あの日
【五月二日 六時】
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
耳を劈くような痛い悲鳴によって、私は目を覚ました。悲鳴は、お母さんの声だ。
眠い目を擦りながら、私は状況を確認する。私には綺麗に毛布が掛けられていた。
外からは、雨の降る音が聞こえた。家の中にいても聞こえるくらいなのだから相当降っているみたいだ。
眠い目を擦り憂鬱な気持ちで上半身を起こすと、頭にズキッとした痛みが広がる。
「あれ……?」
私は違和感を感じた。
どうして私は呑気に眠っていたの?
記憶を思い返す。
夜、私はこの部屋で時間が過ぎるのを憂鬱に感じながらベットに寝転がっていた。そして、翔太が勝手に入ってきた。翔太は、私にスープを作ったから飲んで欲しいと頼んだ。私は断れなくて飲んだ。味は凄く美味しかった、インスタントだけど。
そして翔太が去った後、私はまたベットで寝転がった。毛布は足下に置いてあっただけのはずだ。そこからもう記憶がない。
「さっきの悲鳴は……?」
まさか、と思った。血の気が引いていく。若干私に残っていた眠気は消えた。
お母さんの悲鳴が聞こえた方へと向かうため、ベットから腰を上げようとした。だが、足が震えて上手く立ち上がれない。
「春紀っ! 春紀!」
ドンドンドン、とドアが壊れるのではないかと思うほどの勢いで叩かれる。
「お父さん?」
「良かった……お前も無事か」
ドサッと音がした。
「何が……あったの?」
違うことであって欲しい、そう願った。しかし――。
「死んでる、殺され……由紀が……」
現実は残酷だった。
***
【五月一日 午前十時】
「うわ、ビックリした」
私が家に戻ると、玄関で待ち構えるお姉ちゃんがいた。
「おかえり、春紀……あれ翔太君は?」
お姉ちゃんは首を傾げる。
「翔太はもう少し外おるって。それに言い難いことだったら、私だけの方がいいんかなって思ったけど……呼んだ方が良かった?」
「あ、いや……まぁ後からでもいいかな」
仕方ないといった表情で、お姉ちゃんは腕を組んだ。
「電話じゃ言いづらいことって何なん?」
私は本題を切り出す。
「……ここでも言いづらいけん、ちょっと私の部屋来て」
「う、うん」
こんなにテンションが低いと、こっちの調子が狂ってしまう。一体何なんだろうと思いながら、私はお姉ちゃんの部屋へと向かった。
部屋は真っ暗だった。遮光カーテンだから入ってくる光が少ないのだ。
「よし、ここなら大丈夫ね」
お姉ちゃんは、小さく息を吐いてそう言った。外でも話せず、玄関でも話せないようなこととは一体何なのだろう? 私は不安な気持ちになった。お姉ちゃんが何か悪いことを企んでいるのでは……そう感じた。
「ねぇ、はよ教えてや」
段々と大きくなってくる胸騒ぎを落ち着せたくて、お姉ちゃんを急かす。
「……私を殺して」
時が止まった。お姉ちゃんは一体何を言っているのだろう? 私を殺して? 冗談ではないと思いたいけど、お姉ちゃんの声色や僅かに見える表情からは、そうは見えない。
「冗談でしょ?」
混乱する私の口から出た、最初の言葉はこれだ。もし、これでお姉ちゃんが否定してくれたら――
「ううん、本気。もう限界なの、私の死を持って家族に復讐してやるの」
「復讐……?」
ドンッと音がした。お姉ちゃんが壁を殴ったのだ。
「父さんは私を縛る。母さんは楽器の才能がない私を疎ましいって言う。勝紀は私のせいで家族が壊れたんだって言う。親戚の人も皆私を腫れ物みたいに……全部私のせい。それに一族皆でグルになって、変な噂いっぱい流して……証拠は掴んだけど、向こうの方が力強くて私にはもう何も出来ない」
お姉ちゃんは何度も何度も壁を殴る。
「最近それが酷くなって……変な目で見られて、悪口言われて……居場所がなくて……絶対に許さない。許せる訳がない。殺してやろうって思ってた。だけど皆は殺せない。一族の名を汚してやるくらいのことじゃないし駄目。なら逆は? 私を家族の誰かが殺したら? いくらゴミみたいな奴らでもそれはどうにも出来ない。そこまでのお金も権利もないしね。だから、殺して?」
壁を殴るのを止めたお姉ちゃんは振り返る。
「……無理、無理」
私は首を振った。
「大丈夫、あんたが私を殺したことにはせんかったらええんじゃけ。そうじゃねぇ、犯人を他の誰かを仕立てればいいんじゃけ、勝紀とか」
「え……何言っとん?」
***
【五月二日 午前六時】
全部全部冗談だったら良かったのに。私はお風呂場で絶句した。
真っ赤に染まった浴槽の中で、お姉ちゃんは安らかな表情で眠るように死んでいた。胸部には、包丁が突き立てられていた。
お父さんは警察に電話をしてくれているが、この島に警察がいないので本島から来る。しかし、悪天候のため来るのは遅くなりそうな気がした。
お母さんは座り込んで震えている。勝紀は、私が来る前にトイレに駆け込んで行ったきりらしい。
「翔太は?」
「ここには来とらんよ……」
お母さんは、そう力なく返答した。
まだ呑気に寝ているだけだと思ったが、少し怖くなった私は翔太を起こしにいってみることにした。




