前兆
どうもこんにちは、八折伏木です。
結局いつも通り数ヶ月空きの投稿になってしまいましたが......次回でこの幕間、「水族館編」は終わる予定です。その次はいよいよ新章に入っていこうと考えていますのでとりあえず今は年内には絶対に幕間を書き切ることを目標にしています。
それでは、本文をお楽しみください。
登場人物
夜警団団員・・・透鮫 愛渦
霊場 照陰
亜達区の令嬢・・・潤虎 冷香
水族館の召使・・・八香
學香
知香
調香
水族館での初日を終え、學香とも少し打ち解けられた照陰と愛渦。二日目となる今日は午前の業務についての手解きを受けるところから始まる。
「ふあぁ……」
「おはよう、随分眠たそうだねラブカ」
「んん……きのうあのあと……マナカちゃんといろいろおはなししてて……」
「ああ、そうだったんだ……って何時くらいまで?僕がお先にって寝に言った時にはもう23時は回ってたはずだけど」
「わかんにゃい……」
「余程だな……それほど気が合ったのはいいことではあるけど」
愛渦の休んでいた部屋の前で話していると、途中で學香も合流した。
「おお、2人ともちゃんと起きてんな!おはよう!……おお、似合ってるじゃねぇか!」
今日は2人とも贈られた制服を着用しての勤務だった。
「おはよう、マナカ。ありがとう……正直、まだ慣れないけど」
「おはよう〜……着るのむずかしいんだねぇ、このふくぅ……」
「おいおい大丈夫か?だからそろそろ寝た方が良いってあれだけ言ったのに……ほら、しゃんと立て。リボン、少し結びが緩いぞ……」
學香は心配そうに愛渦の頭を撫でた後、愛渦の制服の着こなしを直してあげている。
「全く、ボヤボヤして怪我なんかすんじゃねぇぞ?」
「うん……きぉつけるぅ……」
「まるで姉妹だな……いや、もはや母子か……」
「んぁ?ボソボソ何言ってんだ?」
「何でもない、そろそろ行こうよ。八香さんを待たせちゃ悪いし」
「お、そうだな。ほら行くぞ〜ラブカ」
(……すっかり仲良くなってるな。同じ名前同士だと距離が近付くのも早いものなんだろうか)
まだ眠気の覚めない愛渦を引き摺りながら、昨日研修を受けたのと同じ部屋へ向かう。扉を開けると、ちょうど八香が準備を終えたところだったようだ。
「おや、ちょうど準備が終わったので皆さんをお呼びしようとしていたところでした!皆さん優秀ですね〜それじゃあ早速始めちゃいましょうか〜」
どうやらタイミング良く合流できたようで、3人が部屋に着いてそのまま午前の業務に関しての研修が始まった。30分程で講義は終わり、その後すぐに午前の業務にあたる予定だった……が変更があったらしい。
「すみません、本来このまま午前の業務に入っていただく予定だったのですが……ちょっとした問題が発生しまして。3人には買い出しをお願いしたいのです」
「買い出し……ですか。具体的には何をでしょうか?」
「それはですねぇ、この後リストを作って3人の端末に送らせていただきます〜。とりあえずまずは買い出し用の費用をこちらでお出しするので事務室の方へ向かっていただけますか?水族館の財政担当がいますので、そちらにこのことを伝えてください」
「分かりました、すぐに向かいます」
3人で事務室に向かい、財政担当だという知香という人に会いに来た……が事務室内に人影が見当たらなかった。
「……誰もいないね」
「いないねぇ」
「変ですね、いつも知香先輩がここでカタカタとお仕事している筈なのですが……」
部屋の中には書類の束が重なっているのとコンピューターが備え付けられており、いかにも事務室……といった様相だ。しかし部屋の中央にあるデスクには居るはずの人がいない。どこへ行ったのだろうか。
「妙だ…………な?」
照陰がデスクの方へ向かったまま止まってしまった。
「レイン?どったの?」
「マナカ」
「はい?どうしましたか?」
「医療の担当者はいるのかな」
そう聞かれて學香が何かを察したのかすぐにデスクの側に駆け寄る。そこには亜人族……と思われる人物が倒れ込んでいた。しかも顔色が悪く、明らかに何か異常をきたしている。
「そんな……知香先輩!しっかり……一体何が……!」
「マナカ、焦るのは分かるけどとにかく知香さんを診られる人を呼ばないと」
「あっ、そっ……そうだな!えっと……コールボタン、コールボタン!」
學香が館内の全部屋に備え付けになっている非常事態を知らせる通知ボタンを押した。
「これ……マズイね……毒性物質を摂取してる」
「症状は重篤ですの?」
コールボタンを押してから1分と経たないうちに冷香と医療担当の調香が部屋に到着した。他の召使達も続々と集まり始めている。
「それは問題ありませんよ、これは亜人族に対してかなりの効果を発揮する毒性物質ですが……現在は解毒用の抗生物質も開発済みですから。と言っても発見が遅ければ死に至りますが……運が良かった」
そう言いながらも持ってきた鞄の中から注射器と瓶をを取り出し、中の液体を注射した。
「問題は……先程も言いましたが、これは亜人族に特効性のある毒です。つまりは……」
「……この水族館に対して明らかに悪意をもって使用されている、と言いたいのね?」
「そうなります、そして誰がそんなことをするか……ということですね」
最後の召使が到着したのを確認した冷香が改めて人数を確認し、全員講堂に集まるように指示した。照陰達もそれに従い移動しようとしたが、途中で冷香に呼び止められた。
「……ごめんなさいね、何やら不穏なことに巻き込んでしまって」
冷香の執務室に照陰と愛渦の2人だけが呼び出されていた。
「……いえ、とんでもないです」
「貴方は、察しが良さそうだから……私が2人を呼んだ理由も分かっているかしら」
照陰は驚いた様子もなく、当然であるかのように答えた。
「少し……疑っているんですよね。僕たちのことを」
「え……えっ?あたしたち、そんな……!」
「落ち着いて、ラブカ。本気で犯人だと思っているならわざわざ冷香さんと3人だけになるようなことはしないよ。まだ本格的に疑われてるわけじゃない」
「そう、その通りよ。今はまだ、ほんの少しの疑いがあるに過ぎないわ……立場上私が疑いをかけられるのは貴方達だけだから。召使達を疑うわけにはいかないもの……だからといって、貴方達を犯人だと疑うことも本当はしたくない。學香と一晩で打ち解けてくれた、貴方達のことをね」
冷香は窓の外を見る。
「とはいえ、状況的にね……貴方達が来た翌日に起こってしまったことだから。どうしても完全に貴方達をフリーにするわけにはいかないの」
「……それで潔白を証明できるのなら、僕達は水族館の指示に全て従います」
「感謝するわ、とにかく一通りの調査が済むまでは……照陰。貴方の部屋で2人で待機していて頂戴」
「分かりました、調査が円滑に進むことを信じます」
「もちろんそれはこちらも努力するわ。申し訳ないけど少し時間を貰うわね」
______約30分後、照陰に割り当てられた部屋。
「……駄目だ、いくら考えたところでそりゃ……分かる訳無いんだけど」
部屋で待機しているよう冷香に指示されて以降、ずっと照陰は今回の件について考え続けていた。知香に使用された毒……医療担当の話によると亜人族に特別効果を発揮する毒薬。第一発見者は照陰・愛渦・學香……もっと言えば照陰が最初に気付いた。
「あの時点でどのくらい時間が経っていたんだろう……調香さんは発見が遅れていたらまずかったような言い方をしていたけど……もしかしたら僕達が予定が変わって事務室に行くことが無かったら……」
照陰はうっすら疑問に感じた。「たまたま予定が変わって行った場所で被害者を見つけて第一発見者になる」なんてどんな確率だろうか。もしそこに犯人の思惑があったなら……。
「もしかして、最初から殺すつもりは無かった?死なない程度に調整……そんなことが可能なのか?」
「ねぇ……ナニひとりごと言ってんの、れいん〜……」
「……ラブカ、起きたの。まだ30分しか経ってないよ……多分まだ寝てても大丈夫」
愛渦は“ただ待つ“ということに耐えきれなかったようで元々眠かったのもあり仮眠をとっていた。まだ調査段階とはいえ犯人だと疑われているのに寝ていられる愛渦の切り替えの早さが照陰は少し羨ましかった。愛渦は聞いていたのかいないのか分からないが頷くとまた布団に潜った。
「……はぁ、考え過ぎかな。僕も少し休んでおいた方がいいか……」
照陰もまた、仮眠をとることにした。
「___……い…………〜い!……お〜い、照陰!」
「……ん、あれ」
椅子に座って仮眠をとっていた照陰を起こしてくれたのは學香だった。ここに来たということは調査が終わったのだろうか。照陰は時計を確認すると約2時間経っていた。
「……2時間も寝てたのか。おはよう、マナカ」
「おっ、流石だな!パッと見寝覚め良さそうだもんな、照陰は」
學香は照陰を起こした後、愛渦の方を見るとそちらはまだ完璧に熟睡しており起こさない限りそのまま眠り続けていそうだ。
「……あっちは起こすのに苦労しそうだな」
「……で、僕達を呼び出しに来たってことは調査はひとまず済んだってことでいいのかな」
「おう、その辺はお嬢様が直々に説明してくれると思うぜ」
「分かった、つまりこの後冷香さんの執務室に行くんだね」
「いや……書斎に連れてきてくれって命じられてる」
「書斎……何か調べ物も並行してるんだろうか。行けば分かるか」
「おう、多分わかるだろ」
その後熟睡している愛渦をなんとか起こし、3人は書斎へ向かった。
「よし、書斎はここだぞ」
學香の案内に従い書斎の前に着いたが扉は開きっぱなしだった。學香はもう一つ頼まれていることがあるそうでここで別の部屋へ向かった。一応扉をコンコンと叩いて入る。
「失礼します……冷香さん?」
書斎の中はかなり広く、ちょっとした図書館の様相だった。少し大きな声で呼んでもいいものか照陰が迷っていると奥の方から冷香の声がした。
「ごめんなさいね、少々調べたいことがあって……」
次の瞬間、足元に氷のレールのようなものが現れた。
「その道標に従ってこちらに来て頂戴、少し道順が分かりづらいの」
どうやら冷香が出したものらしい。2人は道標に沿って進み、いくつか数段の短い階段を上り下りして冷香の元へ辿り着いた。
「とんでもない広さですね……全て冷香さんの蔵書ですか?」
「えぇ、まぁ……。でも私の、というより歴代当主の蔵書が全て収められている感じね。今は……少し、ここ亜達区の歴史や過去に起こった出来事を見ていたの」
「過去の出来事を?それはまた何故です?」
「そうね……まずは先程知香に対して使用された毒薬についてなのだけれど、調香が言っていた通り亜人族に対して特別効力を発揮するもので間違いなかったわ。でもこんな薬、現在はそもそもが政府機関によって使用禁止が定められているものだから……どんなものかを調べようにも過去の例を見るしかなくて」
「それで過去の事例……ですか。確かに、現在使用自体が規制されているなら過去の記録を見てみるしかない。それで……調査は一旦済んだと聞きましたが、僕達の疑いはどうなったのでしょうか」
「ひとまず晴れたわ。今後はまた八香指示のもと動いてもらう形に戻ってもらえるかしら」
照陰は特に表情を崩さず「分かりました」と答えたが、愛渦の方は息を吐いて安心していた。
「……そうだ……それとはまた別に少しいいでしょうか」
「大丈夫よ、記録を見ながらになるけど……話は聞けるわ」
「ありがとうございます、先程の待機時間中いくつか疑問に思ったことを考えていたのですが……その中でも特に気になったことがひとつありまして」
「何かしら」
「僕達が被害者の知香さんのいる部屋を訪れたタイミングが……良過ぎたのではないかと」
冷香はページを捲る手を止め、照陰の方を見た。
「……それはどういうことかしら?場合によっては貴方達の疑惑が再び浮上することになりかねないわよ?」
「承知の上です。考えてみれば、知香さんが死なない程度に弱っているタイミングで僕達が発見できたのは……本当に“運が良かった“だけなのかなと。調香さんが運が良かったねと言っていたのを思い出して少々疑問に思ったのが発端です」
冷香は一度本を閉じ、口元に手を当てて考え始めた。
「そう……そうね、そう言われてみれば……少し都合が良いように思えるわね」
「はい、それで思ったんですが……あの時起こった“予定外“というのは何だったんですか?」
「それは……今日対談予定だったとある人物の希望した食事の準備をしてもらうつもりだったの」
「食事?」
「ええ、勿論一般的な範囲ならどんな好みの来客にも対応できるよう色んな食材は揃えてあったのだけれど……少し先方の趣向が変わっていてね」
冷香はそこまで言って何かに気付いたようだった。
「そう……まさかだけど、そういう可能性もあるのね……」
「……冷香さん?何か思い当たることでもあったんですか?」
「……その対談予定だった人物だけどね、先程突然キャンセルを申し出てきたの。いえ……まさかとは思うのだけれど」
「それは……その人物とは面識は?」
「一度だけ。少なくとも、こちらのことは商売敵としか見てないような人だった」
照陰と冷香は黙って考え込んでしまった。2人の会話を聞いていた愛渦は何が何やらさっぱりだった。
「え〜っとぉ……ドウイウコト……??」
「ああ、ごめんラブカ。つまりはその会う予定だった人物が今回の件を仕組んだかもしれないってこと」
「しくんだって……あの毒を!?」
「まだ確証はないけどね、もしかしたらだよ」
「でも……頭の片隅に置いておく必要があるわ。容疑者の1人にはなってくるもの」
「そうですね……現時点だとまだ何とも言えませんが可能性のひとつとして考えるべきです」
「以前一度会った時の記録がどこかに残っている筈......そちらも調べておくわね。ありがとう.......新たな視点を貰ったわ」
「いえ……自分なりの考察を伝えただけです。では、僕達も業務に戻ります」
「ええ、お願いね」
照陰と愛渦は書斎を後にし、八香のもとに行こうとした……が。
「……見つからないな。というより全然他の召使さん達と会わないな……何でだ?」
照陰達は書斎を出てからまっすぐ八香が今作業中の部屋へ向かっていた。いくら館内が広いといえど、数分歩き続けているというのは明らかに異常だった。
「一体どうなって……」
「レイン、しゃがんで!」
愛渦が突然照陰を押し倒しながら飛び込んできた。そのまま2人は床に倒れ込んだが、その少々上……立ったままそこにいたなら心臓を貫かれていたであろう位置を棒状の何かが通り抜けていった。
「なっ……!」
「危なかった……!きゅうになんなの!?」
「ありがとう、ラブカ。反応が少しでも遅れてたら怪我じゃ済まなかった」
すぐに立ち上がり2人とも臨戦態勢をとる。すると床に伸びた影から人の形をしたモノがぬるりと出てきた。
「オォ〜…………ったくよぉ〜、邪魔になりそうなめんどくせぇのがいたら消しとけってアイツに言われたからよぉ〜……わりぃが不確定要素でしかねぇオメェらはここで死んでもらうぜ〜……」
「不確定要素……?何の話だ」
「おぉ〜っとぉ……そりゃあ言うわけねぇだろぉ……大人しく死んでくれやぁ……」
「そりゃそうだ。まぁ大人しく死ぬつもりなんてさらさら無いけど」
照陰が鎖を複数展開し如何様にも対応できるように構える。愛渦はそれを見て姿を消し、相手の視界から消えた。
「んだぁ〜?消す前に勝手に物理的に消えやがって……もう既にめんどくせぇじゃねぇかよぉ〜……オイ」
声質からして恐らく男だと思われるその影は再び床の影に溶け込んで消えてしまった。
「……こっちからすりゃお前の方がよっぽど面倒だし……厄介だよ、全く」
照陰は集中し、周りの気配に敏感になるよう努めた。敵がいつ、どこから飛び出してくるかが全く予想がつかないからだ。
(あの影に溶け込む“力“……が厄介なのもそうだけど明らかに周りの状況も変だ。まるで廊下が何倍にも引き延ばされているような……)
「……ラブカ、そのまま黙って聞いてくれ。恐らくだけどコイツの他にまだもう1人以上は発現者がいると思う。勿論アイツにも聞こえてるだろうけど、構いやしない。短期決戦でやるよ」
返事のかわりに照陰の腰あたりにトントンと軽い感触があった。照陰は反応せず、何事もなかったように振る舞い鎖を出し直した。
(来るなら来い......)
照陰の先ほどの発言には愛渦との共有もあるが別の狙いがあった。あえて敵に聞こえても構わないという声量で話したのは聞かせることで敵が一歩引くのではないかと考えてのことだった。
(正直僕ら2人だけじゃ戦力としては心許ない……できれば召使の先輩達の誰かと合流したい。その時間さえ稼げればいい)
「くっくっくっくっ……」
「……?」
不敵な笑い声だけは聞こえてくるが敵の姿は見えない。
「分かるぞぉ〜お前……時間稼ぎ、しようとしてるだろぉ〜」
(……バレてたか)
「無駄だぞぉ、今この廊下は俺が引っ張ってるからなぁ……だぁれも入ってこれやしねぇさ」
「ご丁寧に教えてくれてどうも……それがお前の力か。恐らくは影そのものに干渉する能力……ってところかな」
「ああ?別に俺は影とは一言も言ってねぇぞぉ……?」
「さっき自分で影を使ってたじゃないか。それともあの影に溶け込むように消えていったのは無意識だったのかな」
図星だったのだろうか、謎の沈黙と間があった。
「……チッ、時間か」
「……何?」
「じゃあな、面倒くせぇガキども。次は殺すぞ」
数瞬の後、見た目に変化はなかったが体感で廊下が元に戻った感覚があった。敵の気配も消えていた。
「……いなくなっちゃった、何だったんだろうね?」
「さぁ、分からない……とりあえず報告しないとね」
周りを見渡して改めて館内のどの位置なのかを把握していたところ、パタパタと小走りで近付いてくる人影が見えた。
「あ、いたいたいました〜!も〜迷子さんになってたんですか〜?」
「あ、八香さん……先程まで謎の賊に襲われていました。正体も顔すらも不明ですが……少なくとも誰にも気付かれずにこの館に侵入してきています」
「……ええ!?お二人ともお怪我はないですか?その賊はどちらに?」
「すみません、見失ってしまいました。僕達2人では少々心許なかったので誰かが合流するまで時間を稼ごうとしたのですが……敵の能力で逃げられてしまいました」
「そうでしたか……謝る必要なんて無いですからね!よく無事でいてくれました、その賊は追跡が得意な子に任せましょう」
「お願いします」
照陰と愛渦は元々合流予定だった八香と共に次の業務にあたった。あまりに色々なことが起こった2日目の業務だったがその後は特に何事もなく時間が過ぎ、それぞれに割り当てられた仕事をこなした。
それぞれの部屋に戻り床に就いた後、照陰はしばらく眠れずに考え込んでしまっていた。
「あの影の男……結局何がしたかったんだ……?僕達を消しに出てきたとは言ってたけど結果何も手を出さず撤退……最後に言ってた時間というのは能力の制限時間の話かそれとも別に何かあったのか……」
普通の業務が続くかと思いきや知香が倒れているのを発見し一時的に疑いがかかり、自分たちの疑いが晴れたと思いきや犯人……の一味らしき謎の人物が突然現れ消えた。物事が突然起きては過ぎ去っていく。いちいち整理している暇も無かった。
「......全く、何がなんだか......」
思考を一度止めてリセットしようと寝転んだ状態で右手で視界を覆い真っ暗にする。こうして落ち着いて考えてみると少し見えてきたような......気がする、ので照陰は思考が散らかった時はいつもこうして自らを落ち着かせていた。
「......そういえば今日は聞く暇が無かったけど結局今日冷香さんに会う予定だった人ってのはどうなったんだろう......もし後ろめたいことがあるならリスケしてわざわざもう1回会いに来るってことはしないと思うけど」
______冷香の執務室にて
「......それはどういう意味かしら。返答次第では今すぐにでも貴方の所へ"お話"しに伺わなくちゃいけないのだけれど」
『そのままの意味さ、お嬢さん。君を狙ったつもりがうっかり君の召使に毒を盛る結果になってしまった挙句結局生き残ってしまっていたのは誤算だったがね』
「私が何故ご冷嬢などと呼ばれているのか貴方に教えてさしあげてもいいのだけど、まだ私を挑発する戯れの可能性もありますわね。どうやって貴方の所業を説明するつもりかしら?」
『.....いいのかね?今ここで見逃せば私は今度こそ君を始末しにかかる。次は殺しきれなかった.....なんてことにはしないが』
「証明してと言っているの。証拠もなしに貴方の首を噛み切ったとあっては私の威信に関わりますもの」
冷香は通話相手の声と態度に苛立ちながらも声を荒らげたりはせず、あくまでも冷静に対応している。もしかしたら耳が早い商売敵の煽りの可能性も捨てきれない為だ。
『ハッハッハッ......先程までのお淑やかなレディらしい態度はもはや消えつつあるな、亜達区のご冷嬢様。.....まぁいいだろう、君が憤慨してこちらに突撃してくる表情も見てみたいものだ』
その後数分、冷香は黙って通話相手の説明を聞いていた。相手が言葉を発する度、冷香の周囲の温度が下がっていくのを少し毛羽立ったまま凍りついた絨毯が示していた。
次の日もまた次の日も、2日間特に何も起こることなく業務は滞りなく終わった。4日目の業務が終わった夜、照陰と愛渦は八香に呼び出されていた。
「お二人とも、まずは色々あった中で4日間の業務をこなしていただきありがとうございます。さて、お呼び出ししたのは2日目にお二人が遭遇した賊についてなのですが」
「何か分かったのでしょうか?」
そのことはかなり気になっていた為照陰は珍しく少し食い気味に反応してしまった。
「えっとですねぇ.....結論から言いますと、全く分かりませんでした。正体はもちろんのことですが.....侵入経路も、手段も不明。調査が得意な子に色々と調べてもらったのですが......照陰くんが言っていた賊の発現能力で入ってきたのだろう、という推測しかできない状況です」
「そうですか.....何か手がかりがあれば僕たちも調査を手伝おうと考えていたのですが」
「う~んそうですねぇ.....もしよければその子の普段働いている場所へご案内しましょうか?お話を聞けば何か分かるかもしれません、もしかしたら色々な依頼を受けている夜警団さんの方がプロかもしれませんし!」
「それは.....まだ新人なので自信をもっては言えませんが、何かお力になれることがあるかもしれませんしお話を聞いてみたいです」
「ではではご案内致しましょう~」
八香の提案から調査にあたったという先輩召使のもとへ向かう。案内されたのは意外にも中庭......そして、月光に照らされた中庭で1人の少女が佇んでいるのが見える。
「.....だれ?」
少女が顔だけを少しこちらに向けて問いかけてくる。
「私ですよぉ、ラウちゃん。お話したいというお友達を連れてきました、このお二人です」
八香が照陰と愛渦を手で指し示した。ラウと呼ばれているらしいその少女は改めて体をこちらに向けた。
「.....ラウミン、なまえ。あなたたちは?」
照陰はそれが自己紹介だと受け取るのに一瞬時間を要した。
「あたしマナカです!ラブカって呼んでもらってます!
「霊場照陰です。貴方も.....亜人族なんですか?」
照陰は荒波が唯一の純人間だと聞いていたことを思い出していた。しかし目の前にいる少女は特にそれらしき特徴は見当たらず、普通の人間に見える。勿論亜人族とはいえ個人により外見に出る特徴は差があるが、ここまで全く人間に見えるのは初めてだった。
「あ~と.....私たちの様な他の亜人族とは少し違った特殊な種族でして。そこはあまり聞かないであげてください、説明も難しいんです」
「.....失礼しました。外見で判別できない程純人間に見える方は初めてだったのでつい......」
照陰は深く頭を下げた。少女は興味なさそうにまた元々向いていた方向へ向き直ってしまった。
「.....べつに。あやまること、じゃないよ」
ラウミンがそっぽを向いてしまったので話を続けてもいいのか分からなくなり、数秒沈黙してしまった。照陰が諦めて口を開こうとしたところラウミンの方が先に促してきた。
「それで、はなし......なに?」
「あぁ.....と。貴方が賊の調査にあたったと聞きまして、もしかしたら力になれることがあるかもしれないと思い調査結果を聞きに来た次第です」
「......わたし、いろいろ.....きいた。でも、ぜんぜん......わからない。ほんとう」
ラウミンは庭の方を見たまま答える。照陰はラウミンの言葉にほんの少し違和感を感じたが、ここまでの会話の様子を見るに追求してもあまり話してくれそうには思えなかった。
「......分かりました、ありがとうございます」
どうしたものかと少し迷ったが、ふとラウミンの見つめている花壇に綺麗な薔薇が咲いているのが見えた。思わず照陰は近づいて屈み、花の香りをかいだ。
「.....薔薇、綺麗ですね」
ラウミンは少し驚いたように見えたがすぐに素の表情に戻った。しかし何か気が変わったのか多少話をする気になってくれているらしい。
「......はな、すきなの?」
「好き......と言える程かは分かりませんが、見ていると落ち着きます」
ラウミンは逡巡し、若干目を泳がせながら何か考えている。答えが出たのか、ゆっくり八香の方を向いた。
「......やつ、か。ごめん.....なさい」
「......いいんですよ、ゆっくりでいいので続けてください」
八香は何に対して謝られたのか特に察していたわけではなかったが、続きを優しく促した。
「......ほうこく、ちょっと......うそ。はんにん、いる......でも、ほうこくしたら......あるじ、おこる。だから......」
「私に言うべきか躊躇ったんですね。ええと......何故、冷香様が怒ると考えたのですか?」
「どく、あるじ......ねらってない。しかも、あのどく......しなないどく。くるしむ、ように.....」
それを聞いた八香は何かに気付いたのか、即座に駆け出した。照陰と愛渦は何があったのか分からず、若干遅れてしまった。
「八香さん?あ、ええと......ラウミンさんありがとうございました。追いかけよう、ラブカ!」
「り、リョーカイ!」
八香を追いかけて2人も後に続く。八香がどこを目指しているのか途中で照陰にも分かった。冷香の執務室だ。数十秒で扉の前に着いた。
「......冷香様っ!!」
勢いよく八香が扉を開けると、風が吹き込んできた。執務室の窓は防犯の都合上常に閉まっているはずなのに、妙だった。
「なんで、窓が......それに連絡も無しにここにいないなんて......」
「八香さん、書斎にいるとか......そういうことではないんですか?」
「防犯の観点からお互いの位置を把握していた方がいいということで、私たちはマップで位置を共有しているんです。中でも冷香様は厳重で、執務室から移動する際はグループチャットに一言残してくださいます」
「忘れてしまっただけ、という可能性は......」
「勿論あり得ますが......そんなことは今まで一度もありませんでした。それに......共有マップにはここに冷香様がいると表示されたままです」
「それは......」
「あまり考えたくありませんが、失踪や誘拐の可能性を考えなければなりません。とにかく一度、召使全員に集合をかけます。お二人もはそのまま私と待機でお願いします」
照陰は待機しつつ、色々と考えを巡らせていた。もし冷香が誘拐されたのなら、痕跡を探る手段はあるかもしれないが......。
(冷香さんは従業員のことを本当に大切に考えている節があった。もし、冷香さんが何かしらの手段で召使が狙われたことを知って......憤慨して敵地に乗り込んだりしていたら)
先程のラウミンの言葉。あるじ......つまり冷香を狙っていない、召使を狙った毒。それも、死なない程度に苦しむというタチの悪い毒。これを冷香が知ったなら冷静を欠くこともあるかもしれない。
「......嫌な予感しかしないな」
______ほぼ同時刻、とある館にて
「ん~なんだ、こんなもんかね......まぁ所詮お嬢様......戦闘タイプにも見えなかったしな。しかし代々続く亜人族の一族サマがこの程度とはね......せいぜい英字持ちの底辺ってトコか」
独り言をこぼす男が椅子を揺らしながら視線を向ける先には......椅子に縛りつけられた冷香がぐったりとしたまま動かぬ状態になっていた。




