魔人の狂想(46)
46
「おーい、マーリーン?
起きてるか〜?」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
どこか懐かしいような、しかしもっと最近聞いたことあるような。
「だめね、どうしちゃったのかしら?」
「いつからこんなんなってんのや?」
「そうね……たしか、公園の屋台で一緒にクレープを食べて……その後かしら?」
「ぅえ!? クレープ!?
いーなー! うちも食べたい!」
「今度作ってあげるわ、たしか、申請すれば厨房を借りられた筈だから」
「よっしゃ! んじゃ、諸々片付いたらお菓子パーティーやろうな!」
騒がしい声がだんだんとハッキリ聞こえてくる。
聞こえてくるに連れて、この声がいったい誰のものだったのかを、徐々に徐々に思い出して──。
「──ハッ、俺は一体何を!?」
口に残る、溶けきっていない『コーンスープ』のざらざらとした顆粒の感触を口に覚えながら、意識が覚醒する。
眩しい光。だんだんとそれが目に馴染んでくると、どうやらここが寮の食堂であることや、既に昼食を終えたところであることを知覚した。
「お、やっと起きたか」
目の前を手でヒラヒラとひらめかせながら呆れたような声を出すのは、我が友ロゼッタ氏ではあるまいか。
「どうしたのよ、そんなにぼーっとして」
そして、その隣で怪訝な、もとい不審な顔でこちらを見つめるのはアリス氏か。
「……なんだよ、氏って」
「「??」」
唐突な、意味不明なツッコミを呟く俺に、一層怪訝そうに眉を顰める二人──だったが、どうやら考えたところでどうでもいい事だろうと判断したのだろう。
さっきのやりとりはとりあえず無かったことにして、話題を変えた。
「──それで、新しくできたっていう魔道具の話に戻るのだけど」
アリスの言葉に、えっ、もうできたの!? という驚きの声を上げかけるのを喉の奥でグッと堪える。
「んぁ、そうやったそうやった。
ここで出すのも何やし、ちょっと中庭行こっか」
言って、席を立つロゼッタ。
見た感じ、剣も何も持っていないように見えるが、おそらくあのレールガンのような魔道具同様、カードの中に仕舞ってあるのだろう。
レンガの敷かれた中庭、その隅にあるちょっと木陰になっているところに三人で集まったところで、ロゼッタはケープコートの下から二つの腕輪を取り出した。
片方には青い宝石のような物が、もう片方には黄色い宝石のようなものが嵌められている。
「これが、その魔道具?」
青い宝石が嵌められていた方をロゼッタから受け取って、よくよく観察してみる。
見れば、腕輪の内側に何やら彫刻がなされていて、そこに向かって大気中の魔力が吸い寄せられているようだ。
「せやで。
起動に必要な魔力は体外の魔力を吸収して自動的に充填できるようにしてあんねん。
やから、魔力使われへんアリスでも、合言葉ひとつだけで武器の出し入れができるようになってんのや。
どや、凄いやろ!」
「ありがとうロゼッタ! 助かるわ!」
「へへん!」
アリスの褒め言葉に、どやりとしていた顔が更にどやりとなる。
「にしても、こんな物よくこんな短期間で作れたな……。裏側の彫刻なんて、結構時間かかりそうな気がするんだけど……」
「まぁ、そこは慣れやな。てゆーか、それ自体は結構簡単に作れんねん。
問題はその中に収納してる武器の方やな。
その腕輪の魔石に向かって『主兵装展開』って言ってみ」
ニヤニヤと口元を緩ませながら、そう指示を出すロゼッタ。
何だかこういうのは厨二病的で少し恥ずかしいが、合言葉を言わなければ新しい武器も見れないので、顔を赤らめさせつつも渋々口に出した。
「しゅ、主兵装、展開」
「主兵装展開」
二人して小さく合言葉を呟く──が、何も起こらない。
「あれ、何も起こらないのだけど……。
壊れてるのかしら?」
不思議そうに呟くアリス。確かに言われた通り合言葉を呟いたのに、何も武器が現れないのだ。
「ちゃうちゃう! そんな恥ずかしそうに言うたら、武器の方も恥ずかしがって出て来ぇへんに決まっとるやんか!
もっと自信を持って、大っきい声で、むしろ叫ぶくらい自信満々に!」
「えぇ……」
おそらく、いや明らかに彼女の趣味らしい仕様に、思わず眉を顰める。
「仕方ないわ、マーリン。
こうなったら、もう言う通りにしないといつまで経っても武器を出せないもの」
「そうだなぁ……やるしかないか……」
諦めたように言うアリスの言葉に、軽く深呼吸をして気分を整える。
どうせやるなら、気分も何もかも吹っ切ってしまおう。恥ずかしさごと吹き飛ばすように、全力で──
「「主兵装展開!」」
刹那、キランと腕輪に取り付けられていた魔石が眩しい光を解き放った。
「うわっ!?」
眩しい光に、思わず腕輪をつけていなかった方の手で目を庇い、その隙間から何がどうなっているのかを窺う。
すると、その溢れ出した光が徐々に収束し、形をクネクネとくねらせて、ある一つの形へと整形されるのが見て取れた。
「これは……」
そうやって一つの形へと光が整うと、やがて光は薄れ、その中から一つの武器の姿を表した。
それは、長い杖だった。
俺の身長よりも少し大きく作られた、紺色の金属製の杖で、頂点には大きな青い球状の魔石と扇形の飾りがつけられている。
飾りはただの飾りというだけではなくて、そこに触れてみればそれは確かに金属の刃物じみた狂気を孕んでいた。
一言で言い表すならば、上向きに刃がついた斧と魔法の杖を合成したようなイメージか。
石突は鋭く尖っているから、槍としても応用可能そうだ。
見た目はかなり重厚で重そうだが、手に持ってみれば自然と馴染み、重さを一切感じない。
(これ、どうなってるんだ……?)
重さを消す魔法でも掛けられているのだろうか?
しかしそんな魔法なんて聞いたことがない。
「マーリンのその武器の銘は『スターゲイザー』。
大気中の魔力を吸収して、MP換算で最大五千までストックすることができるんや。んで、ストックした魔力は自分で自由に使えるようにできんねん。
魔力の吸収速度は自分の意思でも変えられてな、最速でも三秒あったら満タンや。
他にもストックした魔力を砲撃として発射したりとか、そこの斧の所に魔力を集めて斬撃を強化したりとか、空中に浮かばせて空飛んだりとかできるんやで」
「ご、五千……!?」
魔力を自動で吸収してストックできるってことは、単純に考えて自分の魔力総量をそれだけ底上げできるということだ。
とはいえ、ゲーム時代にも同じ能力を持つアイテムはたくさんあった。
しかしこれはそのどの補助率とも違う。
なぜなら今まではどれも最大で千までしか底上げすることが叶わなかったのである。
それが五千。従来の五倍である。
しかもそれを砲撃として射出もできる。
まさに兵器と呼んで差し支えない威力である。
「そんで、アリスの方の剣の名前は『ラ・ピュセル』」
ロゼッタによるアリスの魔道兵器の説明が始まる。
彼女の武器は黄金に輝く長剣だった。
すらりとした刀身は美しく、鍔はアザミとヤドリギの花を象った装飾が施されていて、その装飾のヤドリギの蔓が複雑に絡み合って剣の根元を覆い、地肌に沿って幾何学的な模様を刻み込んでいる。
「相手の魔法とかアーツを防いだらな、その魔力吸い取って蓄積することができるんやけど、その蓄積した魔力はな、《ラ・ピュセル》の合言葉で衝撃波として吐き出すことができる優れモンや」
「私が……魔力を……」
『ラ・ピュセル』の説明を聞いて感動したのか、わなわなと震え出すアリス。
彼女には魔力が一滴もなかった。故に、母のようなドラゴンスレイヤーを目指すにしても限界があったはずだった。
しかし、ここにきて相手の魔力を吸収して跳ね返すという新たな攻撃手段を得たことによって、さらにその限界を超える目処ができたのである。
それはつまり、目指す理想への前進を意味していた。
「それにしてもロゼッタ。こんな短時間でよくこんなものを二つも作れたよな……。
お前、ひょっとして天才か……?」
俺の記憶が正しいなら、作り始めたのは今朝だったはずだ。構想そのものは昨晩できていたとしても、あらゆる面で加工の速度が尋常じゃないほど早いと言わざるを得ない。
「んやぁ、実はこれ、元になるやつが実は前々から作っててんよ。
うちが考えた最強の武器、みたいな?
そーゆーのって一回誰でも作ってみたくなるやん?
そんなかのシリーズから引っ張り出してきてちょっとあんたら用にリメイクしただけやから、実はそんな時間掛からんかったんよ」
でへへ、と照れたようにそう白状する彼女に、俺は納得した顔で頷いた。
「わかるなぁ。小さい頃よく想像して遊んでたし……」
と、そこまで呟いて、ふと恐ろしい事実に気がついてしまう。
もしや、こんな非常識な性能の武器がまだ大量に彼女の元にあるのではないか?
そう思って尋ねてみれば、誤魔化すように『それは言われへんなぁ、企業秘密やし』と笑って答えるのだった。
これは、確実にまだ何か隠している顔だったが、しかし無理に聞くのも悪いだろう。
俺とアリスは、呆れたような顔でため息を吐きながら、苦笑いを浮かべるにとどめるのだった。




