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 早朝、昇ってきた太陽の光で目が覚めた。普段であれば二度寝を決めるか迷うくらいの時間帯だが、今日はそういうわけにもいかない。


「……合格発表、かぁ……。」


 そう、今日は合格発表の日だ。テストからちょうど三週間を経て、いよいよこの日がやってきた。ただでさえ朝が苦手で憂鬱な気持ちなのに、なおさら気分が落ち込んでいく。


 とりあえず水を飲もうと、眠い目をこすりながら部屋を出た。窓からは白い光が差し込んでいて、誰もいない廊下を照らしている。


「……あれ、起きていらしたんですね。」


 ふと、後ろから驚き混じりの声が聞こえてきた。思わず振り返る。そこにいたのは青色を基調とした服が目立つ金髪の少女、すなわちアーマリアだ。


「ああ、お前か……。おはよう。」


「はいっ、おはようございますシークス様。」


 少し遅れて互いに朝の挨拶を交わした。どうやらヴェアティはまだ寝ているらしく、彼女の部屋からはスースーという寝息が少しだけ聞こえてくる。今日という日でも、彼女は平常運転らしい。


「今朝食の仕込みを終えたので、ちょっと部屋でくつろごうかと思っていたのですが……。せっかくですし、起こすついでにヴェアティ様の寝顔でも覗きに行きませんか?」


 ……どうやら彼女も平常運転らしい。むしろアクセルに軽く足を乗せているくらいだろうか。しかしちょっと面白そうだ。即決で彼女の提案に乗る事にした。


 ゆっくりと彼女の部屋の扉を開ける。どうやらカーテンを閉め切っているらしく、部屋は薄暗かった。盛り上がったシーツからは赤い髪の毛がはみ出している。


「「……。」」


 こんなことに二人して真剣になって、一言も発する事なくゆっくりとベッドへと近づいていく。ゆっくりと覗き込んでみると、彼女の横顔が見えた。普段の悪戯っぽい笑みを浮かべた顔や真面目な時の真顔とも違う、あまりにも素直で無防備で安らかな寝顔だ。


「……。」


 あまりにも無防備すぎる彼女に、アーマリアがいることも忘れて邪な心が湧いた。ゆっくりと彼女の顔に手を伸ばし、頬を突いてみる。思ったよりも柔らかい。彼女は若干顔こそ顰めたものの、数秒後にはまた寝息を立て始めた。……にしても、本当にいい寝顔してんなこいつ。


「……そろそろ、起こしましょうか。」


 正直起こすのがかわいそうなくらいには安らかな顔をしているのだが、今日は事情が事情なので致し方あるまい。少々乱暴に、彼女の体を揺らす。


「んにゃ……朝……?」


 数分ほどして、ヴェアティは目を覚ました。ぽやぽやとした様子で、カーテンの方を見つめている。こちらに気がつくことなく、彼女は二度寝をかまそうとシーツを被った。


「おはようございますヴェアティ様、今日もいい天気ですよ。」


 いつも俺にやっているのと同じように、アーマリアは彼女からシーツを剥ぎ取る。俺とは違って寝相は悪くないらしく、服は少ししわがついているくらいだった。


「……二人とも、おはよ……。」


 流石にこちらに気付き、彼女は眠そうな顔をしながらその体を起こした。






「むぅ、今日は合格発表だというのに、ヴェアティ様は本当に変わらないんですから!」


 アーマリアは若干頬を膨らませながら、ヴェアティの口の中にパンとスープを運んでいく。あれから数分ほど経ったが、まだヴェアティは眠そうにしていた。相変わらず寝癖が動物の耳のようになっている。


「……こうしてみると、ヴェアティってなんか猫みたいだよな。」


 不遜で自由で好奇心旺盛、悪戯好きでよく眠る。今の髪型も相まって、そんな感想が口から漏れた。


「確かにそうですね……。」


 アーマリアはしばし、ヴェアティを見つめる。少しして、彼女はヴェアティの頭に手を伸ばした。


「んにゃ……。」


 ヴェアティは特に抵抗することもなく、ひたすらなでなでされ続ける。


「……俺も。」


 途中から俺も加勢した。俺とアーマリアの中間ぐらいの髪質をしている。撫で心地が良い。……おっさんが子供を可愛がってる図だと思えば、ギリ許せるか?


 そんなこんなで、穏やかな朝は過ぎていった。






 せっかくなので歩いて行かないかというアーマリアの提案に乗って、俺たちは街を歩いていた。どこからか通ってくるパンの香りに引き寄せられるアーマリアを何度も引き留めたりしながらも、一歩一歩学校の方へと近づいていく。


「……おお、お主ら!」


 ふと、横の方から数日ぶりの声が聞こえてきた。灰色の髪に黒を基調とした服装、魔法使いらしいローブ。そう、ヘルスティアだ。


「よっ、おはよう。」


「おはようございます、マギア様。」


「うむ、おはよう! いよいよ今日は合格発表であるな!」


 憂鬱な俺とは違い、逆に彼女はどこか楽しみにしているような様子だ。


「おはよっ!」


 と、ヴェアティは彼女に抱きついた。あっという間に顔を赤くして、目をぐるぐるとさせるヘルスティア。


「あははっ、本当にいい反応してくれるね!」


「し、心臓に悪いからやめてくれぬか……。」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ヴェアティは彼女を揶揄っている。彼女の顔や声色に露骨に出る反応は実にヴェアティ好みなのだろう。こりゃしばらくは彼女の悪戯の餌食になるなと思い、心の中で合掌した。


「うぉ、うぉっほん! ともかく、自分の名前を見つけたらすぐに全員に報告するのだぞ。一刻も早く不安を消し去るべきだからな!」


 彼女の言葉に、全員が頷いた。


 他愛もない会話を暫くしていると、いつの間にか学校の目前にまでたどり着いていた。既に合格者名簿が張り出されているらしく、多くの男女が群がっている。


「んじゃ、一度バラバラになるか。それぞれが自分の名前探す感じで。」


「そうだね、んじゃまた後で〜。」


「うむ、良い報告を期待しておるからな!」


 と、真っ先にヴェアティは人ごみの中へと消えていく。ヘルスティアもまた人混みの中へと去っていった。


「……では、私たちもいきましょうか。」


「おう。」


 俺とアーマリアは受験番号が近かったはずだ。だから一緒に行けばすぐに互いのやつを確認できるはず。俺たちは若干の緊張感に包まれながら、名簿の方へと歩き出した。






 自分の名前と受験番号を探している間、横からいろんな声が聞こえてくる。


「あった! あったよ!」


「やったな! 誇らしいぞ!」


 そんな喜びと祝福の声だったり、


「……うそ……。」


「……また、来年があるわよ。」


 そんな絶望と慰めの声だったり。心の臓がひどく跳ねる感覚を覚えながら、名簿を注意深く眺める。自分の受験番号と近い数字の列を見つけ、下へと目線をずらしていく。


「……!!!」


 そこにあったのは、自分の名前と受験番号だった。何度も目を擦り、何度も顔を向け直し、何度も確認する。間違いない。ちゃんとハナ・シークスと書いてある。脳に刷り込まれるレベルで見続けた番号が刻まれている。


「シークス様! シークス様〜!」


 横の方から、喜色に溢れた声が聞こえてきた。アーマリアが小走りで、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。


「シークス様、ありました! 私の名前ありましたよ!」


「俺もだ! やったなぁ!」


 二人して手を握りながらきゃっきゃっと跳ねて喜ぶ。ああ、本当に嬉しい。受験に合格した時ってこんなに嬉しかったんだな。跳ねていた心臓がまた別の意味で跳ね出す。


「二人ともー!!!」


 また別の方向から、嬉しそうな様子でヘルスティアが走り寄ってくる。


「受かっていた! 受かっていたぞ!」


 三人で手を取り合い、また飛び跳ねあって喜んだ。よし、あとはヴェアティだけだ。


「ヴェアティ様ならきっと、筆記試験満点とかですよ!」


「ふむ、あやつはそんなに頭が良いのか……。」


 アーマリアは既に全員合格したと確信しているらしく、ニコニコと笑みを浮かべている。まあ、あいつが落ちているということは万に一つもないだろう。俺たちはヴェアティを探すことにした。






「……あ、いました!」


 と、アーマリアが指差す。その先には見慣れた赤い髪が見えた。


「おーい、ヴェアティー!」


 俺はすぐに彼女へと駆け寄った。少し遅れて二人も来る。


「ヴェアティ……っ?!」


 近づいてようやく気づいた。彼女の体が、ガクガクとなぜか震えている。


「ヴェア……ティ……?」


 ゆっくりと、彼女の顔を覗き込んだ。


「……ごめん。」


 彼女の顔を見たと同時に、ヴェアティはそう呟いた。今にも泣き出しそうなほどに潤んだ瞳と、血の気が引いて真っ白になった顔。髪の毛の色が、余計にその白さを際立たせている。


「嘘……ですよね……?」


「……。」


 信じられないという表情を浮かべるアーマリアに、黙り込むヘルスティア。


「おい、タチの悪い冗談は……やめろよ……?」


「……。」


 俺の言葉に返事せず、ただだ彼女は俯き続ける。


「なあ、嘘だよな……?」


「……ごめん。」


「っ……!」


 ネタバラシなんてある雰囲気じゃないヴェアティに、完全に黙り込んだアーマリアとヘルスティア。ああ、そうか。彼女は、嘘なんてついてないんだ。


「……。」


 急に目が熱くなる感覚を覚えた。何かが溜まる感覚ののちに、頬を熱いものが流れる。そのまま顎の方へと重力に従い流れ、地面へと落ちていく。


「……ハナ、泣いてるの?」


 と、ヴェアティは問いかけてきた。


「……んなもん、見りゃわかるだろ……。」


 四人で通えると思って、しかも絶対に受かると思っていた奴がまさかの不合格だなんて、そう簡単には信じられなかった。だが、彼女が嘘をついているようには見えなかった。最低一年彼女と別れる事になると思うと、涙を止めることなんて出来るわけがなかった。ああもう、俺本当に寂しがり屋なんだな。こんなことで再認識したくなかった。


「……あーもう、ごめん! 本当にごめんハナ!」


「……謝んなよ、別にお前が悪いわけじゃ……」


「ちがう、そういう事じゃなくて!」


 ……じゃあ、どういう事なんだ。先ほどまでの泣きそうな様子はどこへやら、なんならちょっと慌てた様子で俺の言葉を遮るヴェアティ。


「本当は受かってたの! ごめん!」


 一瞬、脳がフリーズした。後ろではきっと、ヘルスティアとアーマリアが同じような顔をしている事だろう。


「ちょっと揶揄おうって思っただけなの! まさか泣くだなんて思わないじゃん、しかもハナが!」


 珍しく彼女は本気で反省しているらしい。そんな彼女に、一歩一歩近づく。


「う、ご、ごめんっ……!?」


 ぎゅっ、と彼女を抱きしめた。驚いたような表情を彼女は浮かべる。


「嘘で良かったぁぁぁ……。」


 また、涙が出てきた。ちょっとむかついたが、それ以上に彼女が、全員が合格していたことが嬉しかった。ああもう、本当に精神が肉体に引っ張られてるや。


「……もうっ! 本当にタチの悪い冗談なんですから!」


「まったくだな。」


 後ろからはそんな声が聞こえてくる。


「う、あ、えっと……もう、本当にごめ〜ん!!!」


 堪らなくなったのだろう、ついに彼女は叫んでしまった。ちなみにヴェアティはアーマリアの予想通り筆記試験は満点。ヘルスティアは実技で満点を取っていた。


 ともあれ、これで無事に四人で学校に通えそうだ。……もう、本当に良かった。

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