16 改
2024年01月06日に投稿したものを改稿したものです。
「か、はっ……?!」
右肩から左腰にかけての激痛と共に、大量の温かい液体が体を伝っていく感覚を覚える。なんとか着地こそできたが、思わず膝をついた。ナイフも手を離してしまう。あー……これ、骨どころか肺までいったか。呼吸するだけで痛い。
「ぐぁぁぁ……!」
奥の方では、片腕をぶった斬られて悶えているテーリッヒがいる。近くには彼の腕が転がっていた。
「……確かに俺は、ミュラーを殺すことはできない。」
御頭は剣の中程と先端についた血を振り払いながら、こちらへと近づいてくる。
「……しかし、貴様は一つミスを犯した。あいつを手放したことだ。」
「……。」
「……俺は貴様の背後に回り込むという方法しか取れなかった。しかし、貴様がしたことはその縛りを撤廃したようなものだ。考えは良かったが……まだ未熟だな。」
……ああ、くそ。完全にやらかした。全くもってこいつの言う通りだ。それに、別にこいつらは依頼料を回収できればいいわけだし。テーリッヒのやつから金の在処でも聞き出せばいいんだから、殺しさえしなければ痛めつけたりしても問題はないんだ。
「……改めて聞こう、こっちに来るつもりはないか? 貴様の命だけは助けてやっても良い。」
御頭は懐から一本の瓶を取り出した。瓶の中には薄緑の液体が入っており、若干輝いているのが分かる。……ゲームでいうポーション的なものだろうか。
「……断る。」
結局、ヴェアティが死ぬなら協力する意味なんてない。なんなら、ここでのやり取りの間に、彼女に逃げてもらえれば御の字だ。ちらりと彼女に視線を送る。一瞬目が合った。あいつは聡いから、今ので気付いてくれるだろう。
懐に瓶を仕舞う御頭。
「……そうか。ならば死ね。」
俺の視線に気付いているはずの彼は、明らかにゆっくりと剣を振り上げる。後ろからヴェアティの走る音が聞こえた。しかしそっちの方に彼は目線を向けない。
「……今回は貴様の意志を汲んでやろう。多少楽しませてくれたからな。」
「……はん、助かるね。」
なるほど、どうやらこれはわざとなようだ。彼なりの義理的なものだろうか。
……そして、走る音が近づいてくる。視界の端に、ヴェアティが一瞬映り込んだ。そのまま横を通り抜けていく……のかと思ったそのとき。彼女は俺のナイフを拾い、そのまま御頭の前に立ちはだかった。
「……ヴェアティ?!」
「貴方の意図は分かってる!」
「じゃあ、なんで……」
「でもね、こっちは友達を置いて逃げれるほど心は強くないの! 今逃げても、絶対に一生レベルで後悔するって分かってんの!」
「……。」
「だから私は、自分が一番後悔しない選択肢を取る!」
そう宣言して、彼女はナイフを構えた。
「ハナにっ、私の友達に手を出すなァ!」
腹の底から捻り出したかのような声量で、彼女は叫ぶ。その足は震えているし、腰も引けている。だが彼女は逃げようとする様子を見せない。その姿に思わず見惚れてしまった。
「……貴様のその気概を認めてやる。」
そう言って御頭は、剣を振り下げる。あと僅か数秒で、俺もヴェアティもきっと斬り飛ばされるのだろう。それでも彼女は、その場から決して動こうとしなかった。
「……かっこいいじゃねぇか、ヴェアティ嬢。」
金属音と共に、聞き覚えのある声がした。ヴェアティ越しに見えるのは、上等な鎧を着込んだ黒髪の男。
「……ヴァイス。拾ってやった恩を忘れたのか?」
「契約変更だ、御頭。」
御頭の剣を受け止めながら返答するヴァイス。彼の攻撃を避けられたという三人のうちの一人に、きっと彼も入っているのだろう。
「……若は?」
「あぁ、そこでのさばっているさ。」
そう言ってヴァイスは目線を横に向ける。つられてそっちの方を見やると、金髪の男が倒れていた。
「……貴様、どうやって……ッ?!」
言葉を無理矢理切り、御頭は横に飛び退く。彼の懐から何かが落ちた。次の瞬間、銀の軌跡が先ほどまで彼のいた場所に走っていた。
「……気付いたか。」
そこにいたのは、頭に乾いた血がこびりついたアダムだった。塀に叩きつけられてたはずだが……どうやら意識を取り戻していたらしい。
「……なるほど、二人がかりか。」
「いや、三人がかりだ。」
またもや聞き覚えのある声。流石にこれは完全に予想外だったのだろう、反応が遅れた御頭は腕を斬りつけられた。掠める程度ではあったが、それでも確実なダメージだ。
「いやー、シークス嬢が斬られたときはどうなるかと思いましたが。なんとか間に合ったみたいですねぇ。」
どこか軽い言葉遣い。ドミニクのもので間違いなかった。
「……若め、しっかり殺しておけば良かったものを。」
そう言って御頭は、改めて戦闘態勢に入る。
「……かかってこい、三人まとめて相手してやる。」
次の瞬間、ヴァイス、ドミニク、アダムが彼へと向かって斬りかかった。少し遠目に、彼らの戦闘を眺める。
「……ヴェアティ?」
呆然とした様子で立っていたヴェアティが、崩れるようにしてその場に座り込んだ。ナイフをその場に置き、少し項垂れる。
「……っもう、本当に怖かった!」
彼女はそう言って、半泣きの顔でこっちを見てきた。今まで見たこともない彼女の表情に、一瞬フリーズする。
「っていうかその傷、大丈夫なの?!」
「大丈夫なわけないだろ……ゴホッ……。」
この出血量が不味いというのは、素人目に見ても分かる。剣の先端だったとはいえ、俺は袈裟斬りされたわけだ。右腕は動かないし、呼吸さえ辛い。
「ああもう、回復薬とかないかな……!」
そう言って彼女は辺りを探し始める。そう都合のいいものなど落ちているわけがないと思うのだが……。
ちらり、と戦っている四人の方を見る。戦況は五分五分ほどだろうか。流石に数の差で騎士三人の方が若干優勢に見えるが、それでもまだどちらが勝つかは全く分からない。一人でもやられれば、そこから一気に御頭優勢に傾いてしまうだろう。
「……馬鹿、何しようとしてんの。」
ナイフを取ろうとしたそのとき、ヴェアティに腕を掴まれた。普段より若干低い声に内心戸惑う。逆の腕に握られているのは、薄緑の液体が詰められた小瓶。いやあるんかい。……そういえば、あの時御頭が何か落としていたのを思い出した。
「見つけたから飲ませようと思ったのにさ。」
「いや、飲ませてくれよ。」
こんな状況に何言ってんだこいつ。いくらなんでも流石にこの傷は死ぬぞ。
「でもこのまま飲ませたら、貴方また突っ込むでしょ。さっきはその傷で済んだけど、次はそうもいかないでしょ。」
「……まあ、そうだけどさ。」
「だから交渉。飲ませるから、一回ここで休んで。」
……なるほど。これ、こいつに生殺与奪の権握られてるみたいなもんじゃねぇか。実質イエスとしか言えねぇぞこれ。
「まだ戦いは五分五分って感じがするから。戦うにしても、もう少し様子を見てからにしてよ。」
こちらから言わずとも軽い譲渡もしてくる。うーん、相手優位とはいえ流石に実質年下に負けるのはなんか悔しいが……。
「……分かった。」
「よし。じゃあ口開けて。」
……別に自分で飲めるんだけどな。まあ逆らう意味もないのでとりあえず言われた通りにする。彼女は小瓶の蓋を開けると、そのまま中身を俺の口に流し込んだ。直後口内に、薬臭さと嫌な甘さが広がる。地球のものよりも遥かに濃い。反射的に吐きそうになったが、ヴェアティに鼻と口を塞がれる。
「……ゔぇぇぇ……。」
強引に飲み込んだのち、変な声が漏れた。まだ口の中に残っているような感覚がある。だが、少しして傷口の痛みや呼吸の辛さが多少落ち着いてきた。……まあ、これぐらいの苦痛で命が助かるなら遥かに安いか。でも二度と飲みたくない。
「ほら、ちゃんと飲ませたんだから交渉通り今は休んでね。」
依然ヴェアティの声はちょっと低いままだ。多分素の彼女が出ているのだろう。
「……。」
二人で並んで、戦いを見守る。長年の付き合い故か巧みに連携するアダムとドミニク、そんな二人と出会って間もないにも関わらず、彼らとうまく連携できているヴァイス。そして三方向からの攻撃を苦もなく凌ぐ御頭。五分五分の戦況は、先ほどから変わっていない。
「っ……。」
……あの薬の副作用だろうか、妙に頭が重い。強めの睡眠薬を服用した感じだ。
「……きっとあの三人ならなんとかしてくれる。だから、休んでいいんだよ。」
そう言って微笑みかけてくるヴェアティ。いつものどこか悪戯っぽいような笑みではない、優しい笑み。彼女の言葉とその表情に、僅かながら安心してしまったのだろう。意識が遠退いていった。
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