38 バードニックの過去
「す、すみませーん!」
五十回四セット、計二百回の素振りを終え、ガチガチになった腕と手を一時間ほど休めてから、約束通りバードニックの店にやってきた。ちなみに素振りの回数は初日なのとアイヴィスの起きる時間が遅れたから回数を少なめにしたらしく、明日以降さらに増えるらしい。
……泣き言言わないようにレアに揶揄われたが、言っちゃうかもしれない。
「来た……じゃない。来てくれましたね」
奥からいつもと異なり、ゆっくりと慌ただしくなく姿を見せたバードニックさん。ただ口調だけは相変わらず不自然極まりない。
「まっ、なるべく守るって言いましたし」
「……じゃあ早速依頼をお願いしても?」
今日はどうやら世間話すら、許してくれないようだ。焦っているのだろうか、それともなにかを隠しているのだろうか。
なんて疑ったところで俺に解を出す権限はない。正解だろうと誤解だろうと解を出す権限を持つのは目の前の女性ただ一人。
だから兎にも角にも話を聞こう。いや聞かせてもらおう。
視線で話の先を促して、俺はカウンターの前に用意されていた椅子に腰掛けた。
そんな俺を見届けてから、彼女もカウンターの後ろの席に座った。
「魔道具製作を好きになったのは十の頃だった」
突如始まった独白。されど俺は口を挟まず、ただ風に身を任せる旗のように話を聞いていた。
口調もいつもと違う。時々姿を見せていた素の口調。
「けどよ、何も考えずにただ作っていられたのは五年もなかった。両親が居なくなって、店を考えなきゃいけなくて、ずっとそこからは義務的に店の成長だけを考えて」
感情を押し殺すように、本性を噛み殺すように、ただ真っ直ぐに俺を見つめる瞳。
そんな瞳から俺は目を逸らさない。
*
それは少女の物語だった。
両親が営む商会、大商会とは言えずともリピーターも多い地元の味方。そんな地域に愛される商会。
そこに生まれた姉と妹。姉は十の頃に物を作ることに芽生え、妹は八つの頃には巧みな話術を覚え始めていた。
才のある娘達に、優しい両親。幸せで幸せで、夢のある家族。周りにいた誰もがそう思っていた。
だが、幸せはあっけなく壊れ、崩れ、散る。桜が散るよりもずっとあっけなく、季節を感じる暇もなく、そして何よりーーもう戻りやしない。
この世界ではなんてことはない。魔物に襲われる事故。しかし、当事者にとってはあまりにも残酷な悲劇。
残ったのは姉と妹。そして、形見がわりの商会だけ。
姉妹協力し、形見を残すことを決めたのは当然の帰結だったかもしれない。幸せであった、幸せがあったその場所は、かけがえのない思い出の地。失いたくない。失くしたくない。
姉が物を作り、妹が交渉する。単純な分担作業。
だが各々才ある二人には効果的面に決まっている。
質の良い物を安く作り、高く売る。
阻もうとするライバルは妹が話をつけた。同じ製品ならば姉の作る商品が優った。交渉は簡単だった。
自ずと商会は大きくなる。父と母がいた頃よりもずっと、ずっと。規模が広がっていく。街の外へと範囲を広げていく。
違和感が生まれる。求めてきたものとの相違。
姉が気付く。いつしか目標が、手段が、変わっていたことに。
最初はただ、幸せを守りたかった。思い出を守りたかった。守るために、商会を継いだ。
だがいつしか変わっていた。思い出の地は商会を大きくする、そのための土台となっていた。
間違っている。姉妹の求めた場所とは異なる場所が出来上がっていく。
だから、彼女はその場所を去った。
思い出の地。そこを去るにはそれなりの覚悟が必要であったに違いない。だがそれでも、彼女は自分がいるからダメなのだと、安易に魔道具を作れてしまう自分がいるからダメなのだとーー不器用な彼女はそう判断したのだ。
故にーー去った。
そして反旗を翻すかのように、同じ街でこのバードニックの店を始めたのだ。
*
「気に食わなかった。でもよ、それでも妹だ。ウチら同士であの場所を奪い合うなんて親父達も望んでないだろうしよ」
語り終わったバードニックさんは、スッキリしたような表情で俺にはにかんだ。
うん、はにかむのは良いんだけどさ。
「あの素の口調っぽいの出てますよ」
「……?」
いや、そんな笑顔で首傾げても誤魔化せないから。いや可愛いけどね。
「で、バードニックさんの最後の依頼は何なんですか?」
「? 特にねぇよ」
何言ってんだコイツみたいな目で見ないで欲しい。おかしいのは俺じゃないから。
「じゃあなんで呼んだの?」
「ただ愚痴聞いて欲しかったじゃダメか?」
「いやダメでしょ」
あんな三日後って意味深に言っておいて何も無いじゃ、納得できないだろ。告白の返事かなって思ってたら、もう少し返事待ってって言われた気分。すごいもやもやする。
「はぁ、嘘だよ。つか、この喋り方でもういいよな」
「お好きに」
「戻せって言っても遅いからな」
誰も戻せとか言ってないから。むしろ勝手にしてくれ。
ただ雰囲気がポワポワ系なのに乱暴な言葉遣いって面白いとは思う。ミシェルとはまた別方向な感じで。あー、魔晶石返さないとなぁ。
「どうして口調変えてたんすか?」
「ずっと家族からも、知人からもこの喋り方は商売人らしく……女性らしく無いって言われてたからな。喋り方は商売人にとって武器の一つだ。だから受けが良さそうなのに変えて、気を許したやつ以外にはああ接してたんだよ」
「ふーん」
一見すると粗暴に感じるかも知れないその喋り方。見た目と合っているとも女性らしいとも決して言えやしないだろう。
だが、前の喋り方よりもあどけなさとでも言えばいいのか、偽らざる彼女が見れて俺的には好ましく思える。……まぁそれを彼女本人に伝えることはしないが。何でって……冗談じゃなく真面目に褒めるのは照れくさいしな。
「おっ、じゃあつまり俺に多少は気を許してくれたってことすか?」
「ばっかじゃねぇの? 依頼をなんでも受けてくれる都合のいい男に隠す必要もないだけだ。マジでそういうのキモいぞ」
照れを顔に浮かべることなどなく、ただ冷めたような表情で突き放された。
ひでぇ。アッシー君とかサイフくんとかと同じ扱いだ。キャバ嬢にモテる男みたいで凄い嫌。裏でめちゃくちゃ悪口言われてそう。
いや普通に面と向かってキモいって言われてるわ。傷付くからやめろ。
『ああ無警戒に何度も個別依頼を受けていてはそう思われても仕方ないかと』
お前は庇ってくれよ。
「まぁ期待してなかったんでいいですけど。で、俺に何のようだったんですか」
「あぁ、それな。実は今日、今までお前に取ってきてもらった素材で魔道具が完成する予定だったんだが……。悪りぃな、ちょっと苦戦しててな。明日、今日と同じ時間帯にまた来てくれ」
「くれるんですか? バードニックさんって意外と太っ腹ですよね」
「誰が太っ腹だって?」
「いや、腹周りのことを言ってるわけじゃ……グヘッ!」
「腹見てんじゃねぇ!」
腹を抑え、蹲る俺。見下ろすバードニックさん。そんな俺たちを見てレアが苦笑している。
性格変わりすぎだろアンタ……しかも強ぇ……。パンチ重すぎだろ……。
「試作品みたいなもんだけどな。…………まぁ、やるよ」
腹を抑え蹲ったままの俺を見下ろしながらバードニックさんが若干の照れを含みながら告げる。照れてるのはいいんだけど、せめて俺が見えるときにしてくれ……。殴られ損にも程がある。
「じゃ、じゃあ、また明日来ます」
「おう、そういうこと。ああせっかくだからこのあと飯でも行こうぜ。お前の奢りで」
「前の口調に戻ってくれませんか?」
「嘘だよ。奢ってやっから飯行こうぜ」
「……うっす」
閉店作業もこのボロボロの店には必要ない。バードニックさんはお店を出て行った。
『疑っていましたが……隠し事とか出来なさそうな方ですね。個別依頼も特に理由がないのでは?』
「……どう、なんだろうな」
俺は言葉を濁し、ただ大きく感じる彼女の背中を見つめた。
「おい! 早く来いよ!」
「今行きますよ!」
俺も店を出て、若干ハイテンションに前を歩き始めたバードニックさんの後を追った。




