初日
どうもこんにちは、八折伏木です。
今回からは数回に分けて幕間の水族館編の物語を綴っていきます。愛渦と照陰は初めて幽夜のいない、そして先輩もいない状態で依頼を受けて亜達区の館で1週間無事仕事をこなせるのか……といった感じです。
それでは、本編の方をお楽しみください。
登場人物
夜警団団員・・・透鮫 愛渦
霊場 照陰
亜達区の令嬢・・・潤虎 冷香
水族館の門番・・・レヴィア
水族館の召使・・・八香
海香
學香
荒波 鬱牙
亜達区で作詞から受けた依頼を解決してから数日後、幽夜が休養中の為愛渦と照陰は初めて2人で依頼を受けて再び亜達区へ来ていた。
「本当に大丈夫なのかな。先輩を誰も連れずに僕達2人だけで」
「だいじょうぶだってば〜。レインは考えすぎ!」
今回受けた依頼は亜達区のとある館にて1週間召使手伝いをするという割と異質な依頼だった。今回に関しては依頼人の“若い子を2人程お手伝いに”という要望に応える為、まだ新人である愛渦と照陰が特別に2人だけで向かうことになった。
「にしても変だよね、今回の依頼」
「ヘン?なんで?」
「いや……お手伝いを呼びたいならそういうプロの人がいくらでもいるんじゃないのって」
「あ〜たしかに!でもくわしくは行ったらおしえてくれるって言ってたよね」
「んまぁそれはそうなんだけど……若い人を寄越して欲しいってのも何でなのか分かんないし」
「だから行けばわかるって〜!たぶん!」
そんな会話をしながら2人は目的地である「水族館」と呼ばれる館へ向かう。道中目的地への道を通行人に聞いた時、館の主人は周辺では有名な令嬢だと教えてもらった。
「令嬢か……まぁ館と領地を持ってるくらいの人だし、今回の依頼召使の手伝いだし……そりゃそうか」
「すごい人なんだね!」
「どんな風にすごい人なのかはまだ分からないけどね……ちょっと興味わいてきた」
教わった通りに歩くと、すぐにその館は見えた。土地が限られている燈郷にあって中々の大きさを誇る館だった。
「こりゃ……凄いな」
「わ〜おっきいね!」
2人がその大きさに驚いていると不審に思ったのか門の近くに立っていた女性が声をかけてきた。
「そちらのお二方、当館に何か御用でしょうか」
「あ、すみません。僕達は夜警団から派遣されてきた者です。僕は霊場、こっちは透鮫です」
「少々お待ちを、確認いたします……」
女性は端末を起動しリストを確認し始めた。数秒経って照陰の方へ向き直った。
「霊場様、透鮫様、確認が取れました。“水族館”へようこそ……私どもの主が待っております故、ご案内いたします」
荘厳な出立ちの門が開き、門番の女性が中へ進む。続いて2人も中へ入る。主の待っている部屋へ向かう途中にいた召使達は2人を見ると礼儀正しくお辞儀をして出迎えてくれたが、1人だけ動作がぎこちない女の子がいたのが少し気になった。
「申し遅れましたが私はレヴィアと申します、どうぞお見知りおきを」
「はい、よろしくお願いします。レヴィアさん」
愛渦はあちらこちらを見回しており聞こえていないようだった。
「そちらの方は……少々好奇心旺盛なご様子ですね」
「……恐らくこういった館に入るのが初めてで物珍しいのかと。実は僕も結構気になっています」
「後ほど担当の者が中を一通り案内するでしょうから……その時にでも存分にご堪能くださいませ」
レヴィアは2人と会ってから初めて、少し表情を崩して笑みを見せた。
「こちらになります」
一際大きな扉の前でレヴィアは足を止め、「では私は業務に戻りますので」と言い残し入口の方へ戻っていった。照陰がコンコン、とノックすると中から声が返ってきた。
「どうぞ、お入りくださいな」
「失礼します」
中に入ると部屋は大きな扉から想像していたよりもさらに広く、豪華なシャンデリアや長く巨大な長方形のテーブルに不思議な造形をした椅子等目を引くものばかりだった。
「わぁ〜……」
愛渦は感嘆のあまり文字通り開いた口が閉じていない。
「流石に広いな……」
「お気に召したかしら。我が“水族館”自慢の応接間は」
自慢げな表情をしながらテーブルの奥側に座っているのは館の主のようだ。
「もちろんです……すみません、あまりの豪華さに驚いてしまいました」
「ウフフ、大切なお客様を迎える場である応接間には力を入れてるの。驚いてくれて嬉しいわ」
館の主は長髪をはらりとたなびかせながら椅子から立ち上がった。
「改めましてこの館……“水族館”の八代目当主、潤虎冷香よ」
先に名乗ってくれた冷香に対して照陰は敬意をもって自己紹介を返そうとした。
「ありがとうございます。僕達は……」
「貴方達のことは事前に資料を見ておいたから大丈夫よ。紹介は省いてもらって構わないわ……早速だけど、今回の依頼について説明して問題ないかしら?」
照陰はテンポの早さに驚いていた。流石にこの広大な館の主をやっているだけある。
「分かりました、詳細をお願いします」
「良いじゃない、話が早い人は好きよ。それじゃ依頼内容は事前に書いていた通りよ。1週間ここ水族館で働いている召使達を手伝って欲しいの」
喋りながらもどうぞ座って、と手で冷香に示されたので照陰は席につく。愛渦もハッとしてやや遅れて座った。
「それは把握していますが……それだけでその道のプロでもない僕達に依頼が来た理由が分かりませんでした。他に何かして欲しいことがあった、ということはないんでしょうか」
「あら……本当に話が早いわね、貴方!そう、その通りよ。して欲しいこと……というよりは狙いがあるわ。説明とこれからの業務の為にひとつリストを送るわね」
冷香は傍にいたメイドに何か指示をしてから、事前に用意していたのであろうリストを2人の端末に転送した。
「ありがとうございます。これは……名簿?」
「ええ、水族館で働いてくれている子達の名簿よ。安心して頂戴、この場で覚えてなんて言わないから」
笑顔でそう言いながら冷香は転送した名簿の1番下の名前をさした。
「今回の依頼を出した理由はその子……學香にあるの」
「マナカ……!」
愛渦が反応している。名前が同じだったことで親近感がわいたのだろう。
「そう、貴女と同じ名前よ。貴女のこと、ラブカちゃん……って私達も呼んでいいかしら?マナカちゃんだと重なってしまうから」
愛渦は驚いた後喜んで「はい!」と元気良く返事した。照陰はこの人は本当に事前に渡された資料にしっかり目を通しているんだと実感して感心している。
「感謝するわ、それで話が戻るけれど私の狙いは……まだ入ったばかりの學香の緊張を解くことにあるわ。この館で今働いてくれている子達はその子以外少なくとも3年以上経っているの、だから新人教育の観点では心配はないのだけれど……同年代の子がいないのもあって緊張気味なのよ」
照陰が名簿に書いてある學香の年齢を見ると16才……今年16になる照陰達と同い年だった。他の召使たちは少なくとも20才以上……確かに同年代と呼べる同僚はいなさそうだ。その時照陰はふと、先程会った動きが若干ぎこちなかった召使を思い出した。
「……もしや、小さなサメの尻尾があるメイドさんでしょうか」
「貴方……ここで働く気はないかしら?」
冷香が驚いた、といった感じの表情で照陰を見る。
「そう、あの子はサメ……トラザメというサメの亜人よ。とっても愛らしい尾ヒレだったでしょう?」
「そうか、この場合尻尾ではなく尾ヒレでしたね……失礼しました」
「あら、いいのよ。亜人族を見慣れていない人にとっては尻尾も尾ヒレも同じことだもの、どちらにしろかわいいものでしょう?」
冷香は優しい笑顔で語っている。思わず照陰も微笑んでいる。
「本当に愛されているのですね……ここで働いている方々を」
「……えっ!?」
冷香は手で口元を覆って赤面している。
「そ、そうよ?勿論だわ、水族館当主として皆を平等に愛する事は当然ですもの」
照陰は最初的確に効率良く物事を進める、といった感じのビジネスマンのようなイメージを抱いたががどうやらそれだけでもないらしい。
「素晴らしいことだと思います。……ええと、それで……つまるところ僕達はこれから1週間、基本的に學香さんと業務にあたることになると思っていていいのでしょうか」
「あ、ええと……そうね、一緒に基本業務の研修を受ける……とでも認識してもらって構わないわ。そうやって1週間も同年代の子達と働けばあの子の緊張も多少はほぐれると思うの」
冷香は先程の名簿とは別にもうひとつの書類と館内の見取り図を転送した。
「今送ったものはここでの基本的な業務内容のリストよ。簡単なものしか貴方達にお願いするつもりはないから安心してちょうだいね」
「ありがとうございます」
リストの内容を確認したところ、確かに見ただけで内容の想像がつくような簡単な業務が並べられていた。冷香としては業務よりも學香との交流を大切にして欲しいのだろう。
「それじゃこの後すぐに研修を受けてほしいの。もちろん學香も一緒にね……さっき送った見取り図で研修を受けてもらう部屋を確認して向かってくれるかしら。本来こちらで案内するのが礼儀なのだけど……今少し人手が足りていないの。ごめんなさいね」
「いえ、とんでもないです。ではすぐに向かいますね」
照陰と愛渦が椅子から立ち上がろうとした時、急に扉が開いたかと思えばドタン!という音とともに先程冷香に何か頼まれて部屋を出ていったメイドが勢いよく倒れていた。
「ひゃあ!あうぅ〜……」
2人が驚いて一瞬硬直しているとむくりと起き上がり半泣き状態でそのメイドが話しかけてきた。
「うぅ〜……驚かせてしまってごめんなさいぃ……私、ここでメイド長をやらせていただいている八香と申しますぅ……」
「あら八香、もう準備が終わったのね。相変わらず仕事が早くて助かるわ」
冷香が八香のそばにしゃがみこみ頭をポンポンと撫でると嬉しそうに顔をゆるませている。
「予定よりも少し巻けてるし……そうね、タイミングもちょうど良かったことだしこのままこの子達に館内を軽く案内してそのまま研修を始めてもらえるかしら?」
「はいぃ……もちろんれすぅ……」
冷香が撫でるのを止め立ち上がると、若干名残惜しそうだったがすぐに八香も立ち上がり2人の方へ向いた。
「あ、改めまして……これから1週間、よろしくです」
「よろしくお願いします……」
「お願いしま〜す!」
まだ困惑が抜けきらないが、どうぞついてきてくださいと先導された為それに従い2人は応接間を出る。去り際に照陰が冷香に一礼すると、冷香もスカートの裾をつまんで礼儀正しくお辞儀で返してくれた。
その後八香案内の下館内を一通り案内され見て回った。人手が足りていないと聞いていた通り、稀にすれ違う先輩方は2人に会釈こそしてくれるがあまり余裕は感じられなかった。最終的に部屋の用途が指定されていないのだろうか、プレートが設置されていない部屋についた。
「こちらで研修をやらせてもらいますので、入って中で少々お待ちください。ひとつ資料を用意し忘れていたことに気がつきました……私としたことがすみません……」
すぐに用意してきます!と八香がぱたぱた小走りで行ってしまったので2人は顔を見合わせたがとりあえず言われた通り部屋に入って待つことにした。
「ん……アンタ……じゃない、アナタ達があた……私と一緒に研修を受けるって人達?……ですか?」
中に入ると學香が先に待機している。2人が共に研修を受けて働くことも事前にしっかり知らされているようだ。
「はい、そうです。僕は霊場照陰。夜警団から来ました……貴方と同じように、まだ新人ですが」
「あたしはトオサメマナカ!あたしもしんじんです!」
「あ……うん、よろしく、お願いします」
學香は2人が来た時から少々様子が変で、睨みつけるようにどちらかをジーっと見てはもう1人をまた見つめて……と繰り返している。
(初対面で警戒されてるのか……?)
「あの……何か気になることでもありましたか?」
「えっ……いや……その……。あなた達……は何歳、ですか」
突然年齢を聞かれたので少し不思議に思ったが、そのままに答えた。
「僕も透鮫も15歳です……今年で16になります」
「……」
答えた途端學香は深く息を吐き出し、緊張している様に見えていた表情も体の強張りも消えてリラックスした様子を見せた。
「いや〜よかったよかった!手伝いに来てくれたってのが同じくらいの歳のやつで助かったぜ!」
照陰はポカンとしてしまった。學香の声色も喋り方も、先程までとはまるで別人だったからだ。
「しかもそっちの奴!アンタはアタシと名前が同じなんだってな!」
「うん!あたしもマナカだよ!みんなからはラブカって呼んでもらってるんだ〜!」
隣の愛渦は何事もなかったかのようにそのままの流れで会話できている。照陰は頭上にハテナが浮かんだまま静止してしまっていた。
「多分事前に名前くらい聞いてんだろうが……改めて、アタシは學香。16歳だから今はまだアンタらよりいっこ上だな。これから1週間、よろしくな!」
よろしくな、と言われたことで照陰は我に返った。
「あ、はい……よろしくお願いします……」
「よろしくね〜!」
とここで照陰の様子を見て學香がハッとして、慌てて弁明を始めた。
「あ、あっ……こ、これはその……!ま、前の喋り方が抜けてねぇ……くてですね……すみません……」
「あ、そういうことだったんですね。話し方なんて人それぞれですし無理矢理変えるものでもないと思いますが……館の召使としての振る舞い……ということでしょうか。大変ですね」
「そうだよ〜そんなの変えなくてもいいのに〜」
「これはその……事情がありまして。ご主人様も先輩方もありのままでいいとおっしゃってくださっていますが、自身がそうしたいからこうして……変えようと努力している最中なのです」
學香が頬を赤らめながらそう答えた。
「で、でも、その……」
そしてさらに顔を真っ赤にしながら続ける。
「せっかく歳も近いんだし……さ、時々こうやって肩の力抜いて喋っても……いいか?」
2人は顔を見合わせて頷いて答えた。
「もちろん」
「もちろん!」
「へへ……ありがと……なっ!?」
學香が何故か素っ頓狂な声をあげながら入口の方を指差してわなわなと震え始めたのでどうしたのかと入口の方向を見ると、八香がニコニコ笑顔で立っていた。
「いやぁ〜……いいですねぇ、若い子同士のやり取り……元気貰えますぅ……」
「め、メイド長……いつからそこに……どこから聞いて……」
「え?う〜んとぉ……大体聞いてましたよぉ〜?私たちも応援してますからねぇ、一緒に素敵なメイドさんを目指しましょう♪」
「う、ううぅ……恥ずか死ぬ……」
八香は恥ずか死を迎えそうになっている學香をよしよし、ごめんね〜と慰めながら落ち着かせ始めた。照陰は扉が開きっぱなしになっているのを見てそっと閉じておいた。
「そうか、扉が開いたままだったから外の廊下まで丸聞こえだったのか……」
(まぁ開けっぱなしにしたのは僕達だけど……ごめん、學香さん)
「さぁ!気を取り直して研修、始めますよ〜!そちらに長机と椅子がセットしてありますので、どうぞお座りください〜」
八香が示した部屋の奥の方には横向きに設置された長机と椅子が3つ、椅子の反対側には長机を挟んでボードがあった。恐らくこれからあのボードで授業のような形式で研修を行うのだろう。
「さっ、まずはこれをどうぞ。手描きでごめんなさい、デジタルな感じのお絵描きはちょっと分からなくて……」
手渡された資料にはいくつかのグラフと共に可愛らしいイラストが描かれていた。業務について分かりやすくする為の図解のようだ。
「わぁ、おえかきじょうず……!」
「えへへ、ありがとうございますぅ……あっ、すみません!では研修を始めていきますね〜……といっても本日の業務は皆さん午後からやってもらうので、まず今は午後の分……つまり半分やりましてぇ、また明日の朝にもう半分……午前の分をやらせていただきます」
その後40分程かけて、午後から携わる業務について一通り聞いた。學香と愛渦はこの40分間だけでうつらうつらしていた。
「……以上が本日からやっていただきます午後の業務についての説明になります。質問はありますかぁ〜?」
「……僕は大丈夫です。他の2人は……分かりませんが」
「ありゃりゃ〜……2人ともねぼすけちゃんですねぇ、學香ちゃんは研修自体は既に一度受けているので大丈夫だとは思いますが……ラブカちゃんは大丈夫かなぁ」
「んん……恐らく大丈夫ではないかと。いつもこういった説明はちゃんと聞いていませんがなんだかんだその場のノリで何とかしてしまっていますから」
「おや、それはそれで頼もしいですねぇ。まぁもちろん先輩達が一緒にやってくれますから大丈夫だとは思いますので……では研修も終わりましたし次はその先輩達に君達を紹介しに行きま〜す!」
「だって、ほらラブカ起きて。行くよ」
「ふぅ……ふぁ……?うん……」
學香の方は何とか自力で目を覚ましていたようだった。3人は八香に連れられて午前の業務を終えて一休みしている先輩達がいる休憩室へ向かった。
「みなさんお疲れ様です〜……おや、今はいらっしゃるのはお二人だけですか」
「おや、お疲れ八香さん」
「あら、やーちゃん。ええ、今は私とあーちゃんしかいないけど……どうしたのかしら?」
八香は後ろにいた2人を大袈裟に両手を広げて紹介した。
「じゃじゃ〜ん、昨日お伝えしていましたお手伝いさんです〜!」
「おお、君達が」
「あら!かわいこちゃんが2人も!よろしくね〜」
「かわいこちゃん……?霊場照陰です、よろしくお願いします」
「トオサメマナカです!よろしくおねがいします!」
愛渦が元気良く自己紹介すると先輩召使の2人は學香の方を見てニコリと微笑んだ。學香は少し頬を赤らめる。
「な、なんですか……私を見てニヤニヤと……」
「んふ〜なんでもないわよ?……それじゃ改めて、私は海香。さっきかわいこちゃんって言ったのは気にしないで、もう結構おばちゃんだから……若い子たちはそれだけでかわいく見えちゃうの」
「俺は荒波鬱牙です。現状男手1人だったので1週間の間だけでも若い男の子が来てくれるのは有り難い限りです」
自己紹介の後先輩2人が礼儀正しくお辞儀してくれたので愛渦と照陰もそれにならった。
「本当はまだ他にも先輩達がいるんですが……今はタイミングが合わなかったみたいですね。本当はひとりひとり紹介したいんですが……時間も限られていますから、あとの先輩達には出会った時のタイミングで各自ご挨拶をお願いしますね」
言いながら八香は今日のスケジュールを確認する。端末からメモ帳のアプリを開いて確認し、うんと頷く。
「それでは午後からは実際に業務にあたってもらいます。もちろん私を含め先輩と一緒ですから安心してください!」
「分かりました」
「は〜い!」
その後3人は割り当てられた業務の為にそれぞれの場所に向かった。照陰は荒波と共に荷物を運んだり、とある一室の家具を移動したりなど……主に力仕事を担当することになった。
「では、照陰君。君にはまずこの水族館に届いた荷物の整理をお願いします……そうですね、食料品と日用品を分けて置いていただけますか」
「分かりました、荒波さん。……ところで、業務とは関係ないのですがひとつ聞いてもいいでしょうか」
「ええ、もちろん……何なりと」
「ここに勤めている方々は基本的に亜人族の方が殆どのように見えたのですが……荒波さんもそうなのですか?」
「ああ、そのことでしたか。はい、お察しの通りですよ。俺はこの館では唯一の純人間です」
「やはりそうでしたか……働きづらさはないんですか?確かに皆さんとてもいい人達に見えますが、1人だけというのは……」
「……水族館を初めて訪れた方は皆さん、俺のことをそうやって心配してくださいます。有り難いことではありますが、ここの人たちは俺のような者にも本当に良くしてくれています。少なくとも、俺はここを自分の家のように思う程には」
「……余計なお世話だったようです、先程の質問は忘れてください」
「いえいえ!俺のことを気遣ってのことなのですから、お気になさらず……っと……時間は有限です。他に何か気になることが無ければ、業務を開始しましょうか」
「はい」
荷物の仕分けを終えた後、荷物の一部をとある一室へ運び始めた。一方2人のマナカ達は、八香と共に洗濯から始めることとなった。
「よ〜しそれじゃあ始めていきますよ〜、それぞれ担当を決めましょう。私は発現能力を駆使して洗い物をするのが得意なので、洗いを担当します。學香ちゃんとラブカちゃんは私が洗ったものをシワにならないようしっかりパタパタとはたいて、あちらの物干し竿に干していってください!」
「は〜い!」
「かしこまりました!」
八香は石鹸を混ぜた水を操り、巧みに洗濯をこなし始める。最初のうちはある程度洗濯済みの衣類がたまるまで2人も洗いを手伝う。
「ヤツカさんは水をうごかせる力をもってるんですね〜」
「はい、液体なら自分の手で触れなくても何でも操れますよ〜。手で扱うには危ない液体なんかも大丈夫です。なので水族館では普段からこういった洗い物を担当していることが多いです〜」
「そうなんだ……あたしの力はちょっとここでのおしごとにはお役にたてないかもしれないけど……せいいっぱいやります!」
「わぁ〜そのお気持ちでもう十分お仕事できてますよ〜!ラブカちゃん、いいこいいこ〜。ついでに學香ちゃんも〜」
「えへへ〜」
「な、なんで私まで……」
その後も3人は平和に雑談しながら洗濯を終え、次の業務の為に厨房に向かった。
「さて、ラブカちゃんはお料理はしたことありますかねぇ?まぁとっても簡単なことしかお願いするつもりはないのでそこは安心して欲しいのですが〜」
「ないですけど、がんばります!」
「うんうん、その意気です!ではお夕飯の準備、進めていきましょう〜」
3人で夕飯の準備をしている間、荒波たちは別の部屋で荷物を運び込んでテーブルや椅子の準備をしていた。
「結構広い部屋ですが……普段は使われていないんですか?」
「う〜んそうですねぇ……たまに使われてはいますが、用途が限られている……といったところでしょうか。今回はちょっとした催しの会場に使う予定です」
「催し……ですか。まぁ、僕が気にすることじゃないんでしょうし……とにかく仕事を進めますか」
「はは……そうですね。テーブルと椅子の用意は出来ましたし、あとは先程運んだ荷物を開いて中に入っている小物を設置していきます」
「分かりました」
そうしていくつかの物を取り出し、設置し終えたあたりで八香が部屋に入ってきた。
「おや……そちらの準備はもう済んだのですか、八香さん。相変わらずの手腕です」
「えへへ……はい、こちらはもう大丈夫ですよぉ。いつでもお出しできます」
「そうですか……では、そちらで動いていただいていたお二人にもこちらへ来ていただきましょうか」
照陰はもう本日の業務は終わりなのだろうか、と思い拍子抜けしていた。
(なんだか本当に……思っていたよりもただの雑用だったな。やっぱり學香さんや先輩方との交流を目的としているからだろうか)
「それじゃあ學香ちゃん達を連れてきますね〜」
八香が部屋を出ていって少し経つと2人が来て、その後ろからいくつかの料理を乗せた台車を押しながら八香が入ってきた。
「さてさて、それでは〜」
八香が照陰と愛渦の手を取り、台車の前に引っ張る。
「今から晩餐のお時間なのですがその前に!これから1週間共に働いてくださるお二方に……こちらをどうぞ!」
台車の下の段から包みを二つ出し、それぞれ2人に手渡してくれた。
「ありがとうございます!わ〜ピンクの包みだ!かわい〜」
「ありがとうございます。これは……?」
「うふふ、それはですねぇ……開けてみてください!」
2人が手渡された包みを開けてみるとそれぞれ女性用、男性用の制服が入っていた。いわゆるメイド服と燕尾服だ。
「これは……皆さんの着用しているものと同じ……」
「そう、私たちと同じ……いわばここ水族館で働く者の制服ですね!1週間共に過ごすあなた達へのプレゼントです!」
「わ〜みてみて、レイン!すっごくかわいい!」
「うん……僕の方の燕尾服……かな?これもかなりしっかりとしたものに見えるし……とても素敵だ。ありがとうございます、八香さん」
「いえいえ、私だけではなく皆からの気持ちです!ちなみにお裁縫が得意な人がいまして、その2着はその人が仕立ててくたんです」
「そうなんですね、お会いした時にお礼を言わないと……」
「はい、是非その服を着て声をかけてあげてください!着てくれているのを見せてあげたらきっと喜ぶと思いますよ〜」
照陰が荒波の方を見て微笑む。
「……催し、というのは僕たちの歓迎会のことだったんですね」
「ははは……すみませんね、照陰君。こういうのはサプライズが大事ですから……結果的に人手が足らず主賓にお手伝いしていただくことになってしまったのは想定外でしたが」
初めて手にするタイプの服だったこともあり愛渦も、珍しく照陰も興奮気味だった。その後は皆でお互いの初日を労いあいながら晩餐をいただいた。明日から残り六日間、メイドと執事としての2人の仕事が始まる。
「今日はお疲れ!初日だし午後だけとはいえ疲れただろ、2人とも」
晩餐の後、2人が休むための部屋に學香が案内していた。
「……今はそっちの喋り方なんですね」
「ああ……わりぃ、やっぱ慣れねーか?」
「いえ……というと嘘になりますが、慣れていけるよう努めます」
「あたしはこっちの方が好きだけどな〜マナカちゃんのおしゃべり!」
「へへ……ありがとな。別に自分の喋り方が嫌いってワケじゃないんだけどそう言われると嬉しい……あっそうそう、照陰……だよな。お前もその、敬語とかいらないから……あっいや強制じゃないけどさ!」
「……分かった。残り六日間よろしく、マナカ」
照陰が微笑みながらタメ口で改めてよろしく、と伝えたことで學香の表情がより明るくなった。
「おう!まだまだアタシも新人だけどさ、お前らよりちょっとだけ先輩だから……遠慮なくアタシのことも頼ってくれよ」
「よろしくね、マナカセンパイ!」
「そ、それはなんかちょっと恥ずかしいからマナカちゃんで頼む……」
「え〜?」
結局2人の為に準備してくれていた部屋に着いた後もしばらく雑談していた。その様子を陰から覗いていた冷香は満足そうに微笑んでその場を後にした。




