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「ヴェアティー!」
「カウフマン嬢ー!」
街のあちこちから、そんな声が響く。窓や道端からその様子を不審そうに眺める人々。しかし、そんなの気にしている暇はなかった。
「そっちはどうだ?」
「ダメです、痕跡もありません。」
「こっちも同じです。」
ラインハルト、アーマリアの順で報告が挙げられる。ダメだ、少なくともこの近辺にはいないらしい。気がついたらだいぶ日が沈んでいた。
「……。」
考える。彼女がいるとすればどこか。すぐに自室というのは否定された。そこにいるならこんなに騒ぎにはなっていない。カウフマン商会の本館も同様に否定される。ヘンドラー家の屋敷も否定できるだろう。彼女にはその場所を教えていないから。
……そういえば、結局あの運転の荒い馬車は何処に行ったのだろう。なんとなく方角は分かるが、馬車の外観自体はなんの変哲も無いものだった……気がする。ちゃんとよく見ておくべきだったな……。
「……一度、他の捜索班と合流しましょう。彼らがなにか手がかりを得ているかもしれません。」
ラインハルトの提案に、俺とアーマリアは頷いた。
……なんとなく予想していたことだが、どこの捜索班もなんの手がかりも得れていない状態だった。最後の望みを賭けてドミニクの班に向かう。俺らがヴェアティと別れた地点の周囲を、彼らは調査していたはずだ。
「お、ラインハルトにお嬢とシークス嬢じゃないですか。ちょうどいいところに。」
駆け寄ってきた俺たちに、ドミニクが声をかけてくる。
「なにか見つけたのか?」
「ええ、そこそこ重要なものを。」
その重要なものとやらがある場所に、ドミニクは俺たちを案内する。道を曲がって少し歩いたところだった。
「……血痕か。」
地面にこびりついた、赤黒い汚れ。量こそ少ないが、嫌でもその正体はすぐに察せられた。
「それと、これですね。」
ドミニクが懐から取り出したのは、真っ赤な細い糸が数本ばかり入っている小瓶。糸にしてはあまりにも細すぎる。ということは……。
「恐らくはカウフマン嬢のものです。ここまで赤い髪の毛の持ち主は、この街には彼女以外いないらしいですから。」
……やっぱり、これは失踪じゃなくて拉致だ。ドミニクらも同じ見解であるらしく、この証拠を見たヴィンド卿に至っては、この街にいる衛兵を動員するために領主に直接交渉に行っているらしい。行動力がイカれてるな本当に。
「あ、そうだ。フェカウヘン卿がお二人のことを呼んでいましたよ。カウフマン嬢について話したいことがあるんだとか。」
ドミニクが思い出したかのようにそう言った。俺とアーマリアは互いに頷くと、ドミニクに礼を言ってその場を後にする。
カウフマン商会本館に辿り着くと、フェカウヘンさんが入り口のところで俺たちを待っていた。
「こんな時に申し訳ありません、お二人とも。」
「いえいえ……。ところで話したいこととは?」
「……この場では何ですので、ひとまずは中へお入り下さい。ラインハルト殿もどうぞ中へ……。」
彼に案内され、広い本館の中へと足を踏み入れる。入ってすぐのところにある扉に、彼は俺たちを招き入れた。客間であるらしく、立派な椅子やテーブルが用意されていた。
「おかけ下さい。最低限以外の使用人たちには娘の捜索を手伝わせているので、お茶などは用意できませんが……。」
そう言いながら、彼は椅子に腰掛けた。後に続くように俺とアーマリアも、その対面に腰掛ける。ラインハルトは扉のすぐ横で壁に寄りかかった。
「……まず、私の娘の友達になってくれたことに感謝いたします。あの子は滅多に外に出ないばかりか、あまり自分から誰かに話しかけるようなことはしなかったので。これまで友達という存在がいなかったのです。」
ドミニクとかも似たようなことを言っていたことを思い出し、ちらりとアーマリアを見る。
「……。」
自分と重ねているのか、少し考えるような顔をしていた。
「初めて友達ができたと、いつになく嬉しそうに私に報告してきた時の感動と言ったら……。本当に、ありがとうございます。」
深々と頭を下げるフェカウヘンさん。でもあいつ、初対面でいきなり人のこと笑ってきたけどな。あれが素なのか、それともだいぶ無理をしてたのか。
「ふふふ、ヴェアティ様にも結構可愛いところあるんですね。」
「おや、普段うちの娘は可愛くないと?」
そのフェカウヘンさんの言葉に、パタパタと手を振って慌てながら否定するアーマリア。そんな様子を見て彼は笑った。
「はっはっは、冗談ですよ。彼女は歳不相応に落ち着いていますし、思考もかなり大人です。殆どわがままも言わないので、同世代の子と比べてみれば、確かに可愛くないところが多いでしょう。」
……落ち着いてる? 初手人のこと笑ってきて「おもしろ!」が口癖でよく悪戯してくるあいつが……?
「シークス様、全部顔に出てます!」
「あ、やべ。」
むう、顔に出さないのは地球にいた頃は得意だったんだがな。肉体に引っ張られてる。
「おや、もしかしてお二方の前では違うので?」
興味津々な様子でフェカウヘンさんが聞いてきたので、彼女との出会いとその後の交流を赤裸々に語り尽くした。
「はっはっは! まるで別人のようですな!」
テーブルを叩きながら爆笑するフェカウヘンさん。よほど家での様子とギャップがあるらしい。彼が落ち着くまで待ったのち、彼女のことについて問いかけた。
「にしても、どうして彼女は別館で暮らしているのですか?」
「……さきほど、彼女は思考が大人だと申しましたね。」
俺の質問に対して、フェカウヘンさんはそう語り出す。
「どうやら、彼女はカウフマン商会会頭の一人娘……すなわち私の後継者という立場に、ある種の責任感を持っているようでして。なるべく親に頼らず、自力で問題を解決できるようになるためと、別館暮らしを彼女の方から提案してきたのです。」
彼は少し寂しそうな顔をして、窓から外を眺める。
「そんなことはまだ考えなくていい、子供は親を頼ることは当然だと説得しようとしたのですが……。はは、本当によくできた娘でして。万が一の事態が起きた時、すぐに後を継げるように準備するのは当然だと。何かに頼っていては、いずれどこかで躓くと。そんなことを言われて、逆に言いくるめられてしまいました。」
いつも悪戯っぽい笑みを浮かべていて、よく笑って、俺らを振り回したり俺らに振り回されたりする姿しか見てこなかったからだろうか。そんなことを言っている彼女の姿を、うまく想像することができなかった。
「もしかしたら、お二方の前ではその責任感から解放されているのかもしれませんね。」
最後にそう付け足すフェカウヘンさん。彼女に対してちょっと憎らしいと思うこともあったが、そんな思いもどこかへと吹っ飛んだ。
「……さて、そろそろ本題に入りましょう。まず、娘の失踪についてお二方の見解を教えていただきたい。」
ヴェアティ自身から、事件へと話題が移る。とりあえず俺もアーマリアも、これは失踪ではなく拉致ではないかという考えを伝えた。彼は頷き、自身も同じ見解だ、と話し出す。
「仮に今回の件が拉致だとしたら、実はもう犯人の目星はついているのです。」
予想外の言葉に、思わず立ち上がった。アーマリアは目を見開いて彼を見つめている。今まで目を瞑っていたラインハルトも片目を開けていた。
「捜索の基軸とするには証拠が足りないことと、万が一外れていた時のことを考え、まだ誰にも話していないのですが……。娘の友人であるあなた方には、話してしまっても問題はないだろうと」
そう前置きをしてから、フェカウヘンさんは言う。
「ミュラー商会……私はそこが犯人だと考えています。」
なんらかの因縁でもあるのだろう。明らかに憎しみの籠った声色で、彼は吐き捨てるように言った。
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