決戦の舞台
こんにちは、八折伏木です。
前回の投稿からなんとびっくり3ヶ月…以上?も空いてしまい本当に申し訳ないです。この章をどう結ぶか迷ったり、◯神や鳴◯をしていたり、FG◯やったり……。はい、すみません大分サボってました。
しかしどうこの章を閉じるか、本気で迷いまくったのは事実で最初はこの話で書き切る予定だったんですが余裕で2万文字超えるので区切りました。次回はこの「異霊騒動編」のラストになりますが、まずは今回の本文をお楽しみいただければと思います。めっちゃ長くなっちゃいましたが……
それでは、本編の方ををお楽しみください。
登場人物
夜警団団員・・・幽夜
透鮫 愛渦
霊場 照陰
成田 乙何
亜達区の探偵・・・明日田 利久
「天使の詩」楽団員・・・天音 心音
天音 作詞
異霊研究所の研究員
___数分前、楽団「天使の詩」シアター内
公演が始まって数十分経つ。いつもならこのくらいのタイミングであの声が私に囁いてくる。もっと、もっと、もっと、もっと......。歌え、歌え、と。その声は厳しく叱ってくる様でもあって、優しくアドバイスしてくれている様でもある。そんな声に聞き覚えがある。確信は無いけれど、あの声はきっと......。
(......あれ、今日は声が聞こえない......)
本来喜ばしい筈の事で何故か心音の胸に不安がよぎる。夜警団の人達が、幽夜達が......頑張ってくれているのだろうか。本当に解決しようとしてくれているのだろうか......。そんな事を考える。頼もしいと思う反面、何故か不安が消えない。何でだか分からないけど、今この場でただ歌い続けていたら後悔するのではないかと感じる。
(私、私の今歌うべき場所は......本当にここなの......?)
なんでそんな事を思ってしまったのか分からない。けれど何故か、声が止まってしまった。公演中に歌姫が声を途切れさせる事など通常有り得ない。突然の事に観客も作詞達他の楽団メンバーも困惑している。作詞は何かあったのだと直感し、一度スタッフに指示して幕を閉じさせる。
「心音、どうしたの?喉が痛むの?それとも......」
「おね、えちゃん」
「うん、なぁに?」
「わ、わたし......行かなくちゃ、いけない、の」
「......」
作詞は何故か驚きも戸惑いもしなかった。ただ、心配そうな顔付きで心音を見つめる。
「......私も一緒に行こうか?」
「う、ううん。大丈夫......お客さん達も、そのままには、しておけない、から......」
「......ありがとう、気を付けてね。もし何かあったら、私をすぐに呼ぶのよ。何百人、何千人のお客さんより私にとっては心音が大事なの」
「あ、ありが......とう。きっと、大丈夫。ユウヤくん達も......いる、と思う、から」
「うん、うん......じゃあ行ってらっしゃい。無理はしないでね」
作詞は心音をぎゅっと抱きしめた。しばらくそうした後、心音は走り出した。
「何も起こる訳......無いわよね、そうでしょう。お母さん......」
作詞は儚げな表情で呟いた。
___現在、明日田・幽夜・照陰サイド
「......クソッ!本当に透明化......いや、それどころじゃなかった......何も感じ取れないまま気付けば後ろにいやがった!」
幽夜は明日田に背負われている。照陰は自らの"力"である鎖で後方から迫るものを牽制しながら明日田の後ろを走っていた。
「くっ......ユウヤは大丈夫そうですか!?」
「そう見えるかって話さ......」
背負われている幽夜は右手の手首から先が無かった。大量の血を流しているせいか、ぐったりしたままぴくりとも動かない。
(まずいぞ、このままじゃ逃げ続けていてもこの子が失血で......!)
「明日田さん!時間は稼ぎます!何か布を巻いてください!!」
「......っ、ああ!頼むさ!」
明日田は一度屋根から飛び降りて照陰だけが屋根上に残り迫り来るものを相手取る。
「よし、消毒も出来てない布だがしょうがない、これでとりあえず......後は......」
周囲を探し、屋根の瓦の破片を見つける。
「これだな」
明日田はその破片を幽夜の右脇に挟み、腕を体に寄せて長めに裂いた布で体ごと強めに巻く。
「これで多少止血にはなる筈さ......残る問題はアレからどう逃げるか......」
照陰が相手しているものは闇夜に紛れて姿がよく見えないが間違い無く自分達が追っていた人型の異霊だった。乙何との通信中突然背後に現れたそれは、透明化していただけではなく明らかに気配も何もかも消して近付いてきていた。このまま逃げ回っても明日田と照陰の速度で逃げ切れる相手では無かった。
「さっき襲われた衝撃で通信機器もイカれてる、なら......」
明日田は手から出した蛍の様な光を思い切り空に向かって放った。
「関係無い民間人が来てしまうかもしれないが......背に腹はかえられないさ」
一方異霊と戦闘中の照陰は防戦一方だった。
「本当に元は人間なのか、これ......!限界量の鎖を常に出し続けてるのに全部尽く引きちぎられてく......!」
「はヒ、ヒ......!貴方、ハ、だれヨ......!」
「こっちのセリフだよ全く......!何者だ本当にお前は......!」
いや、こいつは多分元の人間の記憶か何かから学習した適当な言葉を言っているだけなんだろう......会話が成り立つ筈が無い。
「......!あれは明日田さんの光る点......」
時間を稼いでいる間に明日田さんが乙何さんに向けての合図を出したのだろう。これで恐らくもう少し時間を稼げば来てくれる、筈だけど......!
「こいつ、無尽蔵か......!このままじゃ全然こっちが先に文字通り力尽きてしまうぞ......」
......体が、動かない。意識も、途切れかけて......僕は今......どうなっているんだろう。ああ、またか......また、この光景か。今日この光景を見るのは2度目のような気もする......。
「......あれ、僕こんなとこにいる筈じゃ、ない気が......」
何でだろう、もっと別の所で何か......そうだ、何か探していたんだ。見つけたんだ。......あれ、見つけたんだっけ?
「......行かなきゃ」
___どこへ?
「見つけなきゃ」
___なにを?
「戦わなきゃ......戦う?何と?」
何故そんな事を思ったのだろう。何も分からない。頭がしっかり働いてくれない。でも......動かない事には何も始まらない。この炎燃え盛る場所をどこへ行くのかも分からないけど、動いてみなきゃいけない。
「そうだ、歩き出そう。とにかく、歩こう......」
幽夜は炎の中を歩み始めた。何故か手足や顔ををかすめる炎に熱を感じない。火傷もしない。普通の火ではないのだろうか。しばらく歩いていると、周りを見渡しながらこちらに向かって来る女性......らしき姿が見えるが、片目がぼやけてしっかりと見えない。こちらに気付くと、顔色を変えてこちらに向かって走ってくる。近くになって分かったが、その女性は決して身長は低くない筈の幽夜よりもかなり背が高かった。
(驚いたな、僕よりも......何十cm高いんだろう?)
「幽夜っ、幽夜......!よかった、よかった......」
(この女性は......僕を、知っている?)
幽夜の方には心当たりが無かった。キョトンとしている幽夜を気にせず、女性は幽夜の身体のあちこちがおかしい状態になっている事に気付く。
「幽夜......怪我したのね。大丈夫、すぐに治るから。大丈夫だからね......」
「あの、貴女は誰ですか......?」
「......頭もどこか怪我してしまったみたいね、大丈夫よ。それもすぐに元通りになるわ。まずはここを......離れましょう、まだ歩ける?幽夜」
女性が幽夜の手をとり、幽夜の目を見て問いかける。答えようとしたが、声が出ない。目も耳も、何かおかしかった。
(あれ、視界が歪んで......いや、なんか変......まるで空間そのものが歪んでるみたいな......)
一度目を閉じる。もう一度目を開けば、きっと視界は正常に戻っている筈......。
「ん......あれ......」
再び目を開けるとそこは亜達区の路地裏だった。
「ユウヤ!良かった、目を覚ましたか」
照陰と明日田が視界に映る。どちらも安堵の表情をしている。
「ふぅ、とりあえず意識が戻って良かったさ」
「あれ、僕......つっ!」
「ユウヤ、無理して動くな。右手の手首から先を切り落とされてるんだ......覚えてるか?急に襲われた時の事」
「あ......そっか、急に出てきた奴に反応したのはいいけど手が......いてて」
「普通いててじゃ済まない事だけどさ......まぁそこまで痛まないのなら悪い事じゃないが......」
言われてみれば......手を切り落とされてるにしてはあまり痛くない。変だな......。
「あれ、さっきの奴......異霊は!?」
「それが......」
明日田が照陰の方を見る。
「......さっきまで僕が応戦してたんだけど。急にシアターの方に向かって走っていったんだ。それで一旦冷静になってこれからどうすべきかを考えて......ってとこでユウヤが目を覚ましたんだ」
「そっか......乙何さん達は?」
「まだ合流出来てない。あちらもあちらで何かあったのかも......ユウヤのと明日田さんの通信機器は襲われた時の衝撃で壊れてしまってるから、僕ので連絡を試みたんだけど何故か繋がらないんだ」
「なぁ......話を遮ってすまないが、幽夜君の腕......出血が止まるのが早過ぎないか?さっき布を巻いた時にはまだ多量出血の状態だったけど......止血したとはいえ、明らかに布に吸われた血の量が少ない」
幽夜は自分の右手を見る。言われて右脇に何か物を挟まれている事に気付いた。止血の応急処置を明日田が施したものだ。
「止血の処置が適切だったって事でしょうか......?そういえばもう、痛みもほぼ無い......」
言っている途中で幽夜は右手の先に違和感を感じる。
「何だ......これ。無い筈の右手の先が、ある......」
明日田と照陰は顔を見合わせる。腕の先を失ったショックによる幻肢痛かとも思ったが、幽夜の様子がおかしかった。と、次の瞬間。紫色の謎のもやが幽夜の右手の切断面から発生し巻いた布が裂け、みるみる内に右手の形になった。
「うあぁっ!!何これ!?」
明日田と照陰も突然の事に驚いたが幽夜本人が一番困惑している。自身の身体に突如発生した異常事態に混乱しているのだろう。
「えっと......これはこの子の“力”かい?」
「いえ、ユウヤの“力”は......『全身どこにでも"力"を込められる』ものでこんなものは今まで見た事は......」
「だとしたら、いや、もしかして......」
明日田が何か考え込んでいる。しかしすぐに冷静になり立ち上がった。
「とりあえず、考えてたって仕方ない。分からない事も多いがそれはまた後さ。幽夜君、動けるかい?」
「あっ、えっ、えっと......はい、大丈夫......です。これ......自分の右手みたいに動かせる......」
右手に発生した手の形をしたもやを動かしてみる。ちゃんと自分の考える通りに動く。まるで本当に新しい右手が生えてきた様だった。
「......確かに。とりあえずユウヤの身体に悪質な異常が発生した訳では無さそうですし......シアター方面へ向かった異霊も放ってはおけない」
「うん、よし。大丈夫、動けるよ。かなり驚いたけど、考えるのは後にするよ」
「普段ふわふわしてる割に頼もしいじゃないか。それじゃ行こう。今度こそあの意味不明な化け物を止めるのさ」
明日田が幽夜に右手をさし出す。その手を幽夜はもやの右手で掴んで立ち上がる。
「......ふむ、触れても問題無し。物理的に干渉も出来ている......普通に右手としての機能を果たせそうだね」
「はい、行きましょう」
「あの異霊が走り去っていったのはあっちの方角......シアターのある方向。途中で追いつければいいけど」
「急ごうか。幽夜君も動けるようになったし」
3人は異霊の向かった方向へ追跡を始めた。幽夜の右手に関しては違和感はまだあるが身体は問題無く動いている様だった。
「ユウヤ、無理はするなよ。動けるようになったとはいえ明らかに正常な状態じゃないんだから」
「うん、大丈夫そうな範囲で動くよ」
話しながら走っているとすぐに透き通った歌声がかすかにではあるが耳に聞こえてきた。
「え、この歌声って......」
「ああ、歌姫シオンの歌さ!でも何故......今はまだ公演時間中の筈......」
「考えてる場合じゃないですよ、明日田さん」
「......そうだね、もしこの歌声にあの異霊が反応して向かったのならかなりヤバい」
「はい。あの異霊の速さも膂力も......とても元が人間だとは思えない身体能力だった。恐らく僕達より先にあの異霊はシオンの元に辿り着いてしまう......」
幽夜達はとにかく心音の歌声の方へまっすぐ、出来る限りの速度で向かった。少し進んだところでシアターから少し離れた時計台の1番高い塔の部分で心音が歌っているのを視認出来た。今のところ周囲に異霊の姿は見えない。
「確実に僕達より先にあの異霊が居るものと思っていたけど......シオンが目的な訳じゃないのか?それともまた姿を消している......?」
「分からないけど、間に合って良かった!とりあえずシオンをまも___
守る陣形を取った方がいいかな、と言いかけた時突然心音の目の前に異霊は現れた。今にも心音を引き裂こうと右手の爪をメキメキと肥大化させ構えている。
「シオン危ない、逃げてッ!!」
幽夜が叫ぶが心音は歌に夢中になっているのか声は届いていないようだった。幽夜はありったけの"力"を足に込めて跳躍する。しかしコンマ何秒か幽夜の手は間に合いそうになかった。
「くそっ......!」
異霊の爪が心音に当たろうとしたその時、幽夜には異霊がこちらをちらりと見て幽夜に向かって体勢を変えようとしたように見えた。が、突然横からとんでもない速度で突っ込んできた人影が異霊を吹き飛ばし、気付けば幽夜はその人影に受け止められる形でぶつかっていた。
「ごめんね、幽夜くん。遅くなって」
異霊を蹴り飛ばし跳躍した幽夜を受け止めたのは乙何だった。いつもの笑顔ではなく、真剣な表情だ。
「......?その右手は......」
「あ......乙何さん!右手は......えっと説明が難しいです!」
「了解、後でだね」
2人は屋根に着地し、明日田と照陰が合流する。
「遅かったじゃないか、英字持ち!照陰君が連絡入れたってのにさ」
「すみません、どうやら僕の移動速度が速すぎるみたいで......移動中は着信音が聞き取りづらくて」
「まさかとは思うけど音速並の速度で動いてるって?いや、これが英字持ちの実力って事か......」
「襲われていそうな場所も方向も分からなかったので、亜達区内を片っ端から探しながら走っていたのですが......時間がかかってしまいました」
「いや......君だからこそそのやり方でもこの時間で見つけられたんだろう、文句は言えないさ。こっちは僕の注意不足のせいで幽夜君に怪我も負わせてしまった......治療費なら後で僕が負担するさ」
「大丈夫ですよ、ポラリスには優秀な医師がいますから」
「へぇ、進歩してるね。そういう発現者でも現れたのかな?」
「その通りです。流石探偵、察しがいいですね......っと、そうだ。愛渦ちゃんを呼ばないと」
乙何は通信を起動させて愛渦に連絡を取った。タイミング良く愛渦も心音の歌声が聞こえてこちらに向かっているようだった。
「これで愛渦ちゃんもすぐに合流できるね。さて、異霊に関してはどうするかな」
「さっきものすごい速度でぶっ飛ばしてましたけど......あれでもまだ致命傷には至らないって事ですか?」
「取り憑いた元が人間の異霊は僕も初めてだし、僕もまだ異霊との対面は多くはないからはっきりとは分からないけれど......多分、奴はこの程度じゃ消滅したりしないよ」
「恐ろしい話だ......」
幽夜達3人は探偵事務所でのやり取りの意味を理解した。乙何の音速レベルの蹴りを食らってまだ動ける怪物が相手なら活動を始めたばかりの子供3人を連れて行くことを躊躇するのも頷ける。
「でもこの状況が有利な部分もある。そうですよね、乙何さん」
「照陰くんはいつも冷静だね。うん、その通りだよ」
「有利な部分?人数とかかな......」
「もちろんこちらが5人で動いている事もアドバンテージの1つ。そしてもう1つは心音ちゃんの存在だ」
「シオンが?」
「そう。あの異霊は明らかに心音ちゃんに対して反応して向かってきていた。ならば......囮にするような言い方で申し訳ないけど、心音ちゃんを狙って来る奴を返り討ちにすればいい」
「幸いと言うべきか......シオンは歌に夢中なのか周りに一切気を向けていない。だから本人が驚いて怪我したり、予想外の行動をする心配もない」
「なるほど......シオンがどうしてこんな所で歌ってるのかとか、疑問はあるけど......」
「これは推理でもなんでもない僕の直感だけどさ、シオンちゃんもあの異霊の事が気になって出てきてしまったんじゃないか?なんとなく察している部分があるのかもしれない」
「そっか、声......!」
「......ああ、繋がったな。異音の原因はやっぱりあの異霊で間違いなかったんだ」
「ん、どういう事だい?2人とも」
心音から聞いた事は照陰にしか共有していなかった為、明日田と乙何は首を傾げている。幽夜は改めて2人に説明する。そして手がかりになるかどうかも分からない事なので黙っていた事を謝った。
「......声、か。あの異霊に言語を喋れる知能があるのかは分からないけど......」
「喋れます。僕が先程対面していた時、『貴方は誰よ』としっかり聞き取れる発音で喋っていました」
「ちゃんとした文章を喋れるレベル......それなら、何かしらの能力でも使って心音ちゃんに囁く様な声を無理矢理届ける事は確かに可能だね」
「でも、あいつの能力って姿を消す......ラブカみたいな"力"じゃないんですか?」
「その筈ではあるけど......可能性はあるんだ。まだ奴の能力が1つと決まった訳じゃない」
「そうか、"複数発現"......!異霊の場合はまた別かもしれないけど......」
昔先生に聞いた1人の人間に複数箇所の発現が確認されるケース。とても稀なものだとは聞くし、実際会った事はないけど。
「そう、似た様なものでね。元々の異霊が持つ能力と憑いた宿主の能力はどちらも使ってくる可能性があるんだ......もう起き上がってきたのか」
話しているところで近くの屋根の上に異霊が迫っていた。やはり気配を消していた様で近付くまで分からなかった。
(心音ちゃんに何かしらの執着があると仮定して……それを逆手に取りあの異霊を迎えうつ……と思っていたけど、やはりあの気配を消して近づいてくる能力は厄介だな)
乙何は異霊の方を警戒しつつ周りの3人に指示をとばす。
「明日田さんは能力で周囲の警戒をお願いします。照陰くんは心音ちゃんを守ってくれるかい。幽夜くんと僕であの異霊と戦闘する」
「ラジャーさ」
「了解」
「分かりました!」
明日田・照陰が持ち場につく為に動き出し、幽夜と乙何が異霊と対峙しようとした時だった。異霊の後方から愛渦が姿を現し、先程乙何から受け取っていた捕縛アイテムを異霊に投げつけた。
「ラブカ!」
「ちょうどよかった、これで全員集合だね」
愛渦が投げつけた捕縛アイテムはしっかり作動して異霊に絡みついた。それを合図にして乙何と幽夜は同時に動き出す。先に乙何が異霊に急接近し一撃食らわせようとしたが、異霊は乙何の攻撃が当たる直前で消えてしまった。
「……おっと」
乙何が一旦止まり、幽夜も立ち止まり周囲を見渡す。
「……姿を消して透明化するだけなら縄を抜けられる筈がない。あの異霊の“力”はやはりただ透明化するだけのものじゃないな」
「おそくなりました!」
「ううん、大丈夫だよ。むしろごめんね、せっかく作ってくれた隙を活かせなかった」
「また姿を消されちゃいましたね……こうなると僕達には探る手段が無い……」
「うん、でも分かった事もある。あの異霊の能力は恐らく『次元間移動』だと思う」
「え、次元間......ってそれもうどうしようもなくないですか......?」
「そうとも言えるね。他次元にいる間こちらから何も出来ない」
「絶望的では......」
「けど逆もまた然りだよ。その間あちらからも干渉は出来ない。だから攻撃してくる時は必ず姿が見えるし、こちらも反撃出来る」
「あ。そうか......」
「となると気は進まないけどやはり心音ちゃんを囮にした作戦が有効だね......一旦心音ちゃんの周りを無警戒にして、奴をおびき寄せるのが良さそうではある」
「でもそれって......いくら乙何さんがいるとはいえシオンに危険が及ぶんじゃ」
「うん、だから本人にも共有して協力してくれるか聞きたいんだけど......今は声が届かなそうだしね。心音ちゃんには悪いけど無理矢理決行するしかない」
シオンが会話出来る状態になさそうな今、確かに強行するしかないのかもしれないけど......正直不安だな。乙何さんを信じてない訳じゃないけど、相手も未知の怪物だし......。
「大丈夫」
幽夜の不安を感じ取ったのか乙何は力強く幽夜の肩を叩く。
「僕も全力で心音ちゃんを守るし、君達もいる。絶対に大丈夫だよ」
さっきまで真剣な顔をしていた乙何さんの顔が優しい笑顔に戻っている。この人の笑顔を見ていると何故だか安心出来るし、信じられる。僕にも出来る気がしてきてしまう。
「はい、全力を尽くします!」
決意を固めて幽夜達は全員で作戦を共有し、一度心音の周りをフリーにする。それぞれが自分が間に合う範囲で距離を取り、様子を伺う。
「......来ないか」
しばらく時間をおいたが異霊が現れる様子は無かった。ある程度の知能を有している事から警戒される事も乙何の予想の範疇ではあったが、困った状況である事には変わりなかった。今いるメンバーでは異霊の探知が出来ない為、ここで取り逃がすとまた出直しになってしまう。
「まぁ、元々今日は正体を確かめる為の調査だった訳だけど......ここまできて逃したくはないな」
一度無理にでも心音を回収して立て直すべきか乙何は迷っていた。今回の本分は調査であって討伐までを想定してはいない。実際得られた情報は多い。しかしそれだけに今ここで逃がすのも少々勿体ない。
「......あ」
と、心音が突如歌うのを止めて何かに気付いたように小さく声をもらし両の手を自身の斜め上に伸ばした。
「......やっぱり、そうだったん......だね」
心音が手を伸ばした先には何も無かったが、見えない何かに触れるように手を振り心音は嬉しそうにしていた。その様子を見ていた幽夜は何かに気付いて、隣にいた乙何に小声で話しかけた。
「あの、乙何さん」
「ん、何だい?」
「恐らく、今シオンの目の前に異霊がいます」
「......なんだって!?」
乙何はすぐに飛び出そうとしたが、幽夜が止める。
「す、すみませんちょっと待ってください!」
「何故止めるんだい、もしそれが本当なら危険だよ」
「あの、シオンはお母さんが亡くなった関係でポラリスに来たんです。それで......これは僕の勘でしか無いんですが......」
幽夜の言葉が止まる。こんな事がもし真実だったなら、果たして僕達はあの異霊を消滅させてしまってもいいのだろうかと思ったからだった。根拠は無い。本当にただの勘でしか無い。だけど......。
「シオンのお母さんの遺体、見つかってないんです」
「......」
乙何の表情は幽夜からは影になって見えなかったが、明るい表情でない事は分かった。
「それは......」
「もしかしてなんですけど、シオンはそれに気付いていたから今ここに出てきてしまったんじゃないかって......」
それに、あのシオンの表情。記憶の無い僕には確信が持てないけど......きっと、久しぶりに家族に会えたならあんな顔をするんじゃないかって。そんな気がする。
「......もしそうだったとしても、僕達のやらなきゃいけない事に変わりはない」
「で、でも......」
「幽夜くん、もし本当にそうだったなら。これは心音ちゃん達の為でもあるんだ」
「シオン達の為?」
「うん、仮に異霊を消滅させたとしても異霊が取り憑いた肉体は消えない。分かるかい?」
「つまり……」
「心音ちゃん達のお母さんのご遺体を……数年越しに元に戻してあげられるかもしれない」
「......」
必要な事。どちらにせよ異霊を放置する事は出来ない。頭では理解出来ても、体は動こうとしてくれなかった。幽夜は乙何の袖を掴んだまま止まってしまう。
「......分かった。少し、近付いて様子を見よう。ただし何かあればすぐに動く事。その時は迷わずにね」
「......はい」
乙何は周りにいた他3名にも合図して警戒を怠らずに少しずつ心音の居る鐘塔に近付く。様子は変わらず心音は何も無い空間へ手を伸ばし微笑んでいる。幽夜は正直この空気を壊す様な事はしたくなかったが、しなければならない事も理解していた。どのくらい、そうしていたのか分からない。が、急に心音の顔色が変わり何か必死に叫んでいるのが聞こえた。
「ま、待って......その子はと、友達、なの!お母さんっ!!」
直後に突然、様子を伺っていた幽夜と乙何の目の前に異霊が現れた。姿を現し、何故かは分からないが明らかに幽夜を狙って攻撃を仕掛けてきている。
「そう何度もやられてばかりいられないっ......!」
幽夜は右手だったもやに"力"を込める。いつも通りのつもりで無意識の事だったが、"力"を込めたことで右手に出ていたもやが巨大化した。
「あっちへ、飛んでけっ!!」
幽夜は夢中で拳を握り殴っているつもりだったので気付いていなかったが、その巨大化したもやの一撃は凄まじい威力で先程の乙何の蹴り程では無かったがかなり遠くへ異霊は飛ばされた。
「え、あれ?手のもやが......」
殴った時の違和感で本人も気が付いた。もやは1秒もしない内にまた元の右手の大きさに戻った。
「幽夜くん、そのもやは一体......いや、後にしよう。君自身の体調に問題は無いんだよね?」
「はい、大丈夫です。自分が一番驚いてるしよく分かってないんですけど......」
「よし、じゃあその新しい力をもって守るよ。心音ちゃんを」
改めて全員で集まり心音の周りを固めようとしたところでその心音本人がこちらに叫ぶ。
「お、お願いです!待って、ください......あの人、わた、わたしの......私達の、お母さん、なんです!」
「......やっぱり、そうだったんだ」
「え、どういうこと??」
「あの異霊が取り憑いた元の人間がシオンの母親だって事だよ、ラブカ。シオンのお母さんの遺体、見つかってないって話だったろ」
「え......」
ラブカもレインも言葉が見つからないみたいだ。そりゃあ......僕もだけど。
「心音ちゃん、僕達は......君のお母さんを傷付けたりはしないよ。ただ、今君のお母さん......正確に言えばお母さんのご遺体に、悪いものが取り憑いてああやって動いているんだ。僕達はそれを取り除かなきゃいけない」
「わ、わるい、もの......?」
「そう、悪いもの。それさえ祓うことが出来れば君達の手元にお母さんのご遺体を返してあげられるんだ。辛いかもしれないけれど......どうか許して欲しい」
「え、えっと……その……」
心音は躊躇っているようだったが、意を決して口を開いた。
「お、お母さんは……その、死んでるん、ですよね」
「……うん、残念だけど生き返った訳ではないよ。あくまでその悪いものが取り憑いているのは人間の死体……君のお母さんのご遺体だ」
「そ、そうです、よね……」
心音は俯いている。分かってはいた事でも改めてショックを受けた様子だった。当人にしてみればある意味母親を二度ったも同じ感覚なのだから当然だろう。
「……なるべく形を残して君達に届けられるよう努力はするよ」
「……い、いえ。わた、私達の事は……気にしないでください。邪魔したい訳じゃ……な、ないですから」
「邪魔な訳ない!」
幽夜が突然声を張り上げた。心音はびくっと少し体を震わせた。
「あ、ごめん……でも、お母さんを想う気持ちが邪魔だなんて。そんな訳ないよ、そんな訳……ないじゃないか」
「う、うん……ごめんね。……ありがとう。ユウヤくん」
明日田が幽夜の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「言うじゃないか、幽夜君!その通りさ、我らが歌姫。頼むからそんな顔しないで、いつもの綺麗な笑顔で皆にその歌声を届けてくれ」
「き、きれいな......?は、はい。頑張ります......」
突然綺麗と言われた事に対して心音は顔を赤くしている。明日田は無意識で言っていた為頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。
「明日田さん、実は結構罪な人......」
照陰がぼそりと呟いた。
「ん、どうしたのさ?」
「いえ、何でも......」
照陰は顔を逸らし、何事も無かったかのように話題を逸らした。
「しかしこれからどうします?あの異霊を迫撃しようにもこちらには探る手段も無いし、またシオンを狙ってきてくれるとも限らないですけど」
「そうだね……ここまでやったからには出来ればこのまま仕留めてしまいたいところではあるけど……」
皆が頭を悩ませている間も敵は気配を隠してこちらに近付いているかもしれない。判断も早めに行動に移したいところではあるが、現状有効な手立ては誰も考えられていなかった。
「とにかく心音ちゃんを守る体制をとりながら楽団のシアターまで送り届けよう。あの異霊をこのまま迫撃するかどうかはそれから決める」
次の行動を決め、とりあえず幽夜が心音を抱えて鐘塔から降ろす。
「心音ちゃん、僕達はとにかく君の安全を最優先に動こうと思う。だから君のお母さんを追いかける前に君を楽団にいるであろうお姉さんの所へ送り届けようとしてるんだけど……いいかな?」
「あ、あの…………はい」
少し間があったのは母親の最期を今度こそちゃんと見届ける事が出来るかもしれないと思う部分があったのだろう。しかし迷惑になりたくないと考えている心音は自分の心を押し殺してぐっと言葉を飲み込んだ。
「ありがとう、それじゃ一旦シアターへ戻ろうか」
その事に気付いているのは幼少期を共に過ごした時期のある幽夜達3人。乙何と明日田は心音の引っ込み思案な性格からくるものと認識しており、特に違和感は感じていなかった。
(いいのかな……シオンはそれで)
よくないからこそ返答に間があいたのであろう事は幽夜も察しているが、心音を危険に晒したくないという気持ちもある。心音に声をかけるべきなのかどうか迷っていた。
「ね、本当にそれでいいの?シオンはさ」
「え」
愛渦には幽夜の考えていた事など関係なかった。
「ラブカ!それは……」
「なに?ゆーちゃんも気にしてるでしょ?」
「いや気に……してるけど」
「あ、あの……その……き、気にしなくていいんだよ。ふたりとも……さっきユウヤくんは迷惑な訳ないって言ってくれたけど……やっぱり私はみんなの足手まといにはなりたくない」
「……ありがとう、愛渦ちゃん。僕達大人が心音ちゃんの気持ちに気付いてあげられなかったなんて情けないね」
「まったくさ、これじゃファン失格だな」
乙何が額に手を当て首を振り、改めて心音に向き直る。
「ごめんね、心音ちゃん。どうか僕達の負担になるなんて事考えずに本当の気持ちを聞かせてくれないかな。君はどうしたいか」
「わ、私は……」
(私は……私は……)
「もう一度お母さんに……会いたいです。そしてお別れを……したいです」
愛渦が少し真剣な顔からいつもの笑顔に戻った。
「うんうん、ちゃんとお母さんに言ってあげよ?シオンたちはもう大丈夫だよって」
「うん……でも、楽団に戻るよ」
「え、どうして?」
「お、お姉ちゃんは……この事を知らないから」
「あ、そっか。そうだね」
何がおかしかったのか愛渦がクスクス笑う。一瞬きょとんとした後心音もつられてクスリと笑う。
「変なの、ラブカちゃん。笑うとこ?」
「あたしが笑うとね、誰かが笑ってくれるんだよ。ちっちゃいころからそうなの。だからわたしはへんなとこでも笑うんだ。ほら、今だってシオンが笑ってくれたでしょ?」
心音がハッとして口元を手で隠し頬を赤らめるが、それでもまだニコニコ笑顔の愛渦を見て諦めたような表情で微笑んだ。
「……そうだったね、ラブカちゃんは昔からいつも笑ってるから……周りも思わず笑っちゃうんだよ。きっと」
幽夜は先刻明日田と話した事を思い出していた。愛渦には周りの者を笑顔にし雰囲気を和らげるムードメイカーの才能がある、という話。この場面を見ていても本当にその通りだと感じる。
「さて、空気も和んだところで行動を開始しようか。とりあえずまずは楽団に戻って作詞さんにことの顛末の報告と心音ちゃんの気持ちを伝えた上で相談してみよう。その後の事はそれから決める」
乙何の発言で改めて気を引き締めた一行は周囲を警戒しながら楽団のシアターに戻った。
道中例の異霊に襲われる事もなく無事楽団のシアターに戻った。心音という主役が途中から不在だった事もあり、少し早めに公演自体は閉じていた。既に殆どの客は退場しており数人だけが途中のアクシデントとその後珍しい作詞の歌唱を聞けた事について語り合っている。そして裏の楽屋では作詞と心音の話し合いが続いている。喧嘩になっているというわけではなさそうだが、折り合いがつかない様子だった。
「う〜ん……なかなか落としどころが見つからない様だね……」
「そうですね……どちらにしても僕達からあの異霊を見つけに行くことが出来ない以上、現状何か行動するにも何からしたらいいのかわかりませんけど……」
2人の会話が終わり結論が出しだい、即動いて異霊を捜索するなりなんなりするつもりではある。が、どうするにもその答えが出ない事には始まらなかった。
「今の時間に出来る事は次に取るべき行動を考える事……だけど、そうだね……今から本部の手の空いている人に支援要請するにしても時間も遅くなってきてるし、そもそもそう都合良く適任がいるとも限らない」
乙何は端末を取り出し集会所アプリを開いて今動けそうな人員がいるか確認し始めた。
「あ、そういや僕の端末あの異霊の不意打ちで壊れちゃったんだった……支給されてる物だしこれまずいよね……」
異霊の付けた爪撃の跡がある自分の端末を見る。綺麗に割られているところを見るともしかして最初の奇襲の時狙ったのは右手の方じゃなくて通信手段の方だったのかもしれない。そうするとやっぱりあの異霊には知能がある……それも中途半端なものじゃなく、高い知能が。
「……待てよ」
最初に僕の方を狙ったのは何故だろう?高い知能があるのなら何か考えがあって僕を優先的に狙ってきた可能性はある。それに鐘塔にいたシオンを守ろうとした時も……そちらに行くように見せかけて僕を誘き寄せようとしていたように見えたし。なんで僕なのか、それは分からないけど……もしかしてシオンを囮にするより僕がやれば……。
「乙何さん」
「ん?どうしたんだい」
「……次に異霊が現れた時は幽夜くんが代わりに囮に?それなら確かに心音ちゃんに危険は及ばないけど……文字通りその危険を君が肩代わりする事になるんだよ?」
「もちろん危険は承知の上です。あの異霊が僕を狙ってるっていうのも根拠が薄い話ではあるんですけど……でも、この作戦ならシオンをラブカが隠してあげながら様子を見ていればそっちに危険が及ぶ事も無いですし……やってみる価値はあると思うんです」
「う〜〜〜ん…………分かった。幽夜くんの身体能力の高さを信じてみよう。任せたよ」
「はい」
シオンの安全を確保しつつ、敵の注意を向ける役割も失わない。根拠が「気がする」くらいの勘でしかないのが不安だけど……レインも乙何さんもカバーリングはしっかりしてくれる。きっと大丈夫。
幽夜が深呼吸して怪物と対峙する覚悟を決めていると作詞と心音が話し合いをしていた部屋から出てきた。
「皆様申し訳ありません、お待たせしました」
「いえいえ、とんでもないです。大事な話し合いですから……ですが、結論は出たということでよろしいのでしょうか」
「はい、私も迷いましたが……心音と共に母の最期を今度こそ見届けたいと思います」
「……分かりました。熟考の末に導き出したのでしょうから、僕達からはもう余計な事は言いません。……言えることがあるとするなら」
乙何がまっすぐ作詞の目を見て宣言した。
「お母様のご遺体は、必ず貴方達の元へ戻してみせます」
作詞は真正面から目を見て応えてくれた乙何に心を打たれ涙を浮かべている。
「……お願いします」
と、その時だった。突然シアター内に轟音が鳴り響き、大きく揺れた。
「わわっ、なんだ!?」
「おい、見ろアレ!ステージになんかいるぞ!何かの演出か!?」
「にしちゃ派手に壊しすぎだろ!しかも今日はもう締めの挨拶もした後だぞ?」
どうやら表のステージの方で何かあったらしく、残って歓談していた客達数人が騒ぎ立てていた。
「……まさか」
幽夜達は楽屋の前から急いでステージの方へ確認に向かう。するとそこには先程とは明らかに様子の違う異霊の姿があった。天井に穴が空いている所を見ると突き破って入ってきたのだろう。
「きけ、ンな……野蛮人……共!!娘から……は、な、れ、ロォォォォォォ!!」
「やっぱり狙いはシオンじゃなくて僕……というより僕達の方だったんだ」
「そうと決まればさっきの幽夜くんの作戦通りに行こう!愛渦ちゃんは心音ちゃんと作詞さんを連れて安全な距離で様子を見て、明日田さんはお客さんに避難指示をお願いします!」
「りょーかいですっ!2人とも行くよー!」
作詞と心音は少し戸惑ったが愛渦について上階に向かった。
「ラジャー……っと!観客のお兄さん方、ちょっとここは危ないんで外に出ますよ!」
「おいなんだ常連の兄ちゃんじゃねぇか!今日は珍しく居なかったな!」
「呑気に会話してる場合じゃないのさ!いいから外に行くぞ!」
「お、おう!なんかよくわかんねぇがやべぇのか!」
明日田が観客達を引っ張って外に連れ出す。
「……さてと。ここで決着だね」
「はい!」
「……僕の鎖じゃ動きを完全に封じる事は出来ませんでした。あまり当てにはしないでください」
幽夜、照陰、乙何が異霊と正面から向かい合う。決戦の舞台の幕が上がろうとしていた。
同刻、大穴の空いたシアターの屋根上に舞台を見下ろす人影があった。
「ふむ、あの少年の右手……どうやら目覚めつつあるようだ。……まぁいい。とりあえずはこの一幕を見届けさせてもらうとしよう」




