17
……後頭部に当たる柔らかい感触と、頭を撫でられる感覚。それで目が覚めた。少しぼやけた視界に映り込むのは、風にそよぐ赤色。
「あ、おはよう。」
そんな声が聞こえてきた。視界がだんだんとクリアになる。そこにはヴェアティの顔があった。こっちに微笑みかけている。声色はまだ少し低い。
「……ここは……。」
「馬車。いま本館に戻ってるところ。」
なるほど。今気づいたが、確かに馬の走る音と振動が伝わってくる。
「御頭……あの大男は?」
「そこで寝そべってる三人に武器を壊されて逃げた。」
辺りを見回すと、仲良く川の字に並んで寝そべっているアダム、ヴァイス、ドミニクがいた。寝ているというよりは気絶しているというのが近いだろうか。髪や鎧は血や土で少し汚れており、無傷ではすまなかったのであろうことがわかる。
……と、ここらで気付いた。俺膝枕されてるのかこれ。しかも頭を撫でられていると。外見は女の子が女の子に膝枕されているだけだが、これ実際は四十過ぎのおっさんが女の子に膝枕されているっていうなかなかに危ない図なんだよな。
「……で、いつまで撫で続けるつもりなんだ?」
「んー……お屋敷に着くまでかなぁ?」
あ、声色がいつものに戻った。なんか悪いこと考えてるだろこいつ。
「さっき牢の中で私のこと揶揄ったんだから、私には仕返しをする権利があると思うんだ〜。」
やっべ、何も言えない。完全に俺に非があるわこれ。というか撫でるのうまいなこいつ、悔しいけどちょっと心地良い。精神年齢的な恥ずかしさも相まって、顔が少し熱くなる。
「なーんだ照れてるのハナ〜?」
うっわやり返された。なんか悔しい。
「……うるせ。」
「あははっ、かーわいっ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、ずっと頭を撫でてくるヴェアティ。でも、いつもの調子になった彼女を見れて若干安心した自分がいた。
「ありがとね、助けに来てくれて。」
「……そりゃ、友達だからな。」
夕暮れの空に照らされながら、彼女は少し照れ臭そうにして笑った。
あれから数分。カウフマン商会本館が見えてきた。僅か数時間程度しか経っていないだろうに、数日ぶりに戻ってきたような感覚がある。ここら辺でヴェアティは頭を撫でるのをやめてくれた。……なんか残念そうな顔をしていたのが印象的だ。
「……! ……!」
屋敷の前で、金髪の少女が何かを言いながら跳ねているのが見える。遠すぎて聞こえないが、ぶんぶんと手を振っているのは分かった。
「やっと落ち着けそうだね〜。」
俺もヴェアティも、彼女に手を振り返しながら安堵の表情を浮かべる。一瞬の非日常が、長い日常のありがたさを思い知らせてくれた。
「……なんかいっぱいいるな?」
「お父さんに使用人のみんな、アーマリアと……彼女の両親かな? 騎士の人たちもいるね。」
なんか十何人とかそういう規模でいるんだけど。ヴィンド卿にアッフェル夫人、アーマリア。ラインハルトにフェカウヘンさん、そして両家の使用人たち。道行く人たちが思わず二度見しているのが見えた。
二人して変な緊張感に包まれながら、ゆっくりと馬車を降りる。
「お二人ともー!」
アーマリアがすぐに駆け寄ってきた。飛び込むようにして、彼女は俺とヴェアティに抱きついてくる。一応病み上がりなんだけどな……。可愛いからヨシ。
「もう、すごく心配したんですからね! 無事に……無事に? ……とりあえず、戻ってきてくれて嬉しいです!」
俺の方をチラリと見て、一瞬自分の言葉に疑問を抱いたらしいアーマリア。急に髪の毛バッサリ切ったし服ボロボロだしでまあそうなるわな。ちなみに傷は少し赤い跡こそまだ残っているものの、ほぼ跡形もなく治っている。回復薬すごい。
「……シークス様、後でお話がありますので。」
普段よりも低い声色で、耳元で囁かれる。思わず身震いした。約束を破ったわけだし、その罰の内容も分からない以上少し怖い。
「アーマリア。フェカウヘンさんたちが自分の娘と話したそうにしているから、そろそろ離してやりなさい。」
「むー……分かりました。」
ヴィンド卿の言葉に、少し残念そうな顔を浮かべながら手を離すアーマリア。ヴェアティは少し笑ったのちに、自身の父の元へと駆け寄っていった。
さて、とヴィンド卿は少し複雑そうな顔をしながら、こちらへと歩み寄ってくる。
「……向こうで何があったのかは分からないが、どうやら無茶をしたようだね。」
「……ええ、まあ。」
なんだかバツが悪くなって、顔を少し逸らしてしまった。
「シークス君。いくつか言いたいことがあるが……まあこの場では一つだけにしておこう。」
そう言って、彼は俺の肩に手を置く。
「友達を助けようという君の心意気はとても素晴らしい。だが、まだ君は子供だ。たとえ森に住んでいたとしてもその事実は変わらない。だからどうか、無茶はしないでくれ。」
……この世界では子供でも、前の世界では孤独な中年だった。だから、誰かが自分のことを心配してくれているということなんて考えてもいなかった。でも、アーマリアにヴェアティ、そして今のヴィンド卿の言葉でようやく分かった。この世界では、俺のことを心配してくれる人がいる。
「……ごめんなさい。」
……流石に、反省した。
「はっはっは、謝らなくていい。君がやったことは悪いことではないのだから。……まあ、少々無茶が過ぎたようだがな。」
最後に苦笑したヴィンド卿。釣られて俺も少し苦笑した。
「ちょっとお父さん、流石にみっともないから……。」
「ヴェアティ……本当に良かった……!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてヴェアティの手を握るフェカウヘンさん。周りにいる使用人たちも騎士たちも、温かい目線を向けていた。これには流石のヴェアティも顔を少し赤くして、嬉しいような恥ずかしいような表情を浮かべている。
「けほっけほっ。そうだ、紹介したい人がいるんだよ。」
彼女はわざとらしく咳をして、泣いている父親を引っ張るように馬車の方へと連れていく。ああ、ヴァイスか……。
「……さて、戻りましょうか。シークスちゃんとは、お話ししたいことが沢山ありますしね?」
アッフェル夫人が、ニコニコと笑みを貼り付けながら言う。その圧に、その場にいた三人が気圧された。
「……お、お手柔らかに。」
俺はそう返事することしかできなかった。
「あ"ぁ"……疲れた……。」
結局あの後、屋敷にてめちゃくちゃ質問攻めと説教を喰らった。戦闘で疲れた体には流石に堪えたらしく、もうベッドの上から動きたく無かった。夕食も摂り風呂にも入り、もう寝る準備は万端だ。ちなみに服は今アーマリアのものを貸してもらっている。そんなに体格自体に差はないから問題ないが……胸がちょっと緩い……。
「……さて、シークス様。約束、覚えていますよね?」
「あ、はい……。」
彼女の声色を聞いて、思わず正座した。ものすごく、というほどではないがちゃんと怒っている声色だ。
「絶対に怪我しないという約束でしたが……。」
「……一太刀浴びました……。」
めっちゃ圧かけてくるよこの人……。露骨な作り笑顔があまりにも怖い。約束を破った俺に完全に非があるため、この笑顔を向けられるのは仕方のないことなのだが。
「……はぁ。」
完全に縮こまってしまった俺を見て、ため息をつくアーマリア。あの作り笑顔はすでに消えていた。
「まあ、今回はヴェアティ様も帰ってこられましたし、怪我ももう消えているので良いですが。」
そう言って彼女は隣に腰掛けてくる。
「不安だったし、寂しかったんですよ、本当に……。」
拗ねたような顔を浮かべるアーマリア。彼女の性格上、こういうときに嘘をつかないのは知っている。本心からの言葉だ。
「……すまん。」
「……まあ、いいです! 結果的には無事に帰ってきてくれたので。今日はもう寝ましょうか。」
彼女の言葉に頷いて、ベッドに潜る。今日はよく眠れそうだ。
「あ、罰については話が別ですからね?」
……訂正。不安で眠れなさそうだ。
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