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世はなべてこともなし。

 教会が崇める神は、「救わぬ神」だ。

 教義の大元は、死後楽園に導かれるためにどう生きるべきか、という、それだけ。富や栄達なんていう、わかりやすい現世利益なんてもたらされないし、超常の力なんて授けてくれないし、そもそも死後の安寧なんて生者には確かめようもない、っていう、ないない尽くしの三流以下。なにが有難くて崇めているんだかと、教会に飼われていた時から不思議でたまらなかったものだ。

 とはいえ、お飾り聖女サマの代わりに神具ごろごろ宝物庫の整理整頓を任されるようになって、バッタリ遭遇したカミサマ――人智を越えた力と意思を宿す紫紺の球体に、なるほどそういうことかと納得もしたのだけれど。

 ソレは元来、決まった形を持たないらしかった。それでもって、ずいぶん人との交流に飢えていたらしい。

 初めて宝物庫に入った時、埃だらけだったのだ。それだけで、あ、何代も聖女サマたちはここを放置していたんだな、っていうのがわかってしまう。多分、ソコにカミサマがいる、ってこともいつの間にか忘れられてしまったんだろう。教会の最奥、カミサマがいることになってる場所もこの分だと空っぽかもしれない。

 きっと、本来聖女という役職は文字通りカミサマの話し相手にでもなって無聊をお慰めするのが仕事だったんだろう。神具ってのも本来、カミサマが作ろうと思って作ったものじゃなく、ただ長い間ソレの力に晒され続けた結果いつの間にか超常の力を持つ神具になっている、なんて信仰心厚い信徒なんかが知ったら卒倒してしまいかねないものらしいし。神具が収められた宝物庫じゃなく、カミサマが鎮座ましましていたから中の物が全部神具になっちゃった部屋だったわけだ。

 そんな残念過程を経て出来上がった神具だけども、ひとつあれば小国が買える、なんて言われるほど人界での価値は高い。自然、ごく限られた人間しかその部屋に出入りしなくなり、腐敗の進んだ教会からは正しいいわれを知る人間は追い出されていって、至る現在、と。

 そんなような経緯をざっくり語るカミサマに適当な相槌を打ちつつ、掃除に勤しむことおよそ半月。なんとか許容できる程度に清潔になった後はそんなに頻繁に通う必要もなかったのだけれど、教会で生まれ育ったクセに、ちっともカミサマを敬わない私を面白がったのか、ソレは押し付けるように私に知識を与え、会話を強要し、いつしか、戯言を繰り返すようになった。

 俺のジャンヌ、なんて初めて言われた日はもう本当、気持ち悪くて気持ち悪くて、思わず全力で攻撃魔術をぶち込んでしまったものだけれど、そこは腐ってもカミサマなのか、微塵も堪えた様子がなく。

 無駄に豪奢な台座にどんと居座って掃除の邪魔だといくら言っても頑として動かなかったのに、いつしか腰も軽く室内のあっちへフラフラ、こっちへフラフラと掃除をする私に付きまとっては飽きもせず話しかけて来たのだ。

 そうなれば当然、私の足も遠のくわけで。変態神官との逢引き時間、聖女サマは宝物庫の管理に勤しんでいることになっていたから、強制的に放り込まれるたびに舌打ちを繰り返していたのだけれど。

 その頃たまたま、神官長と廊下で行き会うことがあった。なにもその時が初めてというわけでもない。私は聖女の道具だったし、その聖女は建前上、教会で神官長に次ぐ地位だったから、大きな祭儀の時に限らず、日常的に交流がある方だった。

 いつものように聖女が神官長に媚びを売って、神官長も大物ぶって頷いて。それだけのやり取りで、ふとした時に私を見た神官長の瞳が、刹那、紫に染まった。

 流石の私も驚いて、そのことにうっそりと笑った後は、神官長も元通り。その後、宝物庫で会ったソレは得意げに言ったのだ。

 ヒトの器さえあれば、お前ともっと一緒にいられると。

「気持ちわるっ! って思ったので、側にあった適当な神具に封印してきたつもりだったんですけどー……」

「コレと()は似たような感情を同じ相手に持っていたから、共鳴したんだよ」

「ドン引きですー」

「目が死んでるわよ、ジャンヌ」

 そりゃあ我が君、取り繕う必要もないですから。

 とにかく勇者も魔王もすっかりやる気をなくしてしまったのだからと、無理矢理休戦状態にして封じの水晶をそいや!と割った私です。ううん、有能すぎて困りますねー。お給料上げてくださってもいいんですよ我が君?

 無理矢理ど腐れカミサマに脳内に入り込まれていじくりまわされた魔術師は集中治療室行き。勇者もそれに付き添っているので、我が君はとっくに被っていた猫をどこぞに放り投げている。

 腰にべったり抱き付いて離れないジルベールを引きずったままとりあえずの報告をする私に盛大にドン引きされていたけれど、いい加減慣れてくださらなければ。

「我が君と勇者サマみたいに両想いだったらいい按配な愛の重さも、一方通行ならひたすら気持ち悪い上に鬱陶しいんですよねー。こう、キュッ、としたくなります」

「可愛らしい効果音で誤魔化されるには手つきが不穏よ」

「締め落として火山の火口にでも突き落としてしまいたい気持ちに満ち満ちてまして」

「想像以上に過激な対処法だったわ……」

 アンタ本当に元聖女? なんて、ははは。実質聖女だったことはありますけども。

 ジルベールは私が出奔した後、厳重に封印しておいたカミサマを解放して、肉体を乗っ取られかけ、死に物狂いで抵抗した結果、なんというかこう、うまい具合に半分ずつ融合してしまったらしい。残り半分は殺し合いになって相打ち、ってどういう意味かわかりたくないですねー。

 神を殺して、神を喰った。半神半人と呼ぶべきか、神喰いの化け物と呼ぶべきか。

 そんなわけでほぼ不老不死になったジルベールは百年近くも虎視眈々と、魔界に潜り込む隙を狙っていたらしい。そんでもって、今度こそ私に結婚してほしいそうだ。

「神官長どころか現人神になったので地位も権力も財産もあります。愛しています、ジャンヌ。()だけの聖女」

「きもちわるぅ……」

「そんな正直で辛辣な貴女だから好きです」

 ぽっ、と頬を染めたジルベールを、我が君が台所の悪魔を見るような目で見ている。うんうん、気持ちはわかりますよ我が君。私もほぼ同じ気持ちですとも。

「こんな気持ちは初めてなんです。原初の混沌に生まれてからずっと、どんなヒトを見ても木偶人形にしか見えなかったのに。お前(貴女)だけは違う。貴女(お前)こそ、()にとって唯一最愛の(ヒト)なんです。愛してます、ジャンヌ」

「ふたつの自我が渾然一体としてぐちゃぐちゃになったまんま、っていうのは十分わかりました」

 わかりたくなかったけども、目の前にいるジルベールのガワをしたコレは、カミサマでありジルベールであり、どうじにどちらでもないとんでもなく面倒くさいモノに成り果てている、ってことなんだろうなあ。

 うげっ、服越しとはいえお腹にキスしてきやがった。って、どさくさに紛れて妙な術式刻もうとしてる? はいはい、解除解除ー。バキッとな。

「……というか、そこのソレが主導なんじゃなかったの、魔王討伐って。結局どうすんのよ」

「さあ。私にはジャンヌ以外のヒトなんてどうでもいいものなので」

「いやだなあ我が君。教会の権威を強力に保つためのマッチポンプシステムじゃないですか勇者認定なんて」

 以前のカミサマはどうでもよかったから気まぐれに力を貸したり貸さなかったりしてたんだろうし、今回に限ってはほぼ十割コレの仕込みですけども。

 だいたい、魔族の大半は魔界の特殊環境下じゃないと満足に生きることもできない不器用さん揃いなのだ。全天候型、もとい、どこでもたくましく生きていけるなんてのは、ごく一握りの実力者たちだけ。

 糧食をはじめとした物資だって人間たちと魔族では根本から異なるし、略奪してもうまみなんてものは皆無なのに、魔族がわざわざ人界に侵攻する意味はまあ、まったくもってない。

(そもそも強者こそ正義! な魔族たちにとって、人間って弱々すぎて話にもならないっていうか……)

 なのに人界では、魔王軍による人界征服に各国が力を合わせて対抗していることになっている。旗頭は教会だ。いやあ、素敵なマッチポンプですよねえ、あ、さては信者増やせたのはこれが原因だったり?

「我が君がどうしても気になるなら、それっぽい勇者ご一行のバラバラ死体を人界に送り届けてまいりますよ?」

「なんでわざわざバラバラにするのよ!? やめて、偽物だとしてもアルブレヒトの死に顔なんて見たくないわ!」

「わー……乙女ですねえ」

 偽物なら別にどうでもよくないです? なんてうっかり言ってしまったものだから、玉座が丸ごと飛んできた。もー、我が君ったら血の気が多いんですからー。

「アンタのその情緒のなさだけは、私、育て方を間違ったと思ってるわ……!」

「なんだったら勇者サマをパパ呼びして外堀埋め、行っときます?」

「小賢しすぎる! 却下よ、アルはそんなことしなくてもプロポーズしてくれたもの!」

 そもそも我が君、恐れ多くも私、我が君のこと養母的にお慕い申し上げておりますけれど、我が君とお会いした時には既に割と今の私だったと思うのですよ。

 とにかく! と我が君は仁王立ちして胸を反らした。おお、今日も見事になだらかですね、我が君。

「曲がりなりにも好意を告げられているんだから、ちゃんと向き合いなさい。私はアンタを、そんな不誠実な子に育てた覚えはないんだからね」





 なーんて、言われたわけですが。

「結局アナタ、なにがしたかったんです?」

貴女(お前)に会いたかった」

「会いに来ずとも、見れたでしょうに」

 全知全能、唯一無二の絶対神。確か、教会はそう売り込んでいたはずだ。

 実際、教会の最奥、立派ではあるけれど人の出入りもほとんど絶えたようなあの部屋にいて、コレは世界のあらゆることを見通していた。文字通り千里眼でも持っているんだろう。創世の時から存在し続けるというのだから、それくらい持っていても驚きはない。

 少なくとも外見上は大の男が、見た目十代後半の私に抱き付いて腹部に顔を埋めてるなんていう、なかなか危ない絵面になっているんですが、引き剝がすのも面倒くさいんですよね、コレ。

「……わからない」

「はい?」

「だめなんだ、ジャンヌ。お前(貴女)は、お前(貴女)だけは、ただ見ているだけではだめなんだ。見て、触れて、なんでもいい、()に言葉をくれなければ、目線を、意識を、すべてを」

「ド腐れカミサマ、我儘ですね」

「傲慢こそが神だ、唯一ならば、気に掛けるべき相手なぞ」

「しっかりしなさい、ジルベール。呑まれかけてますよ」

 ぺし、と額を叩く。すると、暗く濁った紫がふっと薄まった。

 焦点が合わずぼんやりとした瞳を数度瞬かせ、私の顔を見上げたジルベールは、へにゃりと情けなく眉を下げた。

「あいしてます、ジャンヌ」

「お前はそれ以外言えないんですか」

「私にもコレにも、それしかないんです」

「ははあ、ひな鳥の刷り込みで? 残念ながら間に合ってますねー」

 今頃我が君は、勇者サマと仲睦まじくキャッキャウフフしてる頃だろうか。

(羨ましいとはまったく思えないんですけど、格差を感じる……)

 まあ、良いように使い捨てられて生死はともかく廃人になっちゃうかもしれない魔術師どのよりは数倍マシだけれども。

「私も好き勝手面白おかしく生きてるので、お前も好きに生きればいいんじゃないか、とは思うんですが。正直、好意を寄せられてもどうしようもないんですよねー……」

 歯に衣着せず、え、普段から別に着せてないだろ、って我が君、そっちに集中してなくていいんですか?

 とにかくまあ、率直に言って興味が湧かない。色恋どころか、我が君とか魔界の運営に関すること以外、全然まったく、微塵も、である。

 客観的に分析してみると、これは多分、我が君によって魔族に変生した影響なんだと思う。人工魔族ってことで同種族が他にいないから繁殖の必要性もないし、そうなると繁殖行動を円滑に行うための恋愛感情ってものもいらなくなる。結果が今の私だ。人間だった頃どうだったかは、流石に昔すぎて覚えていない。

 え、絶対アンタは昔からそうだった、ですって? ははは、嫌だな我が君、魔族的にはまだお若いのに、もう物忘れが始まったんですか? 介護技術は流石にまだ習得できてないので、後三百年くらい待っててくれます?

「もう忘れたんですか? ジャンヌ」

「なにをです?」

「ただ人だった頃の私なら、貴女から返らぬ愛に苦しみ、悲しんだかもしれません。ですが、この身は半神と成り果てた」

 神というのは、元来、身勝手なものでしょう? と。

 カミサマに限った話でもないようなことを言って、ジルベールは灰色の瞳を片方、完全に紫に染めて笑う。

「愛されてください、ジャンヌ。ただ私に、私だけに愛されて、死後の永遠すらともに。私を選ばなくてもいいのです。愛を返さずともいいのです。誰よりも近くで、私に愛させてくれれば」

「ごめん被りますので即刻お引き取りやがりませ」

 これから先ずっと、こんなコバンザメ引っ付けて生活するなんて、冗談じゃありませんよ!!

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