15
「儂の屋敷で何をしていると聞いているのだ!」
眉間に皺を寄せて再び唾を飛ばす男、テーリッヒ。
「あっはっは! めっちゃ真っ赤じゃん、おもしろ!」
一方大口を開けて、赤い髪を揺らしながらゲラゲラと笑っているヴェアティ。確かにテーリッヒの顔は茹でタコみたいに真っ赤だ。そんな彼女に気付いたらしい彼は、彼女のほうを向いた。
「貴様、どうやって……! そうか、フェカウヘンの差金だな?!」
「どうだろうねぇ? とりあえず、貴方の計画が無駄になったのは事実だよ。」
唸り声を上げる彼女はニヤニヤと笑みを浮かべ続ける。
「んで、これからどうするの? 計画のために拉致した小娘は逃げ出して、雇った警備たちはみんな捕まった。その様子じゃ交渉も失敗してるみたいだし。ぶっちゃけ、貴方詰んでるよ。」
ヴェアティの煽りとも取れる事実の突き付けに、さらにテーリッヒはその顔を赤くしていく。今にも煙が吹き出しそうなほどだ。
「貴様ぁ! もういい、今この場で貴様らを処理し、その首をフェカウヘンに送りつけてやろう!」
おい、と彼は自身の背後へと向かって呼びかける。
「話は聞いていただろう? 追加依頼だ、ここにいる連中を皆殺しにしろ!」
次の瞬間、正門から二人の人影が現れた。途端に凄まじい悪寒が走る。反射的にヴェアティを、抱き付くようにして押し飛ばした。
「ハナ?!」
「っ!」
そして、急に頭が軽くなる。首元の感覚から察するに、どうやら髪をバッサリいかれたらしい。顔を動かせば、銀色の剣身がこちらに振り下ろされようとされているのが見えた。こいつ、動きが速すぎる……。
「……ふむ、今のも避けるか。」
なんとか後ろに飛び退いたところで、低い男の声が聞こえてくる。先ほど斬りかかってきた男のものらしい。スキンヘッドと目元の大きな切り傷が目立つ、革製の鎧を着込んだ大男。少なくともドミニクより頭一つはでかい。何よりも目立つのは、その手に握られた巨大な剣だ。俺のナイフで切断しようとしても、半ばで俺が斬られると予想できるぐらいには幅もある。
少し視線を動かす。騎士たちは皆頭に重い一撃を喰らったようで、頭から血を流しながら倒れ伏せている。アダムに至っては思いっきり塀に叩きつけられたらしい。唯一立っているヴァイスは、何者かと剣で押し合っていた。少し長い金髪が特徴的な、革製の鎧に身を包んだ男だ。
「……俺の攻撃を避けるとは、大した娘だ……。」
「……お褒めに預かり光栄です、とでも言えばいいか?」
ふん、と鼻を鳴らす男。直感的に思ったことを試しに問いかけてみる。
「お前がヴァイスの言ってた御頭ってやつか?」
「……そうだ。」
直後飛んでくる斬撃。ヴェアティを抱えながら避け続けるのには限界があるな……。にしても、まさか質問に答えてくれるとは思わなかった。
「くっそ……!」
さっき言ったように、剣幅的にナイフで切断はできない。ヴェアティをどこかに置こうにも、あいつの速度的に守りきれない可能性が高い。逆に追い詰められたみたいだ。
斬撃が来てはそれを避け、避けた先に斬撃が来てはまたそれを避け……と、こんなことを何回も繰り返す。実質自分とほぼ同じ重さの重りをつけているのと同じ状態の俺にとって、かなりきつい状況だ。体力もすり減っていく。
「……つまらん。」
ふと、御頭がそんなことを呟いた。途端に斬撃が止む。
「……どういうつもりだ?」
「……貴様は、先ほどから俺の攻撃を避けてばかりいる。反撃が一切ない。」
いやまあ、そりゃヴェアティ守るの優先だから反撃する余裕がないからなんだけどさ。
「……俺の攻撃を避けられる人間に会ったのは貴様で三人目だ。だからこそ、貴様とは本気で殺り合いたい。」
生粋の戦闘狂みたいなこと言ってるんだけどこの人。いや、本当に戦闘狂なのか。というか、三人目ってあと二人これ避けたやつがいんのかよ。
「……その小娘をどこかに避けろ。さもなくば、まずはその小娘から殺す。」
……まあ、良いだろう。ヴェアティに端の方まで行くように指示をする。彼女は一瞬の逡巡を見せたが、すぐに走っていった。
「……では、存分に殺り合おうではないか。」
そんな言葉と共に、斬撃が何発も飛んでくる。さっきよりも体が軽いおかげで、体力の消耗が少ない。距離を詰め、その肩目掛けてナイフを振るってみるが……当然のように避けられ、反撃が飛んできた。
「……俺の見込んだ通りだ。こっちに来るつもりは?」
「ないな。」
「……だろうな。」
そんな短い会話の間にも、何度も攻撃と回避が行われる。
「……!?」
「っ……!」
避けきれないと判断した一撃を、ナイフで受け止めた。腕に伝わる違和感に気がついたのだろう、すぐに剣を振り戻す。
「……なるほど。」
自身の得物に深々とつけられた切れ込みを見て、呟く。その口角は上がっていた。とりあえず、この大きな隙を逃すわけにはいかない。彼の膝を狙い、駆け出す。
「……。」
御頭は足元に転がっていた騎士を、こちらへと投げつけた。突然のことに一瞬頭が真っ白になる。辛うじて思考を取り戻し、すぐにその騎士を蹴り飛ばした。彼らにはどういうわけか、まだ息がある。ならば斬るわけには行かない。
「っ!?」
直後飛んできた斬撃が、首を僅かに掠めた。バッサリと髪が切り離され、頭がより軽くなる。
「……皆殺しが依頼のはずだろ。なんでこいつらは生きてんだ?」
「……さぁな。若がやったことだ。」
若というのは、あそこでヴァイスとやり合っている金髪の男のことだろう。何を考えているのかよくわからんな。
あの男の馬鹿力によって、次々と騎士たちが投擲されてくる。当然斬るわけにも行かず、避けたり弾いたりするしかない。その間にも攻撃は飛んでくる。……どうやら、ナイフの切れ味を逆手に取られたらしい。あの一瞬でそんなこと思いつくなんて化け物だろガチで。
「中々酷い手を使ってくれるな。」
「……使えるものを全て使ってこそだ。」
なるほど、一理ある。ああもう、ちゃんと攻撃魔法とか覚えておけばよかったな……。
「ええい、何をそんな小娘相手に手間取っておるのだ! とっとと殺してしまえ!」
ふと、そんな怒鳴り声が何処からか聞こえてくる。思わずそっちの方に視線を向けてみると、そこにいたのは眉間に皺を寄せて顔を紅潮させているテーリッヒ。……こいつ、使えるかもしれない。
「ぐあっ?!」
背後に回り込み、肩と肘の関節を斬りつける。腱を断たれた彼の両腕は、だらりと垂れ下がる。そのまま彼を肉の盾にした。
「……!」
一瞬だけ目を見開く御頭。追加依頼だと、先ほどテーリッヒは言っていた。少なくともその分の依頼料がまだ支払われていない以上、まだこいつを殺すわけには行かないだろう。背後に回り込まれる可能性もあるが……あの剣のリーチ的に、逆にある程度慎重に立ち回らざるを得ないはずだ。
「何をする貴様……!」
こちらを睨んでくるテーリッヒ。そのまま彼を引っ張りながら後ろへと下がっていく。しかしこいつ重いな。痩せろよ。
「……ふむ。中々考えたようだな。」
何処か狂気的な笑みを浮かべる御頭。その様子にはまだ余裕がある。次の瞬間、彼の姿が一瞬で消えた。
「ッ!」
すぐに背後に感じる気配。肉の盾をそちらの方向に投げ付けると同時に、後ろへ飛び退こうとする。
「……だが、詰めが甘い。」
彼の呟きと共に、銀色の剣が振るわれる。投げ飛ばされたその男に触れても、その勢いは止まらない。その予想外の光景に、一瞬思考が止まる。止まってしまった。
「ハナ!!!」
ヴェアティの叫び声が聞こえた次の瞬間。右肩から左腰にかけて、信じられないほどの激痛が走った。
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