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グラナ商会

 監獄での作業を指示したものの、すぐさま目的の物が完成するわけではない。


 作業の完了は、順調に行けば3日。

 少し大き目の建築物を作り、その後で錬金術の儀式を行う。

 しかしアーシュでなければ行えない作業はない。

 だから今は、別の仕事に専念する。


 執務室に一人の男を招いた。

 彼の名はリーンハルト・ラング。

 呪いの金を任せた商会の頭取をしている。


「この条件に沿った国や民族を探して貰おうと思っている」


 渡されたリストの内容を確認すると、彼の眉間にシワが寄った。

 あまり歓迎できない内容のようだ。


「……国は問題ないのですが、民族の方はずいぶんと物騒ですね」

「交渉をしてくれって言っているわけじゃないさ。商人の情報網で探してくれるだけで十分だよ」


 交渉はアーシュ側で行う。

 この言葉を聞くと、彼の纏っていた空気が変わった。

 どうやら交渉が難しいと考えていたようだ。


 感情が表に出るのは、商人としては良いと言えないだろう。

 それでも彼は一流だといえる。


 彼には実績がある。

 すなわち感情を表に出そうとも、問題が無い程の商才があるということだ。


 そもそも相手の足元を見なければ稼げないようでは、よくて二流にしかなれない。


 商売は独自性が無ければ、ライバルが溢れ返ってしまう。

 その独自性を作れば、独壇場となる。


 仮に独壇場であれば、相手に合わせて値段を変えるような真似をしなくてもいい。

 独自性というのは商人にとって強力な武器であり、彼はそれを作り出せる。

 故に一流だと言えるのだ。


「商人の情報網を使ってもらうのだから取り引きだと考えている。報酬として……その布を取ってもらえるかな?」


 彼らが囲む黒塗りのテーブル。

 その上に不自然に置かれていた青い布を被せた箱。


 先程からリーンハルトも気になってはいた。

 好奇心を満たせるとあり、彼は期待を込めて布を取る。

 だが、そこにあったのは想像以上の物であった。


 思わず息を飲み込んだ。


 宝石を入れるために作られたような箱。

 その中にあったのは、一目見れば銀の髪飾り。

 だが再度見れば銀よりも白いのが分かる。


 見慣れないからこそ、銀と錯覚したのだ。


 凝視するように確認した。

 秘奥として海の向こうに加工技術が存在しているのは知っている。


 リーンハルト自身も、その素材が加工されたアクセサリーを何度か見たことがある。


 それと同じ素材だ。

 しかしこのバラをあしらった髪飾りは、輝き、光沢、細工の繊細さなど遥か上をいっていた。


 驚くほどの技術だ。

 かつて見た白金のアクセサリーとは根本的に何かが違う。


「父がこういった研究をしていてね。先生がその成果を使って用意してくれたんだよ」


 アーシュの口から出た先生という言葉。

 僅かな時間リーンハルトは記憶を掘り起こしてみると、そんな話しがあったことを思い出した。


「リクレイン卿が先生とおっしゃるのはクトラ様のことでしょうか」

「そう言えば紹介していなかったね。クトラ先生は父と同じ師の下で腕を競っていた方で、父の弟弟子にあたるんだけどね。詳しい話しは今度紹介するからその時に聞くといいよ」


 ”え、ええ”と生返事しか返せなかった。

 キャラが濃すぎるアーシュが先生と呼ぶほどの人物だ。

 気にはなるが、どう関わればいいのか迷うのは目に見えている。


 だが優秀な人物との縁は、商人にとっての財産。

 ありがたく紹介してもらおうと頭を切り替える事にした。


「こちらの要望を叶えてくれるのなら、とりあえず白金の加工方法をいくつか教えてもいいと許可をもらっている」


 商談の本番だ。

 大きな取引になることを悟り、リーンハルトの表情が変わった。


 白金の加工方法。

 それも秘奥とされる海外のソレよりも遥かに高度な技術。

 さきほど渡されたリストの国や民族を探すだけでは、対価として不足しているのは確かだ。


「何をお求めなのでしょうか? 先程お聞かせ頂いたリストにある条件を満たした国と民族を探す事は当然として、他にもお求めの物があるのではと思うのですが」


 リーンハルトの察しの良さに、アーシュは笑みを浮かべた。


「依頼したいのは3つ。まず外国にグラナ商会の支店を作ってもらいたい。2つ目は近々作る予定の流通網に必要となる道具類の運搬。3つ目は近いうちに外国から僕のお客さんが団体で来る。そのお客さんはヴァールナ王国を回る予定だ。その移動の助けと彼らの監視をしてもらいたい。もちろん、こちらで費用は全て支払わせてもらうよ。支払いは貴金属になるけどね」


 出された依頼は3つ。

 いや、先に出たリストの件も含めて4つか。


 リストに関しては、政治的なものだろうから口を出さない方がいいだろう。


 だが新たに出された3つは違う。

 政治も含まれるが、それ以上に商売の領域だ。

 これは確認した方がいいだろう。


「依頼についていくつかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 特に気を害することもなく了承してくれた。

 最初から、説明をするつもりだったのかもしれない。


「まず貴金属で費用を支払って頂けるということですが、それはグラナ商会を設立するときに用意して下さったあの金を希望することはできますか?」


 あの金は異常だ。

 純度が恐ろしく高く、職人たちが歓喜したほどだ。

 その金を使った細工類は、いずれも途方もな値段で取り引きされた。


「もちろん可能だけど、ついさっき君の中で価値が跳ね上がった白金も望んでくれるとありがたいね」


 一瞬、思考が止まった。

 このためだったのだ。

 早い段階で、白金の加工方法を教えると言ったのは。


 話を聞く前であれば、加工方法の分からない金属として取り引き対象にすらならなかった。


 だが今は違う。

 話を聞いたために、加工して高価値なアクセサリーとして売ることのできる金属となった。


 それでも、あの見事な髪飾りを見せられなければ価値はもう少し低かったハズだが。

 たった数分で、白金の価値が自分の中で高騰している。


 とんでもないことだ。

 目の前の少年は、数分で途方もない価値を持つ宝を作り出したようなものなのだから。


 同じような事が自分の知らぬ場所で行われれば、間違いなく振り回されることになる。


 だがリーンハルトとて一流の商人。

 腹を括るタイミング位は心得ている。

 今この瞬間が、まさしくその時なのだ。


「白金も、あの金と同等の純度を期待してもよろしいのでしょうか」

「期待に添えることを約束するよ」


 彼が迷う事はなかった。

 すぐさま交渉に入る。


 だが貴族から商人に伝えることなど、たかが知れている。


 貴族は要望を出し、言い値で商人から買う。

 これが一般的なやりとりなのだ。


 故にアーシュとリーンハルトの交渉は、長い時間を必要としなかった。


「今回の白金は今の市場価格でいいよ。次回からは適正価格にしてもらうけどね」


 アーシュは素材さえあれば、貴金属をほぼ無尽蔵に作り出せるのだ。

 だから多少の損をしても問題はない。


 グラナ商会が儲けて成長してくれれば、納める税金も増える上に強い手駒を得られるという事でもあるのだから。


 多少の損をしたとしても、グラナ商会が大きくなれば利益となるのだ。

 このため今回の話し合いで、アーシュ側に深く考えるべき要素など皆無に等しかった。


 *


 リーンハルトが、担当者に連れられて部屋を出て行った後。

 アーシュは再び書類仕事に戻った。


 今のリクレイン領は深刻な人材不足だ。

 1年前よりもは回復しているが、まだ十分ではない。


 そのような状況で、しばらく屋敷を離れることになるのだ。

 帰って来たとき、仕事量がエライ事になっているだろう。

 今のうちに仕事を減らしておかないと泣くことになりかねない。


 だが、しばらく書類を確認していると手が止まった。

 内容はグラナ商会関連だ。

 書類から、うまく動いてくれているのが見て取れる。


 しかしそろそろ限界だ。

 売上云々の問題ではなく、こちらの要望に答えるのにも限度がある。


 あくまでグラナ商会は表の組織だ。

 だから表側でしか動けない。

 やろうと思えば裏側でも動けるだろうが、その場合は効率が悪い行動しか取れそうもない。


 必要なのは、今ある裏側よりも規模の大きな組織。

 それと隠れ蓑となる表と裏の中間にある組織。

 イザと言うときに逃げる場所も必要だ。

 錬金術の工房も発展させなければならない。

 あとは監獄の門と繋げた中継地点。


 それと──やることが多すぎる。


 やることを並べると、やはり人材の確保が急務のようだ。

 せめて表の仕事は、早めに人材を確保しておきたい。 


 だが、それは無い物ねだりだ。

 今は書類仕事に専念することにした。

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