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「では、教育の大切さを説き、王国全土に学校を設置した国王は?」


「えーと……ケーニッヒ四世?」


「正解です!」


 パチパチと小さく、アーマリアが拍手する。試験前日ということで、俺たちは応接室を借りて、最後の受験勉強に勤しんでいた。……どうしても歴史は苦手だ。この国の王はケーニッヒという名前をその地位とともに世襲しているらしく、ケーニッヒ◯世という形で呼ばれている。しかも彼らはその多くがこの国の歴史的に重要なことをしており、参考書の全体に彼らの名前が散りばめられている。


「あ"〜……もう目が……。」


 あまりにもケーニッヒという文字列を見過ぎて、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになった。目を擦りながら参考書を読み、アーマリアの問題に答えながら暗記に努める。


「私も覚えるの苦労したなぁ。王様がみんな色々やってるから、そこら辺がごっちゃになるんだよね。」


「本当にだ……。はぁ……。」


 思わずため息が出た。自分で選んだ道ではあるが、その道のりは想像以上に厳しい。他の教科で点数を取れば良いという話かもしれないが……。


「いっそのこと、歴史は捨てますか? シークス様なら地理と他の科目で取れそうですし。」


「……いや、やる。落ちたくないからな。」


 軽く伸びをして、俺は参考書に向き合う。少しでも不合格の可能性は減らしておきたい。僅か一点の差で落とされることなんてないとは言い切れないのだから。


「じゃあ、私もおさらいしとこうかな。」


 そう言ってヴェアティは眼鏡をかけると、参考書を俺の横から覗き始めた。……なんだか、妙に距離が近い。というかくっついてる。がっつり肩と肩が触れ合い、その少し柔らかい感触がもろに伝わってくる。呼吸の音まで聞こえてきた。


「ケーニッヒ一世が王国の道路網を整備して……二世が……」


 と、彼女は独り言を呟きながら参考書を見つめている。今の状態について、特に何か意識している訳ではなさそうだ。なら俺も気にしなくていいか、と参考書に意識を戻す。


「……。」


 対面では、アーマリアがどこか不機嫌そうな顔をしながらこっちを見つめている。手元の参考書を閉じると、彼女はこっちの方へと歩いてきた。


「……失礼します。」


 そう言って彼女は俺の隣に座る。俺がアーマリアとヴェアティに挟まれている形だ。そして彼女も、ヴェアティのように肩をくっ付けてくる。俺の参考書を覗くわけではなく、彼女は自分のものを読んでいた。


「……肩身が狭いんだが。」


 思わず言ってしまった。比喩でも何でもなく、本当に物理的に肩身が狭い。両方から押されている訳で、少し腕も動かし辛かった。


「……嫌?」


 小首を傾げて問いかけてくるヴェアティ。反対方向を見ると、アーマリアも同じく小首を傾げていた。


「……別に、嫌じゃねぇけどよ。」


 嫌と言うほどの理由もないし、むしろ嬉しくはある。……でも、おっさんが女の子二人に挟まれて嬉しがってる図を想像するとなぁ。


「じゃあ問題ないですね。」


「だね。」


 二人はそう言うと、同タイミングで参考書に目線を戻した。仲良いなお前ら。






 あれから数時間。二人に挟まれながら社会と数学を解いていたら、気がつけばお昼時になっていた。食事は使用人が運んできてくれる。


「……むぅ、ちょっと少ないです。」


 チキンをナイフで切り分けながら、不満そうに呟くアーマリア。当然少ないわけはなく、普通なら少女三人では食べ尽くせないくらいの量がある。多分食べ盛りの彼女のためだろうが……。そういえば、彼女が満腹になっている様子を見たことがない。大抵、彼女が満腹になる前に俺かヴェアティがギブアップしているからなのだが。


「アーマリアがいっぱい食べすぎなだけだと思うけどなぁ。」


 苦笑しながら、ヴェアティはナイフとフォークを使って器用に骨を取り外している。


「同意だな……あ、うま。」


 一方、俺はお行儀悪く手掴みで食べていた。最初はヴェアティのようにして食べようとしたのだが、もうなんだか煩わしくなった。流石にガッツリ握るようなことはしていない。端の方を持つ感じだ。


「ん〜!」


 チキンを一口食べると、すぐにアーマリアはその頬を緩める。彼女も器用に骨を外していた。……ちゃんとナイフとフォークの練習しようかな。


「んで、この後何からやる? 国語?」


「あ、実は数学で分からない問題があって……。」


 そんな会話をしながら、各々がパンやスープにも手をつけていく。


「……。」


 ……普段なら絶対にそんなこと考えないのだが。食事というのは時間の流れを如実に表しているなと思った。だんだんと冷めていく料理に、刻一刻と減っていくその量。思わず、食事の手が止まった。


「どうしましたか? お口に合わなかった……っていう感じではなさそうですし。」


 心配そうな顔を浮かべるアーマリア。ヴェアティもじーっとこちらを見つめている。


「……いや、本番が間近に迫ってるんだなぁって。」


 フォークを置いて、呟くように答える。今になって、不安がどっと押し寄せてきた。試験までわずか十数時間。これまでの勉強がちゃんと実を結んでくれるのか。本番で緊張して、解けた問題を落としてしまわないか。……落ちてしまわないか。


「……すまん。早く食って勉強するぞ。」


 二人の視線がどこか痛くて、誤魔化すように言った。


「シークス様。」


 真横からアーマリアの声が聞こえてくる。そっちの方を向いた瞬間、ベチンという音と共に衝撃が走った。


「いっでぇぇぇ?!」


 思わず額を抑えて絶叫する。幸か不幸か、声は他の部屋までは響かなかったらしい。誰かが来る様子はない。


「まだ友達になって数ヶ月ですが、貴方の気持ちは分かるつもりです。」


 アーマリアはそう言いながら俺の肩を掴み、顔を突き合わせる。


「だからこそ言わせて貰います。自分はこれだけ国語も数学も理科も出来るのだから、社会を多少落としたって問題ないんだと自信を持ってください。自分は絶対に受かってやるんだと言う意志を持ってください。不安だけでは絶対に試験は乗り切れません。受験にいるという魔物は、不安が大好物ですから。」


 いつになく真剣な表情で語るアーマリア。


「シークス様は絶対に受かります。少なくとも、私はそう信じています。だからシークス様も自分を信じてください。自分が試験に落ちる訳がない、絶対に受かるんだと、自分に言い聞かせてください。」


 ……絶対に受かってやるんだ、か。大学受験の頃、自分にそう言い聞かせていたのを思い出した。


「……そう、だな。自分を信じてやらねぇとな。」


 大学を卒業してから、長らく忘れていた感覚だ。自分のことを信用はしても、信頼したことなんてなかった。……いい加減、してやってもいいかもしれない。


「ありがとう。少し軽くなった。」


 俺の言葉に、うっすらと微笑みを浮かべるアーマリア。


「じゃあ、はやく残りも食べちゃいましょう。明日までまだまだ時間がありますから。」


 アーマリアは俺の肩から手を離す。


「もし不安になったら、またおでこを叩いてあげますから。」


 そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。


「私の出る幕は無しか〜。」


 少し残念そうに笑うヴェアティ。だがどこか嬉しそうな様子だ。


「でも、ハナなら絶対に受かるよ。私が保証する。」


 そう言われるだけでも、どこからか不思議と自信が湧いてくる。


「ああ、絶対に受かってみせるさ。」


 彼女にそう返答して、食べかけのチキンを一口齧る。もうとっくの前に冷めてしまったらしく、少し硬い。


 そうして、試験前最後の日が過ぎていった。

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