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「シークス様! あそこにフルーツタルトの美味しい屋台がありますよ!」
「も、もう勘弁してくれ……。」
街に出て数時間。最初は全然スペースの空いていた胃が、気がつけば破裂しそうなほどいっぱいいっぱいになっていた。いままでほとんど気が付かなかったが、彼女はかなりの健啖家らしい。森ではどうやら俺に遠慮して隠してくれていたそうだ。いやまあ本当に遠慮してくれてありがたいんだけど。じゃなかったら救助が来る前に小屋の食料全部消えてただろこれ。
「む、デザートは別腹と言うじゃないですか。」
「さっきもそう言って食ってたよな!? ケーキとかドーナツとか大量に食ってたよなお前!?」
ちなみにこの世界のドーナツは蹄形をしている。とぼけた顔を浮かべるアーマリアに軽くチョップを入れた。
「いたっ! もう、分かりましたよ。少し休むことにしましょう。」
仕方ないなぁみたいな顔をされた。お前が食えすぎなんだっつーの。
ということで、街の中央にある広場。そこにある噴水に、俺とアーマリアは腰掛けていた。
「もう、シークス様は本当に軽いんですからもっと食べた方がいいんですよ?」
「入らねぇものは入らねぇんだよ……。おぇ……。」
彼女の言葉に口元を押さえながら返した。自分がかなり痩せている方だというのは自覚しているし、多少体重をつけた方が健康的に見えるというのは分かる。でも無理なものは無理だ。あの量は入らん。
「そんなドカ食いするといつか太るぞお前……。」
「失礼ですね!?」
……にしても、なるほど。どことは言わないが彼女の発育が多少俺よりも良いのはそういうことか。よく食べるからか。いやまあ俺がまな板すぎる可能性はあるけど。
「……そういや、さっきからなんか見られてる気がするんだが。」
どういうわけか、近くを通る人たちから目線を向けられることが多い。少なくとも悪意がこもっている感じではなかったが。
「シークス様って結構特徴的な見た目してますからね。」
「……まあ、確かに。」
薄々勘付いてはいたが、俺の見た目は結構目立つらしい。腰まで伸びた黒髪に金と黒のオッドアイ、黒地に赤い縁の服装。逆にこれで目立つなというのは無理だろう。
「あと……。」
何かを言おうとしたのちに、すごく悪戯っぽい笑みを浮かべて、アーマリアは閉口した。
「おい、なんだよ。」
「いーえー? ちょっと飲み物買ってきますね。」
「あ、おい!」
……行っちゃった。いや本当になんて言おうとしたんだよ。絶対碌なことじゃねぇだろ。……とりあえず待つか。
数分ほど経ったがまだ戻ってこない。長蛇の列に並んでいるのか、あるいは迷子か。それ以外の可能性もある。うーん大丈夫かな……。
「……。」
というか、なんだあの子。めっちゃ見てくる。真っ赤な短髪に緑色の目とかいう、下手したら俺よりも目立つような見た目をしている。服装はアーマリアのものほどではないにしろ、結構上等なものだ。商人の娘的な感じか? こちらも視線を送り返してみると、それに気がついたらしく、こっちに近付いてきた。やっべ、ガンつけられてると思われたか?
「ねぇ!」
あれ結構普通に声かけてきたな……。もっと敵意マシマシかと思ったんだけど。
「……なんでしょう?」
「その、言おうか迷ってたんだけどさ。」
彼女は俺のちょっと後ろを指さして、口を開く。
「髪の毛、浸かってるよ。」
……え?
「……どわぁ!?」
うっわマジじゃねぇか。ガッツリ噴水に入ってる……。そりゃ近く通る人間にも見られるわな。
「すみません、教えていただいてありがとうございます……。」
水から髪の毛を引き上げ、先っぽを絞りながら感謝の言葉を伝える。
「あっはは、本当に気づいてなかったんだ! おもしろ!」
「ははは……。」
なんだこいつうぜぇ。確かに滑稽だったろうけどうぜぇ。
「面白い人だねぇ……うん、気に入った。私はヴェアティ、貴方は?」
「ハナと申します。」
なんか、どうやら俺は気に入られたらしい。とりあえずこっちも名前だけ名乗っておこう。向こうも名前だけだったし。
「ハナね、とりあえず覚えた。あと敬語とか堅苦しいのはいいよ、私もタメ口で行くから。」
「……じゃあ、これでいかせてもらうからな。」
「おっと男口調……これは予想外だなぁ。」
そう言って驚いたような顔をする彼女。そういやアーマリアも似たような反応してたな……。まあ見た目に結構反してるのは自覚しているが。
「シークス様ー!」
……せっかく名前だけ教えたのに、あっという間に苗字バレした件について。遠くから聞こえてきた声の方に目線を向ける。両手いっぱいに瓶を抱えたアーマリアがこっちに小走りで駆け寄ってきた。
「すみませんシークス様、選ぶのに迷ってしまいまして……。」
そんなことを言いながら俺の前にまできたところで、どうやらヴェアティの存在に気付いたらしい。そっちの方に何やら訝しげな顔をしながら目線を向けた。
「む……どこかで見たような……。」
大量の飲み物を俺の横に置きながら、何かを思い出そうとしている彼女。ヴェアティも似たような顔をしていた。というか飲み物多すぎだろ。何本買ってきてんだこいつ。にーしーろくやの……うーん数えたくない。
「あ、カウフマン商会のところの令嬢様じゃないですか!」
うーん予期せぬ大暴露。あの言い振りからするに、カウフマン商会って結構でかい商会な気がする。少なくともアーマリアが彼女の多少の詳細を知ってるってことは、家族ともある程度の繋がりがあるわけだし……。
「あぁ、ヘンドラー伯爵のお嬢様かぁ!」
それで彼女もアーマリアの正体に気づいたらしい。うっわやっぱりなんか繋がりあるんじゃん。
せっかくなので、三人で飲み物でも飲みながら少し話すことになった。
「それでシークス様が……」
「あっはは! 何それおもしろ!」
あーもう結局こうなるよなぁ! 俺の恥をまた話すアーマリアに、それを聞いてゲラゲラ笑うヴェアティ。腹立つなこいつら。
「というか、お前俺の髪の毛のこと気付いてたろ。」
「……何のことでしょう?」
とぼけた顔を浮かべるアーマリアのおでこをペチンと叩く。すぐに彼女は涙目になりながら額を抑えた。
「なんでそんなに威力高いんですか!」
「慣れ。」
「痛い〜」と赤くなった額を摩りながら、抗議の目をこちらに向けてくるアーマリア。俺はそんな彼女を横目にリンゴ味のジュースを呷る。元はと言えば気付いていたのに教えなかったお前が悪い。
「貴方たち本っ当に面白いねぇ。見てるだけで飽きないよ。」
クスクスと笑いながらヴェアティは言ってくる。片手には柑橘系のジュースを持っていた。ちなみに聞いてみたところ、やっぱりカウフマン商会はこの辺りでは一番でかい商会らしく、貴族とも関わりがあるんだとか。
「……さてと。新しいおも……友達もできたことだし、私は今日はもう帰ることにするよ。ジュースありがとね〜。」
彼女は二本ほどジュースを掻っ払い、去っていく。彼女の姿が見えなくなるまで、俺とアーマリアはその背中に向けて手を振っていた。というかあれ絶対おもちゃって言いかけただろ。
「……なんか、すごく個性的な人でしたね。」
「良い意味でも悪い意味でも、な……。」
悪い奴ではないのだと思う。ただ人のことを揶揄ったりするのが好きなタイプらしい。
「……友達、かぁ。」
少し嬉しそうに笑って、アーマリアは呟いた。彼女にとって、ヴェアティは二人目の友達だ。そりゃ嬉しいだろう。彼女の頭を少し撫でる。
「……もう。今は機嫌が良いので別に構いませんが。」
ちょっと頬を赤らめながら、彼女は俺の頭なでなでを受け入れた。
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