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三人で遊び、勉強し、受験の願書を王都に送り……そんなことをしているうちに、気がつけば三ヶ月が経っていた。最近知ったことだが、どうやらこの時期は年末らしい。
「シークス様、いよいよ今日から食神祭ですよ食神祭! ず〜っと心待ちにしてた食神祭ですよ!」
朝食の席で、興奮した様子で話しかけてくるアーマリア。相当楽しみにしていたようだ。
「俺は別にしてねぇし、お前が心待ちにしてたのは祭り限定の飯だろ。」
「……あはっ。」
あはっ、じゃねぇよ。明らかに図星だなこいつ。
「私たちはゲールツの領主と会談の予定があるからな。君たちはヴェアティ君と楽しんでくるといい。」
「怪我したり、トラブルに巻き込まれたりしないようにするのよ?」
ヴィンド卿とアッフェル夫人の言葉に、俺たちは頷いた。
街の広場には、普段よりも多い屋台が立ち並んでいた。少しでも気を抜くとアーマリアがどこかに行こうとしてしまうために中々に苦労する。
「あ、おーい!」
いつもの噴水の前で、ヴェアティが手を振っている。
「なんか、もう食神祭なんだね。早かったような長かったような……。」
「楽しいと時間は早く過ぎると言いますからね。私は結構早く感じましたよ。」
俺も、そんなに数ヶ月という期間を長く感じなかった。少なくともこの三人とつるんでいる以上、アーマリアの言うように時間が早く過ぎるように感じたのだろう。
「んじゃ、せっかくの祭りなんだし。今日と明日ぐらいは勉強のこと忘れて、飯でも食い歩くか。」
「もちろんですよ! じゃないと来た意味が無いです!」
「あははっ! めっちゃ張り切ってんじゃん、おもしろっ!」
目に炎が見えそうなぐらい、あまりにも張り切っているアーマリア。あらゆる料理を端から端まで食い尽くす気満々だ。……まあ、彼女のやる気と食欲分割を食うのは俺とヴェアティな訳だが。
「……胃袋が心配だね。」
「……本当にな。」
まだそこそこ空いてはいる腹に手を当てながら、張り切るアーマリアの後ろで呟いた。
数時間後には、当然ながら胃がかなりやられていた。外に並べられた椅子やテーブルに腰掛けながら、スパイスによって表面がオレンジ色になった肉を見つめる。俺もヴェアティもそんな感じで、全く手が動かない。
「ん〜! スパイスが効いていていいですねぇ〜。」
一方、串に刺さったでかい肉をハグハグと貪っていくアーマリア。俺たちはその四分の一程度の肉を詰め込むことにさえも難儀している。
「……ねぇ。あの胃袋ってどうなってると思う?」
「……物理法則と魔術法則でも破綻してるんじゃねぇの?」
要するに胃袋ブラックホール。どんだけ放り込んでも永遠につかない。いやガチで前よりも食うようになってるんだけどあいつ。俺らがこのままじゃもたないぞ。
「……流石に、お二人ともお腹いっぱいですか?」
「「お腹いっぱいです。」」
流石に申し訳なく思ったらしい。ここらで一度休憩しようということになった。
「すみません。ずっと前から楽しみにしていたもので……。」
「いつものことだから大丈夫だ……うぇ……。」
「うん、料理はすごく美味しいからね……。それが救いかな……。」
祭りである故かみんな張り切っているのだろう、実際普段より見た目も味も良い。……そのせいでアーマリアがほぼノンストップで色々食い続けた訳だが。
「……ふぅ……。ちょっと落ち着いてきたかな。」
「あ、じゃあ私飲み物買ってきますね!」
「うん、おねがーい。」
彼女は人混みの中へと消えて行った。
「……にしても、今日は随分と人が多いな……。」
「まあ、ゲールツ自体が観光名所だからねー。」
なんでも、このゲールツは観光都市としての一面も持っているらしい。その豊かな香辛料を生かした、香り豊かで様々な味付けのある料理と、溢れんばかりの自然が魅力になっているんだとか。
「んで、年末にはこんなお祭りもあるわけだし。そりゃ人も多くなるよねー。」
「そうかぁ……。苦手だな、これだけは……。」
地球の頃は満員電車に乗っていたのもあって慣れっこではあった。その反動か、この世界ではどうやら人混みに酔ってしまうようになったらしい。普段より胃もたれが酷いのはそのせいもあるのだろう。
「おっ、意外な弱点はっけーん。」
「げぇ……。」
「冗談冗談。私も人混みは苦手だから。」
そんな人混み談義をしていると、アーマリアの影が少し遠くに見えた。
「すみませーん、少々遅くなりました。」
アーマリアは両手にそこそこの数の飲み物を抱えて、俺たちのところに走り寄ってくる。
「ん、ありがとね。」
ヴェアティは彼女から一本飲み物を受け取ると、すぐに封を開けて飲み始めた。俺も彼女から一本もらい、一口。味はりんごとぶどうを混ぜた感じだ。美味しい。
「そういえばさっき、すっごい綺麗な人見つけたんですよ!」
と、アーマリアは興奮した様子で語り出した。なんでも店に並んでいると、横を真っ白な少女が通りがかったんだとか。肌だけでなく、髪もまつ毛も眉毛も服も、全てが真っ白。唯一虹彩だけが真っ赤だったらしい。
「へー。アルビノっていうやつかなぁ。珍しい。」
アルビノ。要するに肌の色素が生まれつき少なかったり、ほとんどなかったりする人や動物のことだ。その見た目は真っ白な肌に赤ないし紫色の虹彩という、非常に特徴的なもの。ヴェアティも少し興味を惹かれたようだ。
「……ふーん。」
……なんか、嫌な予感がした。多分自分の知る人物……人物? と結びつけてしまっただけなのだろうが、万が一のことを考えるとなんだか面倒くさいことになる気がして。
「みんなから視線集めてたんですけど、全く気にしないんですよね。あの時のシークス様みたいに堂々としてました。」
ベチンと彼女の額を叩く。すぐに両手でその額を抑え、抗議の目をこちらに向けてきた。あれはお前が言わなかったんだろうが。気付かなかった俺も俺だけど。
「あははっ、あのとき本当に気付いてなかったの今でも笑えるんだよね。」
今度は彼女の額をベチンと叩いた。思いっきり仰け反って、涙目で額を抑えている。
「いったー?! こんな痛いのこれ?!」
「痛いですよね?! なんか威力おかしいですよね?!」
……どうやら俺の額叩きはそんなに痛いらしい。二人に謎の共通見解が生まれていた。
「うぅ……ずっとヒリヒリする……。」
ヴェアティはジュースの瓶で頭を冷やしながら、涙目で呟く。アーマリアが横でうんうんと頷いていた。
「……あ!」
と、彼女は不意に声を上げる。
「あの人です! さっき話した白い人って!」
と、彼女は俺の後ろを指差した。嫌な予感が的中しないことを祈りながら、ゆっくりと後ろを振り向く。
「へー、本当に真っ白だ!」
ヴェアティの感心したような、驚いたような声が聞こえてくる。
「……。」
一方俺は、その姿を見て思わず頭を抱えた。確かにアーマリアの言うように、肌・髪・まつ毛・眉毛・服と全てが真っ白だ。両目の虹彩だけが真っ赤で、周囲の色も相まって非常に目立つ。片手にクレープを持って、楽しそうな様子で広場の方に歩いてきていた。
「……あっ。」
俺に気が付いたらしく、こちらに手を振っている。
「あれ、もしかして知り合いですか?」
「いや、私の知り合いじゃないよ。ってことは……。」
二人の不思議そうな声が耳に入ったかと思った直後に、二人の視線が俺の背中に突き刺さる。あーもう、何でこう言う時に限って嫌な予感って的中するんだろうか。
「……来ないって言ってたじゃねぇかよ、お前ぇ……。」
思わず、そう呟いてしまう。
何で神様がここにいんだよ、マジで。
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