23 改
本日の8時に投稿したのを改稿したものです。
アーマリアの誤解をなんとか解いた後、せっかくだからということで俺たちは王都を散策することになった。護衛としてヴァイスとドミニクが付いてきてくれている。
「うーん、食事はゲールツと比べると微妙ですね……。」
パンを片手に、残念そうな表情を浮かべるアーマリア。先ほど昼食をレストランで済ませてきたところだが、確かにゲールツのものと比べると平凡な感じはした。ちなみに支払いはドミニクとヴァイスが折半していた。
「そりゃ飯はゲールツの方が美味いですよ。ただ、人口が多い分道が整備されていますし、店のジャンルも豊富です。新しい技術も、大抵はこの都市発祥ですからねぇ。」
ドミニクの言うように、確かに道はゲールツ以上にしっかりしている。石畳として使われている石はどれも凸凹がなく、均一な大きさに切り出されている。幅も広く、歩道と車道が明確に分かれていた。
店のジャンルも、ショーケース越しに大雑把には把握できる。服屋に飯屋、本屋やボードゲームショップまである。後者二つには露骨にヴェアティが惹かれていた。
「なんか買うか、ヴェアティ嬢?」
「……いや、欲しいわけじゃないし。」
彼女はヴァイスの提案をそう言って断った。しかし明らかにソワソワしている。本屋のショーケース越しに、展示されている本をじーっと見つめていた。
「……アーマリア嬢とハナ嬢は?」
「あ、じゃあ料理本とかあればお願いしたいですね。」
「小説とかの読み物が欲しいな。」
「え?! ちょ、あ、えっと……!」
ヴァイス・アーマリア・俺の連携技に慌てた様子を見せるヴェアティ。しばらくして彼女は俯き、恥ずかしそうにしながらも呟いた。
「……私も、何か欲しい。」
彼女の様子に内心ニヤニヤしながら俺たちは店に入る。
「いやぁ、息ぴったりですねぇ。」
後ろで、ドミニクがそう言いながらゲラゲラと笑っていた。
本屋の中は思ったよりもかなり広かった。ジャンルごとに分けられた本棚には上の方までぎっしりと本が詰められている。端には上にある本を取るための台が置かれていた。
「〜!」
直後、目をキラキラとさせたヴェアティが爆速で奥の方へと消えていく。ヴァイスは苦笑しながら彼女の後を追いかけていった。
「……あまり高いのは買わないでくださいね?」
ドミニクは財布の中身を確認しながら、俺たちに釘を刺した。かなりいい値段の料理本に手を伸ばしていたアーマリアが、下手な口笛で誤魔化す。
「……んじゃ、俺もちょっと良いのがないか見てくるわ。」
俺は"文学・小説"の看板が真上に吊るされている本棚へと向かった。ひとまず端の方にある本を一つ、適当に手に取ってみる。
「……。」
……まあ、昔の小説という感じだ。言葉遣いや言い回しが古く、若干読み辛い。適当に他の本も手に取ってみたが、どれもそんな感じだった。どうやらこの世界での小説の大半は文語体で書かれているらしい。
なんとなく横の本棚を見る。"怪談"と刻まれた看板がぶら下がっていた。そこで灰色の髪の少女が本を漁っている。
「……うーむ……これは読んだな……。」
彼女の唸り声や独り言を聞き流しながら、なんとなく一冊を手に取る。"王都百怪談"という、至ってシンプルなタイトルのものだ。王都に住む人々の不思議な体験談を百個かき集めたと前書きにはある。
「……。」
あ、普通に面白いかもしれない。最近書かれたのか、それともリアリティを優先するためか、文章は口語寄りだ。内容は洒落怖的なものが多い。
ふと横を見ると、少女がその紺色の目でじーっと俺のことを見つめているのに気がついた。
「……その、なにか?」
「え、あ……いや……。」
彼女は少し縮こまりながら、奥の方へと逃げるように去っていった。……何だったんだろ。
「〜♪」
機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、何冊もの本を抱えるヴェアティ。その後ろではヴァイスが図鑑や参考書などの分厚い本を抱えている。無論両方とも彼女の買ったものだ。学術関連から気に入っているという小説の新刊まで、合計十数冊。彼女はかなりの本好きらしい。
結局、俺は王都百怪談しか購入しなかった。堅苦しい文章はあまり得意じゃないんだ……。他の怪談本も、面白そうではあったが敢えなく文語体で撃沈した。
「怪談……、怪談ですかぁ……。」
俺の本のタイトルを覗き込み、若干顔を青くしながら呟くアーマリア。どうやらその手の話が苦手らしい。ちなみに彼女は料理本を二冊買っていた。
「九割は嘘って話だぞ?」
「だと良いんですけど……。」
そう言う彼女の腕は少し震えていた。
「……じゃあ、残り一割は?」
「ひゃうっ!」
次の瞬間、ヴェアティが彼女の耳元にそう囁く。思わず変な声を上げたアーマリアは、すぐに彼女に抗議の声を上げる。
「もうっ! 腰抜けると思ったじゃないですか!」
「あっはは、ごめんごめん。」
そんな二人の様子を眺めていると、遠くに見覚えのある影を見つける。
「……。」
本屋で会ったあの少女だ。じーっとこっちを見つめている。改めて見てみると、服装が全体的に黒い。黒いローブを羽織り、黒いズボンを履き、靴も種類は分からないが真っ黒。なんか親近感を覚えた。……でも何でこっち見てんだ。
「そろそろ休憩でもしましょうか。」
そのドミニクの提案に、全員が頷く。幸いなことに、この都市はあちこちにベンチが置かれている。休憩を取りやすいのはありがたい。
俺、アーマリア、ヴェアティはベンチに座ると、早速本を読み始めた。護衛の二人は周囲への警戒も兼ねて立っているらしい。
「……。」
……うん、ちゃんと面白いなこれ。良い感じに精神的にじわじわくる。
「……お主。」
……。
「お主!」
「え、あ、はい?」
ああ、俺に話しかけてんのかこれ。……あの少女か。ヴァイスたちは止めるべきか見守るべきか迷っているらしい。少なくとも露骨な敵意を感じないからだろう。
「……えっと、どうだ。その本は気に入ったか?」
「まあ、そうですね。怪談一つ一つの質が高いですし。」
何でそんなことを聞いてきたのか疑問に思うが、とりあえず質問には素直に答える。まだ読んでいる途中ではあるが本当に質が高い。執筆するにあたって厳選したのだろう。
「! そうであろうそうであろう! その本は我が一番愛読しているものでな……。」
彼女はぱっと顔を明るくして、身を乗り出してくる。そして懐から一冊の本を取り出す。かなりくたくたになっているが、王都百怪談のようだ。というか結構キャラ濃いなこの人。
「どうだ、せっかくなら我と語り合わないか? きっとお主とは話が合うと思うのだよ。」
キラキラとした目で、彼女は俺の手を取る。流石にそんな期待の籠った顔で見られては、ノーと言うわけにはいかなかった。まあ言う理由もないしな……。
それから数分、彼女と語らってみた。結論から言ってしまえば、滅茶苦茶話が合った。怪談のジャンルやシチュエーション、怪異のタイプなどそんな細かいところまで好みが合う。
「はっはっは! やっぱりだ、お主とは話が合うと思っていたのだよ!」
豪快に笑いながら、俺の手をぶんぶんと振る彼女。どうやら、俺があの本を手に取ったときからそんな気がしていたらしい。
「にしても、本屋で会ったときはどうして?」
「ああ、いや……その……。お主が同好の士だと確信できなくてな、会話する勇気がなかったのだ……。なんとなく本を手に取っただけで、買わずに戻す可能性もあったからな。」
……いや、まあ実際なんとなく取っただけなんだけどさ。そのことは黙っておこう。
「我はヘルスティア・マギアだ。ヘルスティアと呼べ。」
「ハナ・シークスと申します。」
「敬語などいらぬ、お主は今日から我が友……よな?」
言っている途中で不安になったらしい。こっちに確認してきた。俺が頷くと、彼女は安堵の表情を浮かべる。
「……おっと、もうこんな時間だ! ではまた会おう!」
彼女はそう言うと、軽やかな足取りで去っていった。
「……まあ、王都での友達第一号ってところですかね?」
「だな。」
ドミニクの言葉に頷く。ちなみにアーマリアとヴェアティは本に夢中になっていて、まったく彼女に気づいていなかった。
「……日が暮れてきたな。」
ヴァイスが空を見上げ、呟く。確かに空が朱色に染まりつつある。二つの月も、ゆっくりとその顔を出し始めていた。
「お二方、そろそろ帰りますよ。」
ドミニクがそう言いながら、二人の背中を叩く。
「「ひゃいっ?!」」
相当本に集中していたらしく、その分変な声を上げて驚いていた。そんな彼女らを見て、思わず三人とも苦笑する。ドミニクが軽く謝罪した後、改めてそろそろ帰ると彼女らに告げた。
「集中すると、本当に時の流れを忘れてしまいますね……。」
「まったくだね。」
そんなことを言っている二人に、いかに彼女らが本に集中していたのかを端的に表せる一言を投げ込む。
「お前らが本読んでる間に、友達が一人できたからな?」
「「嘘っ?!」」
この後、二人に問い詰められたのは言うまでもない。
そんなこんなで、王都での初日が終わろうとしていた。
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