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「……何か畑中さんに用でもあるんすか?」
訝しげな表情を浮かべながら、ベルは逆に問いかけてくる。雨の中ずぶ濡れになりながらやってきたかと思えば、いきなり「宰相はいつくるんだ」などとぬかされたのだ。そうなるのも仕方がない。
「いや、実はな……」
と、モーントのことについて覚えている限りのことを彼に話す。その上で、どうにか彼を助けてやりたいこと、そのためにも襲撃者の早急な特定・捕縛、拉致された彼の家族や根こそぎ持って行かれた家財の捜索・保護をフィエルド宰相に頼みたいことも伝える。
「うーん……まあ、確かに近々畑中さんは来ますけど……。」
と、彼は唸りながら首を傾げる。
「そんなこと彼も把握しているでしょうし、遅かれ早かれ動くと思うんすけど。それに、そのモーントって人を助ける義理は六花さんにはないじゃないっすか。畑中さんと交渉してまで助ける必要あります?」
と、彼は至極真っ当な疑問を投げかけてきた。まあ、そう聞かれることは予想通りだった。
「今回襲撃されたのは、高々小さい町一つを治めていた子爵一家だ。これが公爵家だとかになれば話は別だろうが……小さな町を治める人間が消えたところで、差し当たって国家の運営に大規模な支障が出るわけじゃないだろ? また別の貴族だとかに土地を治めさせればいい話だし。」
「まあ確かに、外交だとか国防だとか公共事業だとか、そういうのに比べればかなり優先度とかは落ちますけど。」
「だから、直接フィエルド宰相と交渉したいんだ。国に本腰を入れさせれば、よほどのことがない限りはすぐに特定だとか捕縛だとかは済むはずだろうしな。」
まだ若干首を傾げながらも、ベルは多少納得が言ったのか、訝しげな顔を少し普段の表情へと近付ける。
「まあ……そうっすけど。でも、さっきも言ったすけど、わざわざ交渉までして助ける必要性なんてあるんすか?」
「……まあ、確かに必要性なんてものはないかもしれねぇな。全くの赤の他人なわけだし。」
だが、と言葉を続ける。
「綺麗事かもしれねぇけどさ……別に、人助けに理由はいらねぇだろ。助けたいって思ったから助ける、それじゃダメなのか?」
「……。」
じーっと、ベルは俺の顔を見つめてきた。数秒ほどの沈黙の後に、ベルは深くため息をつく。
「……まあ、それもそうっすね。自分も日本じゃボランティアとかよく参加してましたし。確かに理由とかそんないらないっすよねぇ……。」
と、彼は少し笑う。
「畑中さんは日曜日の十四時に来店する予定っす。一応畑中さんとは連絡取り合ってるんで、今日のこと伝えておきます。」
「……すまん、助かる。」
彼に頭を下げ、店を後にしようと背を向けた。
「……あ、そういや。」
ふと、今とは全くなんの関係もないがずっと疑問に思っていたことを思い出す。
「お前、どうやってあんとき俺が転生者だって分かったんだ? コーヒーに慣れてたからか?」
初めてフェアシュテックにきたとき、ベルは俺をすぐに転生者だと見抜き、日本語で話しかけてきた。そんなコーヒーだけで見抜けるようなことだったのか、ずっと疑問に思っていた。聞こうとは思っていたが、結局聞きそびれていたことだった。
「ああ、それもあるんすけど。多分説明受けてると思うんすけど、転生者って神様から一目見てわかるように外見に細工が施されるんすよ。」
ああ、そういやそんなことあの神様言ってたな……あのワーカーホリックな神様は元気してるだろうか。
「んでその細工っていうのが、体のどっかしらのパーツの一部が金色になっているってものでして。六花さんだったらその左目、自分だったらこの黒髪に混ざった金髪。んで、ちょっと分かりづらいんすけど、畑中さんは右手の小指と薬指の爪が金色なんすよ。」
「あーなるほど、そういうことか……。」
あと一言二言程度話したのちに、改めて彼にお礼をつげ、俺は店を出て行った。あ、まだ雨降ってんじゃん……別に風邪引かないからいいけど、一応帰ったらシャワー浴びるか……。
おそらく時刻は22時を少し過ぎた程度だろうか。寮は完全に静まり返っており、警備員と受付の人が少なくいるだけだ。ずぶ濡れであるせいか不思議そうな目で見られたものの、門限が23時とかなり緩いこともあり、特に何か言われることもなかった。エントランスを通り抜け、静かに階段を登り、自室の前へと辿り着く。
「……寝ていますように。」
そう願いながら、静かに扉に鍵を挿し、ノブを捻る。開けても中から光が差し込んでくるということはなく、部屋は真っ暗。至って静かだった。
「……まあ、さすがにか。」
内心安堵しながら、ゆっくりと扉を閉める。カチリ、という小さい音が嫌に響いた気がした。しかし、何かが動く気配がない。よし、早く脱いでシャワーを浴びよう。シャワー程度なら、もしヘルスティアが起きてきても「寝汗が気持ち悪くて目が覚めた」と言い訳すればなんとか……。
「ハナ殿。」
「っ?!」
真後ろから聞こえてきた声に、思わず心臓が揺れる。それと同時に、一気に血の気が引く感覚を覚えた。
「分かっているだろうが、問おう。今、何時だと思っている?」
普段よりも低い、ヘルスティアの声。彼女が怒っているとき、もしくは不機嫌なときの声色だ。
「……十時少し過ぎ、です。」
時計を見ながら、答える。自分でもびっくりするぐらい声が震えていた。
「うむ。本来であれば全員寝ているか、あるいは部屋で静かに寛いでいる時間であるな?」
「……はい。」
「では、問おう。……お主、こんな時間帯に何をしていた?」
ああ、くっそ。こりゃ逃げられなさそうだ。
「夜十時過ぎに、雨の中ずぶ濡れで帰ってきて、えらく静かに扉を閉めた。そうだな、まるで我から何かを隠そうとしているようじゃあないか。」
「……。」
不味い、鋭すぎるこいつ。ヴェアティとはまた違った鋭さだ。あいつが言動や声色・顔色から見抜いてくるのに対して、こいつは行動や仕草から見抜いてくる。
「そういえば、今日はいきなり雨中でぼーっとしていたな、それに関係しているのか?」
「……。」
「無言は肯定と受け取るぞ。」
黙秘というルートを、見事なまでに潰される。
「……いや、忘れ物を取りに。」
「嘘だな。お主はあの時財布しか持っていなかった。」
苦し紛れの言い訳が、余計に彼女の持つ疑念を深めさせる結果になった。くそ、思ったよりもちゃんと俺のことを見てるな……。複雑な心情だ。
「……そういえば、少し前に書き置きを残していったかと思えば、それから随分と遅くに帰ってきたこともあったな? あの時は散歩が楽しくなりすぎたと言われて納得したが……まさかとは思うが、今回の件、それと関連があるのではないだろうな?」
「っ……!」
思わず声が漏れる。過去の類似の出来事にまで遡及し、あまつさえそこから今の出来事と結び付けてくる。さながら小説の探偵のようにも思えた。
「……なるほど。則ちお主には、我に嘘をついてまで隠したいことがあると。」
「っ、隠したいことぐらい、だれにでも」
「ああ、我にもあるとも。あまり知られたくないことなど腐るほどある。しかし我は、聞かれればお主やアーマリア殿、ヴェアティ殿になら話しても良いとも思っているのだ。」
……「あるだろ」。そう言い切る前に、彼女は遮るようにして返答した。暗にそれだけ信頼しているというのを伝えると同時に、こちらの気持ちを確かめる意図も感じる。
「なあ、頼む。」
声色を若干戻し、どこか心配そうに。
「こんな時間帯に、どこで、なにをしていたのか。そして、なぜしていたのか。それを教えてくれないだろうか。」
一番聞かれたくなかったことを、徹底的に。それでいて、なんの悪意もなく純粋な心配で。彼女は、問うてきた。
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