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「まあ、ひとまずお座りください。」
「……ええ。」
促され、ガチガチになりながらもフィエルド宰相の対面の椅子に座る。
「気になることもいろいろあるでしょうが……ここは一つ、打ち解けるためにも単純なクイズをしましょう。」
彼の言葉に思わず首を傾げた。彼は微笑みを浮かべながら口を開いた。
「なーに、本当に単純ですよ。私の日本人の頃の名字を当てるだけです。」
「はい?」
え、いや無理だろ。いくらなんでもそれは無理だ。鈴木とか田中とか有名どころってことなのか……?
「ノーヒントでは流石に厳しいでしょうから……そうですね、ヒントは私の今のフルネームです。」
今のフルネーム? 確かアイン・フィエルドだよな……。アイン・フィエルド……Ain Fieludo……In Field……あっ。いやまさか、そんなはずは……。
「畑中さん……?」
「はい、大正解です。お見事。」
彼は嬉しそうに笑いながらパチパチと拍手する。いや嘘だろ、そんな単純なのか……。畑中→インフィールド→In Field→アイン・フィエルドってことかよ……。
「逆にあなたは……六花さん、ですかね? "ろくはな"なのか"ろっか"なのかは分かりませんが。」
「"ろくはな"で合ってますよ。」
と、そんなところで店員の男がコーヒーを運んできた。
「サービスでーす。」
「ありがとうございます……ところで、あなたは?」
ふと、彼のことも気になった。せっかくなのだ、知っておいても損はないはず。
「自分っすか? 自分はベル・バウムと言います。バウムはドイツ語で木なので要するに鈴木っすね。」
……なるほど。自分含めた三人しか観測していない上ではあるが、どうやら転生後の名前は転生前の名字をいじって付けられるらしい。案外いいセンスをしているみたいだ。
「それではごゆっくり〜。」
彼はそう言って厨房へと戻っていった。コーヒーに砂糖とミルクを入れ、一口。うん、やっぱり美味い。
「……さて。それでは質問の時間へと移りましょうか。」
コーヒーを一気に飲み干すと、彼はそう言って真剣な顔つきになる。俺も無意識に背筋が伸びた。
「……なぜ、このようなこと……同類を集めるようなことをしているんですか?」
どうしても一番気になったのはこの事だった。
「ははは、この国を乗っ取って同類の国へと作り上げるため……なんてことはないんですけれども。」
いやないんかい。この人案外お茶目なんだな。一瞬身構えそうになったぞ。
「答える前に……そうですね。まず、この世界に来てから違和感を感じたことはありませんか?」
違和感? そんなものあったっけか……。あ、いや、結構あるな。
「遠距離でも会話できる魔石に八木アンテナの模様が刻まれていたり、あと布団とか……それに、窓ガラスとかですかね。時代的や文化的に存在し得ないものが妙に多いような気がします。」
「まさにそれです。これは実に簡単なことで、これまでこの世界にやってきた同類が、地球の技術を持ち込んできたためなんですよ。」
まあ薄々そんな気はしていた。時代的に、これほどまでに透明なガラスが一般人の家屋にまで行き渡っているとは思えないし、八木アンテナなんてもっての外だ。
「しかしそれ故に、少々この世界の技術は歪です。一部の技術は魔法の存在もあって地球に並びますが、他の技術は軒並み時代通り。しかもその道中過程を吹っ飛ばしている故に基礎研究もあまりできていない。それでは後々、どこかで停滞してしまう。それをある程度整形するためにも研究機関を立ち上げたのですが……。」
彼は肩を落としながら言う。
「私がやろうとしていることは、中世中期から現代までの歴史、およそ千年近くを一気に飛ばすということとほぼ同じです。この世界の人々にその技術を伝えれば一応可能ですが……私も全ての知識を持っているわけではありません。どうしても伝えることのできない分野や協力出来るほどの知識さえない分野が山ほどあります。」
「……。」
「となれば、他の何かに協力を要請するほかありません。……そう、同類にです。」
段々と、彼の言いたいことがよく分かってきた。つまり……。
「つまり同類、今回は私に技術の歪みを整形する手伝いをさせるためだと?」
「ええ、その通りです。そこで提案があるのですが……学園卒業後、きっと就職をすることになります。そのとき、この国の研究機関に就職していただきたいのです。当然、採用になるように手は回しておきましょう。」
……なるほど、いきなりのお誘いというわけだ。いやしかし頭から抜けていたなぁ。そうだよな、異世界でも普通に働かなきゃダメだもんな……。
「……そんな依怙贔屓なんてして大丈夫なんですか? 宰相という立場なのに。」
彼は俺の問いかけを聞いて、少し笑った。
「なかなか痛いところをついてきますね……。しかし大丈夫です、これでも長年宰相を務めてきていますのでね。そういうところをついてくる連中の処理方法は熟知しております。」
少し彼の目が怪しく光った気がした。うーん、深く詮索したら俺が消されるパターンだなこれ。
「初任給は三十金貨、日本でいうところの週休完全二日制・祝日休みで、ちゃんと残業代も出ます。どうでしょうか、悪くない話だとは思いますが。」
おい、その情報開示はあまりにも卑怯だろ。ブラック企業にいた身としてはあまりにも理想に近すぎるじゃないか。思わず、首を縦に振りかけた。
……いや、でもなぁ。異世界に来てまで俺はブラックだホワイトだなんだに縛られているのか。あのとき神様の提案に対して頷いたのは、ブラックな労働から逃れたかったからという単純な理由ではあったが……。この世界に来て学校に通って、就職して老いてただ死んでいくというのは、なんら日本での人生と変わりないような気がした。
「……確かに、魅力的な提案です。」
俺はそう話を切り出す。
「しかしこの世界に来た以上、日本の頃とはまた違う人生を歩みたいとも考えています。……どちらを選ぶべきか、まだこの世界に来て二年も経たない私にはまだ決められません。」
「……ふむ。」
「ですので、返事は学校を卒業してからさせていただきたい……そう思っていますがどうでしょうか?」
少々沈黙の時間が続いた。フィエルド宰相は、じーっと俺のことを見つめてくる。少しして、彼は小さくため息をついた。
「……えぇ。良い返事を期待しておりますよ。」
そして彼は少し微笑む。イエス以外の答えは消されるのかと一瞬思ってしまい、思わず安堵してしまった。
「さて、他に聞きたいことはありますか?」
彼は問いかけてきた。とりあえず、俺の将来に関わる話題はここでいったんおしまい。
「そうですね……」
と、俺は色々彼に質問を投げかけた。把握している同類の人数、宰相になるまでの道筋、彼の前世のこと。その他にもとにかく気になったことを全てだ。
「いやはや、これまで何人かの同類と話してきましたが、ここまで色々聞いてきた方は初めてですよ。」
全てを話し終わったのち、彼は笑いながらそう言った。ちなみに把握している同類の人数は十何人程度。そして彼の前世は政治家だったらしい。宰相に至るまでの過程は……まあ誇張があるかもはしれないが、かなり山あり谷ありの物語だった。
「……おや、気がついたらもうこんな時間ですか。」
彼は袖を少しまくり、その腕に巻いた時計を見ながら呟いた。どうやら腕時計も開発してあるらしい。……というか十八時?! そんな俺ここで会話してたの?!
「話し過ぎっすよ、畑中さん。コーヒー豆だいぶ減っちゃいましたって。」
横からベルが、少し不服そうな顔をしながらカップを回収しにきた。光を放つ魔石によって店内は明るいとはいえ、それでもきた時より暗くなっている。
「コーヒー豆はどこから補給しているんです?」
「自分が直接南方の方までいって取引してるんすよ。コーヒー好きなんで。」
……なるほど。となると、どうやら少なくとも王都の市場には出回っていないらしい。そりゃここでしか見かけなかったわけだ。
「……そろそろ帰らなければ。同居人が心配しているかもしれませんので。」
俺はそう言って席を立つ。ポーチからこれまで飲んだコーヒー数杯分の料金を取り出し、ベルに手渡した。
「おや、そうでしたか……。と、最後に一つ聞きたいことが。」
俺は首を傾げる。
「この世界での生活は、楽しいですか?」
「……ええ、とても。」
彼は俺の言葉を聞いて、口角を上げた。
「それは良いことだ。それでは、また会いましょう。」
「はい、またいつか。」
二人に見送られながら、俺は小走りで店を飛び出した。
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