてきた。


「分かったから、そこまで酷く取り乱さないでくれ。そんなお主は見たくない。」


「っ……。」


 一転して優しくなった声色を耳にして、ぐちゃぐちゃだった頭の中が急に落ち着き始める。


「……そんなに、我からの信頼を失うのが怖かったのか?」


「……怖かった。」


「ふはは、一転して今度は素直になったではないか。……実は、我も少し怖かったのだ。こんなに追求しては、お主から嫌われてしまうのではないかと。だから、さっき、嫌われたと思って……その、年甲斐もなく少し泣きそうになってしまって、な。」


 ふと、彼女の顔を見上げる。若干頬を赤らめながら恥ずかしそうにしていた。


「お互い、怖かったのだな。」


「……おう。」


 どこか嬉しそうに笑う彼女の顔を見て、少し恥ずかしくなって、思わず目線を逸らした。


「……だが、それとこれとは話が別だ。全て話すと言った手前、話してくれるのだな?」


「……っ。」


 そうだ、確かにそう言った。話す覚悟はできている。しかし、頭が一度落ち着いてしまったこともあって、答える勇気がまだ待てていなかった。


「おやぁ〜〜〜? 話してくれないのならばお主のこと信じられなくなるかもな〜〜〜?」


「はぁ?!」


 若干ふざけたような声色で、彼女はそんなことを言ってくる。こいつ、急に元気になりやがった。思わず声が出てしまう。


「ふははは、冗談だ冗談。……ひとまず、今更かもしれんがシャワーでも浴びてくるとよい。ずぶ濡れのままあれこれ聞かれるのも嫌であろう?」


「……おう。」


 そういえば、ずぶ濡れなんだった。服は多少乾いてきてはいるが……まあそれでも、シャワーは浴びたい。下着がまだ体に張り付いて、少し気持ち悪かった。






 シャワーを浴びて、ヘルスティアの元に戻り。それからあれこれ彼女から聞かれた。なぜ、なんのために雨天の夜中に外に出たのか。なぜあの時立ち止まったのか。なぜあの日書き置きだけ残して遅くに帰ってきたのか。どうやって祝電に隠されたメッセージに気がついたのか。そして……。


「「……。」」


 互いに、無言の時間が流れる。最後まで話したところからヘルスティアはずっと目を瞑って何かを考えている様子だった。……本当に、信じてくれるのか、酷く不安になる。


「……なるほど。話全てに綺麗に筋は通っている。お主が妙にコーヒーに飲み慣れていたり、変に大人びている節があったりするのも頷けるな。」


 十数秒ほどして、彼女はそう言った。


「……うむ、すまない。流石に一瞬疑ってしまった。」


「まあ、信じ切れるような内容でもねぇしな……。」


 流石にこれについては、あんなことを言ったとしても疑わない方がどうかしているだろう。鵜呑みにする奴の方がむしろ危険だ。


「だが、信じよう。荒唐無稽ではあるが論理的で、今まで全てのことが説明できて……何よりも、お主のことを信じているからな。」


「……ありがとう。」


 「かまわん」と彼女は返事する。


「それでは、そろそろ寝るとしよう。もうそろそろで零時を回ってしまう。」


「……今度、お前のあれこれ聞くからな。」


「ああ、いつでも待ってるぞ。」


 初めて自分の正体を誰かに語った夜は、最初こそぐちゃぐちゃだったが、なんとか丸く収まってくれた。きっとそのうち、アーマリアやヴェアティにも話すことになるのだろう。それがいつかはわからないが……その日のために、色々備えておこう。

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