25 改
1月30日の1時に投稿したものを、改稿したものです。
……窓から差し込む光が普段よりも遥かに少ない。あまり気持ちの良くない朝だ。いっそのこと二度寝でも……。
「おはようございますシークス様、今日は曇りですよ。」
……アーマリアにそんなことを言われながら毛布を引っ剥がされた。寒い。
今日は試験当日。ある程度の余裕を持っておくためだろうか、普段より少し早く彼女に起こされた。寝相の悪さで乱れた服を正し、少し重い体を引き摺りながら部屋を出る。
「……あ、おはよ……。」
出てすぐのところに、欠伸をしながら目を擦っているヴェアティが立っていた。眠そうな様子で彼女は挨拶してくる。にしても、こいつ寝癖がすごいな。髪自体はそんな長いわけではないので、髪質の問題なのだろう。
「もう、ヴェアティ様も朝弱いんですね。」
「……朝は無理。」
手櫛で髪を梳かしながら、そう彼女は返答した。なお、梳かしたそばからすぐに髪の毛はぴょんと跳ねて元の形に戻っている。
「今日は試験本番なんですからね。お二人ともそれまでには元気になってくださいよ?」
アーマリアがそう言った瞬間、俺とヴェアティの腹の虫が大きな鳴き声をあげた。思わず二人して顔を見合わせる。
「……まずは朝ごはんにしましょうか。」
少し苦笑しているアーマリアの言葉に、俺たちは少し顔を赤くしながら頷いた。
少し硬いパンに金色のスープ、ベーコンの入ったサラダ。質素ながらしっかりとした朝食だ。
「……ん、美味い。」
一口食べて、素直な感想を述べる。ありがたいことに、どうやら早起きしたアーマリアが作っておいてくれたらしい。
「ほら、ヴェアティ様。ちゃんと食べてください。」
「……。」
空腹よりも眠さが勝っているのだろう、パンを片手にそのまま動かないヴェアティ。珍しくアーマリアはため息をつくと、彼女の手からパンを取った。
「ほら、お口開けてください。」
「……ん。」
所謂、あーんだ。一口サイズにちぎられたパンが、ヴェアティの口の中へと運ばれていく。その寝癖のせいもあって、小動物への餌やりを見ている気分だ。
「朝からイチャついてんなぁ……。」
パンをスープでふやかしながら呟く。朝がこれほど平穏なだけに、この後に控えている試験を思うと、朝から少し憂鬱な気分になった。
俺たちは学園へと向かうため、馬車に乗っていた。無論ヘンドラー家のものだ。護衛として乗馬したドミニクとヴァイスが馬車の前後を走っている。
「あーもう、急に緊張してきた〜!」
腕を少し震わせながらヴェアティが声をあげる。あの拉致騒動以降、彼女が緊張しているところを見たことは一度もなかった。それ故少し驚いた。
「うぅ、私もです……。」
横では、アーマリアが頭を抱えながら彼女の言葉に同意している。
「試験じゃ緊張は大敵だぞ? 普段通りの思考ができなくなるし。そんなんで点数落としたら最悪だからな。」
かくいう俺も、内心かなり緊張している。人よりもそういうのを隠すのが少し上手いだけだ。失敗して一年以上さようならなんて嫌だ。
「でも、しない方が無理ですよぉ……。」
そう言いながら項垂れるアーマリア。実際、緊張するなと言われて緊張しない人はほとんどいないだろう。俺も緊張してしまうし。
「……まあでも、確かに緊張なんかで点数落としてられないよね。」
ヴェアティはそう言って、自身の両頬を叩く。
「三人で絶対に合格するんだから、こんな緊張くらい乗り越えないとね!」
「……そうですね。三人で絶対に通うんですから。」
アーマリアはそう言って顔を上げる。ヴェアティは完全にやる気に満ち溢れていたが、アーマリアはまだ、どこか陰がある感じがした。
数分後、馬車が門の前で止まる。その門の先に見えるのは、シックな茶色を基調とした巨大な校舎。左右対称に作られており、真ん中に行けば行くほど段々と高くなっていく。時計塔も兼ねてあるらしく、まん丸な時計が取り付けられていた。道中には多くの同世代の男女がいる。十中八九、俺たちと同じ受験者だろう。
「わぁ〜……!」
「へー、建築費どれくらいだろ。」
彼女たちは、初めて王都を目にしたときと同じような反応をした。まあ確かに、この大学の建築費も気になりはする。国立であるようだし、ふんだんに金を使ったのだろうか。それともケチったのか。
「……あ、すみません!」
ふと、後ろからそんな声が聞こえてきた。振り向いてみると、アーマリアが誰かに向かって頭を下げていた。さしずめ、目の前の景色に夢中になっていた結果、前方不注意で誰かにぶつかったというところだろう。
「あ、いえ、その、大丈夫、です……。」
と、どこかオロオロとした声が聞こえてくる。……にしてもこの声、聞き覚えがあるような。
「……お前、ヘルスティアじゃねぇか。」
その特徴的な姿を見て、すぐに気がついた。というか試験会場でもその格好してんのかよお前。
「おお、ハナ殿! お主も試験を受けにきたのか!」
先ほどのオロオロたじたじとしていた姿はどこへやら。途端に顔色を明るくして、嬉しそうに彼女は話しかけてきた。
「シークス様、お知り合いなのですか?」
「ああ、前に話した新しい友達だ。」
問いかけてくるアーマリアに、俺はそう答える。彼女とヴェアティは、納得したかのように「あ〜」と声を上げた。
「アーマリア・フォン・ヘンドラーと申します。」
「私はヴェアティ。貴方は?」
自己紹介をする二人を交互に見ながら、少し狼狽えるヘルスティア。
「あ、えっと、その……。ヘ、ヘルスティア・マギア、です……。」
言葉を詰まらせながらも、彼女は自分の名前を名乗った。……なるほど、今の様子を見てなんとなく察した。どうやら彼女はあんまりコミュニケーションが得意なタイプではないらしい。
「マギア様ですね。今日からよろしくお願いします!」
にっこり微笑んでアーマリアは手を差し出した。ヘルスティアは少し戸惑い、躊躇う様子を見せながらも、彼女の手を握る。ヴェアティも同じように手を差し出し、彼女も同じように握手をした。
「ふふ、三人目の友達です……!」
「だね!」
そんなふうにはしゃぐ二人をしばし呆然と見つめたのち、ヘルスティアは顔を赤くする。
「我に……一気に二人も……?!」
あわあわとしながら、信じられないような、それでいて嬉しそうな声で呟く。「良かったな」と、彼女の肩に軽く手を置く。
「……うぉっほん。そ、そうだ。お主ら、試験会場の場所は確認したか?」
わざとらしく咳をして、ヘルスティアは俺たちに問いかけてくる。そういえば、まだしていなかったな……ここに来てずっと喋っていたし。
「校内にお主らの受験番号と共に、場所が張り出されているはずだ。我も確認していないのでな。共に見に行かぬか?」
もちろん、と俺たちは頷いた。
校内にはすでに、何人かの受験者たちが集まっていた。試験会場の場所を探しながら騒いだり、旧友との再会を喜んでいる様が見える。
「えーと……私とシークス様は1-6教室ですね。」
巨大な紙に書かれた俺たちの名前を軽く撫でながら、アーマリアは言う。書かれている名前は少なくとも千を超えるのだろうか。その中で俺たちの名前を見つけるのは少し苦労した。
「私は1-1教室だね。ここからすぐ近くだ。」
「我は大講義室か……。」
横にある校内マップを見ながら、自身らの試験会場の位置を把握する。早く向かっておいて損はないだろう。ちなみにこの学校は九年生まであるらしい。ほぼ実質、中高大一貫だ。
「早く向かっておいて損はないと思うが……。どうする?」
ヘルスティアはそう問いかけてくる。
「んじゃ、もう向かうか。終わったらまたここに集まる感じでどうだ?」
俺の言葉に、全員が頷いた。
1-6教室は、ここから少し遠い。俺とアーマリアは横に並んでそっちの方向へと歩を進めていた。
「……その、シークス様。」
アーマリアが話しかけてくる。
「……本当に、乗り越えられるんでしょうか。」
「……試験を、か?」
彼女は頷く。心なしか、歩く速度が遅くなった。
「今になって、不安が湧いてきたんです。いきなり意味のわからない難問が飛び出してきたらどうしようって。焦って、解ける問題が解けなかったらどうしようって。」
彼女の一歩一歩が段々と重くなっていく。1-6教室に近づくたびに、それに反比例するように。
「……ごめんなさい、こんなことを言ってしまって。でも、あんなに頑張ったのに落ちるかもしれないと思うと、怖くなってしまったんです。せっかく新しい友達が出来たばっかりなのに、ほんの数ヶ月でさようならなんて嫌なんです。」
あと数歩進めば教室。そんなところで彼女は止まってしまった。不思議そうな顔をしながら、何人かの受験生が通り過ぎていく。
「あの、シークス様……、ッ?!」
何かを言おうとした彼女の額を、トンと優しく叩く。
「自分を信じろって言ったのは、どこのどいつだ?」
「……でも……。」
彼女の肩に手を置く。
「俺の苦手な社会とかはいくらでもマニアックにできるし、得意な数学も、簡単に難しい問題を作れる科目だ。それに、努力も裏切りはしないが報いを与えてくれるわけじゃない。」
彼女の抱えている不安は、俺のそれとそっくりだった。だからこそ彼女の気持ちはよく分かる。
「だからこそ、自分を信じるしかないんだ。自分は絶対にできる、受からないわけがない。そうやって自分を騙してでも不安を塗り潰さないと、不安に押し潰されるからな。」
「……。」
彼女の背中を二回、ぽんぽんと優しく叩いてやる。
「だから、自分に自信を持て。不安を塗り潰せ。お前なら絶対にできるって俺は信じてるから。」
以前彼女に言われたのを少し引用しながら、言葉を投げかける。しばらくアーマリアは沈黙していたが、ゆっくりとその顔を上げた。
「……分かり、ました。シークス様が信じてくださるのなら、私も今一度、自分を信じてみようと思います。」
彼女の顔は、まだ不安こそ消えてはいないものの、それでもどこか決心のついた表情を浮かべていた。
「……んじゃ、いくぞ。」
「……はいっ。」
俺たちは、試験会場へと足を踏み入れた。
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