魔人の狂想(47)
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それから俺たちは、初めての魔道具を手に馴染ませるべく、テザリアの街の外でモンスターを狩りまくった。
流石に街の中で振り回すには、もし事故を起こした時に被害が大きすぎると判断したからである。
それにしても、この『スターゲイザー』とかいう魔道具。俺は槍とか使ったことがないから上手く取り回せるか不安だったのだが、重さがないせいか、思った以上に簡単に扱えることが判明した。
取り回しが難しくても、最悪、『スターゲイザー』の持つ浮遊能力で手を使わずに操れば済むしな。
一方でアリスの方もなかなか上手く使いこなせている様子だった。
元々彼女は剣士だから、剣の扱いはかなり上手いのは当然なのだろう。
使っているうちに、俺の魔法を剣で受けて、衝撃波として標的に返すコンビネーションも確立させることができたし、ロゼッタの新装備の試運転も済ますことができた。
まず一つは『タラリア』と呼ばれる機動装置である。
腰につけるタイプの魔法のジェットエンジンの様なもので、これを使うことによって高速での立体機動が可能となる。
これの使用に関してはそこそこの反射神経や運動神経を求められそうなものなのだが、頭に装着した冠型のインターフェイスによって、思うがままに使用することができる様になっていた。
これによって、ロゼッタ最大の弱点である機動力がカバーされることになった。
次に、主兵装となると『ブリューナク』と『グングニル』だ。
これまで彼女が使っていた大型の近未来型の四角いレールガンの様な魔法銃をもう少しコンパクトに作り直したような拳銃型の銃の魔道具である。
双方ともに濃いワインレッドに塗装されたそれは、以前のそれよりも一発の威力は落ちるものの、連射速度は倍近く増え、それが二丁あるので単純計算で以前の四倍の攻撃速度を手に入れることに成功していた。
ちなみに、元の大型の魔法銃は、筐体が勿体無いとかいう理由で、一撃の火力が大きい魔法銃『カラドボルグ』へと作り直された様だった。
そうして、数時間狩りをしながらお互いの新兵装の手慣らしを終えた俺たちは、満足顔で街へと戻ってきたのだった。
「ふぁ〜、にしても、うちの魔道具さまさまやなぁ。
ちょっと前やったら考えられへん様な収穫やで」
今は俺のストレージに入れられていて手元にはないが、街の周囲で狩り尽くした獲物の数々を思い出しながら、ロゼッタが満足げに赤猫のケープコートを翻した──とそのときだった。
「うわっとすんませぇ──!?」
ちゃんと前を向いていなかった故の不注意からか。
とすん、と、軽く彼女の体が通行人の背中に当たる。
一瞬、怒られるかと臓腑をひやりとさせるが、しかし目に飛び込んできた見覚えのある人影に、俺はすぐに安堵の息を吐いた。
くすんだ灰色の髪に、エメラルドの様な緑色の目。
高い身長に緑色のローブを羽織った男性。
俺はこの人物を知っていた。
「おっと、嬢ちゃん危ねぇぜ?
歩くときはちゃんと前を見な……ってありゃ?」
振り返りながら、ぶつかってきた彼女に軽く注意をする彼の視線が、スゥ、と俺の方に流れる。
ツバの広い三角帽子を被っていたので、角度的に顔はわからないはずだったが、訝しげなその視線が、『どこかで見たことがある様な……』とでも言いたげに、こちらを突き刺している。
「お、お久しぶりです。
奇遇ですね、カールさん」
被っていた三角帽子を脱いで、胸元に抱えながらニコリと挨拶をした。
そうだ。
彼の名前はカール。
俺が黄金の鍋亭で働いていた頃に、冒険者としての基礎知識を叩き込んでくれた冒険者である。
「おぅ、やっぱりマーリンだったか!」
子供の様にくしゃりと顔を歪めて、大袈裟に反応して見せるカール。
なんだかとても嬉しそうな表情をしている彼に、俺も釣られて顔に笑みを浮かべた。
「ハハァ! ほらな、見てみろ! いつか会えるって言っただろ?」
「三年後ではありませんでしたけどね」
「バカ、そこは重要じゃねぇんだよ」
ガシ、と豪快に頭を掴んで、クシャクシャと撫でる。
せっかく櫛で梳いたのに、一瞬でボサボサである。
「……にしても、たった一ヶ月だってのに、変わったなぁ。
友達ができたからか? 一瞬わからなかったぞ」
「それは多分帽子をしてたからじゃないですか?」
「いや、雰囲気っつうか、気配っつうか。
昔はもっと他人行儀だったのが、今はもっと角が取れて年相応になった」
「……友人の、お陰です」
言われて、どんな顔をしていいかわからず、とりあえず帽子のツバで顔を隠した。
「……そうか、よかったなマーリン」
それから、こんな場所で立ち話というわけには少々不便だという事になって、とりあえずそこから、カールさんたちが拠点を置いているギルド近くの宿屋へと移動する事になった。
道中、別れてからこれまであったことの近況報告をする。
「──てなわけで、冒険者学校からの依頼でラミアクイーンの捕獲を終えてきたところなのさ」
「フィールドボスってそんな簡単に捕獲できたんですか?」
ラミアクイーンは下半身が蛇の姿をした女性の姿をした、レベル六十代のプレイヤーがパーティを組んで相手にするのを推奨とされているモンスターだ。
ゲーム時代だと、初心者を抜けたプレイヤーが最初に相手をする定番のフィールドボスである。
ちなみにフィールドボスというのは、ダンジョンやクエストなどで相対する強敵ではなく、そのフィールドに単体で湧く、周囲のモンスターのレベルより明らかに高いレベル帯のモンスターのことだ。
「簡単じゃないさ。
魔法は効かない、体も硬い。はっきり言って冒険者泣かせだが──まぁ、所詮爬虫類。工夫すりゃあ大抵なんとかなるもんさ。
例えば周囲の気温をグッと下げるためにだな──」
久しぶりの魔法の応用の仕方を話し始めたカールさんに、急いでメモを取り出し書き始める。
それにしても──。
「ねぇ、ロゼッタ。あの人ってもしかしてマーリンの師匠なのかしら?」
「かもしれんなぁ。雰囲気がなんか師匠と弟子みたいな感じやし」
こそこそ、と背後で小声で噂する二人の声が、意識の片隅に入り込んでくる。
別に噂されたところでなんとも思わないはずだが、なんだろう、心なしが小っ恥ずかしさが込み上げてくるのは。
ニヤニヤ、と生暖かい視線をうなじに受け止めながら、俺たちは宿屋の食堂のテーブルに腰を落ち着けた。
「さて、遅くなったが腰も落ち着けたというところで自己紹介をしようか」
やってきたウェイトレスに軽食を注文して、カールが話題を切り替えた。
「俺の名前はカール。
Bランク冒険者の魔法使いをやっている。
こいつとの関係は……そうだな、師弟関係とでも思ってくれ!」
ニッ、と子供の様な笑みを浮かべながら、俺の肩に腕を回して抱き寄せる。
ちなみに冒険者ランクはFランクからSSSランクまでの九段階があるのだが、Bランクは冒険者の中でも一人前と称されるランクに位置され、Aランクともなればその中でも手練であると認識される。
ゲーム時代での認識だと、基本的なアーツを取り終えるレベル六十代から七十代あたりといった具合か。
「やめてください、暑苦しいです」
「辛辣だなぁ、スキンシップはまだ苦手か?」
「男の人に抱かれるのは趣味じゃないだけです」
両手でカールさんの体を押しやり、席と席の間に空間を確保する。
別に彼のことが嫌いなわけではないが、密着したいかと言われるとそれとこれとはまた別の話なのである。
というか、俺は元男だぞ。男が男に抱きつかれて嬉しいわけないだろ。
「そういや、サーシャからは逃げたことなかったもんなぁ、お前。
もしかしてレズか?」
笑いながらそう茶化すカールさんの言葉に、俺はどんな反応をしていいのか困る。
対外的に見ればたしかに今の俺の性的嗜好はレズと言われても否定できないものだ。
しかしそれは俺が元男なだけで、主観的に見ればこれは普通にヘテロな嗜好とも呼べるわけで……。
──と、そんな時だった。
「いだっ!?」
背後から近づいてきた金髪長身の女性が、カールさんの頭に固く握りしめた鉄鎚を振り落としたのである。
「せっかく再開したのに、セクハラで訴えられるわよ?」
「サーシャ……!」
恨めしげに、彼の緑の瞳が女性を睨む。
高い身長。
一つに纏めた長い金髪。
白いフルプレートアーマーを着込み、その背中には身長ほどもある、巨大な鉄板の様な、無骨な大剣が背負われている。
彼女の名前はサーシャ。
かつてカールさんと共に、俺に冒険者としての知恵や技術を伝授してくれた人である。
「サーシャさん、ご無沙汰してます」
帽子を胸に抱えながら、先月別れたばかりの師に頭を下げる。
すると、さっきまでのカールさんに対するゴミを見る様な目はいずこへか、目をキラリとハートの様に輝かせて、その硬い鎧の胸で俺の体を抱き寄せた。
「マーリンちゃん! 久しぶり久しぶりー!
元気してた? ていうか雰囲気ちょっと変わったね! 角が取れたっていうか。
……そこの、お友達のおかげかな?」
頭を撫でくり撫でくり、はしゃぐ様にカールさんと同じ様な文言を口にするサーシャさんの勢いに気圧され、苦笑いを浮かべる。
やはりこの二人はコンビなのだろう、こんなところでも気が合うとは。
「えぇ、まぁ」
ちらり、と抱擁の隙間から二人に目をやると、なんとも言えない照れた顔でそっぽを向いているのが見えた。
そんな俺の視線に気づいたのか、彼女は抱擁を解いて、改めて二人に対して自己紹介を口にした。
「私の名前はサーシャよ。
職業は重剣士。
このバカとコンビを組んで冒険者をしているわ。
二人ともよろしくね!」
──そんなわけで、お互いの自己紹介も済んだところで軽食が運ばれてきた。
時間的にはそろそろ夕飯には早いあたりの時間帯だったが、お互い運動の後のせいもあって、胃袋は空であった。
親交を深めるために雑談を交わしつつ、近況報告なんかをしあう場となり、ご飯を食べ終えた俺たちは、御馳走様を口にして一路寮へと帰ることになった。
ちなみに余談だが、今日狩った獲物たちは全て、途中立ち寄った冒険者ギルドで売却したのだが──そのあまりの量に周囲の冒険者たちに目を剥かれたのは、また別の話。




