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「てめえらぁぁぁ!!」


 ボウズが鬼のような形相で叫んだ。美しかった瑚乃葉の美貌は、もうそこにはない。


「さーて、こいつを逃がさずにここで時間を稼ぎたいが、どれくらいもたせられるかな」


 立ち上がって構えながら、そう呟いたリキッドの足は微かに震えている。リキッドほどの男でも、肉弾戦で恐怖を感じることがあるとは、夢にも思わなかった。それとも、武者震いだろうか。いや、この状況でそれはない。ボウズが凄まじい殺気を放ちながら、リキッドの方へゆっくりと向かって来る。それを、足を引きずりながらリリィが追う。


「……オト君。虻川達が間違いなくここへたどり着けるなら、君はもう逃げろ」


「ダメです。僕の負傷した姿を、ここで虻川に見せた方が説得力がある。ボウズに暴行の現行犯を見せる必要があるんです」


 そう言った途端、また激しく咳き込んでしまった。さっきよりも吐血の量が多い。


「大した根性だな。それなら俺だって腹をくくるさ!」


 ボウズがリキッドの間合いに入る。大人と子供ほどの体格差だ。一瞬、リキッドの後背筋がグッと膨張したかのように見えた。先に仕掛けたのは、リキッドの方だった。怒涛のように放たれ続ける突きと蹴り。しかし、まるでボウズには当たらない。ガチッという鈍い音がした。ボウズの拳が、真下からリキッドの顎を捉えたのだ。リキッドはよろけつつも、さらに激しく攻め続ける。


「リキッド!」


 リリィが叫び、蹴りの用意をする。リキッドは頷き、一瞬の隙をついてボウズのワンピースの肩と腰の辺りを掴み、軸足を刈りに行く。


「くっそ!!」


「やっぱりな!馬鹿力でも!体重はどうしようもねえだろ!!」


 軸足を刈られたボウズの華奢で小さな体が、リキッドの体を中心にグルンと回転し、宙を舞う。そこへリリィの強烈なミドルキックが絶妙なタイミングで直撃し、真横に吹っ飛んだ。大きな音を立ててゴミ袋や空き瓶が散乱する。砂埃が立ち上る。ボウズの今日初めてのダウンだった。


「……やりやがったな!!」


 立ち上がったボウズは、脇腹を押さえて顔を歪めている。肋骨に入ったのだろう。


「その細い体でそのタフさか。やっぱり化け物だな」


 リキッドは冷や汗をかき、苦笑いしている。リリィは苦しそうに肩で息をしている。


「てめら虫けらどもをここですぐバラして、絶対に生き延びる!!」


 ボウズが突進した。二対一。また激しい攻防が始まった。その時、僕のPHSが振動した。虻川だ。ポケットからPHSを取り出すのも一苦労だった。


「革ゲン!さっきのビル裏のふざけた花火はおまえか?」


「……そうです、詳しい話は後。急いで花火が上がった場所に来てください」


 また激しく咳き込んだ。苦しい。


「あんた何やってんだ?どういうことだ?説明しろ」


「サンセットビルのルアージュにはもう瑚乃葉はいない。今、僕達は瑚乃葉に襲われている。僕もケガをして……」


 咳のせいで話すのが大変だ。


「おい!何やってんだ!もう店の前まで来てるぞ!」


 虻川はもうすぐそこまで来ている。


「……いいから、早く~!」


 僕は激痛で、PHSを落としてしまった。虻川が何やら叫んでいるが、聞き取れない。そのまま、這ってリキッドが設置した花火へ向かった。筒はもう一本ある。もう一本、打ち上げてやる。


「てめえら!道を開けろ!!」


「死んでも開けるかよ!!」


 リリィとリキッドは、死に物狂いでボウズと戦っている。リリィの白いタンクトップは胸元が真っ赤に血で染まり、リキッドも顔面がボコボコに腫れている。

 僕はやっとの思いで花火にたどり着き、リキッドが使ったチャッカマンで着火した。全力で地面を転がり、花火から離れ、頭を守るようにしてうずくまり、身を固めた。また同じく爆音が鳴り響き、空が明るく光った。


「また……!横山ぁーっ!!」


 これで間違いなく後数分で虻川がやって来る。僕は、仰向けになって空を見て笑った。恐らく今、ススキノ中の人間が、この同じ空を見上げているに違いない。おかしくて堪らなかった。ボウズが二人を振り切って、僕に向かって走って来る。


「オト君!逃げろーっ!!」


「オトっ!!」


 体は動かない。


「ボウズ!これであんたは終わりだ!妹があの世で泣いてるぞ!情けないってな!ざまあ見ろ!!バーカッ!!」


 最後の力を振り絞り、寝たまま大声で叫んだ。そして、爆笑してやった。ボウズが咆哮し、地面を蹴り、跳んだ。拡散し、静かに落ちていく黄色い花火を背に、ボウズのシルエットが僕めがけて降って来る。目は閉じない。最後まであんたを蔑んでやる。殺されても僕の勝ちだ。


 突然、花火よりも鋭く乾いた大きな音がした。ボウズが、僕ではなくアスファルトの上に転がった。何が起きたのかわからない。


「……ちっ!畜生!!ぐうぅぅ」


 ボウズが、肩を押さえて苦痛に耐えている。鮮血が、青いワンピースを真っ赤に染めていく。虻川だった。他に警官が大勢いると思ったが、何と一人だった。拳銃を持ち、ボウズに負けず劣らずの殺気を放ちながら、ゆっくりと近付いて来る。まさか、撃ったのか!?


「て!てめえ!正気か!?いきなり撃ちやがって!!狂ってんじゃねえのか!!?」


 ボウズが虻川に向かって猛抗議した。


「あぁ?さっき警告も威嚇射撃もしたんだけどな。頭に血上って聞こえなかったか?」


 虻川が冷たく笑って言った。嘘をついている。虻川は、ここにやって来てうむを言わさずすぐに発砲したはずだ。


「てめえ刑事(デカ)だろ!ススキノのど真ん中でハジくとか、自分が何やったかわかってんのか!!?」


「わかってるよ?撃ってなかったらてめえはそいつ殺してただろ?」


 虻川が、顎で僕を指してそう言い放った。ボウズが、血走った目で、憎々しげに虻川を見上げている。


「職務執行法七条だ。防護の為に必要なら撃てる。てめえが悪い。警察なめんなよ」


 躊躇ない発砲。虻川は本当に恐ろしい男だ。敵に回さなくて心底安堵した。ボウズは屈辱に震えながら、がっくりと首を落とした。リリィとリキッドが、駆け寄って来る。


「皇神の子供が、てめえからドラッグ流されたのは裏取ってある。観念しろや」


 虻川はそう言い放ったが、今ドラッグでボウズを逮捕することはできない。源介が教えてくれたことだが、覚醒剤取締法違反による逮捕には、裁判所による令状(ふだ)が必要だ。しかし、その発行を待っている時間など僕達にはない。ではどうするか。


「柳川瑚乃葉。殺人未遂の現行犯で逮捕する」


 長かった。ようやく、この瞬間が訪れた。僕の作戦は、成功したのだ。どんな些細なことでも良いから、ひとまず令状のいらない現行犯ならば、真っ当にボウズを逮捕できる。一度捕まえてしまえば、後は余罪に応じて再逮捕することなど容易い。せいぜい暴行、傷害で引っ張るつもりだったが、殺人未遂にまでなってしまったことは、ボウズの危険さを物語っている。

 虻川が拳銃と手錠を持って、ボウズに迫る。リリィとリキッドが、固唾を飲んで見守っている。



 僕の首に、冷たい何かが触れた。



「オト君!!」


「オトっ!!」


「てめえら全員!一歩も動くなよ!こいつを殺すぞ!!」


 割れた空き瓶の破片だった。ボウズが足元にあったそれを咄嗟に拾い、僕の首に突き付けたのだ。


「往生際悪いな。それとてめえの喋り方が気に入らねえ。てめえ本当に女なのか?」


 虻川が、顔色一つ変えずにそう言った。しかし、目だけはギラギラと光っている。


「強がってんじゃねえよ!適当にハジィておいて、市民も守れねえわ、逃げられるわじゃあ、始末書なんかじゃ済まねえよな!ガキが!!」


「ガキ?俺が?てめえから見て?てめえ本当は何歳なんだ?」


 虻川が笑っている。まさかとは思うが、気付いているのか?


「てめぇ!てめぇもか!?わかってやがんのか!!?」


「何が?」


 虻川が拳銃をボウズに向ける。ガラスが、僕の首に少しずつ刺さって行く。痛みはもうよくわからない。


「一回だけ言ってやる。それ捨てろ」


「うるせーっ!!てめえが銃を下ろせっ!!」


 凄まじい衝撃を受け、僕は吹き飛んだ。リキッドだった。決死の覚悟で飛び込み、僕を蹴ったらしい。


「野郎ーっ!!」


 人質を奪還されたボウズが、空を仰いで叫んだ。そして、背を向けているリキッドに向かってガラスを突き立てようと振りかぶる。リリィがボウズにタックルを仕掛ける。


「リリィさん!!」


 僕は、絶叫した。倒れながら、ボウズがリリィの背中に、ガラスを突き刺した。

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