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22・侵略部隊

 





「おおギャエル!久しぶりだなー!」


 嬉しそうに歯を見せて笑ったのは、短い白い髭を生やした初老の男性だった。ギャエルよりも大柄な体格で、かなり鍛えているのが見てとれる。

 男性は人好きのする笑顔で豪快に笑い、手を挙げながらギャエルの方へ歩いて来た。

 ギャエルは真面目な表情を作り、男性に対して深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、テランス隊長。お元気そうで何より……」


「おう!俺は元気だぞー!そうだギャエル、久しぶりだから、終わったら飲みに行くか!」


 真面目だったギャエルの顔が、瞬時に嫌そうな表情に変わった。


「テランス隊長……もう歳なんですから、飲む量は控えてくださいよ……」


「俺を年寄り扱いすんのかぁ?鼻たれ小僧が偉くなったもんだな~」


 テランスは揶揄うような笑みを深めてギャエルの肩に腕を回した。肩を組まれたギャエルは、苦笑いを浮かべている。嫌そうなのに、その苦笑いはどこか嬉しそうだ。


 他の侵略部隊の隊員も既に集まっていた。ここはいつも鍛錬をしている騎士団本部の鍛錬場ではなく、王都から少し離れた平原。

 用意された武器は全て木製。侵略部隊だけでなく、治療班も、更には見学したいとラリマーもやって来ている。


「よし、始めるか!集合!」


 テランスはギャエルと肩を組んだまま号令をかけた。するとすぐに、侵略部隊、治療班、十一班が二人の前に整列した。

 テランスはギャエルを放し、集合した騎士達を見回して言う。低く響く声は聞き取り易く、よく通る声だった。


「今日の演習は、侵略部隊を西に配置、十一班を東に配置してから開始する。一回戦開始時刻は九時からだ。号令はせずに開始する。人数を合わせるから、侵略部隊は五人見学だな。何回やれるか分からんが、入れ替えてやろう。見学中は治療班の手伝いをして貰うぞ。んで、討ち取られた奴はラリマー殿の近くで待機な」


 ここまで説明すると、テランスはギャエルを見てニッと笑った。


「んじゃあ、別れて作戦会議だ。ギャエルとやるのは二年ぶりか。楽しみだ!」


 テランスはそう言うと、侵略部隊を連れて足早に西に配置した開始地点へ向かった。それを見送ったギャエルはぶるりと震え、緊張しつつも期待を込めた笑みを浮かべていた。

 東の開始地点へ移動したギャエルは、班員達に作戦を伝える。


「一回戦目は正攻法でいく。恐らくテランス隊長もそう来るだろう。オレールとカンタンは魔術封じを着けているな?キトリー、前言った通り、レーザービームは禁止だ」


 オレールとカンタン、そしてキトリーはギャエルの言葉に頷いた。

 木製の武器で攻撃力は抑えられている。だが魔法を使用せずに演習をするとなると、魔術師達の演習が出来なくなってしまう。そこで特製の魔術封じを装着して、魔法を放つと光が放たれるだけで何の効果も現れないようにしていた。この魔術封じは、攻撃魔法のみを封じる為、回復や補助魔法の効果は現れる。


 そしてキトリーは、その魔術封じを装着すると、レーザービーム以外のパワードスーツの機能も使用出来なくなってしまう事が分かった。

 それでは変な鎧を着た無力な女性になってしまうので、キトリーはレーザービームの使用を禁止、という事に落ち着いた。


「ラウルとカンタンは後列だ。ラウルはカンタンの補助に回ってくれ。ベルナール、ジロー、レジスは前列。真っ直ぐ切り込む。俺とオレールは中列。前列の補助をする。で、キトリー」


 ギャエルはキトリーを見ると悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「お前は俺達の上空を飛んで付いて来い。すぐに相手側からも反応がある筈だ。……まぁ、そいつが出撃してればの話だが……。空を飛びながら戦ってみろ」


「わかりました」


 力強く頷いたキトリーはワクワクしていた。ギャエルの言葉から察するに、侵略部隊には空を飛んで戦う騎士が居るのだろう。

 今まで宙に浮いたまま戦った事は無かった。鳥型の魔物相手でも、遠距離攻撃や魔法で地に落としてから叩くというのが、十一班の戦い方だったからだ。


「……時間だな。行くぞ」


 時間を確認したギャエルは時計を懐に仕舞い込み、兜のバイザーを下げた。バイザーに隠れる前に一瞬だけ、悪戯を仕掛ける前の子供のような表情をしたのが見えた。


 キトリーは空へ舞い上がり、侵略部隊が来る方向を見た。黒い人影がこちらに歩いて来るのが見える。

 こちらとの距離はまだ遠く、どちらも同じ速度で進んでいるようだった。

 そして一つの影が空へと飛び上がった。その影には大きな翼が生えている。


 ギャエルが言っていたのは、あの影の事に違いない。キトリーはすぐにでもあの影の元へ飛びたかったが、他の班員達の頭上を離れる事無く侵略部隊へと近付いて行った。


 侵略部隊との距離が近付き、カンタンの魔法の射程距離内に入る。カンタンが唱えていた魔法を放つと、光の矢が侵略部隊へと降り注いだ。

 侵略部隊側の魔術師も同じく、光の矢を振らせてきた。オレールが魔法防御壁を班員の頭上に展開しそれを防ぎ、侵略部隊の方は各々避けたり盾や武器で払っていた。


 魔術師達の魔法を皮切りに、前列の三人は駆け出し侵略部隊へ突撃する。侵略部隊の方は、予め相手をする者を決めていたようでそれぞれが三人に対峙した。

 木剣が交わり乾いた音を鳴らし、白い光が戦場を飛んでいく。



 そして上空では、キトリーと翼の生えた男が向かい合い相手を伺っていた。


「お前が噂の新入団員か。空も飛べるんだな。俺はロック。よろしくな!」


 ロックはそう言うと、翼を羽ばたかせ更に上空へ舞い上がった。キトリーは太陽を背にしたロックを見上げて目を細める。ロックはキトリー目掛けて滑空して来た。翼を後方に下げていて、その勢いは隼を思わせる。

 キトリーはロックの攻撃を難無く避けるが、ロックはその勢いのままくるりと方向転換をして追撃して来た。キトリーは慌てて木剣を構えてロックの攻撃を防いだのだが、一瞬嫌な考えが頭を過ぎり、力が抜けてしまう。ロックの勢いに乗った短剣の威力は強く、キトリーの剣は弾き飛ばされてしまった。


 くるくると回りながら落ちていく木の剣。下に人が居たら大変だとキトリーは猛スピードで剣を追った。

 一瞬で追い付き、無事に剣を回収したキトリーはすぐにロックの元へ戻った。

 目を丸くしてキトリーを見ているロックに、キトリーはペコリと頭を下げた。


「お手合わせありがとうございました。討ち取られたので、ラリマー師匠の所へ向かいます」


「あ、ああ。……お前、そんな早く飛べるなら、その早さを生かした戦い方をした方が良いと思うぞ」


「ありがとうございます!頑張ります!」


 唖然として言ったロックに、再度深々と頭を下げたキトリーは、ラリマーの元へ飛んで行った。それを見送ったロックは、下方から飛んできた光の槍を軽く避けるとニヤリと笑い戦場へ飛び降りた。




「……ちと早すぎじゃぁねぇか?」


 呆れた口調でこう言われたキトリーは、膝を抱えて下唇を突き出して戦場を眺めている。


「勢いがついてて重い攻撃だって言っても、お前なら受けれたろうに。どうしたってんだ?」


「あんまり力を入れると、良くないと思いまして……。パワードスーツは力持ちですから……」


 相手を傷付ける事を恐れて、一瞬の間力を抜いてしまったらしい。ラリマーは消沈した背中を見せるキトリーの頭をポンポンと叩いた。


「安心しろキトリー。アイツらはバケモンだ。それに治療班も来てる。次は普通に戦って来い。……そうだ、透明化使ってみたらどうだ?まだ訓練の途中だが、どの程度通用するかやってみよう」


「わかりました!」


 キトリーは背筋を伸ばして答えた。パワードスーツの怪力を気にしなくても良い事と、透明化を試してみる事にワクワクしている。


 実際、侵略部隊の隊員達は、聞いていた通り凄腕だった。十一班の班員達は全員討ち取られると、侵略部隊から改善点を伝えられた。

 全員がラリマーの元に集まると、ラリマーはテランスに話しかけた。


「テランス隊長、すいませんが、次もロックを出撃させて貰えますか?」


「はい。キトリーに、ですね?」


 テランスは心得顔で頷いた。そんなテランスに、ラリマーは苦笑して答える。


「ええ。さっきのは、余りにも駄目駄目でしたので」


「しかし、あのスピードは目を見張るものがあります」


 テランスは上空に居た二人の動きを見ていたらしい。あの時のテランスは、ギャエルとジロー、二人の相手をしていたのに。流石は侵略部隊の隊長を任されただけはある。




 二回戦目は、正面からぶつかる戦法ではなく、相手の位置を把握しながらこちらが有利になるように動く戦法を選んだ。

 キトリーが姿を消し、ラウルも小鳥に変身して上空から相手の位置を確認。状況を把握しながら都度作戦を変えるようにした。


 キトリーとラウルが数往復して、侵略部隊の魔術師と剣士の二人組の位置と他の隊員の位置が離れている事が確認できた。

 地上に残っていた十一班の班員達は、その二人組を討ち取るとまた隠れた。


 また何往復かしていると、大きな翼が羽ばたきながらラウル目掛けて近付いて来た。ロックがラウルに気付いたらしい。

 ラウルはロックから逃げるように小さな翼を羽ばたかせるも、ロックの勢いはそれを許さない。

 瞬時に間合いを詰め、もう手が届く距離まで近付いてしまった。ロックがラウルを掴もうと、手を伸ばす。


「うっ……!」


 ロックの手がラウルに届く前に、ロックは呻き声を出して気を失った。しかしその体は落下する事なく、だらんと力が抜けた状態で浮いている。

 ロックはその状態のまま、何かに運ばれるようにラリマーの元まで移動していった。

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