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28 ヘルスティア視点

 学園の中庭へと続く廊下。そこに集まるのは何百人もの人々。全員がどこか緊張した面持ちだ。


『試験終了。魔法を解除してください。』


 扉の奥から、そんな声が聞こえてきた。少しして「ありがとうございました」という声と共に、ヴェアティ殿を含めた複数の男女が部屋から出てくる。


「あーもう、すっごく緊張したぁ〜。」


「お疲れさん。」


 彼女は冷や汗をかきながら、近くの壁に寄りかかった。すぐにハナ殿が彼女に労いの言葉をかける。どうやら試験官らの反応はまずまずであったらしい。


 そう、今行われているのは魔法の実技試験だ。ランダムに五組に分けられ、中庭や校庭等の場所で、複数人の試験官に見られながら行われる。


「緊張して魔法が上手くコントロールできなくてさー。ちょっと焦ったよね。」


 彼女はそう言いながら手のひらの中に小さな炎を浮かべる。ふよふよとしばらく彷徨っていたそれに、今度は水の塊が加わった。アーマリア殿の魔法らしい。二人は楽しそうな表情を浮かべながら、しばし炎と水で戯れ合っていた。


『それでは、次に読み上げられた試験番号の方々は中庭に移動してください……』


 と、そんな声が聞こえてくる。読み上げられた番号の中には、我とハナ殿のものが混じっていた。


「お二人とも、頑張ってきてくださいね!」


 アーマリア殿はそう言って我々の背中を叩いてくれる。同じようにヴェアティ殿もしてくれるが、


「取引、忘れてないよね。」


 と彼女は耳元で囁いてきた。思わず背筋がぞくっとする。普通に声が好みすぎるのだ、勘弁してほしい……。






「……その、ハナ殿。ヴェアティ殿はいつもあんな調子なのか……?」


 中庭へと向かう道中、彼女に問いかけた。まだ出会って数時間なのにもかかわらず、ヴェアティ殿は距離感が近い。嫌なわけではないし、むしろ嬉しくはあるのだが……。普段からあのような感じなのであろうか。


「ん? ああ……そうだな。」


 彼女は苦笑しながら、首を縦に振った。普段からかなり距離感は近いらしい。肩を密着させてきたり、抱きついたり……将来的に我も同様のことをされるのかと思うと、心臓がもたない。


「距離感近いし、人のことを揶揄うし、結構不遜なやつ。今のうちに慣れといた方がいいぞ。結構振り回されるからな。」


 彼女は笑いながらそんなことを言ってくる。ヴェアティ殿の様子を見て、確かにそんな感じはしていた。


「……先ほどの彼女の指示は、その揶揄いの一種なのだろうか?」


 いかんせんさっきのは、本当に基礎的な、簡単な魔法を使っただけのものだ。評価されるほど複雑なものではない。


「いや、それだけはねぇな。」


 と、彼女は即座に否定する。


「あいつは誰かが失敗するのを喜ぶような、悪辣な性格はしてねぇよ。」


「……。」


 ……正直、まだ信じられていない。知り合って数時間という人間にああ言われても、そう簡単に自分の考えを封じ込めることなどできるわけがないのだ。


「俺としては、あいつの言うように無茶するよりも堅実に行った方がいいと思うがな。難しいことに失敗して〇点よりも、簡単なことをやって五十点とかの方がやっぱりいいだろ?」


 ヴェアティ殿と同じようなことを、彼女は言った。確かに一理あるが……。


「……ま、出会って数時間の相手を信じろって言われても無理だろうなぁ。別にあいつの指示に従わなくてもいいと俺は思うぞ、自分で後悔しない選択をするべきだしな。」


 彼女は我の頭をぽんぽんと、優しく叩いた。思わず一瞬、思考が停止する。数秒後、自分の顔が熱くなるのがわかった。


「おっとすまん。いつもの癖で……。」


 ハナ殿は、申し訳なさそうな顔をしながら言った。まあ、別に嫌ではないからよいのだが……少し、恥ずかしい。


「ま、まあ今ので緊張も取れただろ。互いに頑張ろうぜ。」


 そう言って彼女は、ひと足先に中庭へと出た。……確かに、ちょっと緊張は取れた気がする。






「それでは、これより実技試験を開始します。まずは……」


 全員が集まったのを確認した試験官たちの中で、スタイルの良い女性が場を仕切っている。一番右から一番左の人へ、と言う順番でそれぞれが魔法をいくつか披露していくらしい。試験官側、我々側には結界魔法が貼られており、高威力の魔法を使っても問題はないんだとか。


「では、どうぞ。」


 前に出ていた一人目が、試験官の合図と共に早速魔法を行使し始める。


「"火炎の壁"!」


 彼女がそう唱えると同時に、ゆらめく炎が壁のように上へと伸びていく。その火柱の高さは優に数メートル以上、その幅は試験官たちの姿が見えなくなるほどだ。……なんか、これだけでもう自分の魔法がいかにちっぽけなのかというのを思い知らされた気がする。


「……。」


 魔法を解除されたのちに見えたのは、厳しい顔で手元の紙に何かを書き込んでいる試験官たち。その顔つきに、思わずたじろいだ。


「威力・範囲ともに申し分ありません。しかし炎のゆらめきが大きく、精度にかなり欠けているようです。炎である以上ゆらめきが生じるのは致し方ありませんが、その振れ幅では隙間からの攻撃や侵入が可能となってしまうでしょう。」


 数分ほどの議論を挟んだのち、総評として試験官の一人が言葉を投げる。自分の魔法にかなりの自信があったのだろう、目の前の少女はショックを受けた様子だった。


「では、次の方。」


 とぼとぼと少女は戻っていった。


 そんなこんなで、約過半数が終わる。総評はそのほとんどがかなり手厳しいものだった。ただ、中には試験官たちの目を引いたものもあるらしく、時折質問する様子も見られた。


「では、次の方。」


 と、スタイルのいい女性が我へと目を向ける。……そうだ、すっかり忘れていた。途端に心臓がドクンと跳ね上がった。重い足取りで、前へと出る。


「……頑張れ。」


 そんなハナ殿の声が、後ろから聞こえてきた。


「では、どうぞ。」


 ……結局、今の今まで我はどうするか決めあぐねていた。試験官からの合図があるにも関わらず、我はそこで立ち竦むばかりだ。


「……?」


 少しして試験官たちが怪訝そうな顔を浮かべる。それを見て息が荒くなった。早く何かしなければ、と気持ちが焦る。だが、ここで間違えてしまったら取り返しのつかないことになる。簡単な魔法ではそもそも評価されないかもしれない。だからと言って難しい魔法ではその荒さを指摘されるだろうし、最悪発動しない可能性さえある。


 ……まるで走馬灯のように、今までの想いが脳裏を駆け巡り始めた。全ての属性が使えるが故に、周囲から向けられる羨望と期待の目。それに応えようと努力しても、結局器用貧乏になってしまった自分への不甲斐なさ。難しい魔法なんてどれも使えなくて、だんだんと侮蔑へと変わっていくみんなの目線。そんな中で自信を失わないわけがなかった。


「……大丈夫ですか?」


 試験官からかけられた言葉に、何も反応できない。……学校に入れば何か変わるかもと必死に勉強した。無理して口調も一人称も変えた。でも、今この状況になってわかった。


 結局、我は変われない。






「お前なら、できる。」


 ふと、耳元でそんな声が聞こえた。反射的に振り向くと、ハナ殿が親指を小さく立てて、我を見つめていた。距離は離れているはず。でも、確実に耳元で……。……わざわざ、音魔法で?


 たった一つの、小さな励まし。それだけのはずなのに、心が急に軽くなった。


「……すみません。いけます。」


 ……今一度、自分を信じてみることにする。


「そうですか。では、改めてどうぞ。」


 改めて行われた合図と共に、両腕を前へと突き出す。地属性の魔法で山を作り、植物属性の魔法で植物を生やし、水属性の魔法で湖を、光属性の魔法で空を……。自分が使える属性と魔法を全て使い、できる限りのことをする。


『難しいことに挑戦して失敗するよりも、確実にできることをやった方が……必ずとは言わないけど、いいに決まってるじゃん!』


『自分で後悔しない選択をするべきだしな。』


 ヴェアティ殿とシークス殿の言葉が、脳裏をよぎった。そうだ、何も難しいことに拘らなくてもいい。そして、一番後悔しない選択はきっとこれなのだ。


 そして、数秒後。


「……これは……。」


 試験官が声を漏らした。我が作ったのは、この王都のジオラマだ。宮殿を中心に、城下町が広がる。近くを通る川に鬱蒼とした森、空を二分する夜空と青空。二つの月に一つの太陽。……評価はされないであろうが、もうよい。我は我にできることをしたのだ。


「……。」


 試験官たちが、小声で議論を繰り広げている様子が見える。この際、酷評でもよかった。


 そんなことを思っていると、耳に入ったのはパチパチという音……いや、拍手だった。試験官たちが、全員拍手をしていた。


「複雑な魔法を一切使っていないのにも関わらず、これほど精巧なジオラマを作成した手腕、大変高く評価します。複数属性を使える場合、大抵その精密性が落ちることが多いのですが……貴方のそれには目を見張るものがありますね。失礼かもしれませんが、適正のある属性を教えていただいても?」


 思った以上の高評価に戸惑いながら、「全属性」と答える。目の前の女性は驚いた表情を浮かべたのちに、柔らかく微笑んだ。


「それはそれは……相当な努力をされたのですね。」


 ……自分の両目から、涙が零れ落ちるのが分かった。慌てて拭いながら、深々と礼をする。改めて、拍手が聞こえてきた。気がついたら空も完全に晴れている。


 初めて、今までの努力が報われたような気がした。






「やっぱり、できたな。」


 試験が終わった後。アーマリア殿とヴェアティ殿の元へと戻る途中で、ハナ殿が背中を軽く叩いてきた。


「……ありがとう。」


「ん。」


 彼女は返事の代わりに、我の頭を優しく叩いた。……子供扱いされている気が少しだけしたが、嫌な気分ではなかった。


「おーい!」


 遠くから、ヴェアティ殿とアーマリア殿が手を振ってくる。我たちはすぐに駆け寄った。


「お疲れ様。上手く行った?」


「……はい!」


 自分でも、かなり口角が上がっているのが分かった。ヴェアティ殿も嬉しそうな笑みをしばらく浮かべていた。


「んじゃ、取引の内容守ってもらおうかな?」


 直後、その顔は一転していたずらっ子のようなものになった。そうだ、また忘れていた。そんな約束をしていたんだ……。


「え、えっと、まだヴェアティ殿の言いつけを守ったとは……。」


「いや、守ってたな。しかも拍手喝采で大成功。こりゃなぁ?」


 我の言葉を遮るようにして、ハナ殿が全部バラした。彼女もまたいたずらっ子のような笑みを浮かべている。


「んー……じゃあどうしようかな……。」


 ニヤニヤと、我に対する命令を考え出すヴェアティ殿。……ええい、ままよ。どんな命令でも受けて立ってやる。


「んじゃ、敬語禁止!」


「……ほえ?」


 思わず、変な声が漏れた。もっとこう、とんでもない無茶振りをされたりするのかと思っていた。


「まだあって初日だからしょうがなかったけど、もう友達でしょ? だから、私とアーマリアに敬語を使うのをやめてほしいなって。」


「……そんな程度で、いいんですか?」


「もっと重い方が良かった?」


 首をブンブンと横に振る。ケラケラと彼女は笑った。


「……分かった。それでは、改めてよろしくおねがい……うぉっほん。よろしく、たのむ。」


「ん、よろしくね!」


 ……ぎゅーっと抱きしめられた。自分の顔が真っ赤になるのが分かる。アーマリア殿もハナ殿も、我らの様子を見てケラケラと笑っていた。


 今日は、胸を張って家に帰れるような気がした。

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