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39 ベンデルーン商会

 


「やあ、初めまして。Dランク冒険者のクオン」


 絢爛にならず、簡素ながら品のある部屋。それがこの部屋の第一印象だった。


 そんな部屋の中のほぼ中央に設置された椅子に座る俺の目の前には、同じく椅子に腰掛ける女性がいた。違う点があるとすれば、警戒し切っている俺に対して、彼女は自然体であると言う点であろう。


 まぁそれも当然、ここは彼女の城。つまり彼女が城主である。自分の城で心落ち着かぬものなどそうはいない。


「そんなに警戒しないでよ。ただ少し話したいと思った、それだけさ」


 この街で、領主と等しい力を持つと言われるベンデルーン商会。その長、ルミナ・ベンデルーンが雄弁に、あたかもそれがさも当然のように、理不尽に賽を振る。


 俺はその人を目の前に口を閉ざし、ただ矛先を曖昧に睨みつけることしかできなかった。





 *




「……」


『こんな朝早くから考え事ですか?』


「ん? いやそういうわけじゃない。ただ目が覚めちまってな」


 まだ外は薄暗く、空気が寒いほどに涼しい。ただでさえ、最近早起きの習慣がついて朝が早いってのに今日はやけに早起きしてしまった。


 その原因は胸騒ぎなのか、それとも否定したはずの考え事なのか、判断はつかない。


「まぁ、せっかくだ。この時間はレアとのお喋りに当てようかね」


『私は忙しいのでお断りします』


「絶対嘘だろ……」


『ふふっ、冗談ですよ』


 そしてレアとくだらぬ会話をしてから、フィア達を起こしてアイヴィスに素振りを監督してもらう。五十回六セット、腑抜けた素振りはやり直し、フォームがブレれば喝が飛んだ。

 そして、ガチガチになった腕を休ませた後に依頼を受ける。


 そんななんてことない日を今日も今日とて送る、送れるはずだった。


 ーーーーその来客さえこなければ。





 素振りを終え、宿に戻り一休みしてから、ギルドに向かおうと部屋を出ると丁度宿のおばちゃんが小走りに駆けてきた。


「あっ、アンタ。お客が来てますよ」


「客?」


 俺の所在と素性を知ってる人なんてこの街に居ただろうか。この街で仲良くしているのはバードニックさん、あと強いていうなら武器屋のドワーフのおっちゃん。

 しかし訪ねてくるような用事もないはずだ。バードニックさんに至ってはこの後店に行く予定になっているから訪ねてくるとは考えづらい。


『クオン』


(分かってる、アイヴィスも念の為警戒よろしくな)


『ーー』


 俺を見上げるフィアと此方を向くヒトヨには頷きだけで警戒するように頼む。


「ふぃ」


「チュン」


 小さく、俺にだけ聞こえるような小さな声で二人が返事をした。


「あー、その客ってのは何処に?」


「宿の目の前に止まってるよっ。アンタもしかしてお偉いさんかい? ベンデルーン商会が迎えに来るなんてっ」


「ベンデルーン商会?」


「アンタは余所者だから知らないのも無理ないか。ベンデルーン商会ってのはね、この街じゃ領主様と同じくらいのお偉いさんさ! この街はベンデルーン商会のおかげで回ってると言っても過言じゃないのさ」


 そんなお偉いさんが俺に一体何用なんだか。考えられる理由はいくつかあるのが、厄介なところだ。


「まぁお偉いさんってわけじゃないですよ。かと言って心当たりもないですけど」


「ふーん、じゃあ何用なのかねぇ。っと、私の話でベンデルーン商会をお待たせしたとあっちゃウチが潰れちまう。ほら行った行った」


 宿の女将にバシッと一発背中を叩かれて、入口へと向かう。


 そして目にしたのは二頭の馬が繋がれた高級感溢れる馬車。

 それに俺に向かって優雅に一礼する執事服の男。


「お迎えに上がりました、クオン様」


 ああ、クソ。コイツら俺の名前も容姿も既に把握してやがる。


 言外に自分達は既に貴様の情報を把握しているのだぞと優位な立場を主張する相手。湧き上がる嫌悪感と奇妙さが合わさって自らの背筋が寒くなるのを感じた。


「……何処かに招待された覚えも、招待した覚えも俺にはないんですがね」


「サプライズ、ということでここは一つ」


「断っても?」


「……ほう」


 ギロリと眼光を鋭くする執事服の男。その瞳は安易にお前に断る度胸があるのかと言っている。


「いや誰からの招待からも聞いてないですし」


 まず名乗れ。俺は貴様らなぞ知らんぞと言外に告げる。煽ってるわけではないのだ、本当についさっき宿屋の女将に聞いただけの情報しかないし。


(レア、ベンデルーン商会って知ってる?)


『いえ、私の知識にはありませんね』


 レアに聞いてもこれだ。俺にとってはいきなり現れたミカとかと同レベルの存在だ。アイツの方がまだ名乗っただけマシレベル。不信感が募るのも仕方ないだろう。


「……失礼致しました。私はベンデルーン商会長、ルミナ・ベンデルーン様の第三秘書を勤めさせていただいております、イルミーノと申します。以後お見知り置きを」


 以後はお見知り置きしません。第三秘書とか秘書なんて一人でいいでしょ。商会長とか言ってるし。怖いから嫌です。


「で、そのイルミーノさんは俺に何の用すか?」


「先程も申し上げた通り、商会長ルミナ様の命に従い、お迎えに上がりました」


「何で俺が呼ばれたんすか?」


「さぁ? それはルミナ様の御命令に従ったまでの私にはなんとも」


 コイツ大丈夫か? 報告連絡相談、報連相が上司とできてないんじゃない。社会人しっかりしてくれよ。

 いや知ってて言わないだけの可能性の方が高いのは重々把握してるんだけどさ。こんな怪しい態度を取られれば、軽口の一つも言いたくもなる。


『舐められてますね』


(あっ、やっぱり?)


『この態度を見て舐められていないと感じる方が稀有ではないかと。客人としての招待でこの態度は主人の品格を疑われますよ。ほら、フィアも腰袋から睨んでますし、ヒトヨも同じくです。アイヴィスに至っては私の中で拳を素振りしてます』


(怖いね)


『まぁしょうがなくもあります。クオンは肩書きも、見た目も、実力も、敬意を払うべきものは一つもありませんから』


(おい、この世界に呼び出した張本人がいっていい台詞じゃないだろ)


 事実だとしても傷つかないわけではないからな。……俺ってそんな見所ないかな?


『仕方はない、ですが許せるかどうかは別です。単純に気に食わないですね』


 やだかっこいい。


『この男を連れて上空に転移して、この男を置いて私たちだけ再度地面に転移しましょう』


 バイオレンスにも程があるだろ……。大事な魔力をこんな場所で使おうとするなよ。


「はぁ、まぁ行きますよ」


 周囲が優しくて、俺のために怒ってくれている。それだけで溜飲が下がる。

 呆れるように、蜜を吸うように、俺は享受する。その優しさを。


 正直、俺は精神安定の力か怒りみたいなもんが込み上げてきていないのだが。


 それでも、彼女らが怒ってくれているのだから、


「それがいいでしょう」


「ただーーイルミーノさんの行動一つ一つには主人の責任が付き纏うもんすよ」


 一言、苦言を呈すことぐらいは許してほしい。


「……行きましょうか」


 少しこめかみがピクついただろうか。まあこれ以上はいいや。怖いし。


 ああ、少し遅れてしまうかもしれないとバードニックさんに申し訳なく思いつつ、俺は馬車に乗り込んだ。




 *




 そうして馬車に乗り、案内された先、何とも立派な建物のその一室。


 俺たちをたっぷり待たせてから登場したこの城の主人が俺を見据えて、


「やあ、初めまして。Dランク冒険者クオン。僕はベンデルーン商会会長をやらせてもらっているルミナ・ベンデルーンさ」


 偉そうにそう口にした。



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