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 19:30。



 虻川との電話を終えたのとほぼ同時に、PHSが振動した。すぐに虻川が電話をかけて来たのかと思って身構えたが、リリィだった。


「お疲れ!あんた大丈夫なの?今どこ!?」


「無事です。店を出て少し歩いた所の公衆電話です」


「状況を説明して!」


「まず、僕の想像通りでした。美奈はボウズでした」


「……ウソでしょ?」


「本当です。体は、ボウズの妹の瑚乃葉だが、中身は兄のボウズ。僕と源介さんと同じ、入れ替わり人間でした。吾妻をやった動機も、函館で僕が説明した通りです」


「あんた、よくそこまでわかったね。怖いくらい。でも信じられない。まああんたと源介のこともそうだけど」


「入れ替わったことのある僕だからこそわかったのかも」


「……ってことは、作戦通りにやるってことね?」


「とりあえずたった今、虻川を適当に煽ってこっちに向かわせた所です」


「じゃあ、あんたやっぱり……」


「はい。予定通り、やります。ボウズに僕を襲わせて、虻川にボウズを逮捕させる」


「あたし達は、あんたが死なないように、守るってことね」


「よろしくお願いします。あいつは、本当に始末屋のボウズでした。会って話したからわかる。椿屋珈琲で面談した時の女子大生の顔とは全く違う、本当のあいつと話したんです。怖かった。僕ももちろん死にたくないですけど、リリィさんも死なないでください」


「あたしだって死ぬのはやだよ。油断しない。本気出す」


「じゃあ、ここからも作戦通りで進めますよ。僕は、わざと目立つような形で、囮になります。予定通り、リリィさんとリキッドさんは、ボウズから見つからないような距離で僕を見守ってください」


「あんたがヤバくなったらすぐ助けに行くよ。でも、ボウズって頭もいいでしょ。こんなすぐに、こんな人がいる所で簡単にやらないと思う」


「それはわかってます。だから、こっちから隙を作って、何としてでも今やらせないといけない。日をまたいでしまったら、今あいつと下手に距離を置いてしまったら、もう僕達は安全に暮らすことなんてできなくなる」


「このままあいつが店に留まることも考えられるけど」


「そうなったら、皇神へ流してた薬の容疑で、虻川達が店に踏み込むことになる。それで捕まってくれたら一番楽です。だが、あいつが薬のことに関して尻尾をまるで出さなかったら、僕達の負けです。そのリスクがあるから、店に留まられるのは嫌だ。だから、僕はボウズをかなり挑発したんですけど」


「……オト、あんた本当にオトなの?また誰かと入れ替わってない?」


 何を言い出すのかと思ったが、これはきっと褒められているのだろう。


「冗談言ってる暇はないです!切りますよ!よろしくお願いします」


 リリィとの通話を切った。辺りを警戒するが、ボウズの気配は見つからない。落ち着け。ピースに火を着けて、深呼吸をするように、ゆっくりと煙を味わう。もしかしたら、これが人生最後の喫煙になるかも知れない。何を考えているんだ。大丈夫だ。悲観的になるな。

 余計なことを考えていると、今度は尻ポケットに入れてあるスマートフォンが短く震えた。チャットアプリのメッセージだ。源介からだった。


『修羅場だろうから、メッセにしとく。体の件、別の奴にリキッドから引き継がせて調査してたが、遂に元に戻る方法が判明した。実例もある』


 僕は困惑した。なぜそんな一大ニュースを、こんな時に伝えるんだ。どう反応すべきか、わからなかった。僕の脳はもういっぱいいっぱいで、とても別のことを考える余裕などない。とりあえず、嬉しいことに違いないのだから、問題ではない。後回しにしよう。今は目の前の問題に立ち向かう時だ。


『俺の大事な体だから、死なれたら困る。生きろ。絶対に帰って来いよ』


 そんなことはわかっている。僕だって死にたくない。




『無事に帰って来い。元に戻ってケガも治ったら、俺の事務所で働いてくれ。これからも一緒に仕事をしよう。待ってるからな』




 一瞬、耳障りな街の喧騒がピタリと止まったような気がした。同時に、気持ちがフッと軽くなるのがわかった。指に熱さを感じて、慌てて携帯灰皿に短くなったピースを押し付けて、火を消す。生きて帰ろう。そして、僕は探偵になるんだ。もうニートじゃない。


 リリィ達は、そろそろ近くに来ているだろうか。GPSで僕の居場所がわかるようになっている。そして実際に目で僕を見つけたら、必ずメッセージがあるはずだ。リリィ達が僕を見つけてからでないと、囮の動きを始めるのは危険だ。一旦、身を隠そうか。しかし、そうすると今度はリリィ達が僕を見つけられなくなる。店から離れすぎると、虻川達を呼んだ意味がなくなる。虻川が後どれくらいで到着するのか、ちゃんと聞いておくべきだった。なかなか難しい。どうしようか。とにかく移動しようと思って、歩き出そうとしたその時。


「あの~お兄ちゃんさ」


 ボサボサの長い髪、顔半分を隠すほどのヒゲ。この暑さだと言うのに、汚れたボロボロの長袖。ホームレスだった。僕の目の前を沢山の人達が歩いて行く中で、彼だけが立ち止まって、僕に視線を向けている。何だ?僕に話しかけているのか?


「お兄ちゃん、これさぁ」


 だんだんと近付いて来ると、キツい臭いが鼻をついた。今は、構ってなどいられない。


「美人のお姉ちゃんが、お兄ちゃんに渡してくれって」


 そう言って、何やら紙切れを差し出して来た。ホームレスを使った勧誘か何かだろうか。僕は無視しようとした。しかし、ホームレスは強引に僕のポケットへ紙切れを押し込んで来た。咄嗟に突き飛ばそうとしたが、ホームレスは意外に素早く、走り去ってしまった。汚らしくて触りたくなかったが、仕方なく紙切れをポケットから取り出す。二つに折られたメモで、中に何か書かれているようだ。僕は、メモを開いた。



『横山、見えてるぞ』



 背筋に氷を詰められたような気持ちだった。メモを投げ捨て、辺りを見回す。ボウズが、すでにどこかから僕を見ているのか?適当なホームレスに小遣いを握らせて、僕の人相を伝えて、渡すように伝えたのか?ただの脅しなのか?ボウズに殺された人達は、皆この恐怖を味わったのか?今からでも遅くない。走って逃げようか。いや、そんなことをしたら、一生ボウズから怯えて生きることになる。もう、札幌にも住めなくなる。そして、いつか必ず見つかって、殺される。勇気を出して秘密を喋ったユラや、リリィ達まで。僕は今、ボウズの視界に入っている。だったら、チャンスじゃないか。囮をやるって言ったのは僕だ。逃げるな。やれ!


 ──僕はできる!──


 もっと酔った方がいい気がして、急いでコンビニに入り、適当に「ジャックダニエル」と書かれた黒いラベルの小瓶を買って出た。一気に半分程飲み干して、ゴミ箱に放り込む。味などもう何もわからない。リリィ達よ早く来てくれ。

 勇気を振り絞り、人気のない路地の方へと歩く。複数のビルが立ち並び、その隙間を縫って奥へと進んだ。表通りとは違って、ネオンの光が届かなくなり、次第に薄暗くなっていく。飲食店の厨房の裏口と思われる小さな扉の横には、残飯を捨てる大きなポリバケツがいくつも並んで、さらにその隣には、赤や黄色の瓶ケースが高く積み上げられていた。

 きっと、ボウズは焦っているはずだ。できることなら、今もう僕を殺してしまいたいはずなのだ。それは間違いないと思う。誰にも見つからずに、素早く自慢の格闘技で僕を殺し、しばらくは身を隠したいと考えているのだろう。いや、綺麗に終わらせられれば、明日から何食わぬ顔で店に立つ可能性も考えられる。

 ボウズが凶器を使わない理由は、格闘技に絶対の自信があるからだと思っていた。もちろんそれもあるのだろうが、何より証拠が残りにくいからだろう。確かにさっき感じたボウズの圧力は凄まじかったが、体は華奢な女だ。いくら技術があっても、ウェイトがなければ、攻撃力は低い。もしかしたら、僕の体格なら、何とかできるんじゃないのか?そんな油断をしそうになり、僕は頭を振った。ボウズは、あの吾妻を確かに素手で殺しているんだ。普通に考えちゃダメだ。甘くない。

 道が、いっそう暗く狭くなり、ヤガミを迎撃したような場所に出た。ルアージュのあるサンセットビルからも近い。ここだ。ここがいい。空を見上げると、雲間から微かに月明かりが漏れている。ビルの上から、源介が落下して来た時のことを思い出した。

 袋小路を背にして、僕が来た小道を見つめる。そのうち、向こうからボウズがやって来るのではないか。来て欲しい気持ちと、来て欲しくない気持ちが、半々だった。

 突き当たりに、ひっそりと赤提灯(ちょうちん)を出している小さなボロボロの店が見える。来る時は気付かなかったが、こんな人もいない路地裏で、商売になるのだろうか。知る人ぞ知る、隠れ家的な老舗だったりするのだろうか。入り口は開けっ放しになっており、暖簾の向こうに、小さなカウンターが見える。あの店の中に入り、カウンターに座ってこの路地を眺めていれば、ボウズがやって来ても見えるだろう。

 僕は警戒しながらもその店に向かって歩き、暖簾をくぐった。店内には誰もいない。狭い店内はカウンターに六席だけ、木造で築数十年は経っているだろう。年季の入ったカウンターの奥には、地酒や焼酎が沢山並んでいる。入り口側の天井の隅には、ブラウン管の古いテレビが設置されているが、電源は入っていない。店主は、どこに行っているのだろうか。


「すみませーん!」


 声を発してみたが、どこからも返事はない。僕はカウンターの椅子に腰かけて、店内を見回した。店主がいないのではしかたない。出ようか。僕はまた暖簾をくぐって外に出ようとした。その時、何やら女の香水のような甘い香りが、鼻をかすめた。



「横山、どこ行くんだ?」



 入り口を出てすぐ左に、身を隠すようにボウズが立っていた。ルアージュの恰好そのままだが、パンプスを履いていない。裸足だった。僕は、大声で叫んだ。

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