アバロン
アーシュがユーベル聖王国の司祭と揉める少し前。
ようやく監獄と呼ぶ施設が完成した。
広さはローマのコロッセオほどと言えば、豪華な建物を連想するだろう。
だが中身は無く、壁のみが存在しているというかなり寂しい状態だ。
呪いの金で興したグラナ商会を通し、特殊なレンガを用意した。
それをゴーレムという重機で運んで作らせたのがこの監獄。
元々存在していた朽ちた大型建造物を利用したため、半年という短期間で完成した。
その朽ちた大型建造物というのは、リクレイン領で魔導事故が起こる前に存在したとされる文明の名残。
地球人の感覚であれば保存するべきなのだが、 この世界にそのような殊勝な心がけの者は少数派でしかない。
特にこのリクレイン領の者は生きていくので必死なのだ。
腹の足しにもならない文化遺産など瓦礫の山でしかなかった。
夜。
アーシュは待っていた。
監獄の中心部で時が来るのを。
護衛は誰一人とていない。
監獄の外で待っている。
これから行う儀式は、決して見せるわけにはいかない。
今まで行ってきた外法とは違う意味で、見せるわけにはいかないのだ。
彼の手にした青水晶の大剣が、薄らと光を放ち始めた。
アーシュの体を容易く隠せる大剣。
あり合わせの材料で作った急増品ではあるが、今のアーシュが持つ古代魔導具の中では最上級の物だ。
大剣の光を確認すると、空を眺めた。
手にした大剣の光が徐々に強くなっていく。
近付いているのが分かる。
楽園の最終兵器アバロンが。
空間の狭間に隠れた超兵器。
世界を一瞬で焼き尽くすことすら可能な災厄。
強欲王ですら使う事を避けた古代魔導具。
今のアーシュでは、制御することなど出来ない。
その術を持っていないのだ。
しかし力の断片を利用することは出来る。
大剣を頭上高くに浮き上がらせると、剣を中心に魔法陣が生成された。
美しい魔法陣は大剣を軸として生成されている。
時間と共に光は強まっていく。
青く輝く魔法陣の輝きは更に増していき、やがて雪のような光が空へと昇り始めた。
体から力が抜けていくのが分かる。
比例するかのように、賢者の石が反応しているのも分かる。
疲労と戦い時が流れるのを待ち続け──ついに来た。
賢者の石が教えてくれる。
ランダムで変更される接続呪文を。
いつの間にか手にしていたカードが、1枚、また1枚と黄金の炎に包まれて消えていく。
その度に光の粒が大剣に吸い込まれていっている。
これは魔力の形をした暗号。
カードの光が吸い込まれるたびに、アバロンのロックが外れていく。
大剣の光がいっそう強くなった。
監獄から影が消えるほどの眩さ。
だがそれは一瞬。
フと光が消えた。
残された監獄。
それまでとは違う様相を見せていた。
薄らと淡い緑色の光を放つ水晶が、監獄のあちこちに生えている。
マナ結晶。
すでに、この世界から喪失した石。
楽園のアーティファクトは、マナ結晶を使う事で真の力を発揮する。
600年前に失われ、その使い方すら失伝している。
このため楽園のアーティファクトは、いまの世では本来の力を発揮できない。
だがアーシュにとっては──。
マナ結晶を一つ手に取る。
そして指先を向けると赤い液体が落ちた。
結晶を包むかのように動く液体。
それは賢者の石が血を変質させたもの。
ナノマシンのように働き、結晶を加工していく。
やがて完成したのは、薄らと光る板。
子どもの手には収まらない、やや大きめのカード。
加工は問題なく行えた。
結果に満足すると、彼は監獄の外へと足を向ける。
「残りの作業をお願いします」
監獄内から出るとさっそく指示を出す。
だが普段とは違う丁寧な口調であった。
それだけでなく声に、敬意が含まれていることすら感じられる。
アーシュが声をかけたのは全身を黒色のローブで包んだ怪しげな人物。
フードを被っているうえ、顔もまた鳥の嘴のような仮面で隠している。
このような人物と親しく話していれば、間違いなくヤバイ薬の取り引き現場だと判断されるだろう。
だが問題は無い。
彼はアーシュの父にとって弟弟子に当たる存在なのだから。
共に同じ錬金術師の下で学び腕を競い合った中。
アーシュの父は、最悪の再婚をしてから屋敷にこもるようになった。
その間もかつて学んだ錬金術に没頭し続け、この弟弟子とも手紙などを使ってやり取りをしていた。
アーシュがリクレイン領を継ぐことが決定したのを機に、父の遺言に従って研究成果を生かそうと彼を呼び寄せた────という設定になっている。
この怪しげな人物は、アーシュの用意したエキストラに過ぎない。
超常の錬金術による成果を、全て今は亡き父に負わせるように動かしている。
彼のおかげで大概の事は”パパすごい!”で済ませる予定でいる。
義母に虐待じみた事をされていても、何も助けてくれた無かったパパなのだ。
既にアーシュの中で、彼への評価は最安値を更新している。
”生前は呼吸する価値すらない男だったんだ。死んだあと位は役立ってもらうよ”とはアーシュの談である。